2-39 安心……?
「無波様。戻りました」
「さっぱりしたみたいだね」
あれから寝室を整え終わった静也はそのままベッドでくつろいでいた。そんな中で能徒が戻ってくると、その様子は少し変だった。なんだかもじもじというか、落ち着かない様子なのである。
ちなみに能徒が着ているのは上下のスウェットであり、普段のしっかりとしたメイド服ではない分ラフさがあった。
「どうした?」
「あの、少し落ち着かなくて。でも大丈夫です」
「大丈夫そうに見えないんだが。何かあったのか? もしかしてそういう服は落ち着かないとかか?」
「いえ。その……実は、無いのは初めてなので」
「無いって、何が?」
「……下着です」
「えっ」
静也はそこで自らのミスに気がついた。
同じ下着を連続で使う人はそうそういない。それこそあの時の月乃でないかぎりは必ず変えるのだ。
しかし当然ながら静也の家には女性ものの下着なんて無い。もしかしたら能徒なら新しい下着を持っているのかもしれない。万能メイドなのだから有事に備えて一つや二つ…そうも思ったのかそれについて静也は何もしなかった。その末路がこれである。
「それじゃ、今は着けてないし履いてないってこと?」
「……はい。お恥ずかしながら」
「こう言うのはどうかと思うんだけどさ、今日だけは同じ下着でいいんじゃない?」
「あれは今は洗って乾燥機にあります。それに、明日の朝に終わるように予約設定してしまいました」
「なんでそんなことに……」
「その……さっきので濡れてしまいましたので。やむなく」
「濡れたって……」
そこで妙な無言の間が生まれた。
いつもは万能のメイドが今はとても恥ずかしそうにほんのりと頬を赤らめて胸を押さえていた。それとともにもじもじして、しおらしく時折静也を見ては目を逸らしてを繰り返していた。
「そ、そっか。それなら仕方ないな」
「そうおっしゃるのもどうかと思いますが。ですから私は今はこの状態なので、このこともどうか星見様や皆様には内緒に」
「そりゃまぁ、話せるわけないしな」
そんな中で能徒がどうにか平静を装うと
「無波様はもうお休みになられるのですか?」
「そうだな。特に何も無いし、もう安全みたいだし寝ようかな」
「さようですか。では私はここで番をしていますので、どうぞおやすみください」
「いや、もう安全なんだから能徒も寝た方がいいって。なんなら俺は別で布団を持ってくるからベッドを使えよ」
「それは駄目です。私なんかがおこがましいです。無波様がベッドで、私は床でけっこうです」
「それじゃ体を痛めるから。気にせず使ってくれって」
「いえ、無波様が」
そんなこんななやり取りが続いてお互いに理解した。
どちらも意見を変えるつもりは無いと。
ならどう折衷案を出すか。お互いにそう思っていると、とあることが浮かんだ。
「なら、ベッドで一緒に寝るか? 半分ずつで」
「確かにそれなら争うこともないでしょう。ですが、一つ確認します。私は今は着けていないですし、履いてもいません。まさかあの続きをと考えているわけではないですよね?」
「考えてないって。だからそんな目を向けるなって」
能徒は羞恥を孕んだ目を向け、その体を自らの腕で抱きかかえるように小さくなった。それを見た静也はこの薄明かりの雰囲気もあって加虐心のような若干の変な気持ちにもなるが、それはぐっと抑えた。
「私はその……男性とそのような経験は無いので……どうしても身構えてしまうのです……」
「高校生なんてみんなそんなものだろ。そもそも能徒は俺よりも年下なんだし、それで経験豊富なんて言われたら流石にびっくりだわ」
「…無波様は、経験はおありなんですか?」
「無いよ。あったらもっと積極的になっているだろ」
「それもそうですね。そう思いました。だからこそあの時おかしいと思ったのです」
「なるほど。何とも言えない気分だけど納得だよ」
続いていた会話がついに途切れてしまい、静也と能徒にはもう寝ることしかなくなった。
「そ、それじゃ寝るか。俺は夜中にトイレとかで起きないし、能徒が気にせずに行けるように俺は壁側でいいから」
「ありがとうございます」
そうして奥側となる静也からベッドに入ると、それに続いて能徒が入った。シングルベッドであるから当然二人の肩が触れる。その途端に能徒が一瞬びくりとした。
がさがさと自分の位置を整えている能徒。動くたびに静也の肩や腕に触れてしまって、静也はその度に変に緊張してしまっていた。それから時折ベッドの中から出てくる風には女の子の香りが溶けこんでおり、またしても静也の鼻腔をくすぐった。
最終的に能徒が落ち着いたのは、お互いの肩と肩、腕が触れる位置だった。
「狭くて悪いな」
「いえ、その、こうしていると温かいです」
お互いに仰向けでそれぞれの顔を見る事はなかった。
あの時能徒が焚いていたアロマはすっかり無くなってしまっており、それでいてその香りはもう遥か彼方へと消滅してしまっていた。だからこそ、お互いの匂いがお互いの鼻腔を刺激して二人に初めての感覚を与えていた。
「無波様」
と能徒が静寂の中で話しかけた。
「ん?」
「今日は楽しかったです。また皆様と外出が出来ましたし、それに、無波様に私のお話を聞いていただけて嬉しかったです。私は皆様と一緒にこの先も生きていきたいです。なのでこんな私ですが、窮地の際は助けていただけるとありがたいです」
「あぁ、もちろんだ。俺が誰一人死なせないよ。それに、俺も死にたくないからその時は能徒が俺を助けてくれよな」
「はい。もちろんです」
そうして静也はふと隣に顔を向けた。すると能徒が静也の方を向いたタイミングと合ってしまい、その動きと目が合った。
能徒の群青色の瞳には少し驚いた様子の静也が、静也の栗毛色の瞳には嬉しそうに微笑む能徒が映った。その顔はカーテンの隙間から注ぐ月明かりによって仄かに照らされ、普段は見ない少女の妖艶な美しさを演出していた。
「能徒……」
「はい、無波様」
「いや、なんでもない。また明日な」
そうして静也は能徒に背中を向けるように寝返ると、しばらくして寝息をたて始めた。能徒はその音を聞くと自らも目を閉じた。だがすぐに目を開けた。
「星見様、無波様。申し訳ございません。どうか今だけお許しください」
そう言って静也の方に体を向けた。そしてそのまま抱き付くようにして腕を回すと、体を密着させた。静也の体温をその胸に感じつつその背中に顔を押し当てると
「これで…安心です」
そう言って眠りについたのだった。




