2-48 地味っ娘と行く、あくまで普通のお出かけ(中編)
「やっと着いたね」
静也の家から約一時間。二人は目的地である動物園に到着した。
「思えばいつぶりだ? 覚えてないくらい前に行ったきりだったから、来たのはもう何年も前だな」
「そうなんだ。私はたまに来るよ」
「一人でか?」
「うん。それか悟利と能徒と一緒にかな」
その時静也の頭には動物園ではしゃぐ悟利の姿が浮かんだ。それからそれを見守る月乃と能徒の様子もだ。そして否応なく思ってしまうのだった。
「完全に子守りじゃねぇか」
と。
「まぁ、悟利は体が小さいからね。前に試しに小学生料金で入れるかをやってみたことがあったんだけど、疑われることなく入れたしね」
「それは駄目だろ」
「最後までバレなかったからセーフだよ。白だよ」
「絶対的に黒だ。悟利も悟利で小学生に見えてしまうのはそれもまた問題だけどな。というか、唯もだったけど、どうして二人はそんなぎりぎりの事をするんだ」
「だって安く入れた方が得でしょ?」
「まぁ確かにそうだけども……」
「ならいいよね。それにもう済んだことだし。ほら、チケット買って入ろう」
そうして二人は動物園に入場したのだった。
順路通りに進んでいくと、二人はフクロウの前で止まった。それをじっと見ている月乃に対してフクロウは、見る見るうちに体を小さく細くしていってしまった。
「なんか怯えられてるぞ?」
「これって怯えてるの?」
「あぁ。フクロウの中には自分よりも強い奴の前だと怯えて木に擬態しようと小さくなる個体がいるんだ。逆に弱いと判断した奴の前だとやけに体を大きくして威嚇したりするらしい」
「へぇ。どおりで静也の近くにいるフクロウは大きくなっているわけだ」
「えっ?」
小さくなっている方に完全に気を取られていた静也は、今になって自分の近くにいたフクロウを見つけた。すると確かにやけに大きくなっていた。
「俺と月乃だったら見た目的に逆だろ。なんで俺にはこうなんだ」
「本能なのかもね」
「まぁ、月乃の方が強いけども。フクロウにはそれが見抜けるのか?」
「どうなんだろうね。でもこうして大きなフクロウは初めて見れたよ。静也のお陰だね」
「なんか複雑な気分だなぁ」
再び歩き出し、次に立ち止まったのはサル山だった。
「いっぱいいるね」
「そうだな。あの一番上にいるのがボスかな」
「うーん。あっちじゃない?」
そうして月乃が指差したのは多くのサルに囲まれては毛づくろいをされている一匹だった。
「真ん中にいるのがボスだよ。それで周りにいるのは全部メスじゃないかな。ハーレムってやつなのかもね。まるで静也みたいだね」
「待て。俺はそんなんじゃない」
「だって能徒とは寝て、唯とは寝そうになったんでしょ?」
「何もかも寝たらそうだとか、寝るという行為を変なものに結び付けようとするな。そうだ、昨日の能徒は月乃が遣わしたんだろ? 良かったのか?」
先日、静也は唯に某所に連れ込まれそうになったところをやってきた能徒によって止めてもらったのだ。しかもその差し金は月乃だった。
「いいんだよ。そもそも唯がちゃんと約束を守るなんて最初から信じてなかったし」
「それもそれでどうなんだ? というか、その二人で交わしたっていう約束ってどんな約束だったんだ?」
「それは……なんでもないもん」
月乃は一瞬だけしまったという焦りの雰囲気を見せた。だがすぐに立て直して平静を装った。だがそれを静也は見逃さなかった。
「あの日俺がいない間、他のセブンスターズの面々がいる時に約束をしたんだろ? なら俺以外は知っているんだよな? 俺にも教えてくれって」
「駄目だもん。静也には教えてあげないもん」
そう言った月乃は、絶対に答えないと言っているかのようにぷいっとそっぽを向いた。その顔の方向に静也が移動すると、月乃はまた別の方向を向くのだった。
「まぁ…いいか。変なのじゃないんだろ?」
「当然だよ。私と唯で取り決めた公平かつ安全なものだよ」
「なんかいまいち信憑性が無いような気がするんだが……」
「きっと気のせいだよ。ほら、次はカピバラだよ。そろそろ餌の時間だからその様子を見るのが楽しみだったの」
そうして月乃が会話を終了させると、静也の手を引いて移動を開始した。
やってきたカピバラの檻の前で月乃は食い入るようにしてその食事風景を眺めた。一見するともさもさと草を食べているようにしか見えないその口の動きが月乃は好きなのだ。
それからその草が無くなるまで月乃が見終えたので、満足した様子で静也の方に振り向いた。
「満足したか?」
「うん。すごく良かった」
「そうか」
やはり静也には何が良かったのか分からないままそこを離れた。
「そういえば、そろそろ何か食べる? 園内レストランがあるよ?」
「そうだな。腹も減ったし、中に入るか」
時刻は十三時。
園内の動物への餌やりの時間が終えたようなので、今度はと二人も食事をすることにした。
店内は少し混んでいたものの席が取れないというわけでもなかったので、二人は順番に買いにいくことなく一緒に買って席に座ることが出来た。
「ねぇ、静也」
「ん?」
月乃がきつね蕎麦を食べながら話しかけた。ちなみに静也はチキンバーガーを食べている。
「窓の向こうにはフラミンゴが見えるね」
「そうだな」
「鳥が、見えるね」
「……ん? 何が言いたいんだ?」
すると月乃がおもむろに、そして純粋な疑問を投げかけた。
「フラミンゴっていう鳥を見ながらチキンバーガーを食べるのってどういう気持ち?」
「言っておくが、このチキンはフラミンゴじゃないからな? 動物園でその動物の肉を売るなんてことは絶対にないからな?」
「でも鳥なのには変わりないでしょ?」
「まぁ、確かに」
「で、どういう気持ち?」
月乃は興味深々の様子だった。
「それを言ったら月乃だってきつね蕎麦じゃねぇか。きつねを見ながら食べたら分かるんじゃないか?」
「きつね蕎麦のきつねは油揚げだからね?」
「もちろん知ってるさ。冗談だよ」
「それで、どうなの?」
やはり気になる様子の月乃。その後も静也は何度か話を逸らそうとしたものの全て失敗に終わったのだった。
そうして観念した静也は口を開いた。
「そう考えて食べると変な感じがするな。なんかこう、実際は違うのにフラミンゴを食べているような気がしてくるよ」
「そっか。それなら、熊の前で熊肉カレーを食べたらより一層熊を食べている気がするのかな?」
「……やらないからな? 絶対にやらないからな?」
「残念」
「というか、動物園に熊肉カレーなんて置いてないだろ。もしあったら少し可哀そうな気持ちになるわ」
「そうだよね。なんともいたたまれなくなるよね」
そんな会話により残りのチキンバーガーを何とも言えない気持ちで完食した静也と、自分で聞いておきながらもそんな静也を特に気にもせずにきつね蕎麦を完食した月乃。
それからもう少し休んでいると、月乃があるものを発見した。
「あのフラミンゴ、頭を突かれて血が出てるよ」
「えっ? あぁ、あれは大丈夫だ。あの流れていっている赤い液体が落ちるところに小さいフラミンゴがいるだろ?」
「うん」
「あれは他の動物でいうところの母乳をあげている様子なんだ。それがフラミンゴの場合はああやって頭を突かないと出ないらしくてあんなショッキングなことになるんだ。そうそう見られないからラッキーだな」
「へぇ、そうなんだ」
月乃は初めて見たその様子に釘付けになってしばらく見ていると、
「そろそろ行こうか。次は深海生物の所だよ。ダイオウグソクムシだよ」
と満足したようで席を立った。
静也もそれに続いて立ち上がると、二人はトレーや皿を返却口に置いてレストランを出たのだった。
***
「癒されるねぇ…… ね? 静也」
「そ、そうだな」
それから二人は深海生物を見ることが出来るエリアにやってきた。
その一角で月乃が大本命である生物を見つけると、それを釘付けで見てはなんとも幸せそうな雰囲気を放出させていた。
「あ、今少し動いたよ」
「いや、気のせいだと思うが。そもそもダイオウグソクムシって動くのか?」
深海の掃除屋ことダイオウグソクムシである。
大きな水槽の角に固まるようにして密集している数匹の巨大なダイオウグソクムシは、今もなお一切動くことなくその場に留まり続けていた。
もちろんその顔や雰囲気からして日々何を考えて生きているのかが全く分からない謎の生物だ。
それを月乃はじっと見つめていた。
「一匹くらい生徒会室に置いておけないかな。みんなで育てるの」
「一般水槽じゃ多分無理だろ。海水の温度とか管理が大変そうだし」
「そっか。でもそれはそれで、ここでしか見られないっていう特別感があっていいね」
一切動かないダイオウグソクムシと、両目を黒い前髪で隠した地味な女子の月乃。両者が並ぶとなんかこう、不思議な親近感のようなものを感じざるを得ない。と思う静也。
「静也、静也。これ見て」
「どうした?」
「餌を食べてるよ。これは貴重だよ」
月乃はそう言ってスマホを取り出すと、その光景をムービーで撮り始めた。それを終えるまでは音声が入ってはいけないと思った静也は静かにしていた。そしてそれが終了すると
「餌を食べているのはそんなに珍しいものなのか?」
と聞いてみることにしたのだった。
「うん。ダイオウグソクムシってね、基本的に飢餓に強くて場合によっては五年も何も食べない場合があるんだよ。自然界では生き物の死骸を食べているんだけど、そういつもそんなものがあるとは限らないから餌を食べるというのがそもそも珍しいの。それを見られたのは貴重だよ」
「さっきのフラミンゴといい今といい、今日は珍しいことだらけだな」
「うん。今日はすごく楽しいよ」
そう言った月乃の口元はにっと笑っていた。長い前髪ゆえに普段から表情が分からない月乃にとって口元の動きはその感情を知るのに欠かせないものだ。その物差したるそれが微笑んでいるので今は心底楽しいようだ。
「それにしたってさ、そんなに小食ならなんでこんなに大きくなれるんだ?」
「実はね、それは未だに解明されていないらしいよ。ある場所で飼育されていたダイオウグソクムシはそれこそ五年間も何も食べなかったんだけど生命維持には問題がなかったみたいだし、なんなら少し大きくなっていたとかなんとか。それから数ヶ月後には寿命で死んじゃって、それを解剖したらね、びっくりするものが出てきたんだって」
「それは?」
「未消化の小魚だよ。しかも結構な量」
「……ん? そのダイオウグソクムシは五年間何も食べていなくて、その後に仮に少し食べたとしても数か月間も残っているのはおかしくないか? それこそ、その時に食べたものがその結構な量とやらよりも少なかった場合は、五年前のものも胃に残っていたってことだろ? いったいどうなってんだ?」
「それが分からないんだよ。まさに謎に満ちた生き物なんだよね」
そんな奇妙な生物は今も同じ場所に留まり続けている。もちろん何かをしようという様子はみられず、とにかくじっとしていた。それを見ている静也は頭の中にハテナマークを浮かべながらそれを眺めていた。
「あ、歩いてる」
「えっ」
月乃が指を差した。そこではゆっくりではあるものの確かにダイオウグソクムシが歩いていた。そして動きを止めると、またそこで動かなくなった。もちろんその様子も月乃は動画に収めていた。
「これであとは泳いでいるところが見られればいいんだけど、そう簡単には見られないよね」
「泳ぐのか?」
「うん。その時は背面泳ぎをするんだけど、実は意外とすいすい泳ぐの。ネットの動画でしか見たことがないから実際に見てみたいんだよね」
「そっか。なんか知れば知るほど謎の生き物だな」
それから月乃はその場所にしばらくい続けて観察していたものの、結局その泳ぐ姿を確認することは出来なかった。
「今日はここまでかな。次に来た時に泳いでいるところを見られたらいいな」
「そうだな。そう言われたら俺も見てみたくなったよ」
「だったら次も一緒にこようね」
そう言った月乃は静也を見てにこっと笑った。
その後は閉園時間となったので二人はお土産を買って動物園を出た。
月乃はもちろんダイオウグソクムシのグッズを購入したのである。
「この後はどうするんだ?」
「動物園は終わりだけど、併設されている遊園地があるの。だからそっちに行くよ」
ということで遊園地の方に移動するのだった。




