イッキ読み 第2話 みんなの居場所(中編)
二人が登校すると、時間が早かったこともあって真っ先に生徒会室を訪れた。
すると
「星見様……」
室内を掃除している能徒がいた。
万能メイドたる彼女は主である月乃がいつ戻ってきてもいいように生徒会長の机や椅子を綺麗にしていたのだ。
そしてその存在を発見したことで普段はなかなか緩まない表情に歓喜が宿り、そのまま月乃に抱き付いいた。
「お戻りをお待ちしていました……」
「一週間来なかっただけなのに大袈裟だね」
月乃もまた自分よりも背が高い能徒を抱きしめると、そのまま背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「あらぁ。月乃ちゃん戻ってきてくれたのね」
「なんです? 月乃姉ぇが戻ってきてくれたですか?」
唯に悟利にと、次々と生徒会の面々が姿を見せてその帰還を喜んだ。
「月乃……ちゃん……おかえり……」
いつも間にか生徒会室の隅にいた愛枷もまた、その超長髪の黒髪をゆらゆらと揺らして月乃に近寄った。
「みんな、ごめんね。ただいま」
そう言った月乃は申し訳なさはもちろんあったものの、それ以上にとても嬉しそうだった。
「お前も入ってきたらどうだ? 金錠」
静也は生徒会室の外に向けて言った。
まだ顔を見せていない、いや、この雰囲気の中で入りにくくなってしまったのであろう金錠狩人がその影にいた。
「ふん。僕は生徒会室がやけに騒がしいと思って通りがかっただけだ。別に入りたかったわけじゃない」
「そう言いながらもしっかりと入って来てるじゃねぇか」
「う、うるさい。ただその…あれだ。あの時僕は真っ先にやられてしまったから一言言おうと思ったんだ」
狩人が月乃を見ると、一瞬安心した顔を見せた。だが次の瞬間には恥ずかしそうにして出て行こうと踵を返す。しかし
「狩人」
と月乃が止めた。
「狩人も心配してくれていたんだよね。あの静也が狩人の名前を出したからきっとその印象が強くあったんだと思うの。あの時のことは仕方のないことだったんだよ。だから気にすることはないよ。ありがとうね」
「……ふん。まぁでも、これでまたみんなで生徒会活動が出来るな。それじゃな。僕は教室に行く。放課後また来る」
そうして狩人は振り返らずに教室へ向かっていった。
「本当素直じゃねぇんだよな」
「でもそこが狩人らしさでもあるんだよ」
その時ホームルーム開始の予鈴が鳴った。
「それじゃ、また後でね」
***
放課後、再度集まった生徒会。
まずは月乃がこの一週間の不在について謝罪した。
だがもちろん、そんなことを咎める人は誰一人としていなかった。
それから本題を話す前に
「能徒。念の為に結界をお願いね」
「はい。星見様」
能徒によって生徒会室に結界が張られた。
「これで外に情報が洩れることはないね。それじゃ―」
それから月乃が千取のこと、そして自身の頭に埋め込まれているヘッジス・スカルのこと、さらには陰陽院の最上位組織であるところのアウルの楽園について話した。
「なるほどね。そんなものが入っていて痛くないの?」
「うん。むしろ何も感じないよ」
心配する唯。同じく心配しつつも両手に持った菓子パンを食べ続ける悟利。
他の面々も一様に驚いた様子を見せた。
「それで、要は千取が残りの水晶髑髏を手に入れる前に僕らは僕らで出来る限り他のものを集め、戦力を整えなければいけないということだろう?」
「そうだね」
狩人は狩人で何やらノートパソコンの画面と格闘していた。
「さっきからお前は何をしてるんだ? エロゲなら家でやれよ」
「なっ! 僕はそんなものはやらない!」
「あらあら、お盛んねぇ」
「ち、違う! これだ」
そう言って狩人が全員に見えるようにノートパソコンの画面を見せた。
「ヘッジス・スカルは確かに存在した」
「さっきからその話をしているだろう」
「う、うるさい。まぁ最後まで聞け。そのヘッジス・スカルはかつてモノとして存在していた時はその場所に怪奇現象やら、おかしな現象をもたらしていたそうだ。それがとある場所に保管されてから現象が治まり、いつのまにかスカルが無くなっていたという。盗まれたんだな。星見の話と総合すると、その盗んだ人は―」
「千取。ということは、その保管されていた場所はアウルの楽園か」
「そうだ。であればアウルの楽園もまた、消えたヘッジス・スカルを探している可能性がある」
その時静也はとあることを予感してしまった。
「月乃が千取からもアウルの楽園からも狙われる……」
「可能性の話だが、ほぼ間違いないだろう。だが、盗んだ本人が千取ならそのことを誰にも言っていないはずだし、真相を知るまではアウルの楽園はスカルの行方を探すもここに攻め込んでこないだろう。それで、どうする? これはいずれはセブンスターズと千取だけの問題ではなくなるだろう。それに、僕達が他のクリスタルスカルを集めていることがバレた場合、奴らはその回収にやって来るかもしれない。それでもやるのか?」
先日の戦闘で圧倒的な実力差を見せつけてきた千取という強敵、そして名前しか知らない陰陽院最上位組織のアウルの楽園。
いずれも難敵であることは間違いなかった。
それぞれの表情には困惑の色が浮かんだ。
だが静也だけは違った。
「俺はやる。月乃が窮地なんだ。ヘッジス・スカルが奪われることは月乃の死を意味する。なら、俺にはやる以外の選択肢は無い」
「静也……」
「月乃。こればかりは止めても駄目だ。いくら月乃が止めろと言っても絶対にやるからな。それにな、考えていることとというか、あくまで予想なんだが一つある」
「ほう。聞かせてもらおうか」
狩人が興味深そうに訊ねた。
「ヘッジス・スカルは時空をも超える力を持つ。それに他十二個と一緒に揃えるとさらに力を増すんだ。なら、全てを揃えてヘッジス・スカルの力を発動させたら、もしかしたら月乃の中からその存在ごと取り除くことが出来るんじゃないか? かつて千取が月乃の中に入れられたのなら、逆に取り出すことや消し去ることも出来るはずだ」
「確かに理論上は可能かもしれないが、その方法が他のスカルを集めることだとは限らないだろ」
「それでも、もし俺達が他のクリスタルスカルを集めるっていう作戦でいくなら、必然的にここに集まることになる。なら試してみる価値は十分にあると思うんだ」
「でも静也。このヘッジス・スカルが無くなったら私はブラックホールを出すことも、この回復力も無くなっちゃうんだよ? 少し能力のある普通の人、もしくは完全に能力を無くした凡人になっちゃうんだよ? そうしたらセブンスターズのトップではいられないよ」
それに対して静也は、全く表情を変えずに言う。
「月乃がそう思っていても、周りは月乃をトップだと思い続けるだろうよ。それに、セブンスターズは月乃が作った組織だろ? なら月乃がいなくてどうするんだ。なぁ、みんな」
その問に他の面々は一様に頷く。
「俺達にとって能力なんて関係無いんだよ。月乃は誰が何と言ってもセブンスターズの長だ」
「でも静也。もし消滅したとして、それと一緒に私も死んじゃうかもしれないんだよ?」
「ヘッジス・スカルはかなりの力を持っているんだ。しかも他十二個と呼応している。きっと命を保ったまま消し去ることが出来るはずだ。もし無かったとしても、俺が必ず方法を見つけてやる。月乃を死なせてたまるものか」
「お姉さんもよ。月乃ちゃんには感謝しているもの。命に代えても探し出してみせるわ」
「わちもです。月乃姉ぇには恩があるです。それを返したいです」
「私もです。星見様に尽くすのが私の役目です」
「…わ……私……も……」
「もちろん金錠もだ」
それに対して狩人は何も言わずに肯定を示した。
「みんな……」
「そういうことだ。だから俺は他のクリスタルスカルを集めて月乃の中にあるヘッジス・スカルの消滅を目指す。みんなも同じ意見だ。それが無くなっちまえば月乃が誰からも狙われることが無くなって全て丸く収まる。それでいいだろ?」
静也の決意はまさに全員の総意となった。
「みんな……ありがとう。私はこんな仲間に囲まれて幸せだよ。―それじゃ、私達セブンスターズは他のクリスタルスカルの捜索に全力を注ぐことにするからね。でももちろん、今まで通りGreedの殲滅は怠らずにやるからね」
「もちろんだ」
「はいです!」
月乃はもちろん、ここにいる全員がとても嬉しそうだ。
そこで月乃が狩人に問いかけた。
「ヘッジス・スカルがあった場所では変なことが起きていたって言ってたよね?」
「あぁ」
「なら、他のクリスタルスカルでもそういうことが起きていそうな気がするんだけど、そういうおかしなニュースとかはないの?」
「そう聞かれると思って、既に情報提供を求めている。だから真偽は別として怪しげな情報が集まると思うぞ」
「流石は狩人だね」
「ふん…… 僕はただ作業の効率化を図ったまでだ。褒められることではない」
「それでも、ありがとう」
狩人は嬉しそうにしながらも引き続き情報提供に努めた。
「みんなも、本当にありがとう」
月乃は感謝の思いでいっぱいだった。
確かにヘッジス・スカルが体から消えた場合はどうなるか分からない。
だがもしもそれで月乃が一般人になってしまったとしても、ここにいる全員は決して離れない。そしてもしも死んでしまう可能性があったとしても、それは絶対に阻止すると言ってくれたのだから。
静也はそんな嬉しそうな幼馴染みの姿を見て、この姿と期待を裏切ってはいけないなと強く思った。そして、この景色を何としても守ってみせると心に誓ったのだった。
その時、部活時間終了を告げる本日最後のチャイムが鳴った。
一同が時計に目を向けると、十八時を過ぎていた。
さらにその直後には
「…おなか……すいたです」
小さくもしっかりとした腹の虫の声が全員の耳に入ると、それにつられて他の人達にも空腹感が押し寄せた。
「それじゃ、帰ろうか。そうだ、全部が終わったらスイパラに行こうって言ってたね」
「スイパラですと!? 行くです! 早く行くです!」
「でもこの時間よ? もう閉まっちゃうんじゃないかしら?」
「……そうだね。能徒。あそこの閉店時間は何時だっけ?」
「はい。十九時だったかと。最終入場は十八時です」
「そ、そんな……わちのおなかは……」
項垂れる悟利。
「なら明日のお昼に行こうか。今日はそうだね、近くにファミレスがあるからそっちに行こう」
「い、行くです! でもお金無いです……」
「バイキングだよ。今日は私が出そうかな」
「絶対に行くです!」
「この人数だぞ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。迷惑をかけたお詫びにね」
そうして一同は帰り支度を整えて早々にファミレスに向かったのだった。
それから空腹の悟利が他の客から驚嘆の目を向けられる程に食べまくったのは言うまでもない。
****
「次です! もっと食べるです!」
次の日、予定していた通りセブンスターズ一行はスイパラに来ていた。
通された一角の席はどの席よりも皿が多く、他のどの客よりも高く積み上がっていた。
「昨日もあれだけ食べたのに、よくそんなに食べられるな」
「甘いものは別腹です! おいしいです!」
と両手にフォークとナイフを持ってご満悦な様子の悟利。
「小牧様。追加のケーキです。あと牛乳です」
「ありがとうです! 能徒もたくさん食べるです! 無くなっちゃうです」
能徒は今日もみんなのメイドとして給仕をしていた。
そんな彼女の手には店員から受け取ったケーキが二つあった。しかもそれらはカットされたものではなくホールケーキだった。
爆食している悟利とは対照的に、他の面々は各々が思うがままにスイーツを堪能していた。
「月乃。悟利があんなに食べてるけど、お金は大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。だってここは二時間食べ放題だから」
月乃はそう言いながら和菓子を食べていた。
しかもそのチョイスが最中と羊羹なので、元々の地味さ加減に拍車がかかっている。
「俺らが大丈夫でも、店員の人は大丈夫ではなさそうだぞ。あの人なんて半分泣いてるし」
「まぁ、そもそも食べ放題って絶対に元が取れないようになっているから、悟利みたいな食欲の権化が来た時の事を考えていなかったみたいだね。今日は運が悪かったんだよ」
さらに積み上がっていく皿を横目に梅昆布茶を啜っている月乃。
静也は他の人にも目を向ける。
唯はブルーベリーソースのチーズケーキを食べながらコーヒーを嗜んでいた。
「お姉さんが気になるのかなぁ? 静也くん」
「いやべつに。なんかお嬢様みたいだなと」
「そう? そんなにお姉さんが綺麗に見えたのねぇ」
今日も静也の隣に座っていた唯がそのまま肩に頭を乗せると、もたれかかるようにして急接近した。
ふわりと香る上品な甘い香りが静也の鼻腔をくすぐった。
「お姉さんね、この前のことまだ少し引きずってるの。だって狩人くんと同じで最初の方にやられちゃったじゃない? 油断さえしていなかったらお姉さんも本当はけっこう強いのよ? ねぇどう思う?」
「どう思うって言われても、それはもう月乃が仕方ないことって言ってなかったっけ?」
「あれは狩人くんに言ったのよ。お姉さんは、何も言われてないよ? だから、傷心中のお姉さんを慰めてほしいな」
それから前にもしていたように静也の手に自分の細い指をゆっくりと絡ませながら這わせていき、そのまま手を通り過ぎると脚の方へすぅ…と下っていった。
そして心なしか唯の目はピンク色に発光を始めていた。
「唯。唯もあの時のことはもういいから。それと、静也は駄目だよ?」
唯とは静也を挟んで隣にいる月乃がそう言うと、途端に唯の瞳の発光が止んで手が引っ込められた。
「月乃ちゃんに言われちゃったら、お姉さんでも納得せざるをえないわねぇ。でも、静也くん」
そして唯は静也の肩から頭を離す直前に
「興味があったら、いつでもいいよ」
と耳元で色っぽく囁いたのだった。
今回はそんな一部始終を悟利は見ていなかった。だが、狩人はそれを一瞬だけ見るとため息をついた。
「なんだ金錠。何か思うことでもあるのか?」
「いや何も。姉ヶ崎も懲りないなと思ってな」
「もう。そう言ってる狩人くんは、実は静也くんが羨ましかったりして?」
「そんなことはない。組織内で恋愛事になれば後々面倒な事になるからな」
「ボッチの極み。いや、僻みか?」
「う、うるさい」
そうして狩人はスパゲティを口に運んだ。
「スイパラでスパゲティって。前のファミレスでも思ったが、甘い物は嫌いなのか?」
「いや、そういうわけではない。ただ単に食べたかっただけだ」
静也はそのままの流れで狩人の隣に座っている愛枷に目を向けた。
相変わらずの長髪をテーブルに垂らして黒ゴマプリンを食べていた。
なんかその黒ゴマプリンの色、本格的にあの映画の井戸みたいな色をしてるぞ。
と静也は思ったけれど何も言わない。
だが、時折その長い髪がプリンと一緒に口に入ってしまっているのが気になった。
「能徒」
「はい、無波様」
呼ばれた能徒が静也から頼み事を受けると、承知しましたと言った。
それから間もなくしてそれは実行された。
「深見様。失礼します」
「な……なにを……して……あ…あ……」
そうして見る見るうちに愛枷の超ロングの黒髪が後ろで一つに結わえられていく。
わずか数分後には端正に整えられたポニーテールが完成した。
「うん。これなら邪魔にならないだろ?」
愛枷が下を向いて食べかけのプリンを見た時、確かにさっきまであった髪がテーブルに垂れることはなくなっていた。
「静也…くん…… 私を……気に…かけて……くれた……」
「まぁ食べにくそうだったからな」
静也は愛枷の顔を今になってはっきりと見た。
月乃に劣らず白く張りのはる肌感に、意外と小さな唇。そして何よりも瞳がとても綺麗だった。同じく普段から目が隠れてしまっている月乃の瞳は黒く円らで愛嬌のある可愛いさがある。しかし愛枷の場合は、そこに理知的さを含み、それでいて吸い込まれそうなほどに深い蒼色をしていた。
ただ唯一、ハイライトだけは無かった。しかしそのマット感もまたクールな印象を放出していた。
そんな瞳が一瞬だけ静也を見た。しかしすぐに下に逸らされた。
「顔を…見られるの……はずかしい……」
すると愛枷はせめて前髪だけでもと元に戻した。
顔全体を隠す程に長い前髪。その奥ではもしかしたら恥ずかしがっているのかもしれない。
静也はそう思うと、悪戯心にその前髪をめくってみたくなるのだった。
「駄目だよ?」
「どうした? 月乃」
「なんでも。ただ、静也が愛枷に何かよからぬ事を考えてる気がしてね」
どうやら見透かされていた様子。
静也はそれをうまく躱すと、注文していた苺のショートケーキが到着したのでそれにありついた。
その時、能徒のスマホがバイブした。
「……星見様。こちらを」
「ん?」
能徒がなんだか神妙な顔つきで月乃にその画面を見せた。
「あー、なるほどね。そういうことだったんだね。それなら納得だね」
「どうしたんだ?」
「何かあったですか? 月乃姉ぇも食べるですか?」
「いや、えっとね……」
その神妙な様子に全員の視線が集中した。
すると、月乃がその口を開いた。
「才木くんのお父さんが死んだよ」
その一言で全員の意識が月乃に集中した。
才木秀生。
かの戦いで自己顕示の欲を暴発させてGreedと認定後、セブンスターズにより始末された男子生徒である。
才木の死体は件の千取が奪取し、それについて今の今まで音沙汰がなく一切の情報が出てきていなかった。
そんな彼の父が亡くなったのだ。
「どうして急に。俺達の親と同じくらいの年齢なら、まさか老衰ではないだろう?」
「うん。一応ニュースでは事故死ってことになってるの。でもね、死ぬ前に出たニュースによってマスコミが今ある人に疑惑の目を向けてるんだよ」
一同が能徒によって見せられたiPadの画面に注目すると、そこに表示された記事を確認した。
「株式会社AGVテクノロジーがSKインターナショナル株式会社をM&Aに向けて協議中?」
「うん。実はこのSKインターナショナルって才木くんのお父さんの会社なんだよね。で、AGVテクノロジーっていうのは、千取が社長を務める会社なの。才木くんのお父さんはこの王手IT企業、千取の会社は生体科学会社。最近は特にAIだなんだって言われている時代だし、それに、それを人体に適用させる技術も一部では始まっているの。だから千取はその技術や規模の拡大を目的にM&A、吸収合併しようとしたんだろうね」
そこから考え出されることを狩人が言う。
「まさか、才木の父は事故死ではなく、千取に殺されたのか?」
「それを疑ってマスコミが千取に取材をしているんだけど、当の本人は関与していない、偶然だって言っているみたい。現に証拠も何も出てきていないみたいだからね」
「まぁマスコミが疑うのは最もだろう。協議中?ということは、生前の才木の方は合意していなかった可能性が高いわけだしな。で、この社長を失ったSKの方はどうなるんだ?」
「おそらくこのままAGVの方に吸収される流れになると思うよ。噂だと社長以外の役職者は現状の待遇よりも好条件を提示されて合併には賛成していたらしいし」
静也はふとあの時の千取の言葉を思い出した。
―物事には順序というものがあります。才木家を消すのにはまだ早いのです。
「奴は、才木家は政財界や多くの大物とコネがあるって言ってた。あの時既にあれもこれも全てを手に入れる筋書きを立てていたに違いない。だから千取は消すのにはまだ早いって言ったんだ。その準備が整ったから実行に移した。俺達セブンスターズを才木家に突入させないようにしたのはこの為だったんだ。いや、まてよ。まさか―」
静也はさらに思考を巡らせると、その先に考えられる動きや千取の動きを予測した。
「仮に才木の父を殺したのが千取だとしよう。それで何もかも全て奴の筋書き通りだとすれば―」
「うん。そうだよ。千取は確実に残りのクリスタルスカルを集める気だよ」
政財界、それに関与した大物とのコネ。そしてITと生体科学。そこから導き出されるAIによる予想。
千取にはクリスタルスカルの情報を集めるために必要なピースが着々と揃ってきていることになるのだ。
「どうする。月乃。俺達学生にはそんなコネも情報戦略も無いぞ」
「そうだね。でも大丈夫だよ。だって私達には狩人がいるんだから」
その言葉に虚を突かれた静也。だがそれは彼だけでなく全員がそうだったようで、まるで嘘だろと言っているかのような目で狩人を見た。
「待て。金錠はただのヘタレボッチの強がり野郎だ。何かあるとは思えない」
「極めて失礼な事を言ってくれるな、無波。それでは聞くが、どうして一介の学生である僕がヘッジス・スカルが盗まれたなんていう国家機密レベルの情報を検索出来たのだと思う? それに、スカルによる怪奇現象や超常現象は普通であればオカルトだといって相手にされない、もしくは政府が隠蔽すべき事案だ。それらをなぜこの僕が検索出来たのだと思う?」
「それは……」
「僕はこれでもそこそこ有名な貿易会社の経営と、詳しくは言えないが必要に応じて世界有数の著名人達を顧客に持つ株トレーダーもやっているのだ。その見返りに彼らから情報詮索の権限を貰っている。だから世界の裏側で起きていることだろうが僕にかかれば造作も無く調べることが出来るんだ」
本当か?と一同の目が万能メイドたる能徒に向けられた。
「はい。本当です。こう見えて金錠様は幼き頃よりそういった才覚に恵まれ、高校入学前に仰っていた会社を設立し株トレードに関しても独学で修められました。確かに学校の勉学が出来ませんが、こう見えて類まれな才能の持ち主なのです。ちなみに、我が生徒会で使う費用に関しても有事の際は金錠様に融通いただいています。やはりこう見えてセブンスターズにとって非常にお役に立つお方なのです」
「こう見えてってのは余計だ。三回も言うな」
「いや、十分にこう見えてだろ。確かに能徒が言うなら納得だが……でもなぁ、その実態がヘタレボッチなんだよなぁ」
「だから、僕はボッチじゃないと言っているだろう。なぜなら、僕にはみんながー」
そこで狩人の言葉が止まった。
「みんなが?」
「いや、そんなことはどうでもいい。千取がいかに情報を手に入れようと布陣を固めようが、僕には僕にしか分からないことがある。それに、こちらにも手が無いわけではない。だよな? 星見」
「まぁ、そうだね。でもかなり手間がかかるけど」
「なんだそれは」
すると、月乃は自分の頭に指を置く。狩人もまたパソコンを取り出すとその画面に日本各地の地図を映し出した。
「共鳴現象を利用する」
「共鳴?」
「そうだ。ヘッジス・スカルがモノとして納められていた時には各地で怪奇現象が発生した。それは十中八九それによる干渉があったからだ。ヘッジス・スカルでそうなるということは、もしかすると他のスカルでも同様に微弱でも干渉が起きているのかもしれない。そこにヘッジス・スカルを持って行き星見に判定してもらう。同じオーパーツであれば何かしらの共鳴により星見が察知するかもしれない」
「狩人くん。でもそれは難しいんじゃないかな? だってそのためには月乃ちゃんを全国各地に連れて行くってことでしょ? 狩人くんがいくら社長でお金があったとしても時間がかかりすぎるし、月乃ちゃんの体力がもたないよ?」
「それは……そうだな……」
雄弁に語っていた狩人の言葉が止まった。
「机上の空論か。やっぱり金錠はこう見えての残念ボッチなんだな」
「う、うるさい。何かもっと効率的な方法があるはずだ。今はそれが思い浮かんでいないだけなんだ」
「…この……際……千取を……消す……それが…早い……」
「万事解決の方法ではあるが、今の僕らでは奴には勝てないから無理だ」
ふと静也が月乃を見ると、なんだかしょんぼりしていた。
その様子は静也が机上の空論と言う前、それこそ唯が懸念点を言った時からだった。
「月乃。もしかして、金錠の金で全国旅行に行けるって思ってたのか?」
「……そんなこと、ないもん」
少し頬が膨れていた。
どうやら本当に思っていたようだ。
さてどうするか。
狩人によって方法の糸口は示されたものの、それをする為の効率的な手段が見当たらなくなってしまった。
全員が一様に頭を捻っていると
「おかわりです!」
と話を聞きながらもひたすらに食べ続けている悟利が元気に言った。
「しんみりと考えていても仕方ないです。とりあえずは甘いものでも食べて頭を柔らかくするです!」
その無邪気な笑みがこの手詰まりの重い空気感に浸透すると、
「それじゃ、私は栗羊羹にしようかな」
と月乃が注文しようとオーダー用のiPadを操作し始めた。
それに続くようにして
「お姉さんは、練乳チョコバナナパフェね」
「わ……わたし……は……黒ゴマロールケーキ……」
唯と愛枷がそれぞれで注文枠に追加していった。
「なら、俺は白桃のパイ包み」
「あら静也くん。ももが好きなの? それともパイかな?」
「まぁ、両方好きだけど」
「そうなのぉ……へぇ……」
唯の瞳がまた少しピンク色に光った。だが静也はそれを見なかったことにした。
「能徒も何か食べようぜ。ずっと世話をしてばかりで疲れただろ?」
「いえ、私は皆様の給仕をするのが務めですので」
「能徒も食べるです! わちからの命令なのです!」
口元に生クリームを付けた悟利が子供のように言うと、能徒は一度周りを見渡してから
「……では、私はプリンを」
と注文枠に追加した。
「金錠はどうするんだ?」
「そうだな。確かに甘いものでも食べて頭を働かせるか」
そう言って生クリームが乗ったコーヒーゼリーを注文枠に追加した。
「それじゃ揃ったね。注文っと。あれ?」
月乃が注文をタップしても反応しなかった。
「あ、申し訳ございません。一旦解除いたします」
「結界を張っててくれたのね。流石は能徒」
一連の話をし始める前、能徒は盗聴防止策としてこの席の周りに結界を張っていた。
そして結界が解除された時、注文の送信が完了された。
「わち、よく分からないですけど、これってすごいです。ピピって操作して押したら届くですもん。魔法みたいです」
「悟利ちゃん。これはね、電波を出しててむこうに受け取る機械があるのよ」
「そうなんですね。LINEみたいです」
「LINEとかメッセージ系のものは少し違う。店みたいに近距離での通信じゃないからな。それこそ遠い相手には各地の基地局を介してだな―……」
悟利の素朴な疑問を答える唯に補足をするように答えている狩人の言葉が止まった。
「これだ! この手があった!」
と途端に狩人が立ち上がって声をあげた。
「狩人。静かにね。で、何か思いついたの?」
「あぁ、これならいけるかもしれない。いや、いけるに違いない。どうしてこの僕が気付かなかったんだ……」
「こう見えてだからじゃないのか?」
先の会話の中に何かを見出した狩人が月乃に冷静にたしなめられる。
すると、それを察した能徒がすぐさま結界を張ろうとしたが、注文したスイーツが到着したので一旦待った。もちろん、狩人も店員が立ち去るのを待った。
「それで、どうしたの?」
店員が立ち去り、直後には結界が張られたのを確認した月乃が問いかけた。
「こればかりは小牧を称賛せざるをえない」
「わちが何かをしたですか?」
「あぁ。基地局だ。メッセージアプリの話が役に立った」
「やったです! お手柄です!」
そうして悟利が嬉しさのあまりテーブルに並んでいるスイーツへ伸びる手がさらに速くなった。
「それでだ、確かに星見を全国に連れて歩くわけにはいかない。だが、ヘッジス・スカルは別だ」
「だから、取り出せないって言っているだろ」
「そうじゃない。ヘッジス・スカルはモノとして存在していた時にはその場所に不可解な出来事をもたらした。ならば、そのもたらせるために媒介となったものは何だったのか。僕は特殊な波長や周波数を持った電波のようなものではないかと推測している」
「なるほどね。確かにそれなら目には見えないし、あたかも超常現象が起きたみたいになるね。でもそれは推測で、確定ではないんでしょ?」
「まぁそれはそうなんだが、全ての現象には必ず理由があると、かの有名な大学准教授が言っていたようにヘッジス・スカルが関わった現象にも必ず理由があるはずだ」
「その准教授は今は教授だけどな」
「静也。話の腰を折ろうとしないの」
静也もまた月乃にたしなめられる。
それで?という空気を出す一同に狩人は話を続けた。
「確かにその電波のようなものの存在はまだ仮だが、僕はほぼ確実なんじゃないかと思っている。なぜなら、この世界において多くのオカルトやオーパーツなんてものは徐々に解明されつつあり、それは全て科学による証明がなされているからだ。これもその科学の範疇だとすれば、ヘッジス・スカルが関わった事象は全て科学で説明出来る。ではその事象を引き起こしている見えない力は何か。仮に電波ではなく電磁力だとしよう。それも目には見えないからな。そうなった場合は周囲には強力な磁場が発生し、周辺地域の街灯や通信機器、他電子機器にも影響を及ぼすに違いない。だがそんな報告は無かった」
そして狩人が月乃を指さした。
「つまり星見の中にあるそれが引き起こしていた事象は電磁力が原因ではない。残る可能性は他の電波だ。それも特殊なものだ。普通の電波ではないのは僕らやここにいる他の客が問題なくスマホを使えていたり、店員を呼び出すための機器を使えていることが何よりの証拠だ。きっと周波数か波長、もしくはそれら全てが違うのだろう。だから他の機器には干渉しないんだ」
「でも極稀にそれらが合ってしまって干渉することもあるだろ?」
「それが起きた時というのが怪奇現象が発生した時なんだ。そんな現象は頻繁に起きるか? 起きないだろ? だから人々が奇妙がって超常現象だなんだって言うのだ」
なるほどと全員が納得の意思を見せた。
それとともに結局どうするのかという結論を求めた。
「星見を全国へは送れない。ヘッジス・スカルも取り出せない。ならばその特殊な電波を全国に流せばいいんだ。それこそメッセージアプリの通信のように基地局を伝ってな。その電波を僕らが監視し、異常や僅かでも共鳴現象が起きた場所に星見を連れて行くのだ。そうすれば他のクリスタルスカルの場所が明確になるはずだ」
「話の内容は分かったけど、私の中のヘッジス・スカルの電波はどうやって調べるの? それと、どうやって再現するの?」
方法は示された。だが、月乃の言うとおり核となる電波の採取や再現をどうするのかという問題があった。
「僕を侮ってもらっては困るな。こういう時のために僕は多くの著名人や世界有数の人々と繋がりがあるのだ。それ関係の研究をしている人や、それこそ最先端科学に精通した屈指の人もいる。問題はないだろう」
「だろうじゃ困る。勝算はあるのか?」
「もちろんだ。要は電波の本質を掴めてしまえば模倣して作り出すことは可能だからな。サイバーテロや電子機器の遠隔操作で犯罪が出来る世の中だしな。だが、当然一般人が手を出すには黒寄りのグレーだ。だからその分野で特別な許可を得ている人の名前を借りる。これでいけるはず、いや、いけるね」
確信と自信に満ち溢れた表情をする狩人。
その説明については全員は理解し納得はした。だが、黒寄りのグレーであることと、やはり駄目でしたとなった時はかなりの時間のロスになってしまうので誰しもが決断を出来ないでいた。
そんな時、月乃が口を開いた。
「それしか出来ることはないんだよね?」
「無いというか、これが最善だと思うね。千取も千取で情報収集のために王手IT企業と政財界のコネを手に入れた。ならもう可能性が少しでもあることをやっていった方がいいだろう。それこそ情報戦は確実性とスピードが命だ。幸い僕達にはヘッジス・スカルがある。ならあとはスピードだ。焦らずに急ぐ必要がある」
月乃が少し考える。
全員の視線がそこに集中した。
「分かった。狩人、それでいこう。ならまずはこれの調査だね」
とセブンスターズの主が決断を下した。
それに対して他の面々が口を挟むことをしなかったので、狩人はその案を満場一致で採用ということで理解した。
自分の頭を指さして言う月乃は、その瞳こそ見えなくてもその仕草や口調に覚悟を示していた。
そんな中で静也だけはまだ少し心配の雰囲気を出していた。
「金錠。これだけは約束しろ。いくらヘッジス・スカルの電波を調べるからといって月乃を危険に晒したり、死なないからって頭を切り開いたりは絶対にするな。もちろんこの髪もだ。この両目が隠れた地味でもっさりした髪形が月乃のアイデンティティなんだ。この地味さの塩梅を絶対に変えるんじゃねぇぞ?」
「静也、嬉しいけどなんか酷い」
月乃の頬が僅かに膨れる。
「もちろんだ。そんなことをしたら前の比じゃないくらいにお前が怒り狂うことは察している。もうあんな面倒なことは嫌なんでな。アイデンティティも地味さ加減も全て変えないということを約束しよう」
「……分かった。そういうことなら俺はもう何も言わない」
「なんか二人とも酷いなぁ。私の地味はアイデンティティじゃないよ?」
「地味を取ったら何が残るんだ?」
「まぁ、その議論は今はいいだろう。ということで、星見。近い内にヘッジス・スカルの調査をおこなう。その手筈が整ったら伝えるから、その時はよろしく頼む」
「むぅ…まぁ、それについては分かったよ。よろしくね。確認だけど、みんなもそれでいい?」
その問に関して一同は頷いた。
そうしてやることの方向も意思も定まったので、話の終結を察した能徒が結界を解いた。
「注文するです!」
「まだ食べれるのかよ」
「余裕です! わちの胃袋はブラックホールなのです!」
そうして悟利が次々と追加注文をしていった。
「お客様。そろそろお時間となります。ラストオーダーは、ありますか?」
この時間制スイーツパラダイスに終わりの時間がやってきた。
そう告げてきた店員の女の人はどこか涙目になっていた。
かつてないほどに悟利が飲み食いしているものだから厨房はてんやわんやだろうし、何にしてもこの日の店は赤字確定なのだから、なんなら血涙を流していてもおかしくないのだ。
「もう終わりですか!? 困ったです。まだわちは食べられるですのに……」
その言葉を聞いた店員の顔がさらに青ざめた。
「そういうことだから、最後に何かあれば注文しようか」
月乃がそう言うと名残惜しそうに最後の注文を済ませる一同。
それからまもなくて運ばれてきたのはホットコーヒーや小さなアイスクリームといった可愛らしいもの、そして三段重ねのパンケーキが十個だった。
もちろんそのパンケーキは悟利がオーダーしたものである。
「なんでまだそんなに食べられるんだ?」
「消化が速いのです。余分なものを出さずに食べたものはすぐにわちの体に吸収されるです!」
ふと静也はそんな悟利の腹に目を向けた。
だがそこは来店時と一切変わらず、ほっそりとして華奢なままだった。
「まぁ、悟利は食欲だからね。こうしてたくさんエネルギーを蓄えていざという時の治療とか、それこそ一気に力を出す時のために備えているんだよ。悟利のフルパワーは凄いんだよ? 全エネルギーを攻撃に変換したら、一撃が強すぎて私でも両手を使わないと抑えられないの。でも数回しか出せないし、使い切ったら動けなくなるんだけどね」
月乃が豆大福を食べながら言う。
「凄いのか凄くないのか分からないんだが」
「静也がまともに受けたら、たとえ守りに徹していても全身打撲か両手両足の粉砕骨折で済めばいいねって感じだよ」
「それは恐ろしいな」
そんな強大な力を秘めた存在が今もなお美味しそうに、そして幸せそうにパンケーキを口に運んでいる。見方によればそんな絶大なエネルギーを貯蓄している行為でもあるので恐ろしい光景でもある。
「美味しかったです! また来たいです!」
やっと完食した悟利は満面の笑みでそう言った。
*****
「今日もたくさん食べたわねぇ。悟利ちゃん」
帰り道で唯が悟利と手を繋いで歩いている。
「身長差とか雰囲気的に親子に見えなくもないんだよなぁ」
「あら、静也くんは人妻にも興味があるの?」
「なんでそうなるんだよ。俺は健全だ」
「健全も不健全も表裏一体よ? 大丈夫、お姉さんはそれでもいいから」
すると唯が空いている方の手を静也の腕に近付ける。だがそれは静也が反対方向に動いたことで触れることはなかった。
「どうした? 月乃」
「ううん。地面にバナナの皮が落ちてたから」
「漫画じゃないんだからありえないだろ」
ふと静也が後ろを振り返ると、もちろんそこにバナナの皮なんて落ちていなかった。
「ブラックホールで消しといたよ」
「仮に本当にあったとしてもバナナ程度で使うな」
唯はそんな会話を見て少し怪しげな笑みを見せた。
「NTRも……いいわねぇ……」
「唯、静也は駄目だよ?」
「聞かれちゃった。でも、選ぶのは静也くんだからね?」
静也を挟んで唯と月乃が無言の視線をぶつけ合った。
「唯姉ぇ。えぬてぃあーるってなんです?」
「ふふ。悟利ちゃんにはまだ早いわよ」
「そうですか。ならもっといっぱい食べて早く大人になりたいです!」
それから一行が歩き続けるにつれてそれぞれの帰路に別れていく。
「それじゃ、また明日ね」
「う…ん……今日は……楽し…かった…… 静也くんも……ありがとう……気にかけて……くれて…」
店を出てから終始無言で最後尾からのそのそと歩いてきていた愛枷が角を曲がると、夜の闇の中にゆっくりと消えていった。
そうして最後に残ったのは静也と月乃、そして能徒だった。
「ねぇ静也」
「なんだ?」
月乃が唐突に話しかけた。
「もしも唯が静也に迫ってきたら、どう思う?」
「どうって。そうだな。びっくりはするかな。でも今日のあれも、この前のあれもからかっているだけだろう?」
「だとしてもだよ。びっくりするだけ?」
「まぁそうだな。びっくりするだけだな」
その時静也の脳裏には唯の甘い香りと、接近された時に否応にも視界にとらえてしまった豊満な胸、そして発育の良い脚とスカートに隠れた腰部の光景が過った。
唯は座っている時はまるで日本美人のようにおしとやかで、その所作や姿勢にも女性らしい魅力が詰まっている。そして立っている時は、その日本人離れしたスタイルで周囲に色香を振り撒いている。
悟利とセットでいることが多い分、その大人びた雰囲気と聖母のような魅力に酔いしれる男達が多いのは言うまでもない。
静也が月乃に目を向けると、なんだかその長い前髪の奥の瞳にじっとりと見られているような感じがして
「怒ってるのか?」
と問いかけた。
「……怒ってないもん。ただ、やっぱり静也もスタイルがいい方がいいんだなって思っただけだもん」
月乃の口元がむっと強張った。
「月乃だって悪くはないだろ? バランスはとれているし、胸も小さいわけではない。くびれもあるし、尻も程よい大きさだし。やっぱり何にしても地味だし。そこがいいんだよなぁ」
「地味って褒め言葉なの?」
「そうだ。俺は派手な女子が苦手だからな」
「ふーん、そう。でも、胸とか腰とかお尻とかは聞き捨てならないね。あと、私はまだこの前嗅がれたことを忘れたわけじゃないよ?」
「あれは猫が来て転んだからで不可抗力だ」
「でも……脇も嗅ごうとしてたよ? 恥ずかしかったんだからね?」
月乃の口元はいまだにむっとしている。
だが心なしかその頬は僅かに朱を帯びていた。
「それは……その……いい匂いだったからつい」
「変態さんだね」
「そう言われてもなぁ……」
すると二人の間に僅かに風が吹いた。
その風に乗って月乃の甘い香りが静也の鼻腔をくすぐった。
「今嗅いだでしょ?」
「これこそ不可抗力だ。それにしてもなんで月乃はこんなにいい匂いがするんだ?」
「知らないよ。でも遺伝子的に相性がいい人はいい匂いが―……」
そこで月乃がはっとして口を閉じた。
「なんだって?」
どうやら静也には最後まで聞こえていなかったようだ。
「なんでもないよ。それじゃそろそろ私はここでね。能徒、静也を家まで送ってあげてね」
「承知しました」
道中一切話すことが無かった能徒が了解の意を示した。
「いやいいよ。能徒も女の子だし月乃を送ってやれよ。俺は一人で平気だからさ」
「ですが、星見様のご命令ですので」
その目には主の命令を必ず遂行するという強い意思が宿っていた。
それに気圧された静也はしぶしぶ受け入れると、月乃と別れてからその万能メイドに付き添われて自分の帰路を歩いた。
「月乃とはそんなに長いのか?」
歩き続けていても一切会話が無かったので静也が口を開いた。
「はい。それほどに」
「そうか」
すぐに会話が途切れてしまった。
静也も静也であの勉強会以外でちゃんと能徒と話すのは久々なので自然と口数が少なくなる。
「……星見様はかつての私を救ってくださいました。今私がこうして皆様のメイドとしてやっていけているのも全て星見様のお陰なのです」
と能徒がぽつりと言った。
「能徒なら頭もいいし基本的に一人で何でも出来るんだから、月乃が何を助けたのかは知らないけど上手くやっていけてたんじゃないか?」
「いえ、そんなことはありません。それに、私は皆様が思っている万能メイドなんかではありません。ただの欲祓師のなり損ないなのです」
「なり損ないって、セブンスターズは全員欲祓師だろ?」
「そうですが、私だけは完全な欲祓師ではありません。全ては星見様のご厚意で今もセブンスターズに置いていただいているのです」
能徒は夜空で輝く満月を見て語り始めた。
その表情はとても物憂げで、底知れない寂しさを孕んでいた。
それからゆっくりと静也に目を向けると
「この度、無波様は他のどなたよりも星見様をご心配なされ、最終的にはご自分の命まで懸けて星見様を助けようとご決断されました。正直私はかなり疑い深い性格なのです。実際のところ、勉強会の時でも無波様を疑っていました。この方は星見様や皆様を裏切らないか、本当にこの方にお任せしてよろしいのかと観察をしていました」
能徒の目は普段通り冷静なものだが、その中にあるのは紛れも無い本心であり、その出で立ちもどこか強張っているというか静也を警戒している様子だった。
だが、それを向けられている静也はまったく構えずに、それこそ月乃を相手にしている時のように隙をだらけである。
「―ですが、それは杞憂だったようです。私は星見様のために尽力される方は知っていますが、このような前代未聞な事態にもかかわらず率先して命を懸けるという方は見たことがありませんでした。なにせ、人はどんなに他人や家族を想っていても結局は自分が一番可愛いものだからです。自分に得が無い限りは安易に命を懸けようとしません」
ですが―と能徒が続ける。
「無波様は嘘偽りなく、ひいては星見様の制止は無駄だと明言したうえでその命を懸けられました。先の戦闘でもそうでした。星見様に危険が迫れば排除欲求を発動させて本気で星見様を守るために敵を排除しようとしていました。ですので、私はもう無波様を完全に信用いたします。だからこそ私のことも知っておいていただけませんか? 私も有事の際にはこの命に代えても星見様をお守りする覚悟を持っています。共通の志を持つお互いを知ることでいざという時の連携や言葉を発することが出来ない状況に置かれたとしても、お互いに行動を予測し効率よく星見様や皆様をお守りする最善手をとることが出来るかと思いますので」
「……確かにそうだな。でも本当にいいのか? 俺のことを完全に信用しちまって。それこそ、いざという時にわが身可愛さに裏切るかもしれないぞ?」
「それは無いと思います。もしもそうなった場合は私が必ず無波様を殺し、皆様にご迷惑をおかけした責任として自らの首を地面に切り落として死んでみせましょう。無波様はここまで聞いて、元よりされないかと確信していますが、私が私を殺す未来にならないようにいたしますでしょう?」
「それはそうだな。能徒が死んだら月乃や他の人達が悲しむし、俺も月乃が泣く未来にはしたくないしな」
すると能徒が少しだけ口角を上げて笑った。
「それで、能徒が俺を信用してくれるのは嬉しいけど、能徒自身のことってなんなんだ?」
「はい。それではお話いたします。欲祓師のなり損ないの私のお話を」
そうして能徒はもう強張ることも警戒する様子もなく静也に語り聞かせた。
自らと星見月乃との過去と、月乃に心酔するわけを。
その瞳が一度過去に向けられた時、やはり再び寂しさや悲しさがそこに宿った。
******
「010番。早くこれを運びなさい」
「……はい」
私には名前がありませんでした。
両親と過ごした記憶も無く、物心がついた頃にはもう孤児院にいました。
聞いた話だと、私の両親は私を生んでまもなくしてGreedとなって陰陽院の欲祓師に始末されたそうです。それから身寄りの無い私が引き渡されたのがこの孤児院でした。
国営第3孤児院。そんな名前でした。
孤児院とは当時の幼い私のような身寄りのない子を保護し育ててくれる施設、というのが周知の事実だと思います。しかし、この第3孤児院は違いました。国営とはいっているものの、実際に運営しているのは政府の中でもかなりの悪徳政治家や、それこそ税金対策で多数の大人達が共同で出資して経営しているなどといった堂々とは言えないやり方をしている人達でした。
また、この孤児院には周囲に絶対に知られてはいけないことがありました。
「できました」
「……ほう。悪くない出来だ。でも良くもない」
幼い私が持っていった物の柄が確認している男によって勢いよく振るわれると、それが頬を直撃しました。
「うぐ……」
「簡単には壊れなさそうだ。だが、撃ったらどうなるか分からんな。試し撃ちしてみるか?」
「…やめて……ください……」
私が彼に持って行ったのはライフル銃でした。
この孤児院は金儲けの為に某国に密輸する武器の製造を秘密裏におこなっていました。また、それだけでなく敷地内で違法薬物を栽培し、時にはその効果を試すということで何人かの子供達が犠牲になっていたりもしました。
ここでは孤児院に勤めている人達が全てであり、金儲けのための人材が生き残る仕組みとなっていました。ですので私は薬物や、それこそ銃の試し撃ちなんかで殺されないように必死になって技術を会得しました。
もちろん警察に頼っても無駄でした。なにせ孤児院は国営でその背後には政治家や多数の著名人達がいます。告発があったとしても彼らの圧力で揉み消されてしまい全て無かったことになりますから。
そんな日が何年か続いたある日、気に入られた子にのみ与えられるヒトとしての名前を付けられました。
「010番だから、叶でいいか。良かったな。これでお前も今日からヒトだ。その名前の通り、俺達の金儲けの夢を叶えてくれよな」
「……はい。ありがとうございます」
屈辱でした。
これだけ死なないように頑張ってきても、結局はこの人達の鎖に繋がれた存在として生き続けることに変わりはないのですから。それにこの名前も自分の夢ではなく、そんな汚い大人達の夢を叶えるための名前で、いうなれば道具に付けたような感じがしました。
私はどれだけここで頑張ってもきっと一生この人達の道具として使われ続け、不要になれば切り捨てられる存在に違いない。
私は道具としての価値しかない。ちゃんと一人の人として必要とされる存在になりたい。少なくともこの人達以外の人に必要とされる存在になりたい。
この人達は私を人として必要としてくれない。
私は……人として必要とされたい。
そう心に強く思った時、私はGreedになってしまいました。
それからは瞬く間に孤児院の大人達を皆殺しにし、あまつさえ他の子供達にも手を出し私を恐れ逃げていく子達も殺してしまいました。
その時鏡に映った自分の姿は今も覚えています。返り血にまみれ瞳からは光が消え、両手の爪には彼らの肉片が入りこんで床に血が滴り落ち続けていました。
誰がどう見ても化け物でした。
そこに私とさほど年齢の変わらない二人の女の子がやってきました。
「うーん。だいぶ派手にやってるね。でもなんか完全に意識を乗っ取られていない気がするんだよね。どう思う? 唯」
「そうねぇ。ぎりぎり理性は保てているみたいだけど、これも時間の問題じゃないかな」
当時の星見様と姉ヶ崎様でした。
その時はまだセブンスターズはなく、お二人で欲祓師として周囲のGreedの殲滅をおこなっていたそうです。
「君達はなに? 君達も私を不要だって思ってるの? 私から逃げるの? 恐れるの?」
「そんなことないよ。だって今会ったばかりだからね。それにその感じ、もしかしてあなたは承認欲求の子だね。必要とされたり自分の存在を認めてもらえればその人のために強くなるけど、そうじゃなくなれば狂暴化する厄介な欲。たしか全国的に見るとこの欲の持ち主が急増してるんだよね」
「だから何? それで、君達は私を必要としてくれるの?」
おどろおどろしい私の様子に気圧されることもなく、次に星見様は言ったのです。
「うーん。今はいらないかな。でも私達も仕事で来てるから、あなたにはここで死んでもらうからね」
「……そう。やっぱりみんな私をいらない子だって言うのね。だったら私が君達を殺すから」
それから私は何も武器を持っていない星見様と姉ヶ崎様に襲い掛かりました。しかし実力差がありすぎて返り討ちに遭ってしまいました。
「まだ生きてる? 生きてるなら少し話でもしようか」
「…なん……でよ……もう殺したらいいじゃない。どうせ私なんて…この先誰からも必要とされないんだから」
「……唯。どう思う? 私はいいと思うけど」
「同じくよ。今もちゃんと自我を保ててるみたいだし」
「だよね。そういうことだから―」
星見様は倒れている私に問いかけました。
「ここが潰れちゃってこの先行くあてはあるの?」
「ないよ。私には親も兄弟もいない。ここでの生活が全てだったんだ。それもさっき壊しちまったし、みんな殺したからそれこそ私は一人ぼっちだよ。どうせホームレスかのたれ死ぬかだろうね」
「そっか。それじゃ、私達と一緒にきてもらうよ。ちなみに拒否権はないからね? あなたは私達に負けたんだから」
「……いいよ。どうせ無いような命だ。好きにしなよ」
そうして話しているうちに私は落ち着いていました。
もちろん負けたからということはあったと思いますが、Greed特有の破壊衝動や暴走意識が完全になくなっていたのです。
そうしてGreedから完全に人間に戻った私はお二人に言われるがままについて行くことにしました。
「ここがあなたの部屋だよ」
星見様が私をつれて行ったのはとあるマンションの一室でした。
中には一通りの家具とベッドがあり、窓も南向きであったため日当たりに問題はありませんでした。
「広いとはいえないけど、今日からここに住んでね。家賃とかのお金は気にしなくていいよ。ちなみにお風呂はこっちでトイレはここだからね」
「月乃ちゃん。これでいい?」
「うん。ありがとう」
と姉ヶ崎様が生活に必要な衣類や食料品といったものを揃えてくださいました。
「どうして君達は私にこんなにしてくれるんだ? さっき私は二人を殺そうとしたのに」
「あぁ、簡単だよ。あなたも今日から私達の仲間になってもらうからだよ。その資格があるって分かったからさっき私達はあなたを殺さなかったんだよ」
「資格って。私には何も無いよ。もしかして銃の製造方法を知るためとか違法薬物の密輸にでも使う気?」
「そんな事が出来るんだね。まぁ薬物みたいなものは今頃孤児院の跡地で専門の業者の人達が撤去してると思うけど、銃のことは今初めて知ったよ」
「……それが目的ではないなら、資格ってなに?」
「Greed化したのに自我を保って私達と普通に話せてたでしょ? それが出来る人は滅多にいなくて、それこそが私達、陰陽院の欲祓師になるための資格なんだよ」
それから星見様は陰陽院のことや欲祓師のこと、Greedのことなどを説明してくださいました。そして星見様と姉ヶ崎様がその欲祓師であることはその時に知りました。
「―ってことなの。だから、そんな資格を持っているのにあのまま一人にしておくのはもったいないし、それに一人の人としてほっとけないって思ったんだよ。ちなみに、この誘いにも断る権利は無いからね?」
「どうして?」
「私達が勝ったから。それに行くあても無いんでしょ? 私達の仲間になってくれたらこのままこの部屋はずっと使ってていいし、それこそホームレスで屋根と壁の無いところですごすよりもずっといいと思うけどね。あとはそうだね、今私達は仲間を集めてるの。だからあなたが欲しいんだよね」
あなたが欲しい。その言葉は当時の私の心を強く揺らしました。
お二人は私が銃の製造が出来ることや薬物に関する知識があることには全く興味を示さず、純粋に私個人を必要としてくれていると感じたからです。
しかし、それでも私はお二人を完全に信用出来ませんでした。この人達ももしかすると不要になった途端に私を切り捨てるかもしれない。孤児院の大人達が他の子供達にやっていたようにという思いが拭えませんでした。
「その感じは信用してないね? でもそうだよね。今日初めて会った人をいきなり信用してって言うほうが無理があるよね。それじゃ、一ヶ月あげるからその間に私達を見極めてよ。一か月後にもしも信用出来ないっていうなら無理に私達の仲間にならなくていいよ。その時は信用してもらえなかった私達にも責任があるから、あなたの行先が決まるまでこの部屋は自由にしていいよ。で、もし信用出来るってなったら私達の仲間になってね」
「分かった」
「あ、そうだ。あなたの名前は? 呼ぶ度にあなたって言うのも距離感があってなんだかなぁなんだよね。私は星見月乃。こっちは姉ヶ崎唯だよ。好きに呼んでね」
「私は……孤児院では叶っていう名前を付けられてて、本当の名前は知らないのよ。だから二人も好きなように呼んでくれていいから」
「そっか。それじゃ、そうだね。とりあえずは叶って呼ぼうかな」
「いいよ」
そうして私は星見様と姉ヶ崎様が信用出来るかを見極め始めました。
「こっちが似合うんじゃない?」
「そうねぇ、こっちもいいんじゃないかしらぁ?」
それからいつの日だったか、お二人が私の部屋に来て肌も髪も荒れ放題だった私を綺麗にしてくれたことがありました。
今まで物のように扱われ続けた私は動揺して言葉が出ませんでした。でもなぜか抵抗する気持ちはわかずにお二人に好き放題されているのが許せていました。
「とりあえず、髪はこっちのほうが綺麗ね。どう? さっぱりしたでしょ?」
「肌もスキンケアしたんだよ。眉毛も整えて、ね。どうかな」
そうして姉ヶ崎様が私の前に鏡を出すと、そこにはまるで別人のように綺麗になった私がいました。
孤児院では伸びたらハサミで適当に切っていた髪はショートに、化粧水や洗顔料なんて使ったことがなかった顔もまるで生まれ変わったかのようにしっとりとして艶と弾力が確認出来ました。
「これが……私……」
「うん。やっぱり女の子は可愛いく綺麗でいないとね。それと、洋服も。ほら今着てるのを脱いで?」
言われるがままに私が服を脱ぐと
「それじゃぁ、楽しい採寸の時間よぉ……」
と姉ヶ崎様が私の体の隅々まで測り、それを星見様がメモしていきました。
「唯。もう大丈夫だよ」
「あらあら、まだこれからなのに」
「これ以上は……その……恥ずかしい……」
「いいのよ。女の子同士じゃないの。しっかりと、じっくりと見せて?」
「唯。もうおしまいだよ」
姉ヶ崎様の手が下の下着にかかった時、星見様に止められその直後には用意してくださった洋服に着替えさせてくださりました。
「それじゃ、いこっか」
「そうねぇ」
「行くって、どこに?」
「まぁついて来てよ。そのうち分かるからさ」
そうしてお二人に連れられてやってきたのは、
「なに? このひらひらした機能性の無い服は」
「メイド服だよ。もし叶が私達の仲間になったら、専属のメイドになってもらうの。これからも仲間を増やす予定だからメイドが欲しいんだよね。私も忙しくなると思うし、それこそ秘書みたいなメイドね。叶はきっとメイド服が似合うと思うからぴったりだよ」
その店はメイド服専門店でした。
そのような店の存在はもちろん、メイド服なんてものも知らなかった当時の私には何もかもが新鮮で、それでいて落ち着かない空間でした。
「メイド……私がそれになれば必要としてくれるの?」
「別にメイドになってもならなくても私達には叶が必要だよ。あ、でもあまり言い過ぎちゃうとプレッシャー感じちゃうよね。もちろん、最後には叶がどうしたいかで決めていいし、私達が今こうして好きにやっていることも気にしなくていいからね」
それから姉ヶ崎様が何人かの店員の方をつれて戻ってくると、その手には多種多様なメイド服がありました。
「全部叶ちゃんのサイズに合うものだからね。それじゃ、どれから着ようか」
それから私はまるでお二人の着せ替え人形のように数々のメイド服を着させられては脱がされを繰り返し、もう何着目かを着た時に自分でも驚くくらいにしっくりとくるものに出会いました。
「なんか表情が変わったね。それがいい?」
「いいというか、なんか体に合った気がする」
「そっか。唯はどう思う?」
「そうねぇ。スカート丈はもう少し短くても可愛いけど、でもこれはこれでめくりたくなるような長さねぇ」
「後半の感想はさておき、確かに似合ってるからいいんじゃないかな」
その後はメイドカチューシャに白ストッキングと黒ニーハイ、メイド手袋と他小物といった一式を揃えると
「店員さん。これを二セットください」
「月乃ちゃん、大丈夫? けっこういい値段よ?」
「平気だよ。なんか叶も楽しそうだし、お金はあるし」
「いやなんか悪いって。着ただけでもう満足だし。部屋があって髪も顔も綺麗にしてもらって服も買ってもらうなんて、こんな私のくせに贅沢すぎるよ」
「叶。これは私が好きでやっていることなの。部屋も髪も顔も善意じゃなくて、本来の可愛い女の子を元の可愛いに戻したくてやっていることなの。だから叶が贅沢とかそういうことは考えなくていいんだよ。私が私の必要としている女の子像を作るためにやっているの。一種のエゴみたいなものなんだよね。だから何も気にしなくていいんだよ」
星見様は微笑むと、そのまま会計を済ませて包装とともに綺麗な紙袋に入れてプレゼントしてくださりました。
その時私は思ってしまったのです。
星見様が必要とする人は別に私じゃなくても良かったんじゃないか、と。たまたまあの場に私がいたから、そして資格があったから今こうしてもらっているだけで、同じ条件の人がもう一人いたら別の人でも良かったんじゃないか、と。
「お腹空いたね。何か食べに行こうか」
「そうねぇ。叶ちゃんは何がいい? ……叶ちゃん?」
一度そう思ってしまった私は、せっかく買っていただいた服をその場に置いて二人の前から立ち去っていました。
「月乃ちゃん」
「うん。やっぱりまだ抵抗感があるみたいだね。少し反省」
私はお二人について行っただけなのでもちろん地理勘はありませんでした。ただ、私じゃなくてもいいならあの場に私がいるのは息苦しいという理由と、そんな私があのような優しい方達と一緒にいていいはずがないという気持ちのままに走り続けました。
それに、私がいつかまたあの時みたいに暴走してしまうのではないかというのが怖かったのです。
「叶!」
その時後ろから誰かに呼ばれました。その名前を知っているのはお二人しかいない、はずでした。しかし振り返ったところにいたのは
「やっと見つけたぞ。第3孤児院の生き残り。お前は色々なことを知りすぎたんだ。それを外部に漏らされては困るんでな、さぁ俺達と一緒に来てもらうぞ」
あの孤児院の関係者でした。その二人の男はどこからか私の情報を手に入れたのでしょう。消えた私を探していたようです。そして男達が言うように、私はあそこで知ってはいけないことを知り、表には出せないことに着手していました。ここで捕まれば、きっと良くて囚人のような労働環境。悪くて殺されることになるでしょう。
当然どちらも嫌でしたので私は必死に逃げました。星見様と姉ヶ崎様から逃げ、孤児院の関係者からも逃げる。この世界の全てから逃げているような感じでした。
しかし私は、それでも誰かから本当に必要とされたかったのです。
孤児院では確かに必要とされていました。でもそれはモノとしての利用価値にすぎませんでした。私が欲したのは人として必要とされることです。あのお二人は優しいけれど、偽善やそれこそ私以外に誰かがいたらそっちを必要としてしまうとどうしても考えてしまうのです。
だから結局私を本当の意味で必要としてくれている人なんて……
その時、大きな音とともに脚に激痛が走って前に転んでしまいました。
立ち上がろうとしましたが動かすことが出来ず、背後からやってきた男達を見るとその手には拳銃が握られていました。
「ここで始末するのは簡単だ。でもな、お前にはまだ利用価値がある。死なれては困るんだよ」
「くっ……」
両手で這うようにして逃げる私についに男達が追い付いてその腕を取ろうとしました。しかしどうしてかその男は一瞬にしてどこかに消えてしまったのです。いえ、何かに吸い込まれていったように見えました。
「やっと見つけたよ。帰るよ、叶」
その時、路地から星見様と姉ヶ崎様がやってきたのです。そして僅かに見えた星見様の瞳は紅く輝いていて、その近くには極小の点のような黒い球体が浮かんでいました。
「唯」
「はぁい」
その時姉ヶ崎様が男の方に走り出してどこからか出現させたハンマーを振るうと、その男を壁の方に殴り飛ばしました。しかしその男は直後どうにか体勢を整えると、その銃口を私の額に向けて引き金を引きました。
確実に死んだと思いました。ですが、その弾が私に当たることはなく、突如として前に立ちはだかった星見様の胸に命中したのです。
「えっ……」
「……痛いな。でも、もうおしまい。ばいばい」
死んでもおかしくない位置に命中したのにも関わらず星見様は倒れず、その点のような球体を動かしてその男をその中に吸い込んでしまったのです。
「月乃ちゃん、大丈夫?」
「うん。これくらいなら余裕だよ」
「どうして死んでないの……?」
「あぁ、そうだね。私は死なないんだ。だから大丈夫だよ。それより、叶の治療をしなきゃね」
そうして私はお二人に抱えられて病院に行き、処置を受けました。幸い重要な血管は傷ついていなかったので数日間の松葉杖生活を送るということで済みました。
それから私の部屋に戻ってきた私達は
「あ、これ。忘れ物だよ」
と星見様から買っていただいたメイド服を渡されました。
ですが私は受け取りませんでした。
「どうして私なの? もし私以外にいい人が現れたら二人も私を必要としなくなるんでしょ? 必要としたとしてもあの人達みたいにモノみたいに扱うんでしょ? そんなのは嫌なのよ。そんなことならもう私に構わないで。部屋も出るから。ちゃんと必要としてくれないなら、そんな優しさは辛いだけなのよ」
「叶……」
その時星見様は私を優しく抱きしめてくれました。
「ずっと辛かったんだね。でも私達はそんなことはしないよ。叶が必要だから服や部屋も用意したんだよ。それに、必要に思っていなかったらさっきだって助けなかったし、探すこともしなかったよ? あとはそうだね。他にいい人が来たとしても、ううん。このポジションは叶が適任だと思うんだよね。だって一番初めに見た時から優秀そうだなって思ってたし。だから叶は私達の万能メイドになってほしいな。だから深く考えなくていいんだよ。私や唯は叶を人として必要としているし、もし叶がそう感じなくなったらGreedになっていいよ。そのたびに治してあげるから」
いくらさっき自分は死なないと言っていたからとはいえ、私とそこまで歳の変わらない女の子が身を呈して誰かを弾丸から守るでしょうか。あの状況なら普通は誰しもが動けないでしょう。でも星見様は躊躇なく立ちはだかって私を守ってくれました。
それだけでなく治療や部屋にまで送ってくれて、そしてなによりも抱きしめていただいていたその小さな体がとても温かかったのです。
「……分かった。でも私は必要とされていないと感じたらあの時みたいな姿になって暴れるから、次にそうなったらもう殺してほしい。必要とされないのはもう嫌だから」
「うん。もうそう思うことはないと思うけど分かった。それじゃ、叶は私達の仲間になってくれる?」
「私は人として必要としてくれる人のところにいくよ。だから、今は仲間ということでいいよ」
「ありがとう。嬉しいな」
長い前髪で目元は隠れていましたが、その口元はほころんでいて心から喜んでいる様子でした。
「あ、唯。そういうことだから、さっきの箱開けて。叶は着てみてよ」
「いや、今はいいよ。また今度着るから」
そうして私は正式に星見様と姉ヶ崎様の仲間になりました。
それからは、自分の欲の力をより正確に操れるようにと欲祓師としての鍛錬に励みました。しかし、
「うーん。どうしてかなぁ」
「そうねぇ。不思議ねぇ」
私は一向に自分の欲を完全に制御することが出来ませんでした。
当初は力の限り暴れつつも自我を保てていましたが、なぜかそれが出来なくなっていたのです。もしかすると、自分が必要とされなくなった未来が怖くてその思いに呼応し、欲の力が必要以上に強くなっていたのかもしれません。
それでも何度も鍛錬をしましたが、最後はGreedとなって星見様に襲いかかってしまいました。その度に気絶させられて強制的に元に戻るということを繰り返しました。
「もって十分間だね。それ以上はGreedになっちゃうね」
「私はやっぱり役にたてない……」
「そんなことないよ。そもそも承認の欲は精神とのバランスのとり方が難しいの。ここから少しずつ時間を延ばしていこうね」
その言葉に私が不甲斐なく落ち込んでいると
「そういえば、叶ちゃんってかなり頑張っているわねぇ」
と姉ヶ崎様は私の鞄からはみ出ていた、数々の教材や人としてのマナーや所作といったものが書いてある本を発見して言いました。
「それはその……私がこんな感じだから他のところでも頑張らないとって思って」
「叶は偉いね。いつか私や唯が勉強を教わる日がくるかもしれないね。その時はメイド服でやってほしいな。そのほうがやる気が出る気がするし」
「そんな日がくるかは分からないけど、今はその十分間を超えられるようにしたいからもう一回」
「うん、いいよ」
それからも私は鍛錬に励みましたが、やはりその時間を超えることは叶いませんでした。
本物の欲祓師であれば十分間やそこらの時間といった制限はありません。ですが私にはそれがありました。だからといって欲を完全に操れないというわけではないので、言うなれば半欲祓師でしょうか。いえ、完全に操ることが出来なければ欲祓師ではないので、やはりなり損ないというのがしっくりときました。
「今日はここまでにしようか。また明日ね」
「……また、明日」
疲れ果てた私がお二人を見送ると、すぐに星見様が戻ってきて
「明日は行くところがあるから、外出の準備をしておいてね」
とだけ言って帰っていきました。
それからは鞄の中の本などで役に立ちそうな知識をひたすらに学び、自己研鑽に努めました。
後日、部屋を訪れた星見様と姉ヶ崎様は学校の制服を着ていました。そんなお二人について行くと、そこは中学校でした。
「叶は来週から私達と同じここ、星条院中学校に通ってもらうよ」
「どうして私が?」
「調べたら叶は私と唯よりも一つ年下みたいなんだよね。だから同じ中学生。中学生はね、学校に通わなきゃいけないんだよ。学年は違うけど、これでまた一緒にいられる時間が増えるよ。ちなみに手続きはもう済ませたから大丈夫だからね」
「大丈夫って言われても、私には親がいないし、叶って名前も本当の名前じゃないし。そもそも苗字だってないのよ」
「そっか、苗字か……」
一通り学校の外観を見てから帰路を歩いていると、星見様はなにやら考えている様子でした。そして私の部屋に戻ってくると言ったのです。
「叶の苗字は、のとでどうかな?」
「どうしてのと?」
「叶はいずれは私達の万能メイドになるんだよ? それに、叶は毎日努力をして欲祓師の力を長く使えるように頑張ってるし、それに勉強とかいろんな知識を蓄えてていつかはその万能さの前にみんなを従える日がくるんだよ」
「壮大な未来ねぇ」
「うん。それでみんなを従えるほどの万能メイドになって、その隣には私や唯がいるんだよ。だから叶にはそんな私達の未来を一緒に叶えてほしいから、能徒叶にするよ。そんな未来があったら絶対に楽しいよ。どうかな?」
それを聞いて私は言葉を失いました。
かつて私が叶という名前を付けられた時には、私をモノとして使いその人の願いを叶えるためだけに付けられた、いわば道具のようなものだったからです。
しかし、今はそこにみんなで未来を叶えたいという願いを込めてくださりました。私は、その言葉がとても嬉しかったのです。本当に人として必要とされているとあらためて感じることが出来たのですから。
「……うん。ありがとう。ありがとうございます。今から私は能徒叶と名乗ります。そしてお二人はこれから私のことを能徒と呼んでください」
「どうして急に敬語? それに、なんか距離が出来た気がするんだよなぁ」
「いえ、違うんです。私はこれから星見様と姉ヶ崎様のメイドになって、そんな未来を叶えたいのです。それに、叶という名前は孤児院で付けられたので、これからは星見様に付けていただいた能徒がいいのです」
当時の私は泣いていました。しかしそれに気付いてか気付かずか、お二人は深く聞かずに代わりにとても嬉しそうに微笑んでくれました。
「そっか。そういうことなら、叶じゃなくて能徒だね」
「能徒ちゃんでも可愛いんじゃないかしら?」
「いえ、能徒のままがいいです。この名前をもって私は皆様の万能メイドになり、星見様や姉ヶ崎様の思い描く楽しい未来で生きていきたいと思います」
そうして私はこの日から能徒叶となりました。
それから中学校に入学をした私はより万能メイドになるためにさらに研鑽を重ね、中学校を卒業する頃には勉学においては高校の範囲まで修了していました。
さらに欲祓師の力を媒介にして結界を張るという能力を身につけることが出来ました。結界でしたら時間に制限はありませんが、戦闘になった時の十分間の壁だけはやはり超えられませんでした。
それでも星見様は私をお側に置いてくださって、今も時々将来のお話をされるのです。
思い返せば、かつて星見様が言っていたように、必要とされていないという思いからGreedになるということはいつの間にか起きなくなっていました。
私は星見様に、星見様が集めた方々に必要とされている。そう感じるようになってセブンスターズは私にとってかけがえのないものとなり、全てとなりました。それもこれもあの時私を連れ去ってくださった星見様と姉ヶ崎様のお陰なのです。
ですから、と真剣に過去を話していた能徒が静也を真剣に見つめた。
「あの時星見様のために命を懸けるとおっしゃった無波様を私は心より信頼いたします。そして、これを聞いて私も星見様や皆様に何かあれば命を懸ける人であるとご理解されたかと思います。ですので、この先もしも他の皆様か私といった選択を迫られるようなことが起きた際は、一切の躊躇をされることなく私を切り捨ててください。私は皆様のためにあるのですから」
それを聞いた静也は少し悲しい顔をして言った。
「それは断るよ」
「どうしてです? この先そのようなことが起こらないとはいえません。主を守るためなら私ごときを切り捨てるのは当然でしょう。私はそのためなら躊躇なく死を選べます」
「確かに起きるかもしれない。でもな、そんなことをしても月乃は喜ばないし、むしろ泣くに違いない。みんなもそうだ。セブンスターズは七人が揃っているからセブンスターズなんだ。誰一人として欠けることは許されないんだ」
「でしたらどうするのです?」
「簡単だ。俺達が能徒のために命を懸ける。それで何もかもを倒して全員で帰るんだ。そうすれば月乃もみんなだって喜ぶし、能徒だって嬉しいだろ? 能徒叶の名前はみんなで楽しい未来を生きるために月乃が付けた名前なんだよな? ならその未来には能徒もいないと駄目だ。それに、仮にどうにもならなそうなら俺がなんとしても、引きずってでも能徒を月乃のところに連れ帰ってやるよ」
「無波様……」
夜空に浮かぶ月の下、静也はその月光に照らされて能徒を真っ直ぐと見て言った。影の位置にいる能徒はそのゆるぎない信念を感じてもう何も言わなかった。
「……さすがですね。こういうお方だから星見様も姉ヶ崎様も慕われるのでしょう」
能徒が一度深く目を閉じ、再び開けるとそこには決意が宿っていた。
「かしこまりました。ではそんな事態になった場合は私と無波様でどうにかしましょう。そしてみんなで帰りましょう。それが星見様と皆様が望まれる未来ですので」
「そうだな。それが一番だ。その時はよろしく頼むよ」
静也のその一言に能徒は深く頭を下げた。
それから静也の家路を歩き続けていると、その家が見えてきた。
「それじゃ、ここでいいよ。能徒のことが知れて嬉しかったよ」
「いえ、私も長々と聞いていただいてありがとうございました。では私はこちらにて―」
能徒がその場を立ち去ろうとした丁度その時だった。
静也は何かを察知して能徒に覆いかぶさるようにして地面に倒れた。その直後、すぐ横の壁にはさっきまで能徒の首があった位置に大きな斧が突き刺さっていた。
「誰だ!」
「それを避けたか。流石は無波静也だ」
その声はどこからともなく聞こえ、その主は姿こそ見せないものの声だけでその存在感を示した。
そんな中で二人は周囲を警戒しながら立ち上がった。
「誰だか知らないが、姿を見せたらどうだ? こっちが二人だから出られない弱虫野郎なのか?」
「そんな挑発にはのらないよ。それに、今日は戦いにきたんじゃない。一つ聞きにきたんだ。無波静也、そして能徒叶。君達セブンスターズは本当にクリスタルスカルを集める気なのかな?」
「当然だ」
静也の即答に能徒も肯定の意を示した。
「そうか。であればこの先どんな争いが起きても、たとえ誰かが死ぬことになっても文句は言えないからな」
「俺達は誰も死なない。死ぬのはお前だ。嫌なら他のクリスタルスカルには手を出すな。大人しくしていれば危害を加えるつもりはない」
「それはこっちのセリフだよ。まぁ分かった。君達とはいずれ戦うことになるだろう。その時までお預けにしておくよ」
そうしてその言葉を最後に声は聞こえなくなり、壁に突き刺さっていた大斧も消えていた。
「無波様」
「分かってるよ。やっぱりここから先は戦闘は避けられないみたいだな」
「それもですが、腕に怪我が」
「あぁ、掠ったみたいだな。でも平気だ」
能徒はすぐさま手当を施し、静寂へと戻った夜空の下で二人はこの先の覚悟を決めた。
「無波様。今夜は大丈夫でしょうか。また襲われないかが心配です」
「それを言ったら能徒もな。これから自分の家に帰るんだろ? 奇襲が心配なんだよな」
「でしたら、本日はお互いの護衛を兼ねてこのまま無波様のお宅に留まるというのはいかがでしょう?」
「いやあの、能徒はそれでいいのか?」
「何か問題でも? 私は皆様の、特に星見様の忠実なメイドです。星見様は無波様の安全を心より願っています。それに、主を裏切るような事はいたしません。ですので問題は無いかと思います」
静也は一切崩れないその表情を前についに断ることが出来ず、その万能メイドを家に入れたのだった。
*******
「どうぞ」
そう言って能徒がソファーでくつろいでいる静也に紅茶を淹れた。
終始給仕をする能徒は、次に先日から残っていた洗い物をし始めた。
「いいよ、そのままで。さすがにしてもらうわけにはいかないって」
「いえ、これが私の仕事ですので。それに無波様に粗相をしてしまっては星見様に面目がありません」
そうやって話している内に水仕事を完了させており、綺麗になった食器が然るべき場所に並べられていた。
すると能徒がカーテンの隙間を利用して外を確認した。だが問題が無いと判断したのか静也のすぐ隣に立っていつでも指示に対応出来るように備えていた。
一般家庭でメイドがいるということに落ち着かない静也は、能徒もいつかはどこかに座るだろうと思ってテレビを点けた。それからスマホを見たりもしていたのだが、その思惑に反して能徒はそこから一歩も動かずに前を向いて待機していた。
ただ唯一したことと言えば、主である月乃に静也を送り届けたという報告だけだった。
「能徒」
「はい」
「そこまで構えていなくていいんだぞ。俺は俺で自分でやるから能徒もくつろいでいてくれ。俺は風呂に入ってくるから、喉が乾いたら冷蔵庫から勝手に取って飲んでいいからな」
「はぁ…… では私はお背中をお流しします」
「いや、いいから」
「そうですか。ちなみに、おやすみの際はどちらに?」
「寝室だよ。リビングで寝ると体が痛くなるしな」
「承知しました。ではご入浴へ行ってらっしゃいませ」
そうして綺麗なお辞儀で見送られた静也は、そのまま浴室に行くと入浴を済ませた。
その間も特に物音が聞こえなかったので、きっとリビングでくつろいでいるのだろう。静也はそう思ってリビングに戻るとそこに能徒の姿は無かった。
「能徒? トイレか?」
だがそこに明かりは灯っていなかった。
一通り探して最後の一室である寝室の扉を開けると
「おかえりなさいませ。床の準備は完了しております」
静也の前にはベッドがしわ一つ無い状態で整え終わっていた。そしてどこから取り出したのか、安眠効果のあるアロマが焚いてあった。そんな中で明かりも調節されており、お互いの顔がどうにか見えるくらいの調子になっていた。
能徒はそんなベッドの前で静也を待っている。
「そこまでしてくれなくて良かったのに」
「私に出来ることはこれくらいですので。あとは、夜通しお守りするくらいです」
「もしかしてずっと起きているつもりなのか?」
「はい」
なにか問題でも?と言っているような表情を浮かべた。
それに対して静也は
「それは無しにしよう。せめて交代で起きているとか」
「では、無波様が先におやすみください。決められた時間になりましたらお声をかけさせていただきますので」
「直感なんだが、そのまま起こさない気だろ?」
「お声は、かけさせていただきます」
「俺が起きなければそれはそれでいいってことだな?」
「それは致し方ないことです。ですが、私は私の役目を果たしましたので」
能徒はそうして話している間でも時折カーテンの向こうへ意識を向けていた。それは一切心が安らいでいない証拠だった。
これが夜通し続くのかと思った静也はそんな様子を見かねて、
「能徒も万全の状態じゃないと万が一何かがあった時に二人で対処出来ないだろ? ということだから、能徒も寝てくれ。その前に風呂にでも入ってさっぱりしてこいよ」
「……なるほど。承知しました。確かにその通りです。ではお言葉に甘えさせていただきます」
そう言うと静也はベッドに、能徒はそれと入れ替わるようにして寝室の扉に向かって歩き始めた。だがそんな時だった。
「無波様!」
静也は先のアロマで床が若干湿っていたのかそれに滑って前のめりに転んでしまった。そしてその様子をいち早く察した能徒は、それを支えようと静也の前に立ちはだかった。だがいくら能徒とはいえ男の体を支えられるはずもなく、そのまま後ろに倒れてしまった。
「な、無波様! それはいけません! そんなことをしては星見様に申し訳がありません」
静也は目を開けて状況を確認すると、床に倒れるということは免れたものの今まさに静也が能徒をベッドに押し倒している状態になっていたのだ。そして下になっている能徒はというと、いつもの冷静沈着な表情が崩れてとても慌てた顔になっていた。
「あ、ごめん。すぐにどくから」
静也は起き上がろうとベッドシーツに手を付くと、そこは能徒のメイド服の一端だったのでまたしても滑ってしまった。それから支えを失ったその体は再びその華奢な体に倒れた。
「…んっ……」
能徒からなんだか甘い声が漏れた。
静也の顔が倒れた先にあったのは能徒の胸だった。月乃よりも大きくはないものの形の整った弾力がその両頬を包む。そしてそこから香る能徒特有の女の子の香りが静也の鼻腔をくすぐった。
静也はそっと頭を上げて能徒の顔を見ると、その頬は紅潮していてなおかつ困惑している様子だった。
「……私は、皆様のメイドです。無波様はその……私を望まれるのですか?」
「望むって…」
「無波様には星見様がいらっしゃいます。しかしそれでも望まれるというのでしたら、私は抵抗しません。ですが、どうか星見様にはご内密にしていただきたいと…… もちろん私も他言しません」
能徒の目が恥ずかしそうに静也を真っ直ぐと見た。
薄暗い寝室の中でお互いの瞳にお互いの顔が映る。能徒は迷いの中でも静也に託すとでも言っているかのような信頼の目を向け、静也はそんなメイドを上から見下ろしていた。
倒れた勢いで乱れた青いショートヘアはその白いうなじや朱に染まった耳を露わにし、頭の両脇に置かれた手はきゅっと握られていた。
次第に能徒の息遣いの音が静也の耳を刺激し始める。それとともにお互いの心拍は上昇し、静也は吸い込まれるようにその蕩けそうな顔へ自らの顔を近づけていった。
「…ん……シャワーは浴びていません。不快ではないですか……?」
「あぁ、いい匂いだ」
「……んんっっ……!」
静也の声や吐息がその耳に触れた時、さっきよりもさらに熱を帯びた声が漏れだした。
ベッドシーツとメイド服が擦れる音が静かに響くと、そのメイドは一度強く瞳を閉じてまたゆっくりと開けた。
「無波様……」
もはや懇願するような瞳と声となった能徒。静也はそんな彼女のメイド服に手を伸ばし、スカートの中に手を入れた。その時に見えたガーターベルトに包まれた真っ白く柔らかそうな太ももを前に逆らい難い本能的な情欲を昂らせた。
そのまま静也の手がガーターベルトにかけられると、その留め具が外された。そのまま流れるようにゆっくりと太ももから腰、そして鼠径部へと手が這っていく。
「…ぁ……」
能徒は自らの指を噛んで声を抑えた。だが静也はその指を唇から離して自らの指をそこに絡めた。
すると能徒の空いている方の手が静也の胸に当てられ、その服を取り去ろうと器用にボタンを取り外しにかかった。だが、その手はさっきまで能徒の秘部にあった静也のもう一方の手によって捕まえられると、そこも指を絡めてしっかりとホールドされてしまった。
静也のその手は能徒の熱を帯びており、指先は僅かに湿っていた。
「能徒……」
「無波様……」
お互いがお互いの両手を握り合い、その瞳に双方の欲情に染まった顔を映した時、静也の唇がゆっくりと能使の唇に近付いた。それが触れる寸前、能徒はすっと目を閉じた。
だが、すぐに目を開けた。
「そこです!」
直後、静也の隙だらけとなった額に頭突きを食らわせたのだ。
「がぁっ!」
その勢いは強く、繰り出した能徒でさえも一瞬くらっと視界が揺れてしまった。しかしすぐに意識を整えると、豪快に仰向けに倒れた静也―ではなく、そこから飛び出したふわふわとした思念体のような球体に目を向けた。
「やっと出ましたね。私の目は欺けませんよ」
その球体は大きな一つ眼を見開いて能徒を見た。
静也はというと、そのままベッドで仰向けになって気絶していた。
「見ツカッタカ。マサカ、最初カラ分カッテイタノカ?」
「当然です。無波様が私に魅力を感じるはずがありません。それに、あの姉ヶ崎様の魅惑にも動じなかったお方です。なお一層私に劣情を抱くなどありえません」
能徒はメイド服から取り出した二本のナイフを両手に構えると、その瞳を水色に輝かせ始めた。それを見た球体はまるで蔑むかのように半眼で嗤った。
「ダカラ何ダト言ウノダ。コノ男ノ体デ弄ンデカラ殺スツモリダッタガナ。コウナッテシマッテハ、オ前ノ体ヲ新タナ器トシテコノ男ヲ殺スダケダ」
「そんなことが出来るとでも?」
「出来ルトモ。我ニ憑依出来ナイモノハ無イ」
その直後球体が能徒に向けて突進した。もちろん目的は静也同様にその体を乗っ取ることである。だが能徒はその場から一切動かず、ただ近づいて来る球体にその水色の瞳を向けていた。
「諦メタノカ? 動カナイナラ好都合ダ。コノママ我ニー」
球体は最後まで言い終える前に能徒の足元にごとりと落ちた。
「諦めていませんよ。ようやく効いてきたようですね」
「何ヲ…シタ……」
「大丈夫です。ただ眠るだけですので。次に目が覚めた時、あなたには皆様が色々と聞くことでしょう。素直に話すことをお勧めします。皆様は私よりも容赦がない方々ですから」
「オ…ノレ……我ハ……」
そうして球体の一つ眼が閉じられると、それからは一切動かなくなった。
「……終わったのか?」
「無波様。気が付いたのですね」
「能徒が話をしている時にはもう起きてたさ。でも奴に気付かれないように気絶したふりをしていたんだ」
「流石です。あそこで起きてしまわれていたら再び無波様に憑依していたことでしょう。お見事な判断でございました」
静也は体を起こすとじんと痛む額をさすった。それに対してどこからか冷えたおしぼりを手渡した能徒は、さきの球体の周りを結界で囲んで檻を作り出した。いや、それは檻というよりも厳重な箱だった。
「月乃達に見せるのか?」
「はい。何かの情報を持っていそうでしたし、尋問すれば得られるものもあるでしょう」
「確かに。というか、そいつは何者なんだ?」
「分かりません。ですが、あの時無波様の中におかしな気配を感じましたので追い出したら出てきたのです。つい先ほどの話を聞く様子だと、少なくとも誰かに憑依してその体でよからぬ事をするのは明らかなようです」
「なるほどな」
二人がベッドから降りると、そのままリビングに行って能徒が準備したお茶にて落ち着いた。
今回はもう能徒がカーテン越しに外を気にしている様子はなかった。ちなみに例の球体は結界の箱の中で眠ったままである。
「眠らせたのって能徒の能力だよな?」
「はい。星見様や深見様、小牧様に能力があるように私にもあります。私は見たものを眠らせることが出来るのです。それだけなのですが、戦闘や今回のような捕獲といったときに重宝されます」
「なるほど。そう言われると眠りがあるなら麻痺とか毒もあるのかなって思ってしまうな」
「あります。ですが私は眠りだけです。他はどなたかがもっています。もちろん私の口からは言えませんが」
セブンスターズは一人一人が欲を使いこなしつつも、いわゆる状態異常系の能力も使えて多才だな。
そう思った静也だった。
「そういえば、俺から感じたおかしな気配に気が付いたのはいつなんだ?」
「はい。ですがそれをお答えする前に、無波様はどこまで覚えてらっしゃいますか?」
「どこまでというと?」
「そのままの意味です。帰り道での襲撃の後から今に至るまで、いったいどこからどこまでの記憶がはっきりとしていますか?」
「それは……まぁ。いいじゃないか」
「その様子ですと全部ですね? 額の痛覚があったことを考えますと、その他の嗅覚や触覚といった五感にも問題は無かったということでお間違いないですね?」
能徒の目は先の水色の時とまではいかないまでも、じっと静也を見て事の真偽を明らかにしようと真剣だった。それに対して静也は無言を通すが、それでもじっとりと見つめてくるので流石に観念した。
「全部覚えてるよ。言葉とか体の動き以外には問題がなくて、言うなら体が勝手に動いていたっていう感じだ」
「なるほど。ではベッドでのことは星見様や他の皆様には決してバレるわけにはいきませんね」
「言い方よ。まぁそうだな」
その時静也の脳裏には、ついさっき自らの下で蕩けた表情と羞恥の声を上げていたメイドの姿がよぎった。それに、見えてしまった太ももとその質感、さらにはその手に感じた熱いものの感触を思い出して無言になった。
「なにか考えてらっしゃいますね? 先ほどのことですか?」
「なんでピンポイントなんだよ」
「このタイミングで考えることといったらそれでしょう。ちなみに言っておきますが、あれは無波様の両手を封じるための演技です。指を絡めたのも手で守らせないようにするための布石ですので」
「やけに必死に弁明するじゃないか。もしあの時の俺が実は乗っ取られていなくて、能徒にそういう目的であんなことをしていたならどうしていたんだ?」
「それは……メイドとして求められていることをするのが私の使命ですので」
一瞬困り顔になった能徒。それを静也は見逃さなかった。
「悪かった。冗談だよ。セブンスターズにはそんな強引な人はいないから安心しろ。ただな、いくらメイドでもそれは断るんだぞ? 能徒はメイドである以前に一人の女の子なんだから自分を大事にしないとな」
「無波様…… ありがとうございます。私にはもったいないお言葉です」
「もったいなくはないと思うんだよなぁ」
能徒は深々と頭を下げ、再び上げた時にはその口角が上がっていた。
「月乃みたいな口角の上げ方をするんだな。というか今さらだけど、能徒が俺の中に何かいるって確信する前、それこそ俺がここでテレビを観てたりしてくつろいでいる時に外を気にしてたのって、違和感は外からだって思っていたってこと?」
「おっしゃる通りです。先ほどの答えにもなりますが、こちらにお邪魔してからは常に変な気配がしていました。しかし外にはいっこうに不穏な様子は見られませんでしたのでおかしいと思っていたのです。今思えばあの襲撃で無波様が怪我をされた時にはもう入られていたのですね。それに気付けなかった私はまだまだ修行が足りないようです」
「修行って。でもどうにかなったわけだし、もう変な気配はしないんだろ?」
「はい。内も外ももう問題ございません」
その言葉に静也は安心すると、それを見た能徒も安心した様子を見せた。
「それじゃもう安全みたいだし、あらためて能徒はシャワーを浴びてこいよ。俺は寝室を整えてくるからさ」
「はい。ではお言葉に甘えさせていただきます」
「あ、服は出しておくから今日はそれを着てくれ」
「承知しました。ではお借りします」
そうして能徒がリビングを出ていった。
まもなくしてシャワーの音が聞こえてくると、静也は部屋着を脱衣所の扉の前に準備して寝室へと向かった。
「無波様。戻りました」
「さっぱりしたみたいだね」
寝室を整え終わった静也はそのままベッドでくつろいでいた。そんな中で能徒が戻ってくると、その様子は少し変だった。なんだかもじもじというか、落ち着かない様子なのである。
ちなみに能徒が着ているのは上下のスウェットであり、普段のしっかりとしたメイド服ではない分ラフさがあった。
「どうした?」
「あの、少し落ち着かなくて。でも大丈夫です」
「大丈夫そうに見えないんだが。何かあったのか? もしかしてそういう服は落ち着かないとかか?」
「いえ。その……実は、無いのは初めてなので」
「無いって、何が?」
「……下着です」
「えっ」
静也はそこで自らのミスに気がついた。
同じ下着を連続で使う人はそうそういない。それこそあの時の月乃でないかぎりは必ず換えるのだ。
しかし当然ながら静也の家には女性ものの下着なんて無い。もしかしたら能徒なら新しい下着を持っているのかもしれない。万能メイドなのだから有事に備えて一つや二つ…そうも思ったのかそれについて静也は何もしなかった。その末路がこれである。
「それじゃ、今は着けてないし履いてないってこと?」
「……はい。お恥ずかしながら」
「こう言うのはどうかと思うんだけどさ、今日だけは同じ下着でいいんじゃない?」
「あれは今は洗って乾燥機にあります。それに、明日の朝に終わるように予約設定してしまいました」
「なんでそんなことに……」
「その……さっきので濡れてしまいましたので。やむなく」
「濡れたって……」
そこで妙な無言の間が生まれた。
いつもは万能のメイドが今はとても恥ずかしそうにほんのりと頬を赤らめて胸を押さえていた。それとともにもじもじして、しおらしく時折静也を見ては目を逸らしてを繰り返していた。
「そ、そっか。それなら仕方ないな」
「そうおっしゃるのもどうかと思いますが。ですから私は今はこの状態なので、このこともどうか星見様や皆様には内緒に」
「そりゃまぁ、話せるわけないしな」
そんな中で能徒がどうにか平静を装うと
「無波様はもうお休みになられるのですか?」
「そうだな。特に何もないし、もう安全みたいだし寝ようかな」
「さようですか。では私はここで番をしていますので、どうぞおやすみください」
「いや、もう安全なんだから能徒も寝た方がいいって。なんなら俺は別で布団を持ってくるからベッドを使えよ」
「それは駄目です。私なんかがおこがましいです。無波様がベッドで、私は床でけっこうです」
「それじゃ体を痛めるから。気にせず使ってくれって」
「いえ、無波様が」
そんなこんななやり取りが続いてお互いに理解した。
どちらも意見を変えるつもりは無いと。
ならどう折衷案を出すか。お互いにそう思っていると、とあることが浮かんだ。
「なら、ベッドで一緒に寝るか? 半分ずつで」
「確かにそれなら争うこともないでしょう。ですが、一つ確認します。私は今は着けていないですし、履いてもいません。まさかあの続きをと考えているわけではないですよね?」
「考えてないって。だからそんな目を向けるなって」
能徒は羞恥を孕んだ目を向け、その体を自らの腕で抱きかかえるように小さくなった。それを見た静也はこの薄明かりの雰囲気もあって加虐心のような若干の変な気持ちにもなるが、それはぐっと抑えた。
「私はその……男性とそのような経験は無いので……どうしても身構えてしまうのです……」
「高校生なんてみんなそんなものだろ。そもそも能徒は俺よりも年下なんだし、それで経験豊富なんて言われたら流石にびっくりだわ」
「…無波様は、経験はおありなんですか?」
「無いよ。あったらもっと積極的になっているだろ」
「それもそうですね。そう思いました。だからこそあの時おかしいと思ったのです」
「なるほど。何とも言えない気分だけど納得だよ」
続いていた会話がついに途切れてしまい、静也と能徒にはもう寝ることしかなくなった。
「そ、それじゃ寝るか。俺は夜中にトイレとかで起きないし、能徒が気にせずに行けるように俺は壁側でいいから」
「ありがとうございます」
そうして奥側となる静也からベッドに入ると、それに続いて能徒が入った。シングルベッドであるから当然二人の肩が触れる。その途端に能徒が一瞬びくりとした。
がさがさと自分の位置を整えている能徒。動くたびに静也の肩や腕に触れてしまって、静也はその度に変に緊張してしまっていた。それから時折ベッドの中から出てくる風には女の子の香りが溶けこんでおり、またしても静也の鼻腔をくすぐった。
最終的に能徒が落ち着いたのは、お互いの肩と肩、腕が触れる位置だった。
「狭くて悪いな」
「いえ、その、こうしていると温かいです」
お互いに仰向けでそれぞれの顔を見ることはなかった。
あの時能徒が焚いていたアロマはすっかり無くなってしまっており、それでいてその香りはもう遥か彼方へと消失してしまっていた。だからこそ、お互いの匂いがお互いの鼻腔を刺激して二人に初めての感覚を与えていた。
「無波様」
と能徒が静寂の中で話しかけた。
「ん?」
「今日は楽しかったです。また皆様と外出が出来ましたし、それに、無波様に私のお話を聞いていただけて嬉しかったです。私は皆様と一緒にこの先も生きていきたいです。なのでこんな私ですが、窮地の際は助けていただけるとありがたいです」
「あぁ、もちろんだ。俺が誰一人死なせないよ。それに、俺も死にたくないからその時は能徒が俺を助けてくれよな」
「はい。もちろんです」
そうして静也はふと隣に顔を向けた。すると能徒が静也の方を向いたタイミングと合ってしまい、その動きと目が合った。
能徒の群青色の瞳には少し驚いた様子の静也が、静也の栗毛色の瞳には嬉しそうに微笑む能徒が映った。その顔はカーテンの隙間から注ぐ月明かりによって仄かに照らされ、普段は見ない少女の妖艶な美しさを演出していた。
「能徒……」
「はい、無波様」
「いや、なんでもない。また明日な」
そうして静也は能徒に背中を向けるように寝返ると、しばらくして寝息をたて始めた。能徒はその音を聞くと自らも目を閉じた。だがすぐに目を開けた。
「星見様、無波様。申し訳ございません。どうか今だけお許しください」
そう言って静也の方に体を向けた。そしてそのまま抱き付くようにして腕を回すと、体を密着させた。静也の体温をその胸に感じつつその背中に顔を押し当てると
「これで…安心です」
そう言って眠りについたのだった。
********
次の日、目覚まし時計によって目が覚めた静也はなんだか体が重いことに気が付いた。それに、なにやらやけに良い匂いと柔らかい感触がすぐ近くにあることにも気が付いた。
そうしてその場所に目を向けると
「のっ…! 能徒!」
思わず声を上げてしまった。
だが静也はそのまま身動きがとれなかった。なぜなら能徒が静也の上に覆い被さるかたちでうつ伏せに寝ており、その腕が静也の首に抱き付くように回されていたからだ。
「……ぁ。無波様。おはよう…ございます」
意外と早起きではない万能メイドが寝ぼけ眼で静也を見た。そしてすぐに事態を把握した。
「も、申し訳ございません! すぐにどきますから!」
そうして首に絡みついていた腕を解いて起き上がると、
「能徒!!」
「……あ」
なんと能徒は服を着ていなかったのだ。
華奢で真っ白い全身が静也の瞳に映し出された直後、能徒は一瞬にして顔を真っ赤に染めた。そして上にかかっている毛布に体を包むと逃げるようにして寝室から出て行ってしまった。
「それで、どうしてあんなことになってたんだ?」
ようやく落ち着いた様子の能徒は既にメイド服を着ていた。
静也が着替えを済ませてリビングに行った時、既にテーブルには朝食が用意されていた。それを二人で食べている時に静也が訊ねた。
「はい。寝ている私には脱ぎ癖があって、どうやら寝相も悪いようなのです。そのせいで毎朝目が覚めると全裸になっているのです」
「それを先に言っておきなさいよ」
「申し訳ございません。ですが、やはり恥ずかしくてお伝えするタイミングを逃してしまいました」
今は凛として綺麗に朝食を食べているものの、さっきの様子といいスウェットを着ている昨夜の様子といい静也には思う事があった。
「まさかとは思うが、メイド服を着ていないと気が抜けるとか?」
「よくお気づきになりました。その通りです。これも不思議なのですが、メイド服を着ている時は皆様の言う万能メイドとして立ち回ることが出来るのです。しかし昨夜のように一度脱ぐと途端に駄目になってしまうのです。いわゆるダメイドというものです」
「自分で言うんだな。それじゃ自分の家ではさぞかし自堕落なんだろうな」
「それは……ご想像にお任せいたします」
やっぱりそうなんだと静也が納得した。
「ところで、無波様」
「今度はなんだ?」
「さっき、私の裸を見ましたね?」
「起きたばかりでよく覚えてないな」
「実は昨日私は胸に怪我をしたのですが、そのせいで傷痕が残っていないか心配なのです」
「そんなものは無かったから大丈夫だ。……あっ」
静也が気付いた時にはもう遅く、能徒は僅かにしてやったりという表情を浮かべた。
「特に責め立てたりはしません。あれはダメイドの私が起こしたことなのですから。しかし、やはり恥ずかしかったので、これも内密にしていただけると助かります」
「当然だ。誰にも言えるわけないし」
その時静也の脳裏には、不可抗力とはいえばっちりと見てしまった能徒のバランスのとれたスタイルと二つの山々がよみがえった。そしてその山頂はまさに今まで一度も見たことがない神秘さを誇っていた。
「無波様」
「い、いや、何も考えてないぞ。本当に何も」
「……私は、綺麗でしたか?」
「そりゃもちろん。……あっ」
「……今回は良しとします」
それから二人は朝食を食べ終えるとそれぞれで準備を整えた。
「それじゃ忘れ物は無いな?」
「はい。泊めていただいてありがとうございました。無波様について色々なことを知ることが出来ました」
「それは俺もだよ。まさか万能メイドが実はダメイドだったなんてな」
そうして二人が家を出ると学校へ歩きだした。
それから少しして二人は無事に登校を済ませた。そしてそれぞれの学級にて授業を受け、気が付けばもう放課後になっていた。
月乃は他の面々と先に生徒会室に行ってしまっており、日直の静也は仕事を済ませてから生徒会室に向かった。
「ん? 金錠か?」
静也は道中でLINEの通知に気が付くと、そのまま内容を確認した。
狩人が静也に個人でLINEを送ることなんて滅多にない。だからこそそのメッセージを真剣に読んだ。
「くるなきたら」
「? 悪戯か?」
静也はそのまま何も見なかったことにして生徒会室に通じる廊下の角を曲がった。そして目的地の近くまで来た時、途端に妖気のような重圧のような身の危険すらも感じるものを感じた。
「まさか、敵か!?」
もしかしたら中で月乃やみんなが危険な目に遭っているのかもしれない。それこそさっきの狩人のLINEはそれを知らせようとして途中で何かがあったから変な感じで送られてしまったのかもしれない。
先日の一件を思い出した静也は、そんな危機感の中で判断に迷わずにその扉を一気に開け放った。
「月乃! 大丈夫か?」
「……あぁ、静也。やっと来たね」
静也が中に入ると、その目線の先には最奥の自分の椅子に座っている月乃とにこやかにしているものの異様な圧を放っている唯がいた。
また、視界の端には珍しく悟利が愛枷に抱き付いて震えていた。
「怖いですぅ……怖いですぅ……姉ぇ達が怖いですぅ……」
「せ…静也…くん……もう…セブンスターズは……おわりだよ………」
そんな愛枷は悟利を抱えて生徒会室の隅で震えて小さくなっていた。
愛枷の長い黒髪のせいで体の小さな悟利はその中に埋もれるようになってしまっており、もはやスカートから下しか見えていなかった。
「無波…来てしまったのか…… 来るなと送ったのに……」
静也は足元から聞こえたその声の方向に目を向けると、ぼろぼろになっている狩人が横たわっていた。
「金錠! 何があった? 敵か?」
「…星見が……姉ヶ崎が…… 僕には二人を止められなかった……すまない……」
「それはどういう……まさか!」
全員の異様な様子を把握した静也の脳裏には、昨日のような心身を支配してくる敵の存在がよぎった。
それからさっき返答をした月乃や唯に目を向けるも、一見して変な感じには見られない様子だった。だがそれでも静也は警戒を示した。
「あ、そうだ。能徒は? 能徒はどこだ?」
「能徒ならここにいるよ」
月乃は静也の死角になっていた机の奥、自らと唯の正面を指さした。そして静也がそこを見ようと二人に近付くと、そこには能徒がいた。だが様子がおかしかった。
「能徒! どうした? いったい何があった?」
「無波様。申し訳ございません。最重要機密事項が漏れました」
その万能メイドは両手両足を縛られ、座っている月乃と唯の前に転がされていた。
「狩人。ドアの鍵を閉めて」
「…うっ。くっ……」
「はやく、し・め・て」
狩人は月乃のその抑揚の無い声に逆らうことが出来ずにどうにか立ち上がると、生徒会室の扉を閉めて鍵をかけた。その直後、狩人はそこに寄りかかるようにして座り込むとまた床に倒れてしまった。
「月乃、唯。何してんだよ? おかしくなったのか? 能徒が何をしたっていうんだ」
「おかしくなんてなってないよ。能徒はね、なにかをしようとしてたんだよ。昨日ね」
「昨日?」
「うん。能徒。もう一回聞くね? 昨日静也を家まで送り届けた後はどうしたの?」
「無波様の…護衛をしていました。ですが、そこにやましい気持ちはありませんでした。あれは不慮の事故なのです」
そこで静也は察した。
昨夜の事が全てバレたのだ。さらに、それを喋ってしまったのも能徒本人なのだろうということも。
万能メイドのことだ。十中八九、昨夜の詳細を主である月乃から話すように言われたのだろう。そこで口が滑ったか、逆らうことが出来なかったに違いない。
「唯。どう思う?」
「有罪ね。だって、静也くんに押し倒された時にここ、濡らしたんでしょ?」
「……ぁっ…」
唯はまるで尋問をしているかのような口調と手つきで能徒のメイド服のスカートの中に手を入れると、その奥をまさぐった。
そんな能徒は一瞬静也に目を向けると、次の瞬間にはその顔が羞恥に歪んだ。
「あらあら。思い出しちゃったのかしらね。また濡れてるわよ」
「そんな……」
「唯。月乃もこんなことやめろよ。能徒が可哀そうだろ」
「そういうわけにはいかないんだよ。能徒は私達のメイドで大切な仲間だけど、こればっかりはちゃんとしないと駄目なんだよ。粗相をしたメイドにはお仕置きが必要なの。それは主である私が下すべきことなの」
月乃はその長い前髪の奥の瞳を床で悶える能徒にじっと冷徹に向けていた。
「それにね、静也。能徒が全部吐いたんだけど、静也は体を乗っ取られていたとはいえ五感は生きてたんだよね? なら、能徒と密着した時に匂いを嗅いだり、色々なところに触れた感覚はあったんでしょ? そうなんだよね?」
「それは……でも不可抗力で俺の意思ではない」
「意思でもそうじゃなくても、感覚はあったんだよね?」
静也は頷く。それを見た月乃は唯に目を向ける。それを受け取った唯が能徒と目を合わせると、その瞳を桃色に妖しく発光させ始めた。その直後、能徒が甘くも苦悶の声をあげ始めた。
「能徒!」
「無波様……私は……」
まさぐっている唯の手がさらに奥に侵攻している様子で、それにより能徒の顔はもうとろける寸前となった。
「つまり何が言いたいんだ? 能徒は俺を守ってくれたんだ。そこに不純なものなんてない。なにもかも敵のせいで、俺や能徒が自らの意思で何かをしようとしていたわけじゃないんだ。言いたいことがあるなら俺が全部聞く。だから能徒は解放しろ」
「言いたいことね。それは単純だよ。能徒は全部を知っているのにも関わらず静也に手を出そうとしたんだよ。それは許されないことなの。だから言うよりもこうして体に教えてあげてるんだよ。ね? 唯」
「そうねぇ。能徒は優秀な分察しが良くて助かっていたけど、まさかこんなふうに先手を打ってくるなんて思いもしなかったもの。まさに―」
「んんっっぁ……!」
「奇襲を受けた気分よ」
唯はもう一方の手で能徒の胸を鷲掴みし、それによって能徒が再び苦悶の声をあげた。
「大丈夫よ。大事なものまでは取らないから。でも、それも静也くんの答え次第かな」
「答えって……」
唯が静也に怪しげな目を向け、次には月乃に目を向けた。
「それでね、静也。能徒をこのまま無罪放免で解放ってわけにはいかないから、解放する代わりに静也にはあることをやってもらおうと思うの。どうする?」
「それをやるって約束したら能徒にはこれ以上何もせずに解放してくれるんだよな?」
「それは静也の返答次第だよ。先に何をやってもらうかは言わないよ。でも、やる? やらない?」
「無波様…っ! 私のことはお気になさらず…どうか……あぁぁッ!!」
その先を言おうとしていた能徒は唯の妙技によって黙らされた。
「……分かった。やるよ。なんでもこいよ。だから能徒はもういいだろ。解放してやってくれ」
その言葉を聞いた月乃は口角を上げ、唯は顔全体をほころばせた。
「唯。もういいよ。良かったね、能徒。でも、次は無いよ?」
「…は……い……」
そうして解放された能徒は頬を赤くしながらも定位置である月乃の横に立った。
実際に能徒にあれやこれやしていた唯はというと、自分の椅子に座ってなにやらにやけ顔をしていた。
「ほら。みんなも自分の席に着いて。今日の生徒会活動を始めるよ」
部屋の隅で小さくなっている愛枷と、それに抱き付いて震えている悟利。そして狩人は相変わらず床で気を失っていた。
まだ時間がかかりそうだと思った静也は、月乃に自分は何をさせられるのかを聞いてみた。しかし、
「それはまた後でね。先に活動をやるよ。能徒がいい物を持ってきてくれたみたいだから」
と言われて今は答えてくれなかった。
それから月乃が全員に向けて早く席に着くようにと言うと、それぞれがなるべく急いで自分の席に着いた。ちなみに気絶している狩人は静也が運んでいつもの席に座らせた。
ということで、どうにか準備が整ったので月乃が話を始めた。
「昨日のスイパラの帰りに静也と能徒が襲われたのはもうみんな知ってると思うけど、そこで能徒が気になるものを捕まえたんだって。それを吟味するよ。―能徒」
「…はい。こちらに」
そうして能徒が先日のあのふわふわした思念体のような丸い生き物が入った結界の箱を取り出すと、全員に見える位置に置いた。
その生き物は今もなお能徒の眠りの能力により眠っていた。
「私が見た限りですと、この生き物は誰かに憑依して悪さをするようです。その憑依された人は五感や意識はあるものの、全ての行動が支配されます。現に無波様は一時乗っ取られ、普段の様子からは想像もつかないことをしていました」
説明をしている能徒はどうにか言葉を選んでいる様子だった。
「ふーん。それじゃ、この生き物はオスなのね。だったら、どうしてあげようかなぁ」
唯は何かを考えている様子を見せる。それがまだ怪しげだったのか怖いのか、隣の席にいる悟利が小さく震えていた。
「どうするかは後でみんなで考えようか。まずはこの生き物から聞き出せることを全部聞き出しちゃおうよ。能徒、起こしてあげて」
「はい。箱の中なので誰かに憑依する心配はありませんので、皆様は普段通りにしていてください」
そうして能徒が眠りを解くと、その生き物が目を覚ました。そして体の表面を覆う程の大きな一つ眼を開眼させた。
「……ンア。ココハドコダ! 我ヲドウスル気ダ!」
「起きましたね。それでは、あなたが眠る前に忠告していた通り、知っていることを全て話していただきましょうか」
能徒を筆頭にセブンスターズ全員の視線がそれに集中した。
もちろん逃げ場は無く、結界によって囲われているので憑依の能力も使えないそいつは焦りの表情を見せる。だがそれでも断固として喋ろうとせずに完全に口を閉じていた。
そこで月乃が問いかけた。
「あなたはどこから来たの? 飼い主は誰?」
「……」
「うーん。そっか。能徒」
「はい。星見様」
すると能徒がその生き物に見えるように右手を出して指を広げると、ゆっくりと握るようにその指を閉じていった。するとその結界の箱が小さく収縮し始めた。
「ナ…ニ……?」
「あなたは私が作りだした箱の中にいるのです。この指が完全に閉じられた時、あなたは潰されその中で弾け飛びます。それでもいいのですか?」
「ドウセハッタリダ。オ前ラハ我ヲ殺サナイ」
すると能徒が一度月乃に目を向けると、月乃は頷いた。
まもなくしてその生き物の下方、体の四分の一程度を範囲として結界の小さな箱が展開された。そして能徒がその小さい箱に照準を合わせて指を広げた。
「オ…オイ、マサカダヨナ……」
「そのまさかですよ」
直後その指が一気にグッと閉じられた。するとその結界の箱は急激に収縮してそこにあった部位を破裂させた。
「イギィャァァァァ!!」
閉じ込められている箱にはなにやらよく分からない液体が飛散し、内部からその色に染めた。
そいつは悲痛な声をあげてのたうち回った。だが収縮している箱の中では満足に動けていないようだった。
「痛いですよね。では次はどうしましようか。星見様」
「そうだね。それじゃ、要は話が出来ればいいんだから、下側のもう四分の一も潰しちゃおうか」
「承知しました」
するとすぐさまその場所にまた小さな箱が出現し、能徒が照準を合わせた。
「マ…待テ……喋ル。何デモ喋ルカラ……」
「そっか。それじゃちゃんと答えてね。まず、あなたの口はどこにあるの?」
「今ハ関係ナー」
「口、どこにあるの?」
月乃が有無を言わさずに答えるように急かした。それと同時に能徒の指が少しずつ閉じ始めた。それによってじわじわと痛みが伝わっていき、そいつは自分の口の場所を示した。
「そこか。だって、能徒」
「はい。承知しました」
するとその小さい方の箱の位置が少しだけずれて別の場所を包囲した。そしてその直後にはその場所が激しく弾け飛んだ。
「イギィィィャァァァァ!!」
再び悲痛な叫び声が響いた。
それを悟利は震えてながら見物し、愛枷と唯は少し楽しそうに見ていた。
「能徒」
「はい」
そうしてまた別の場所に箱が出現した。
「マ…待テ……頼ムカラ。コレ以上ハ…ヤメテ……」
「ちゃんと正直に喋る?」
「喋ル。約束スル……ダカラ…モウ……」
それを聞いて月乃は能徒にストップをかけた。だが体に出現している小さな箱やそれに合っている照準は解除されなかった。
「少しでも嘘を言ったら、次はそこ、多分頭のどこかかな?が消えるからね」
震えているそいつはそのまま頷くと、流れていく体液に体を濡らしながら月乃を見た。
「それで、誰の差し金なのかな? 目的はなに?」
「ソレハ……」
「能徒」
「はい。星見様」
ほんの少しの躊躇を見せた途端、その指がゆっくりと閉じられていった。それに伴ってそいつに痛みが発生した。
「ワ、分カッタ。千取様ダヨ。千取様ガ我ヲ遣ワシテ皆ヲ始末シロッテ」
「あの野郎、やっぱり俺らを狙ってきやがったのか。来るなら自分で来いってんだ」
「静也、落ち着いて。まぁそうだよね。あの人はそういう人だもんね。ってことは、私達がクリスタルスカルを集めようとしていることはもうバレているってことだよね?」
荒ぶった静也を制止させた月乃が続けて問いかけた。
「バレタモ何モ、全テ千取様ノ予想ノ範囲ダ。ダカラ我ヲ遣ワシテ必要ガアレバ月乃トカイウ女以外ハ殺セト言ワレタノダ」
「そっか。でも困ったな。そういうことならあなたは千取に何かしらの報告をしないといけないよね? もしその報告が無かったら、千取のことだから失敗して逆に殺されたって思うよね。そうなったら、本当に私達がクリスタルスカルを集めているってバレるようなものだし。困ったなぁ」
そこで月乃がふと狩人を見た。
だが未だに気絶しているので、静也が無理矢理起こした。
「なんだ? 星見、もうやめるんだ。僕は―」
「金錠。それはもう終わった。今はこいつだ。どう思う?」
「全く話が分からん。まずは説明をしてくれ」
ということで静也がかいつまんで説明をした。そうしてやっと理解した狩人が月乃の視線に気が付いた。
「そうだな。全てが千取の予想の範囲なら、こいつ如きに僕らを始末出来るなんて奴は思ってもいないだろう。もしこいつからの報告が無ければ予想が真であると分かるが、報告があればそれはそれでその真意を知ることが出来る。聞く限りだと奴が本当に知りたいのは、僕らの真意よりもクリスタルスカルを集めようとしているかどうかの情報に違いない。まぁ、昨日の時点で報告が無かったのだから、十中八九僕らの思惑はバレているだろう」
「やっぱりそうだよね。もう遅いよね」
すると月乃が席を立って能徒の隣に立った。
それからいつもの抑揚の無い声で言った。
「そういうことだからさ、まぁ私もなんとなく予想はしてたけど、千取の仕業だって確定したことだし、これからみんなでこいつをどうするか決めようか」
「ソンナ……我ハ全部話シタ。解放シテクレルンジャナカッタノカ?」
「誰もそんなことは言ってないよ? そういうことだから、みんな。どうしようか」
そいつの言い分は簡単に一蹴され、全員が思い思いの意見を述べた。
逆に利用して千取の動向を探る。生徒会の愛玩動物にする。死ぬまでこき使う。容赦なく殺す。といったものがほとんどだった。もちろん途中でそいつが何かを言っていたが、それは一切聞き入れられることがなかった。
そんな中で月乃が提案した。
「それじゃ、みんなでじゃんけんしようか。それで勝った人が決める。それでどうかな?」
「まぁ埒が明かないしいいんじゃないか」
「わ、わちも」
それに続いて全員が納得した。
「オ前ラ、我ノ命ヲ何ダト思ッテル!」
「それじゃいくよ。ほら、能徒もやるんだよ」
「ですが、私は…」
「いいからいいから」
そこで月乃が微笑みながら能徒の手を引いて勝負に出させた。
「どうなっても恨みっこ無しだからね。それじゃみんな、右手を出して、最初はグー…」
そうして全員がグーを出した直後、その箱が一気に収縮して弾け飛んでしまった。
「あ…」
能徒は唖然とした。だがもうそこには液体しか残っていなかった。
「月乃。こうなるようにわざとじゃんけんにしたな?」
「やっちゃった」
そう言った月乃の口角は上がっていた。
球体が完全な液体となってしまったので、この議題は強制終了となった。
「それで、結局俺は何をすればいいんだ?」
静也は気になっていたことをあらためて聞いてみることにした。
「そうだったね。静也には私と唯と出かけてもらうよ」
「三人でか?」
「ううん。それぞれとだよ。もちろん二人だけで」
月乃が淡々と答えた。
だがそんな答えがくるとは思っておらず、能徒があんなことをされていたということもあり、てっきり恐ろしい要求がくるものだと思っていた静也は思わず虚を突かれてしまった。
「そんなことでいいのか?」
「うん。唯と決めたことだから、これがいいんだよ」
「そうねぇ。お姉さんも静也くんと二人きりでお出かけしたいなぁ」
そう言った唯の目が妖しく光り、それを向けられた静也は背中になんともいえない冷たいものを感じて月乃に目を向けた。だがそんな月乃も長い前髪の奥から静也を見て、にっと静かに口角を上げていた。
「ま、待て。やっていいことと悪いことがあるのは知ってるよな?」
「そ、そうです。狩人兄ぃの言うとおりです。何でもありではないと思うです!」
「…法令…遵守……だめ…絶対……」
二人の様子を見た他三人が口を挟んだ。そして三人がさらなる追い風を求めて能徒に目を向けるも、そんな能徒はメイドとして球体の残骸を処理していた。もちろん、それでも視線に気づいており、さっきの事もあって何も言えなかった。
「みんな、静かにね。今回は大丈夫だよ。私と唯が二人で約束事を決めて同意したから。それを破ったら、ねぇ? 唯」
「そうねぇ。さっきの能徒の比じゃないことになるわねぇ」
「なんか怖いって。俺はいったいどんな約束のもとで出かけることになるんだ」
「なにも怖いことはないよ? 私と唯との間には色んな取り決めがあるだけだよ」
「それが怖いんだって」
その時狩人が何かを言いたげに口を開こうとしたが、それは月乃の視線によって閉じられた。
「どんな取り決めです? 初めに言っておいたほうが静也兄ぃも安心すると思うです!」
「悟利ちゃん。飴舐めててね」
と唯が悟利の開いた口に大きな飴を放り込んでその口を閉じさせた。
そんなことをされた悟利は何かを察してもう何も言わなかった。その目はうるっとして体は震えていた。
「そういうことだから、静也は明日は唯。明後日は私と出かけるからね。丁度週末だし、何も無いでしょ? まぁ、何かあっても来てもらうけどね。さっき静也は自分の口からやるって言ったんだし、それだから能徒を解放してあげたんだからね?」
「つまり、もう断る権利は無いと」
「もちろんだよ」
月乃は首を傾げて口角だけで笑った。
相変わらず明らかな表情を晒していないものの、その静かな中には逃がさないという確固たる意思が宿っていた。
だからこそ静也はもう何も言わなかった。さらには他の面々もこれ以上の追求をしなかった。
「そういうことだから、もういいよね。静也は週末は私達に付き合ってもらうからね」
「……分かったよ。怖いけど、分かったよ」
「ふふふ…楽しみねぇ……」
「唯。約束は守るんだよ?」
「もちろんよぉ。月乃ちゃんも守るのよ?」
月乃と唯の間で無言のやり取りがあり、それを見ていた静也はなお一層怖くなった。
********
解散となった生徒会一同はそれぞれの帰路に着いた。
ぼろぼろになっている狩人は、多少脚を引きずりながら帰っていった。それを見た静也は悟利に頼んで回復してもらおうかと思ったが、そんな悟利は今も愛枷にしがみついて離れようとしなかったので諦めることとなった。
「月乃」
「ん?」
他の面々が帰っていって最後にはやはり月乃と静也、そして能徒が残った。
そこで静也が問いかけた。
「なんで出かけることにしたんだ? それ以外の願いもあったんじゃないのか?」
「これ以外に無かったからこうなったんだよ。最初は唯と私が願いを出し合って決める予定だったんだけど、第一希望がこれだったから一発で決まりだったの」
「ほう」
「その時に狩人が能徒を庇いだして、それでも私は主として罰を与えなきゃいけなかったのにあーだこーだ言ってね、だから唯と二人で静かにさせたの」
「さらっと恐ろしいことを言ってなかったか?」
「?」
首を傾げて静也を見る月乃。
どうやら素で言っているのだと気付いた静也。それにその言葉によって狩人がぼろぼろだった理由と、他の二人が震えていた理由に察しがついた様子だ。
「というかさ、話の中で能徒は全部を知っているのにも関わらずって言ってたよな? あれはどういう意味なんだ? 能徒は何を知っているんだ?」
「それは……なんでもないもん」
月乃がむっと口を閉ざしたので、それについては答えるつもりはない様子である。
だが、少なくとも何かがあるのは確かなようだ。
「能徒はどうなんだ? その全部というのを知っているんだろ?」
「私の口からはお教えすることは出来ません」
「そう言わずに」
「それは……」
「能徒。言っちゃ、駄目だよ?」
「……はい。何も言いません」
一瞬迷った様子を見せた能徒は、月乃のその言葉によって完全に口を閉ざした。
それから静也が別れる角となったので月乃が静也にメモを渡した。
「唯の家の住所だよ。明日はここに行ってね」
「分かった」
「ちなみに、二人は明日セブンスターズの仕事に参加しなくていいからね。それじゃ、能徒。また静也の護衛をお願いね。今日はちゃんと帰るんだよ?」
「はい。星見様の仰せの通りに」
やけにかしこまった様子の能徒。
昨日の行いによる生徒会室でのあれがかなり効いているのだと察しられた。
それから能徒と二人で帰り道を歩く静也。
「俺のせいで悪かったな。昨日俺に隙が無かったらこんなことにはならなかったのに」
「いえ、謝るのは私の方です。私が最重要機密事項を漏らしてしまったがために、無波様にはご迷惑をおかけすることになってしまいました。申し訳ございませんでした」
「迷惑だなんて思ってないよ。やっぱり仲間達で責め合うのは見たくないだろ? だから止めさせただけだ。俺がしたいようにしたんだからいいんだよ」
しょんぼりとしていた能徒を優しい言葉で慰める静也。その言葉に少しだけ表情が和らいだ能徒はお礼を言った。
まもなくして先日襲撃を受けた場所にさしかかった。だが今回は何もなく、静也の家まで無事に辿り着くことが出来たのだった。
「それでは私はこちらにて」
「そうか? お茶でも出すぞ?」
「いえ、星見様から言われていますので、お気持ちだけで結構です」
「そうか。それじゃ気を付けてな」
そうして能徒がお辞儀をすると、来た道とは逆方向に進んで角の向こうに消えた。
何事も無く帰宅をした静也のスマホにはLINEが入っていた。
「能徒はちゃんと帰った?」
月乃からだった。
それに対して帰宅したことを伝えるとスタンプが一個送られてきた。
「しいたけのスタンプか…… また地味な」
スマホを閉じた静也はそれからも特に何事もなく平和に過ごし、就寝する前に渡されたメモを確認した。
「明日は十時に唯の家か。当たり前だけど行ったことないんだよなぁ。でもそれから出かけることになっているから、迎えに行けってことだよな」
時刻は既に日を跨いでいた。
色々と疲れた静也はそのままベッドに入り眠りにつこうとした。だが、昨日の能徒の香りがまだ僅かに残っていたせいで寝るのに時間がかかったのだった。




