2-35 万能メイドが語る過去 中編
「こっちが似合うんじゃない?」
「そうねぇ、こっちもいいんじゃないかしらぁ?」
それからいつの日だったか、お二人が私の部屋に来て肌も髪も荒れ放題だった私を綺麗にしてくれたことがありました。
今まで物のように扱われ続けた私は動揺して言葉が出ませんでした。でもなぜか抵抗する気持ちはわかずにお二人に好き放題されているのが許せていました。
「とりあえず、髪はこっちのほうが綺麗ね。どう? さっぱりしたでしょ?」
「肌もスキンケアしたんだよ。眉毛も整えて、ね。どうかな」
そうして姉ヶ崎様が私の前に鏡を出されると、そこにはまるで別人のように綺麗になった私がいました。
孤児院では伸びたらハサミで適当に切っていた髪はショートに、化粧水や洗顔料なんて使ったことがなかった顔もまるで生まれ変わったかのようにしっとりとして艶と弾力が確認できました。
「これが……私……」
「うん。やっぱり女の子は可愛いく綺麗でいないとね。それと、洋服も。ほら今着てるのを脱いで?」
言われるがままに私が服を脱ぐと
「それじゃぁ、楽しい採寸の時間よぉ……」
と姉ヶ崎様が私の体の隅々まで測り、それを星見様がメモしていきました。
「唯。もう大丈夫だよ」
「あらあら、まだこれからなのに」
「これ以上は……その……恥ずかしい……」
「いいのよ。女の子同士じゃないの。しっかりと、じっくりと見せて?」
「唯。もうおしまいだよ」
姉ヶ崎様の手が下の下着にかかった時、星見様に止められその直後には用意してくださった洋服に着替えさせていただきました。
「それじゃ、いこっか」
「そうねぇ」
「行くって、どこに?」
「まぁついて来てよ。そのうち分かるからさ」
そうしてお二人に連れられてやってきたのは、
「なに? このひらひらした機能性の無い服は」
「メイド服だよ。もし叶が私達の仲間になったら、専属のメイドになってもらうの。これからも仲間を増やす予定だからメイドが欲しいんだよね。私も忙しくなると思うし、それこそ秘書みたいなメイドね。叶はきっとメイド服が似合うと思うからぴったりだよ」
その店はメイド服専門店でした。
そのような店の存在はもちろん、メイド服なんてものも知らなかった当時の私には何もかもが新鮮で、それでいて落ち着かない空間でした。
「メイド……私がそれになれば必要としてくれるの?」
「別にメイドになってもならなくても私達には叶が必要だよ。あ、でもあまり言い過ぎちゃうとプレッシャー感じちゃうよね。もちろん、最後には叶がどうしたいかで決めていいし、私達が今こうして好きにやっていることも気にしなくていいからね」
それから姉ヶ崎様が何人かの店員の方をつれて戻ってくると、その手には多種多様なメイド服がありました。
「全部叶ちゃんのサイズに合うものだからね。それじゃ、どれから着ようか」
それから私はまるでお二人の着せ替え人形のように数々のメイド服を着させられては脱がされを繰り返し、もう何着目かを着た時に自分でも驚くくらいにしっくりとくるものに出会いました。
「なんか表情が変わったね。それがいい?」
「いいというか、なんか体に合った気がする」
「そっか。唯はどう思う?」
「そうねぇ。スカート丈はもう少し短くても可愛いけど、でもこれはこれでめくりたくなるような長さねぇ」
「後半の感想はさておき、確かに似合ってるからいいんじゃないかな」
その後はメイドカチューシャに白ストッキングと黒ニーハイ、メイド手袋と他小物といった一式を揃えると
「店員さん。これを二セットください」
「月乃ちゃん、大丈夫? けっこういい値段よ?」
「平気だよ。なんか叶も楽しそうだし、お金はあるし」
「いやなんか悪いって。着ただけでもう満足だし。部屋があって髪も顔も綺麗にしてもらって服も買ってもらうなんて、こんな私のくせに贅沢すぎるよ」
「叶。これは私が好きでやっていることなの。部屋も髪も顔も善意ではなくて、本来の可愛い女の子を元の可愛いに戻したくてやっていることなの。だから叶が贅沢とかそういうことは考えなくていいんだよ。私が私の必要としている女の子像を作るためにやっているの。一種のエゴみたいなものなんだよね。だから何も気にしなくていいんだよ」
星見様は微笑むと、そのまま会計を済ませて包装とともに綺麗な紙袋に入れてプレゼントしてくださいました。
その時私は思ってしまったのです。
星見様が必要とする人は別に私じゃなくても良かったんじゃないか、と。たまたまあの場に私がいたから、そして資格があったから今こうしてもらっているだけで、同じ条件の人がもう一人いたら別の人でも良かったんじゃないか、と。
「お腹空いたね。何か食べに行こうか」
「そうねぇ。叶ちゃんは何がいい? ……叶ちゃん?」
私はせっかく買っていただいた服をその場に置いて二人の前から立ち去っていました。
「月乃ちゃん」
「うん。やっぱりまだ抵抗感があるみたいだね。少し反省」
***
私はお二人について行っただけなのでもちろん地理勘はありませんでした。ただ、私じゃなくてもいいならあの場に私がいるのは息苦しいという理由と、そんな私があのような優しい方達と一緒にいていいはずがないという気持ちのままに走り続けました。
それに、いつかまたあの時みたいに暴走してしまうのではないかというのが怖かったのです。
「叶!」
その時後ろから誰かに呼ばれました。その名前を知っているのはお二人しかいない、はずでした。しかし振り返ったところにいたのは
「やっと見つけたぞ。第3孤児院の生き残り。お前は色々な事を知りすぎたんだ。それを外部に漏らされては困るんでな、さぁ俺達と一緒に来てもらうぞ」
あの孤児院の関係者でした。その二人の男はどこからか私の情報を手に入れたのでしょう。消えた私を探していたようです。そして男達が言うように、私はあそこで知ってはいけないことを知り、表には出せない事に着手していました。ここで捕まれば、きっと良くて囚人のような労働環境。悪くて殺されることになるでしょう。
当然どちらも嫌でしたので私は必死に逃げました。星見様と姉ヶ崎様から逃げ、孤児院の関係者からも逃げる。この世界の全てから逃げているような感じでした。
しかし私は、それでも誰かから本当に必要とされたかったのです。
孤児院では確かに必要とされていました。でもそれはモノとしての利用価値にすぎませんでした。私が欲したのは人として必要とされることです。あのお二人は優しいけれど、偽善やそれこそ私以外に誰かがいたらそっちを必要としてしまうとどうしても考えてしまうのです。
だから結局私を本当の意味で必要としてくれている人なんて……
その時、大きな音とともに脚に激痛が走って前に転んでしまいました。
立ち上がろうとしましたが動かす事が出来ず、背後からやってきた男達を見るとその手には拳銃が握られていました。
「ここで始末するのは簡単だ。でもな、お前にはまだ利用価値がある。死なれては困るんだよ」
「くっ……」
両手で這うようにして逃げる私についに男達が追い付いてその腕を取ろうとしました。しかしどうしてかその男は一瞬にしてどこかに消えてしまったのです。いえ、何かに吸い込まれていったように見えました。
「やっと見つけたよ。帰るよ、叶」
その時、路地から星見様と姉ヶ崎様がやってきたのです。そして僅かに見えた星見様の瞳は紅く輝いていて、その近くには極小の点のような黒い球体が浮かんでいました。
「唯」
「はぁい」
その時姉ヶ崎様が男の方に走り出してどこからか出現させたハンマーを振るうと、その男を壁の方に殴り飛ばしました。しかしその男は直後どうにか体勢を整えると、その銃口を私の額に向けて引き金を引きました。
確実に死んだと思いました。ですが、その弾が私に当たることはなく、突如として前に立ちはだかった星見様の胸に命中したのです。
「えっ……」
「……痛いな。でも、もうおしまい。ばいばい」
死んでもおかしくない位置に命中したのにも関わらず星見様は倒れず、その点のような球体を動かしてその男をその中に吸い込んでしまったのです。
「月乃ちゃん、大丈夫?」
「うん。これくらいなら余裕だよ」
「どうして死んでないの……?」
「あぁ、そうだね。私は死なないんだ。だから大丈夫だよ。それより、叶の治療をしなきゃね」
そうして私はお二人に抱えられて病院に行き、処置を受けました。幸い重要な血管は傷ついていなかったので数日間の松葉杖生活を送るということで済みました。
それから私の部屋に戻ってきた私達は
「あ、これ。忘れ物だよ」
と星見様から買っていただいたメイド服を渡されました。
ですが私は受け取りませんでした。
「どうして私なの? もし私以外にいい人が現れたら二人も私を必要としなくなるんでしょ? 必要としたとしてもあの人達みたいにモノみたいに扱うんでしょ? そんなのは嫌なのよ。そんなことならもう私に構わないで。部屋も出るから。ちゃんと必要としてくれないなら、そんな優しさは辛いだけなのよ」
「叶……」
その時星見様は私を優しく抱きしめてくれました。
「ずっと辛かったんだね。でも私達はそんなことはしないよ。叶が必要だから服や部屋も用意したんだよ。それに、必要に思っていなかったらさっきだって助けなかったし、探すこともしなかったよ? あとはそうだね。他にいい人が来たとしても、ううん。このポジションは叶が適任だと思うんだよね。だって一番初めに見た時から優秀そうだなって思ってたし。だから叶は私達の万能メイドになってほしいな。だから深く考えなくていいんだよ。私や唯は叶を人として必要としているし、もし叶がそう感じなくなったらGreedになっていいよ。そのたびに治してあげるから」
いくらさっき自分は死なないと言っていたからとはいえ、私とそこまで歳の変わらない女の子が身を呈して誰かを弾丸から守るでしょうか。あの状況なら普通は誰しもが動けないでしょう。でも星見様は躊躇なく立ちはだかって私を守ってくれました。
それだけでなく治療や部屋にまで送ってくれて、そしてなによりも抱きしめていただいていたその小さな体がとても温かかったのです。
「……分かった。私は必要とされていないと感じたらあの時みたいな姿になって暴れるから、次にそうなったらもう殺してほしい。必要とされないのはもう嫌だから」
「うん。もうそう思う事はないと思うけど分かった。それじゃ、叶は私達の仲間になってくれる?」
「私は人として必要としてくれる人のところにいくよ。だから、今は仲間ということでいいよ」
「ありがとう。嬉しいな」
長い前髪で目元は隠れていましたが、その口元はほころんでいて心から喜んでいる様子でした。
「あ、唯。そういうことだから、さっきの箱開けて。叶は着てみてよ」
「いや、今はいいよ。また今度着るから」
そうして私は今のセブンスターズの一員となりました。




