第3話 フィッシュ・ボウルの内外
「静也。起きて。学校だよ」
この日も月乃は静也の家に迎えに行った。
月乃が行くと静也はいつも通りベッドの中で寝息をたててはぐっすりだった。
小さく抑揚の乏しい声はそんな彼に届くことなんてなく、その代わりに返ってきたのは大きめの寝返りだった。
時刻は朝の八時を過ぎようとしていた。
そろそろ起きないと本当に間に合わない時間である。
なので月乃はその体を揺すってみることにした。それでも起きなかったので少し強めに揺すった。すると静也はやっとその目を開けた。
「……月乃。どうした?」
「学校だよ。八時だよ。遅刻するよ?」
「あぁ……そうか。学校か…」
それを聞いた静也が上体を起こす。そしてそのままのそのそと登校の準備を整えていく。しかし未だに頭が働いていないせいか、月乃が部屋にいるのにも関わらず着替えを済ませようと寝巻を脱ぎ始めた。
それを察した月乃はそそくさと部屋を出て行った。そのままキッチンに行くと、冷蔵庫から適当に飲み物を用意した。
「あ、準備が出来たんだね」
静也がリビングにやってくると、月乃は用意をしていた飲み物を渡した。そしてそれを飲み干した静也がコップを月乃に返すと、月乃もまたそのコップを使って飲み物を飲んだ。
「それじゃ行こうか」
「うん。でもまだ眠そうだね」
静也は余程のことがない限りは思考や頭の覚醒に時間がかかる。それゆえに未だに寝ぼけ眼で少しだけよろよろとしている。
それでもしっかりと荷物を持って月乃とともに学校に出発したのだった。
***
「そういえば、変な夢を見たんだ」
「夢? どんな?」
二人が信号を待っている時、静也がおもむろに言った。
それに対して月乃は両目を隠した黒く長い前髪の頭の上にハテナマークを浮かべると、少しだけ首を傾げた。
「なんか見たことがあるような無いような人が目の前にいて、その人がひたすらに削れとか、いらないものは捨てろだとか言ってたんだよね。それで、その人は最後におかしなことを言ったんだ」
「変な夢の中で変なことを言われて、最後はおかしなことを言っていた。本当に変な夢だね。で、なんて言ってたの?」
「俺の存在はあなたのためって。それでも最後の最後までその人の正体は分からなかったんだ」
「うーん……本当に変だね。でもなんか意味深な気がしないでもないね」
「だろ? もし仮に何かしらの意味があったとして、それが何を示しているのかも分からないんだ。だから意味深だと思っていてもそれ以上の詮索は出来ないんだよなぁ」
その時信号が青になったので二人が歩き始めた。
「まぁ、とりあえずは頭の片隅においておくだけでいいんじゃない? もしかしたら本当にただの変な夢なだけかもしれないし」
「そうだよな。今深く考えても仕方ないよな」
月乃のその言葉にさらなる追究をやめた静也。月乃もまたいつも通りの物静かな様子のままそれに関して深く考えていない雰囲気を出した。
「あら、静也くん。おはよう」
「静也兄ぃと月乃姉ぇ、おはようです!」
そのまま通学路を歩いていた二人に唯と悟利が合流した。
もちろん特に待ち合わせなんてしていないので、たまたま登校時間が重なったというだけである。
唯は相変わらず高校生離れした大人顔負けの抜群のスタイルを制服に包んでいるものの、そこからは女性特有色気というか一種のフェロモンのようなものが滲み出ていた。そのせいか同じく通学路を歩いている男子高校生や、通勤中のサラリーマンの視線を否応なしに集めてしまっていた。
対して悟利はというと、唯とは正反対にちんちくりんなスタイルをしており小さな体躯と童顔も相まって高校生というよりかは小学生といった方がしっくりとくる有様だ。
それもいつも通りである。
そんな二人が並んでいると人妻と娘のように見えてしまい、それもそれで妙な色気というか、道行く男達の視線を集めるには十分なものとなっていた。
「おはよう。登校中に二人に会うのは珍しいね。寝坊したの?」
「そんなんじゃないです! わちは早起きなのですのでいつも通りに唯姉ぇの家に迎えに行ったら、なかなか出てこなかったのです。だから今日はこの時間なのです」
「それじゃ唯が寝坊したんだな」
「お姉さんも早起きよぉ? でも昨日はなかなか寝付けなくて。朝も色々と大変でねぇ……」
そう言った唯は恍惚な顔をしていた。それを見た静也は深くは聞かないことにした。
「静也くんは夜はちゃんと寝られてる?」
「まぁそれは。ベッドに入るとわりとすぐに寝付けるから大丈夫だな。朝は昔から月乃が起こしに来てくれるから遅刻の心配もないしな」
「そう。月乃ちゃんはまだ起こしに行ってあげてるのね。そろそろいいんじゃない?」
「必要だよ。でないと静也は万年遅刻の問題生徒になるよ」
「でも、前に月乃ちゃんがしばらく学校に来なかった日は自分で起きて学校に来てたわよ?」
「それでも必要だよ。これは私の責務なんだよ」
「本当は大変なんじゃない? お姉さんが代わってあげようか?」
「大変じゃないよ。これは私の役目なんだよ」
月乃と唯が交える言葉にはどこか譲れないものがあるように感じられた。
そんな二人を見た悟利は唯から離れて静也の側に寄った。そして少しだけ震えて静也の袖を掴んだ。
「強情ね、月乃ちゃんは。お姉さんが行けば静也くんは朝からすっきりよ?」
「駄目だよ? 別に静也はすっきりしなくていいんだよ」
「すっきり起きられているから大丈夫だからね? というか、起きようと思えば自分で起きられるから月乃も大変なら来ない日があってもいいんだぞ?」
「大変じゃないから行くんだよ。私が行った方が確実に起きられるでしょ?」
「まぁそれは、そうだな」
「ならこれからも行くからね」
「お姉さんも行こうかしら」
「唯は駄目だよ。静也の家には私の家の方が近いし」
この役目は絶対に譲る気はないという月乃の意思を前についに唯が観念すると、
「それじゃ、月乃ちゃんが風邪をひいた時にお姉さんが行くことにするわね」
と言って会話を終了させた。
そんな時だった。
四人のスマホが同時に通知音を発した。
「狩人からだね。授業の前に生徒会室に全員集合って、何かあったのかな」
「どうだかな。でも金錠からの招集のLINEなんて珍しいからきっと何かあったんだろうな」
「そうかもしれないです! そういうことなら早く行くです。狩人兄ぃがボッチで生徒会室で待っているです!」
「そうねぇ。授業前ってのが気になるから早く行こうかしらねぇ」
「ボッチってところには何も触れないのかよ。まぁ、いつも通りだからだろうけど。というか、生徒会室ってことはもしかしてアレのことだったりして」
「どうだろうね。でも急ごうか」
そうして四人は通学路を急ぎ、校門を抜けて校舎に到着するとまずは生徒会室へ向かったのだった。
次回は1/24の予定です。




