2-36 万能メイドが語る過去 後編 そして……
星見様と姉ヶ崎様の仲間になることを決めてからは、自分の欲の力をより正確に操れるようにと欲祓師としての鍛錬に徹しました。しかし、
「うーん。どうしてかなぁ」
「そうねぇ。不思議ねぇ」
私は一向に自分の欲を完全に制御する事が出来ませんでした。
当初は力の限り暴れつつも自我を保てていましたが、なぜかそれが出来なくなっていたのです。もしかすると、自分が必要とされなくなった未来が怖くそれに呼応して欲の力が必要以上に強くなっているのかもしれません。
それでも何度も鍛錬をしましたが、最後はGreedとなって星見様に襲いかかってしまうのです。その度に気絶させられて強制的に元に戻るということを繰り返しました。
「もって十分間だね。それ以上はGreedになっちゃうね」
「私はやっぱり役にたてない……」
「そんなことないよ。そもそも承認の欲は精神とのバランスのとり方が難しいの。ここから少しずつ時間を延ばしていこうね」
その言葉に私が不甲斐なく落ち込んでいると
「そういえば、叶ちゃんってかなり頑張っているわねぇ」
と姉ヶ崎様は私の鞄からはみ出ていた、数々の教材や人としてのマナーや所作といったものが書いてある本を発見して言いました。
「それはその……私がこんな感じだから他のところでも頑張らないとって思って」
「叶は偉いね。いつか私や唯が勉強を教わる日がくるかもしれないね。その時はメイド服でやってほしいな。そのほうがやる気が出る気がするし」
「そんな日がくるかは分からないけど、今はその十分間を超えられるようにしたいからもう一回」
「うん、いいよ」
それからも私は鍛錬に励みましたが、やはりその時間を超えることは叶いませんでした。
本物の欲祓師であれば十分間やそこらの時間といった制限はありません。ですが私にはそれがありました。だからといって欲を完全に操れないというわけではないので、言うなれば半欲祓師でしょうか。いえ、完全に操ることが出来なければ欲祓師ではないので、やはりなり損ないというのがしっくりときました。
「今日はここまでにしようか。また明日ね」
「……また、明日」
疲れ果てた私がお二人を見送ると、すぐに星見様が戻ってきて
「明日は行くところがあるから、外出の準備をしておいてね」
とだけ言って帰っていきました。
それからは鞄の中の本などで役に立ちそうな知識をひたすらに学び、自己研鑽に努めました。
後日、部屋を訪れた星見様と姉ヶ崎様は学校の制服を着ていました。そんなお二人について行くと、そこは中学校でした。
「叶は来週から私達と同じここ、星条院中学校に通ってもらうよ」
「どうして私が?」
「調べたら叶は私と唯よりも一つ年下みたいなんだよね。だから同じ中学生。中学生はね、学校に通わなきゃいけないんだよ。学年は違うけど、これでまた一緒にいられる時間が増えるよ。ちなみに手続きはもう済ませたから大丈夫だからね」
「大丈夫って言われても、私には親がいないし、叶って名前も本当の名前じゃないし。そもそも苗字だってないのよ」
「そっか、苗字か……」
一通り学校の外観を見てから帰路を歩いていると、星見様はなにやら考えている様子でした。そして私の部屋に戻ってくると言ったのです。
「叶の苗字は、のとでどうかな?」
「どうしてのと?」
「叶はいずれは私達の万能メイドになるんだよ? それに、叶は毎日努力をして欲祓師の力を長く使えるように頑張ってるし、それに勉強とかいろんな知識を蓄えてていつかはその万能さの前にみんなを従える日がくるんだよ」
「壮大な未来ねぇ」
「うん。それでみんなを従えるほどの万能メイドになって、その隣には私や唯がいるんだよ。だから叶にはそんな私達の未来を一緒に叶えてほしいから、能徒叶にするよ。そんな未来があったら絶対に楽しいよ。どうかな?」
それを聞いて私は言葉を失いました。
かつて私が叶という名前を付けられた時には、私をモノとして使いその人の願いを叶える為だけに付けられたいわば道具のようなものだったからです。
しかし、今はそこにみんなで未来を叶えたいという願いを込めてくださいました。私は、その言葉がとても嬉しかったのです。本当に人として必要とされているとあらためて感じることが出来たのですから。
「……うん。ありがとう。ありがとうございます。明日から私は能徒叶と名乗ります。そしてお二人はこれから私のことを能徒と呼んでください」
「どうして急に敬語? それに、なんか距離が出来た気がするんだよなぁ」
「いえ、違うんです。私はこれから星見様と姉ヶ崎様のメイドになって、そんな未来を叶えたいのです。それに、叶という名前は孤児院で付けられたので、これからは星見様に付けていただいた能徒がいいのです」
当時の私は泣いていました。しかしそれに気付いてか気付かずか、お二人は深く聞かずに代わりにとても嬉しそうに微笑んでくれました。
「そっか。そういうことなら、叶じゃなくて能徒だね」
「能徒ちゃんでも可愛いんじゃないかしら?」
「いえ、能徒のままがいいです。この名前をもって私は皆さんの万能メイドになり、星見様や姉ヶ崎様の思い描く楽しい未来で生きていきたいと思います」
そうして私はこの日から能徒叶となりました。
それから中学校に入学をした私はより万能メイドになるためにさらに研鑽を重ね、中学校を卒業する頃には勉学においては高校の範囲まで修了していました。
さらに欲祓師の力を媒介にして結界を張るという能力を身につけることが出来ました。結界でしたら時間に制限はありませんが、戦闘になった時の十分間の壁だけは超えられませんでした。
それでも星見様は私をお側に置いてくださって、今も時々将来のお話をされるのです。
思い返せば、かつて星見様が言っていたように、もう必要とされていないという思いからGreedになるということはいつの間にか起きなくなっていました。
私は星見様に、星見様が集めた方々に必要とされている。そう感じるようになってセブンスターズは私にとってかけがえのないものであり、全てとなりました。それもこれもあの時私を連れ去ってくださった星見様と姉ヶ崎様のお陰なのです。
ですから、と真剣に過去を話していた能徒が静也を真剣に見つめた。
「あの時星見様のために命を懸けるとおっしゃった無波様を私は心より信頼いたします。そして、これを聞いて私も星見様や皆様に何かあれば命を懸ける人であるとご理解されたかと思います。ですので、この先もしも他の皆様か私といった選択を迫られるような事が起きた際は、一切の躊躇をされることなく私を切り捨ててください。私は皆様のためにあるのですから」
それを聞いた静也は少し悲しい顔をして言った。
「それは断るよ」
「どうしてです? この先そんな事が起こらないとはいえません。主を守るためなら私ごときを切り捨てるのは当然でしょう。私はそのためなら躊躇なく死を選べます」
「確かに起きるかもしれない。でもな、そんな事をしても月乃は喜ばないし、むしろ泣くに違いない。みんなもそうだ。セブンスターズは七人が揃っているからセブンスターズなんだ。誰一人として欠けることは許されないんだ」
「でしたらどうするのです?」
「簡単だ。俺達が能徒のために命を懸ける。それで何もかもを倒して全員で帰るんだ。そうすれば月乃もみんなだって喜ぶし、能徒だって嬉しいだろ? 能徒叶の名前はみんなで楽しい未来を生きるために月乃が付けた名前なんだよな? ならその未来には能徒もいないと駄目だ。それに、仮にどうにもならなそうなら俺がなんとしても、引きずってでも能徒を月乃のところに連れ帰ってやるよ」
「無波様……」
夜空に浮かぶ月の下、静也はその月光に照らされて能徒を真っ直ぐと見て言った。影の位置にいる能徒はそのゆるぎない信念を感じてもう何も言わなかった。
「……さすがですね。こういうお方だから星見様も姉ヶ崎様も慕われるのでしょう」
能徒が一度深く目を閉じ、再び開けるとそこには決意が宿っていた。
「かしこまりました。ではそんな事態になった場合は私と無波様でどうにかしましょう。そしてみんなで帰りましょう。それが星見様と皆様が望まれる未来ですので」
「そうだな。それが一番だ。その時はよろしく頼むよ」
静也のその一言に能徒は深く頭を下げた。
それから静也の家路を歩き続けていると、その家が見えてきた。
「それじゃ、ここでいいよ。能徒の事が知れて嬉しかったよ」
「いえ、私も長々と聞いていただいてありがとうございました。では私はこちらにて―」
能徒がその場を立ち去ろうとした丁度その時だった。
静也は何かを察知して能徒に覆いかぶさるようにして地面に倒れた。その直後、すぐ横の壁にはさっきまで能徒の首があった位置に大きな斧が突き刺さっていた。
「誰だ!」
「それを避けたか。流石は無波静也だ」
その声はどこからともなく聞こえ、その主は姿こそ見せないものの声だけでその存在感を示した。
そんな中で二人は周囲に警戒しながら立ち上がった。
「誰だか知らないが、姿を見せたらどうだ? 二対一だから出られない弱虫野郎なのか?」
「そんな挑発にはのらないよ。それに、今日は戦いにきたんじゃない。一つ聞きにきたんだ。無波静也、そして能徒叶。君達セブンスターズは本当に水晶髑髏を集める気かな?」
「当然だ」
静也の即答に能徒も肯定の意を示した。
「そうか。であればこの先どんな争いが起きても、誰かが死ぬことになっても文句は言えないからな」
「俺達は誰も死なない。死ぬのはお前だ。嫌なら他のクリスタルスカルには手を出すな。大人しくしていれば危害を加えるつもりはない」
「それはこっちのセリフだよ。まぁ分かった。君達とはいずれ戦うことになるだろう。その時までお預けにしておくよ」
そうしてその言葉を最後に声は聞こえなくなり、壁に突き刺さっていた大斧は消えていた。
「無波様」
「分かってるよ。やっぱりここから先は戦闘は避けられないみたいだな」
「それもですが、腕に怪我が」
「あぁ、掠ったみたいだな。でも平気だ」
能徒はすぐさま手当を施し、静寂へと戻った夜空の下で二人はこの先の覚悟を決めた。
「無波様。今夜は大丈夫でしょうか。また襲われないかが心配です」
「それを言ったら能徒もな。これから自分の家に帰るんだろ? 奇襲が心配なんだよな」
「でしたら、本日はお互いの護衛を兼ねてこのまま無波様のお宅に留まるというのはいかがでしょう?」
「いやあの、能徒はそれでいいのか?」
「何か問題でも? 私は皆様の、特に星見様の忠実なメイドです。星見様はきっと無波様の安全を心より願っています。それに、主を裏切るような事はいたしません。ですので問題は無いかと思います」
静也は一切崩れないその表情を前についに断ることが出来ず、その万能メイドを家に入れたのだった。
次回は11/7の予定です。




