2-41 妖気と躾
「月乃! 大丈夫か?」
「……あぁ静也。やっと来たね」
静也は禍々しい気配のする生徒会室の扉を躊躇することなく豪快に開け放った。
中に入ると、目線の先には最奥の自分の椅子に座っている月乃とにこやかにしているものの異様な圧を放っている唯がいた。
また、視界の端には珍しく悟利が愛枷に抱き付いて震えていた。
「怖いですぅ……怖いですぅ……姉ぇ達が怖いですぅ……」
「せ…静也…くん……もう…セブンスターズは……おわりだよ………」
そんな愛枷は悟利を抱えて生徒会室の隅で震えて小さくなっていた。
愛枷の長い黒髪のせいで体の小さな悟利はその中に埋もれるようになってしまっており、もはやスカートから下しか見えていなかった。
「無波…来てしまったのか…… 来るなと送ったのに……」
静也は足元から聞こえたその声の方向に目を向けると、ぼろぼろになっている狩人が横たわっていた。
「金錠! 何があった? 敵か?」
「…星見が……姉ヶ崎が…… 僕には二人を止められなかった……すまない……」
「それはどういう……まさか!」
全員の異様な様子を把握した静也の脳裏には、昨日のような心身を支配してくる敵の存在がよぎった。
それからさっき返答をした月乃や唯に目を向けるも、一見して変な感じには見られない様子だった。だがそれでも静也は警戒を示した。
「あ、そうだ。能徒は? 能徒はどこだ?」
「能徒ならここにいるよ」
月乃は静也の死角になっていた机の奥、自らと唯の正面を指さした。そして静也がそこを見ようと二人に近付くと、そこには能徒がいた。だが様子がおかしかった。
「能徒! どうした? いったい何があった?」
「無波様。申し訳ございません。最重要機密事項が漏れました」
その万能メイドは両手両足を縛られ、座っている月乃と唯の前に転がされていた。
「狩人。ドアの鍵を閉めて」
「…うっ。くっ……」
「はやく、し・め・て」
狩人は月乃のその抑揚の無い声に逆らうことが出来ずにどうにか立ち上がると、生徒会室の扉を閉め鍵をかけた。その直後、狩人はそこに寄りかかるようにして座り込むとまた床に倒れてしまった。
「月乃、唯。何してんだよ? おかしくなったのか? 能徒が何をしたっていうんだ」
「おかしくなんてなってないよ。能徒はね、なにかをしようとしてたんだよ。昨日ね」
「昨日?」
「うん。能徒。もう一回聞くね? 昨日静也を家まで送り届けた後はどうしたの?」
「無波様の…護衛をしていました。ですが、そこにやましい気持ちはありませんでした。あれは不慮の事故なのです」
そこで静也は察した。
昨夜の事が全てバレたのだ。さらに、それを喋ってしまったのも能徒本人なのだろうということも。
万能メイドのことだ。十中八九、昨夜の詳細を主である月乃から話すように言われたのだろう。そこで口が滑ったか、逆らう事が出来なかったに違いない。
「唯。どう思う?」
「有罪ね。だって、静也くんに押し倒された時にここ、濡らしたんでしょ?」
「……ぁっ…」
唯はまるで尋問をしているかのような口調と手つきで能徒のメイド服のスカートの中に手を入れると、その奥をまさぐった。
そんな能徒は一瞬静也に目を向けると、次の瞬間にはその顔が羞恥に歪んだ。
「あらあら。思い出しちゃったのかしらね。また濡れてるわよ」
「そんな……」
「唯。月乃もこんなことやめろよ。能徒が可哀そうだろ」
「そういうわけにはいかないんだよ。能徒は私達のメイドで大切な仲間だけど、こればっかりはちゃんとしないと駄目なんだよ。粗相をしたメイドにはお仕置きが必要なの。それは主である私が下すべきことなの」
月乃はその長い前髪の奥の瞳を床で悶える能徒にじっと冷徹に向けていた。
「それにね、静也。能徒が全部吐いたんだけど、静也は体を乗っ取られていたとはいえ五感は生きてたんだよね? なら、能徒と密着した時に匂いを嗅いだり、色々なところに触れた感覚はあったんでしょ? そうなんだよね?」
「それは……でも不可抗力で俺の意思ではない」
「意思でもそうじゃなくても、感覚はあったんだよね?」
静也は頷く。それを見た月乃は唯に目を向ける。それを受け取った唯が能徒と目を合わせると、その瞳を桃色に妖しく発光させ始めた。その直後、能徒が甘くも苦悶の声をあげ始めた。
「能徒!」
「無波様……私は……」
まさぐっている唯の手がさらに奥に侵攻している様子で、それにより能徒の顔はもうとろける寸前となった。
「つまり何が言いたいんだ? 能徒は俺を守ってくれたんだ。そこに不純なものなんてない。なにもかも敵のせいで、俺や能徒が自らの意思で何かをしようとしていたわけじゃないんだ。言いたい事があるなら俺が全部聞く。だから能徒は解放しろ」
「言いたいことね。それは単純だよ。能徒は全部を知っているのにも関わらず静也に手を出そうとしたんだよ。それは許されないことなの。だから言うよりもこうして体に教えてあげてるんだよ。ね? 唯」
「そうねぇ。能徒は優秀な分察しが良くて助かっていたけど、まさかこんなふうに先手を打ってくるなんて思いもしなかったもの。まさに―」
「んんっっぁ……!」
「奇襲を受けた気分よ」
唯はもう一方の手で能徒の胸を鷲掴みし、それによって能徒が再び苦悶の声をあげた。
「大丈夫よ。大事なものまでは取らないから。でも、それも静也くんの答え次第かな」
「答えって……」
唯が静也に怪しげな目を向け、次には月乃に目を向けた。
「それでね、静也。能徒をこのまま無罪放免で解放ってわけにはいかないから、解放する代わりに静也にはあることをやってもらおうと思うの。どうする?」
「それをやるって約束したら能徒にはこれ以上何もせずに解放してくれるんだよな?」
「それは静也の返答次第だよ。先に何をやってもらうかは言わないよ。でも、やる? やらない?」
「無波様…っ! 私の事はお気になさらず…どうか……あぁぁッ!!」
その先を言おうとしていた能徒は唯の妙技によって黙らされた。
「……分かった。やるよ。なんでもこいよ。だから能徒はもういいだろ。解放してやってくれ」
その言葉を聞いた月乃は口角を上げ、唯は顔全体をほころばせた。




