2-34 万能メイドが語る過去 前編
「010番。早くこれを運びなさい」
「……はい」
私には名前がありませんでした。
両親と過ごした記憶も無く、物心がついた頃にはもう孤児院にいました。
聞いた話だと、私の両親は私を生んでまもなくしてGreedとなって陰陽院の欲祓師に始末されたそうです。それから身寄りの無い私が引き渡されたのがこの孤児院でした。
国営第3孤児院。そんな名前でした。
孤児院とは当時の幼い私のような身寄りのない子を保護し育ててくれる施設、というのが周知の事実だと思います。しかし、この第3孤児院は違いました。国営とはいっているものの、実際に運営しているのは政府の中でもかなりの悪徳政治家や、それこそ税金対策で多数の大人達が共同で出資して経営しているなどといった堂々とは言えないやり方をしている人達でした。
また、この孤児院には周囲に絶対に知られてはいけないことがありました。
「できました」
「……ほう。悪くない出来だ。でも良くもない」
幼い私が持ってきた物の柄が確認している男によって勢いよく振るわれ、頬を直撃しました。
「うぐ……」
「簡単には壊れなさそうだ。だが、撃ったらどうなるか分からんな。試し撃ちしてみるか?」
「…やめて……ください……」
私が彼に持って行ったのはライフル銃でした。
この孤児院は金儲けの為に某国に密輸する武器の製造を秘密裏におこなっていました。また、それだけでなく敷地内で違法薬物を栽培し、時にはその効果を試すということで何人かの子供達が犠牲になっていたりもしました。
ここでは孤児院に勤めている人達が全てであり、金儲けのための人材が生き残る仕組みとなっていました。ですので私は薬物や、それこそ銃の試し撃ちなんかで殺されないように必死になって技術を会得しました。
もちろん警察に頼っても無駄でした。なにせ孤児院は国営でその背後には政治家や多数の著名人達がいます。告発があったとしても彼らの圧力で揉み消されてしまい全て無かったことになりますから。
そんな日が何年か続いたある日、気に入られた子にのみ与えられるヒトとしての名前を付けられました。
「010番だから、叶でいいか。良かったな。これでお前も今日からヒトだ。その名前の通り、俺達の金儲けの夢を叶えてくれよな」
「……はい。ありがとうございます」
屈辱でした。
これだけ死なないように頑張ってきても、結局はこの人達の鎖に繋がれた存在として生き続けることに変わりはないのですから。それにこの名前も自分の夢ではなく、そんな汚い大人の夢を叶えるための名前で、いうなれば道具に付けたような感じがしました。
私はどれだけここで頑張ってもきっと一生この人達の道具として使われ続け、不要になれば切り捨てられる存在に違いない。
私は道具としての価値しかない。ちゃんと一人の人として必要とされる存在になりたい。少なくともこの人達以外の人に必要とされる存在になりたい。
この人達は私を人として必要としてくれない。
私は……人として必要とされたい。
そう心に強く思った時、私はGreedになってしまいました。
それからは瞬く間に孤児院の大人達を皆殺しにし、あまつさえ他の子供達にも手を出し私を恐れ逃げていく子達も殺してしまいました。
その時鏡に映った自分の姿は今も覚えています。返り血にまみれ瞳からは光が消え、両手の爪には彼らの肉片が入りこんで床に血が滴り落ち続けていました。
誰がどう見ても化け物でした。
そこに私とさほど年齢の変わらない二人の女の子がやってきました。
「うーん。だいぶ派手にやってるね。でもなんか完全に意識を乗っ取られていない気がするんだよね。どう思う? 唯」
「そうねぇ。ぎりぎり理性は保てているみたいだけど、これも時間の問題じゃないかな」
当時の星見様と姉ヶ崎様でした。
その時はまだセブンスターズはなく、お二人で欲祓師として周囲のGreedの殲滅をおこなっていたそうです。
「君達はなに? 君達も私を不要だって思ってるの? 私から逃げるの? 恐れるの?」
「そんなことないよ。だって今会ったばかりだからね。それにその感じ、もしかしてあなたは承認欲求の子だね。必要とされたり自分の存在を認めてもらえればその人のために強くなるけど、そうじゃなくなれば狂暴化する厄介な欲。たしか全国的に見るとこの欲の持ち主が急増してるんだよね」
「だから何? それで、君達は私を必要としてくれるの?」
おどろおどろしい私の様子に気圧されることもなく、次に星見様は言ったのです。
「うーん。今はいらないかな。でも私達も仕事で来てるから、あなたにはここで死んでもらうからね」
「……そう。やっぱりみんな私をいらない子だって言うのね。だったら私が君達を殺すから」
それから私は何も武器を持っていない星見様と姉ヶ崎様に襲い掛かりました。しかし実力差がありすぎて返り討ちに遭ってしまいました。
「まだ生きてる? 生きてるなら少し話でもしようか」
「…なん……でよ……もう殺したらいいじゃない。どうせ私なんて…この先誰からも必要とされないんだから」
「……唯。どう思う? 私はいいと思うけど」
「同じくよ。今もちゃんと自我を保ててるみたいだし」
「だよね。そういうことだから―」
星見様は倒れている私に問いかけました。
「ここが潰れちゃってこの先行くあてはあるの?」
「ないよ。私には親も兄弟もいない。ここでの生活が全てだったんだ。それもさっき壊しちまったし、みんな殺したからそれこそ私は一人ぼっちだよ。どうせホームレスかのたれ死ぬかだろうね」
「そっか。それじゃ、私達と一緒にきてもらうよ。ちなみに拒否権はないからね? あなたは私達に負けたんだから」
「……いいよ。どうせ無いような命だ。好きにしなよ」
そうして話しているうちに私は落ち着いていました。
もちろん負けたからということはあったと思いますが、Greed特有の破壊衝動や暴走意識が完全になくなっていたのです。
そうしてGreedから完全に人間に戻った私はお二人に言われるがままについて行くことにしました。
***
「ここがあなたの部屋だよ」
星見様が私をつれて行ったのはとあるマンションの一室でした。
中には一通りの家具とベッドがあり、窓も南向きであったため日当たりに問題はありませんでした。
「広いとはいえないけど、今日からここに住んでね。家賃とかのお金は気にしなくていいよ。ちなみにお風呂はこっちでトイレはここだからね」
「月乃ちゃん。これでいい?」
「うん。ありがとう」
と姉ヶ崎様が生活に必要な衣類や食料品といったものを揃えてくださいました。
「どうして君達は私にこんなにしてくれるんだ? さっき私は二人を殺そうとしたのに」
「あぁ、簡単だよ。あなたも今日から私達の仲間になってもらうからだよ。その資格があるって分かったからさっき私達はあなたを殺さなかったんだよ」
「資格って。私には何も無いよ。もしかして銃の製造方法を知るためとか違法薬物の密輸にでも使う気?」
「そんな事が出来るんだね。まぁ薬物みたいなものは今頃孤児院の跡地で専門の業者の人達が撤去してると思うけど、銃の事は今初めて知ったよ」
「……それが目的ではないなら、資格ってなに?」
「Greed化したのに自我を保って私達と普通に話せてたでしょ? それが出来る人は滅多にいなくて、それこそが私達、陰陽院の欲祓師になるための資格なんだよ」
それから星見様は陰陽院のことや欲祓師のこと、Greedのことなどを説明してくださいました。そして星見様と姉ヶ崎様がその欲祓師であることはその時に知りました。
「―ってことなの。だから、そんな資格を持っているのにあのまま一人にしておくのはもったいないし、それに一人の人としてほっとけないって思ったんだよ。ちなみに、この誘いにも断る権利は無いからね?」
「どうして?」
「私達が勝ったから。それに行くあても無いんでしょ? 私達の仲間になってくれたらこのままこの部屋はずっと使ってていいし、それこそホームレスで屋根と壁の無いところですごすよりもずっといいと思うけどね。あとはそうだね、今私達は仲間を集めてるの。だからあなたが欲しいんだよね」
あなたが欲しい。その言葉は当時の私の心を強く揺らしました。
お二人は私が銃の製造が出来ることや薬物に関する知識があることには全く興味を示さず、純粋に私個人を必要としてくれていると感じたからです。
しかし、それでも私はお二人を完全に信用出来ませんでした。この人達ももしかすると不要になった途端に私を切り捨てるかもしれない。孤児院の大人達が他の子供達にやっていたようにという思いが拭えませんでした。
「その感じは信用してないね? でもそうだよね。今日初めて会った人をいきなり信用してって言うほうが無理があるよね。それじゃ、一ヶ月あげるからその間に私達を見極めてよ。一か月後にもしも信用出来ないっていうなら無理に私達の仲間にならなくていいよ。その時は信用してもらえなかった私達にも責任があるから、あなたの行先が決まるまでこの部屋は自由にしていいよ。で、もし信用出来るってなったら私達の仲間になってね」
「分かった」
「あ、そうだ。あなたの名前は? 呼ぶ度にあなたって言うのも距離感があってなんだかなぁなんだよね。私は星見月乃。こっちは姉ヶ崎唯だよ。好きに呼んでね」
「私は……孤児院では叶っていう名前を付けられてて、本当の名前は知らないのよ。だから二人も好きなように呼んでくれていいから」
「そっか。それじゃ、そうだね。とりあえずは叶って呼ぼうかな」
「いいよ」
そうして私は星見様と姉ヶ崎様が信用出来るかを見極め始めました。
次回は10/31のハロウィンSSとなります。
今回のお話の続きは11/1に更新予定です。




