2-49 地味っ娘と行く、あくまで普通のお出かけ(後編)
「夕陽が綺麗だな」
「そうだね。これだけは最後に乗りたかったんだ」
閉園となった動物園を出た静也と月乃は、遊園地の方に到着した。
しかし、そこもまもなく閉園時間だったので二人は一つだけアトラクションに乗ることにした。それは観覧車だった。
今日最後の客となった二人を乗せた観覧車が動き始めると、まもなく二人を頂上に連れていった。そこから眺める動物園や遊園地、そして地平線に見える夕陽が二人の瞳に美しく映っていた。
すると、静也と向き合って座っていた月乃が立ち上がって静也の隣に座った。
「どうした?」
「ううん。静也の隣に行きたかっただけだよ」
それから月乃は少しだけ躊躇を見せたものの、静也の手に自分の手を乗せた。
「月乃?」
「唯だって静也と腕を組んだりしたんだから、私もこれくらいはいいでしょ?」
「まぁいいけど。普段はこんなことをしてこないのに珍しいな。疲れたのか?」
「そんなんじゃないよ。ただ、今日はすごく楽しかったなって思って」
それから月乃はそのままこつんと静也の肩に自分の頭を倒し、その手を握る力が少し強くなった。
「ねぇ、静也。ヘッジス・スカルのこと、ありがとうね。私のために動くって言ってくれてすごく嬉しかったよ」
「あれはいいんだよ。俺がそうしたいって思ったんだから。むしろ俺のせいで他のみんなや、それこそ月乃を危険に晒すかもしれないから悪いかなって今頃になって思ってきているんだよ」
「そんなことないよ。確かに私の頭の中にあるヘッジス・スカルは強大で私の能力の根源でもあるよ? でもいつかはそんなものを取り去って普通の人として生きていきたいって思ってるの。だから、静也が助けてくれるって言ってくれて本当に嬉しかったの」
その時観覧車がゆっくりと下降し始め、その視線が少しずつ低くなっていった。
それを感じ取った月乃は少し残念そうな雰囲気を出した。
「静也はさ、その……もしもこの先唯とか、それこそ能徒にあの時みたいに迫られたらどうするつもりなの?」
「どうするって?」
「えっと……それを受け入れるの?ってこと。この前は能徒にあんなことをしたけど、仮に何かあったとしても結局は静也が決めたことだっていうなら私も唯も何も言わないの。むしろ静也の意思が本物なら尊重するつもりなの。だから、もしも今後誰かしらが静也に迫ったら、その時静也はどうするの?」
「そうだな……」
心無しか静也の手を握る月乃の手にはさらに力がこもっていた。そして静也には見えないものの、その長い前髪の奥には不安を孕んだ瞳があって、緊張とともに真っ直ぐと静也を見つめていた。
「もしあの二人が今後俺に迫って来たとしても、それには答えられないかな。だって、今の俺には月乃の中にあるヘッジス・スカルをどうにかしたいって思いが強いし、それこそまた千取からの刺客が来るかもしれないだろ? それにも備えて強くならないといけないから、たとえ誰かからでもそれに応えてあげられないと思う」
それを聞いた月乃は少し安心したというか、ほっとしたように口元を緩めた。そしてその隠れた目も緊張を解いた。だがそれとともに少しだけ残念そうな雰囲気を出した。
「そっか。それが聞けたなら今日は満足だよ。最後に、静也はこれから先も私の隣にいてくれるよね?」
「それはもちろんだ。これからも一緒に遊んで、セブンスターズとして頑張っていこうな」
月乃は僅かに微笑んだ。
そうして観覧車が一周を終えると、二人だけの空間に終わりが訪れた。だが月乃は静也の手を握ったままだった。
「それじゃ、完全に日が落ちたしこっちも閉園だから今日は帰ろうか」
ということで二人は出口に向かって歩き始めた。
すると、その出口である光景を見つけてしまった。
「いってぇな! 怪我しちまったじゃねぇか。どうしてくれるんだよ!」
怒鳴る男とそれに困っている子供連れの女性だった。
その女性は怯え、子供はその影に隠れて震えてしまっていた。
「あのおっさん。あいつじゃねぇか? 来る時に電車で見たあの迷惑男」
「あぁ、そうだね。中年のおじさんがこんな所に一人で何しに来たんだろうね」
その男は電車で妊婦にいちゃもんを付けていた中年の男だった。彼はあの時の静也の忠告があったのにもかかわらず同じようなこと繰り返していたのだ。
「なぁ月乃。さっきは、また見つけた時に消せばいいよって言ってたよな?」
「うん、言ったね」
「なら、消すか?」
「うん。そうだね。多分あの人はもう半分くらいGreedになっているから、これ以上被害を出さないためにもここで消しておいた方がいいね」
「分かった」
そして静也がその男のところへ行くと、両者の間に入った。
「よぉ、おっさん。数時間ぶりだな。さっきの俺の言葉、聞いてなかったみたいだな?」
「お、おま……」
静也が赤い眼光を向けて言うと、その男の表情が引きつった。
その隙に月乃が子供連れの女性を逃がしてやった。
「さっきは逃がしてやったが、俺は忘れたわけじゃねぇからな。ということで、今回は駄目だ。ここで死のう」
「ふ、ふざけるな! ガキが、このオレに喧嘩を売る気か? オレは年長者だ。ガキが年長者にたてつくんじゃねぇよ!」
その時、男が静也に殴りかかった。だが、無論それを容易くかわした静也はカウンターとして男の顔面に拳を叩き込んだ。
直後、情けない声をあげて倒れた男はそれでも立ち上がった。その一発で鼻は折れて変な方向に向いていたが、男の目には怒りとほんのりとした邪悪な光が灯り始めていた。
「あーあ。やっぱりもう駄目みたいだね。様子を見て警察でもいいかなって思ったんだけど、手遅れみたいだ」
月乃がそう言うと、静也が男の始末しにかかった。だがそれを月乃が止めた。
「消すんだろ?」
「うん。でもこの状態じゃ衆目があってまずいよ。だから―…能徒」
と今はいないはずのその名前を呼んだ。するとどこからかその万能メイドが二人の横に降り立った。
「なんで能徒がこんなところに」
「まぁそれは後でね。能徒、見ていたなら分かるよね?」
「はい、結界を展開します」
いつものように抑揚の無い声で言ったメイドは、直後には周囲に他に誰も入れない結界を展開した。
「お待たせいたしました。では、無波様。続きをどうぞ」
「分かった。ありがとうな」
そして静也が瞳を真っ赤に発光させて男に一気に接近した。直後、その男は反撃をしようと拳を振り上げる。だが静也はその拳を腕ごと粉砕し、首に蹴りを入れると一瞬にしてその骨を折った。
鈍い音が響くとまもなくしてその男は地面に倒れて動かなくなった。
「終了だ」
「うん。やっぱり私が出るまでもなかったね」
「それで、どうして能徒がここにいるんだ?」
「はい。それは―……」
少し言いにくそうな能徒。だがそれを月乃がまるで知っていたかのように言った。
「唯から言われて来たんでしょ? どうせ私と同じで監視しておくようにとかそんな感じだよね?」
「……はい。主を疑うような命令を容認してしまい申し訳ございません」
「まぁいいよ。最初から気付いてたし」
「え、いつからいたんだ?」
「静也の家を出た時からだよ。あの時からもう監視されてたんだよ」
「よく気付いたな」
「まぁね。能徒とは長い付き合いだし、近くにいたら気配で分かるんだよ」
「もうなんか、それを聞くと月乃が俺の知っているただの地味な月乃じゃないみたいだな」
「むぅ。私をなんだと思ってるの?」
と月乃の口元がまたむっと強張った。そしてその後には様子を変えて能徒に言った。
「それじゃ、私達は帰るから今回もそれをお願いね。まさかとは思うけど、もうつけて来ないでしょ?」
「それはもちろんです。星見様は約束をお守りになりました。そう姉ヶ崎様には報告いたします」
「そう。まったく、唯も私を疑うなんてひどいことするね」
「月乃がそれを言ったらいけないと思うぞ」
「私はいいんだもん。セブンスターズのリーダーだもん。リーダー権限だもん」
そうしていまだに張られていた結界から二人だけが出て行くと、その後ろ姿を能徒が見送った。
***
「今日は楽しかったね」
「そうだな。月乃があそこまでダイオウグソクムシが好きだったなんて知らなかったよ」
二人が自宅のある最寄り駅まで戻ってくると、その道中で月乃が満足そうに言った。その口元はほころんでいたので本当に楽しかったようだ。
「あ、私の荷物は静也の家に置いてあるんだったね」
「そうだぞ。だから一回俺の家に寄ってもらわないとな」
「だったら、今日はこのまま泊まっていこうかな」
「え?」
「明日からまた学校だし、朝また静也の家に起こしに行くのが面倒なの。だからこの際泊まったら楽なんだよね。パジャマもあるし」
「まぁそうだけど、知っての通りベッドは一つしかないから今朝みたいに一緒に入ったら絶対狭いからな?」
「うん。別に問題無いよ? それに一緒に寝たら温かいし静也も私の匂いを嗅ぎ放題だよ?」
「誤解を生むようなことを言うな」
月乃は、それがどうしたの?とでも言っているかのように首を傾げて言っていた。
それを見た静也は、これは何を言っても泊まることになるだろうと察してしぶしぶ了承したのだった。
もう少し歩いて静也の家に到着すると、中に入ってから静也はふと思ったことを聞いてみた。
「まさかとは思うが、あの時能徒に『もうつけて来ないでしょ』って聞いたのはこのためだったのか?」
そこで月乃の口角がにっと笑った。
「あれは、遊園地までの監視で私が約束を守っているって思ってくれたか確認したんだよ。それで案の定問題が無いって確信してくれたみたいだから、そこからはもう追ってこなくなったよ」
「あれ? でも観覧者で月乃が俺の隣に座った件は?」
「観覧車って個室だし、仮に私達の所から見える範囲にいたらバレちゃうよね? もちろん能徒はバレるわけにはいかなかったから乗らなかったんだよ」
「まさかそのために観覧車に乗ったのか」
また月乃の口角がにっと笑った。
そこで静也は思った。唯よりも月乃の方が何枚も上手であると。
「もう能徒の気配は無いよ。だから、これで本当に二人だけだね。―って言っても特にどうとかいうわけじゃないんだけどね」
「まぁそうだろうな。そもそも俺がセブンスターズに入る前からこうして二人でよくいたもんな」
それから二人は普通に夕食を食べて普通に過ごした。だが、寝る前になってずっと先送りしていた問題を考えることになったのだった。
「結局同じベッドで寝るのか?」
「もちろんだよ。どっちかが布団で寝るのは無しだからね?」
「どうしてそんなにそれにこだわるんだ?」
「だって、能徒が主の私よりも先に静也と寝たから。だから私もそれを体験する義務があるんだよ」
「今朝は既に俺のベッドにいただろ。それで体験出来ただろ?」
「それはそれ。これはこれだよ。ほら、明日は学校だからもう寝よう?」
そうして静也は月乃に押し込まれるようにしてベッドの壁側に行かされると、出口を塞がれるようにして月乃が外側に寝転がった。
布団が掛けられると、しばらくしてその中の熱気に月乃の香りが混ざり始めて静也の鼻腔をくすぐった。
静也はふと月乃の方を見た。するとそれに気が付いたのか、月乃の顔も静也に向けられた。
「ねぇ、静也」
「ん?」
「……寒い」
「ベッドが狭いせいで体が少し外に出てるんじゃないのか?」
「出てはないけど……あ、そうだ」
すると月乃は静也の方に寝返りをうったかと思うと、
「なにしてんだ?」
「こうすれば温かいよ」
腕を回し、脚も絡めて完全に密着したのだ。さも抱き枕のようになってしまった静也は、突然の出来事によって動けなくなってしまった。いや、もう既に動こうとしても動けなくなっていた。
月乃の華奢ではあるものの女の子らしく柔らかい体と、より距離が近くなったことでその甘い香りが一層静也の鼻腔、いや理性すらも刺激し始めた。
だが静也は特に何かをするでもなく、その落ち着きすらも感じる香りに包まれて次第に眠気が強くなっていった。
「……静也?」
少しして月乃がその名前を呼んだ。だがそれに反応は無かった。
「寝ちゃったね。今日はありがとうね、静也。これからも一緒にいてね」
それから月乃は、引き続き静也を抱きしめながらもその寝息を聞いているうちに自分も眠りに落ちていったのだった。
次回は12/19の予定です。
次回で第2話の最終話となります。




