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楽園の欲祓師  作者: 翡翠ユウ
第3話 フィッシュ・ボウルの内外

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3-11 帰路と休日の予定

「それじゃまたね。気をつけて帰るのよ?」

「うん、ありがとう」


 唯が手を振った。

 最初は狩人(かぶと)、次に悟利(さとり)。そして唯の順にそれぞれの家へと帰っていった。

 さらに歩くと


「わたしも…ここ……で」


 次の角に到着すると愛枷(まなか)が言った。しかしすぐには帰ろうとせず、月乃(つきの)よりも長い前髪の奥からじっと月乃を見ていた。


「月乃…ちゃん……本当に…平気…?」

「大丈夫だよ。静也(せいや)能徒(のと)もいるし」

「…わたしは…平気だから……非認知(インビジブル)で側に…ずっと隣に……いようか?」

「能力を使い続けるのは大変なことだよ? それじゃ愛枷が休めないよ。私は平気だから安心して帰って」

「……分かった。何かあったら…言ってね……すぐに行く…からね……」

「うん、ありがとう」


 愛枷はゆっくりと静也と能徒の方を見ると、


「お願い…ね…」


 と言って自分の帰路をのそりのそりと歩き始めた。


「帰ったふりをして非認知(インビジブル)で追ってきたりして」

「それはないかな。私は愛枷が能力を使っていても見えるし、近付いてきたら気付くから」

「そっか」


 話している内に三人から愛枷の背中が見えなくなった。

 これで残っているのは月乃と静也、あとは能徒になった。


「私達も帰ろう」


 そうして再び歩き始めた。するとまた少しして


「では私はここで」

「あれ? 能徒は月乃の家を通りすぎなかったっけ?」

「いえ、今日はここなのです。()()()()()()になっています」

「そういうことになってる?」


 帰ろうとする能徒の言葉に疑問を抱いた静也。だがそこで月乃が割って入った。


「そっか。だったら仕方ないね。気をつけてね」

「はい。星見様と無波(ななみ)様もどうかお気をつけて」


 ということで何事も無かったかのように一礼をした能徒は、そのまま二人に背中を向けて去っていこうとした。


「待て、能徒。何がそういうことなんだ? こういう事態だから心配になるんだが」

「無波様、どうかお気になさらず。特に星見様や私に害があるわけではありませんので」

「そうだよ? 静也。なんでもないんだよ?」

「いやいや、なんか釈然としないんだよ。本当に何でもないのか?」

「何でもないよ。静也はきっと過敏になっているだけだよ。だって私は今頭に違和感は無いよ? だから大丈夫だよ」


 静也が本当か?という目を能徒に向けると、能徒はしっかりと頷いた。


「そういうことなら……」

「ご納得いただきありがとうございます。では私はこれで失礼します」


 ということで能徒が先を歩き始めると、そのまま振り返ることもなく次の角の向こうに消えた。


「本当に大丈夫なのか? 俺としてはかなり心配なんだが」

「大丈夫だよ。もし何かあったらLINEを入れてくれるように言ってあるから」

「……そこまで言うんだったら。どうやら俺は本当に神経質になっているのかもしれないな。月乃を送り届けたらすぐに寝ることにするよ」

「送り届ける必要はないよ?」

「どうして? まさか月乃が俺を送ってから一人で帰るなんて言わないよな? それは駄目だぞ?」

「そんなことはしないよ。私だって不意に襲われたくないからね」

「だったらどうして心配がいらないんだ?」


 そこで月乃の口角が上がった。


「だって今日は静也の家に泊まるからね」

「……ん?」

「明日から休日だから、今日はこのまま静也の家に泊まるよ」

「待て。確かにそうすれば安心だが、いくらなんでも急すぎないか?」

「でも静也は私が連休中に一人でいたら心配になるでしょ? 私も私で不安で落ち着かないよ? それならこの際だから静也の家に泊まれば万事解決。お互いにWin-Winだよね?」

「言われてみればそうだけども、今俺の家には月乃の着替えは無いぞ?」

「静也の服を借りるからいいよ」

「なら下着は?」


 そこで月乃が少し考えた様子を見せた。だがすぐに


「今から買いに行こう。それで解決だね」

「……さすがに思い留まらなかったか」

「言っておくけど、私は同じ下着はもう連続で履かないよ? あの時が異常だっただけで、静也の家に行くってなったら下着は換えるからね?」

「俺は別に気にしないんだけどな」

「私が気にするの。万一静也に匂いを嗅がれたら大変だしね」

「下着をピンポイントで嗅ぐのは変態だけだ。俺はそんな変態じゃない」

「でも前に静也は私の全身を嗅いだんだよ? その時点で変態さんだよ?」


 その時静也は不慮の事故とはいえ過去に数日風呂に入っていなかった月乃の匂いや、二日連続で同じ寝巻を着ていた時の匂い、さらには無意識化の共感(シンクロ)で嗅いでしまった鼠径部付近の香りを思い出した。


「何を考えているのか私には分かるよ。やっぱり静也は変態さんだね」

「そんな変態の家に来るのは危険なんじゃないか? 送ってやるから今日は帰ったらどうだ? 明日また来ればいい。その時は迎えに行くから」

「それは駄目だよ。帰ったら私は不安に押し潰されそうになるよ。それなら変態さんと一緒にいた方がまだ安心するよ」

「それもそれでどうかと思うぞ?」


 月乃は一向に退こうとしない。むしろ、絶対に退かないという強い意思が見受けられ、それを静也が察した。ということで静也はついに諦めた。


「分かったよ。家にいていいから。でも食材は無いし、洗濯物とかも溜まってるからその辺は気にするなよ? あと家に泊まるにあたって条件がある」

「食材も買いに行こう。で、洗濯は明日やろうね。それで条件だけど、もちろん下着は換えるし、お風呂もちゃんと入るからね? それ以外ならとりあえず考えるよ?」

「なら、今日含めて三日間は全て同じ寝巻を使ってもらう。それで同じベッドで寝てもらう」

「同じベッドで寝るのはもう今さら感があるからいいとして、三日間も同じ寝巻なのはなぁ…… 流石に変な臭いがするよ? 寝汗もかくと思うし」

「大丈夫だ。問題無い」

「久々に聞いたよ、その言葉」

「その条件でなら三日間俺の家にいることを許可しよう。どうする? やめるか?」

「うーん……分かった。いいよ。今回は変態さんの静也の要求を呑んであげるよ。背に腹は代えられないとはこのことだね」

「いいんだ……」

「断ってほしかったの?」

「いや別に。まぁ、三日間同じ寝巻で同じベッドで寝てくれるならいいか」

「……ちなみにだけど、何もしないよね?」


 その問の直後、月乃は少しだけ自分の体を抱いて身構えた。そして感情を認識する指標である口元は、困った時のように僅かにきゅっと紡がれた。


「しないって。変なことはしないって」

「嗅ぐのも駄目だよ? 特に三日目はね」

「それは断る。それはする。というか同じベッドにいたら必然と香ってくるだろ?」

「香ってくるって言い方がもう変態さんだね。普通なら臭ってくるだよ? まぁそうだね。3日間同じベッドで寝続けたら静也に勇気があるのかも分かるね」

「勇気? なんの勇気だ?」

「なんでもないよ。それじゃ、私の下着と食材を買いに行こう」


 ということで月乃が口角を上げて歩き始めた。その足取りは軽く、それでいてご機嫌な様子だ。

 静也はその隣に並んで一緒に歩いた。


「思ったんだけど、下着は買うんじゃなくて月乃の家に行っていつものしいたけパジャマと一緒に持ってくればいいんじゃないか? もちろんついて行くし」

「うーん……そうだね。そうしよう。でもそろそろ新しい下着も欲しいんだよね」

「しいたけ柄か?」

「流石にそれはないよ。普通のだよ」


 地味の権化でもある月乃が言う普通とは一般的に言うところの地味というやつだ。それを静也は高校生になるまでに何回も見てきた。だから結局は地味な柄か無地のものに違いない。と思ったのだった。


「静也。私だって可愛い下着を使う時もあるんだよ?」

「何も言ってないだろ」

「そんな顔をしてたから。それじゃ二枚は家から持ってくるよ。あとの一枚は買おう。もちろん付き合ってもらうよ」

「思ったんだけど、女性ものの下着の買い物なんて俺が行ったら駄目だろ? 店員も月乃も気を遣うだろ」

「一緒に来たら静也好みの下着を選べるかもしれないよ?」

「仕方ないな。行ってやるか。でもこれは護衛のためだからな?」

「やっぱり静也は変態さんだね。でも私以外にこんなことをしたり要求したら駄目だからね? 本当に通報されるからね?」

「大丈夫だ。月乃以外にはしないから」

「それもそれで複雑な気分なんだよなぁ……」


 そんな事を話しながら歩き続けること数分。まずは月乃の家に到着した。


「それじゃ準備してくるから、静也は外で待っててね。それこそ変な人がいないか見張っててね」

「分かった。任せておけ」


 ということで月乃は家に入っていった。

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