2-37 一つ屋根の下の二人
「どうぞ」
そう言って能徒がソファーでくつろぐ静也に紅茶を淹れた。
能徒は静也を家まで安全に送るという主の命令のもとで同行していたところ、その道中で二人揃って何者かに襲われた。幸い未遂で済んだものの、その日はお互いの身の安全を考えて能徒はこのまま静也の家に留まることにしたのだ。
静也の家でも終始給仕をする能徒は、次に先日から残っていた洗い物をし始めた。
「いいよ、そのままで。さすがにしてもらうわけにはいかないって」
「いえ、これが私の仕事ですので。それに無波様に粗相をしてしまっては星見様に面目がありません」
そうやって話している内に水仕事を完了させており、綺麗になった食器が然るべき場所に並べられていた。
すると能徒がカーテンの隙間を利用して外を確認した。だが問題が無いと判断したのか静也のすぐ隣に立っていつでも指示に対応出来るように備えていた。
一般家庭でメイドがいるということに落ち着かない静也は、能徒もいつかはどこかに座るだろうと思ってテレビを点けた。それからスマホを見たりもしていたのだが、その思惑に反して能徒はそこから一歩も動かずに前を向いて待機していた。
ただ唯一した事と言えば、主である月乃に静也を送り届けたという報告だった。
「能徒」
「はい」
「そこまで構えていなくていいんだぞ。俺は俺で自分でやるから能徒もくつろいでてくれ。俺は風呂に入ってくるから、喉が乾いたら冷蔵庫から勝手に取って飲んでいいからな」
「はぁ…… では私はお背中をお流しします」
「いや、いいから」
「そうですか。ちなみに、おやすみの際はどちらに?」
「寝室だよ。リビングで寝ると体が痛くなるしな」
「承知しました。ではご入浴へ行ってらっしゃいませ」
そうして綺麗なお辞儀で見送られた静也は、そのまま浴室に行くと入浴を済ませた。
その間も特に物音が聞こえなかったので、きっとリビングでくつろいでいるのだろう。静也はそう思ってリビングに戻るとそこに能徒の姿は無かった。
「能徒? トイレか?」
だがそこに明かりは灯っていなかった。
一通り探して最後の一室である寝室の扉を開けると
「おかえりなさいませ。床の準備は完了しております」
静也の前にはベッドがしわ一つ無い状態で整え終わっていた。そしてどこから取り出したのか、安眠効果のあるアロマが焚いてあった。そんな中で明かりも調節されており、お互いの顔がどうにか見えるくらいの調子になっていた。
能徒はそんなベッドの前で静也を待っている。
「そこまでしてくれなくて良かったのに」
「私に出来る事はこれくらいですので。あとは、夜通しお守りするくらいです」
「もしかしてずっと起きているつもりなのか?」
「はい」
なにか問題でも?と言っているような表情を浮かべた。
それに対して静也は
「それは無しにしよう。せめて交代で起きているとか」
「では、無波様が先におやすみください。決められた時間になりましたらお声をかけさせていただきますので」
「直感なんだが、そのまま起こさない気だろ?」
「お声は、かけさせていただきます」
「俺が起きなければそれはそれでいいってことだな?」
「それは致し方ないことです。ですが、私は私の役目を果たしましたので」
能徒はそうして話している間でも時折カーテンの向こうへ意識を向けていた。それは一切心が安らいでいない証拠だった。
これが夜通し続くのかと思った静也はそんな様子を見かねて、
「能徒も万全の状態じゃないと万が一何かがあった時に二人で対処出来ないだろ? ということだから、能徒も寝てくれ。その前に風呂にでも入ってさっぱりしてこいよ」
「……なるほど。承知しました。確かにその通りです。ではお言葉に甘えさせていただきます」
そう言うと静也はベッドに、能徒はそれと入れ替わるようにして寝室の出口に向かって歩き始めた。だがそんな時だった。
「無波様!」
静也は先のアロマで床が若干湿っていたのかそれに滑って前のめりに転んでしまった。そしてその様子をいち早く察した能徒は、それを支えようと静也の前に立ちはだかった。だがいくら能徒とはいえ男の体を支えられるはずもなく、そのまま後ろに倒れてしまった。
「な、無波様! それはいけません! そんなことをしては星見様に申し訳がありません」
静也は目を開けて状況を確認すると、床に倒れるということは免れたものの今まさに静也が能徒をベッドに押し倒している状態になっていたのだ。そして下になっている能徒はというと、いつもの冷静沈着な表情が崩れてとても慌てた表情になっていた。
「あ、ごめん。すぐにどくから」
静也は起き上がろうとベッドシーツに手を付くと、そこは能徒のメイド服の一端だったのでまたしても滑ってしまった。それから支えを失ったその体は再びその華奢な体に倒れた。
「…んっ……」
能徒からなんだか甘い声が漏れた。
静也の顔が倒れた先にあったのは能徒の胸だった。月乃よりも大きくはないが形の整った弾力がその両頬を包む。そしてそこから香る能徒特有の女の子の香りが静也の鼻腔をくすぐった。
静也はそっと頭を上げて能徒の顔を見ると、その頬は紅潮していてなおかつ困惑している様子だった。
「……私は、皆様のメイドです。無波様はその……私を望まれるのですか?」
「望むって…」
「無波様には星見様がいらっしゃいます。しかしそれでも望まれるというのでしたら、私は抵抗しません。ですが、どうか星見様にはご内密にしていただきたいと…… もちろん私も他言しません」
能徒の目が恥ずかしそうに静也を真っ直ぐと見た。
薄暗い寝室の中でお互いの瞳にお互いの顔が映る。能徒は迷いの中でも静也に託すとでも言っているかのような信頼の目を向け、静也はそんなメイドを上から見下ろしていた。
倒れた勢いで乱れた青いショートヘアはその白いうなじや朱に染まった耳を露わにし、頭の両脇に置かれた手はきゅっと握られていた。
次第に能徒の息遣いの音が静也の耳を刺激し始める。それとともにお互いの心拍は上昇し、静也は吸い込まれるようにその蕩けそうな顔へ自らの顔を近づけていった。
「…ん……シャワーは浴びていません。不快ではないですか……?」
「あぁ、いい匂いだ」
「……んんっっ……!」
静也の声や吐息がその耳に触れた時、さっきよりもさらに熱を帯びた声が漏れだした。
ベッドシーツとメイド服が擦れる音が静かに響くと、そのメイドは一度強く瞳を閉じてまたゆっくりと開けた。
「無波様……」
もはや懇願するような瞳と声となった能徒。静也はそんな彼女のメイド服に手を伸ばし、スカートの中に手を入れた。その時に見えたガーターベルトに包まれた真っ白く柔らかそうな太ももを前に逆らい難い本能的な情欲を昂らせた。
そのまま静也の手がガーターベルトにかけられると、その留め具が外された。そのまま流れるようにゆっくりと太ももから腰、そして鼠径部へと手が這っていく。
「…ぁ……」
能徒は自らの指を噛んで声を抑えた。だが静也はその指を唇から離して自らの指をそこに絡めた。
すると能徒の空いている方の手が静也の胸に当てられ、その服を取り去ろうと器用にボタンを取り外しにかかった。だが、その手はさっきまで能徒の秘部にあった静也のもう一方の手によって捕まえられると、そこも指を絡めてしっかりとホールドされてしまった。
静也のその手は能徒の熱を帯びており、指先は僅かに湿っていた。
「能徒……」
「無波様……」
お互いがお互いの両手を握り合い、その瞳に双方の欲情に染まった顔を映した時、静也の唇がゆっくりと能使の唇に近付いた。それが触れる寸前、能徒はすっと目を閉じた。
だが、すぐに目を開けた。
「そこです!」
直後、静也の隙だらけとなった額に頭突きを食らわせたのだ。
「がぁっ!」
その勢いは強く、繰り出した能徒でさえも一瞬くらっと視界が揺れてしまった。しかしすぐに意識を整えると、豪快に仰向けに倒れた静也―ではなく、そこから飛び出したふわふわとした思念体のような球体に目を向けた。
「やっと出ましたね。私の目は欺けませんよ」
その球体は大きな一つ眼を見開いて能徒を見た。




