2-32 暴食幼女の終わりと家路にて
「お客様。そろそろお時間となります。ラストオーダーは、ありますか?」
この時間制スイーツパラダイスに終わりの時間がやってきた。
そう告げてきた店員の女の人はどこか涙目になっていた。
かつてないほどに悟利が飲み食いしているものだから厨房はてんやわんやだろうし、何にしてもこの日の店は赤字確定なのだから、なんなら血涙を流していてもおかしくないのだ。
「もう終わりですか!? 困ったです。まだわちは食べられるですのに……」
その言葉を聞いた店員の顔がさらに青ざめた。
「そういうことだから、最後に何かあれば注文しようか」
月乃がそう言うと名残惜しそうに最後の注文を済ませる一同。
それからまもなくて運ばれてきたのはホットコーヒーや小さなアイスクリームといった可愛らしいもの、そして三段重ねのパンケーキが十個だった。
もちろんそのパンケーキは悟利がオーダーしたものである。
「なんでまだそんなに食べられるんだ?」
「消化が速いのです。余分なものを出さずに食べたものはすぐにわちの体に吸収されるです!」
ふと静也はそんな悟利の腹に目を向けた。
だがそこは来店時と一切変わらず、ほっそりとして華奢なままだった。
「まぁ、悟利は食欲だからね。こうしてたくさんエネルギーを蓄えていざという時の治療とか、それこそ一気に力を出す時のために備えているんだよ。悟利のフルパワーは凄いんだよ? 全エネルギーを攻撃に変換したら、一撃が強すぎて私でも両手を使わないと抑えられないの。でも数回しか出せないし、使い切ったら動けなくなるんだけどね」
月乃が豆大福を食べながら言う。
「凄いのか凄くないのか分からないんだが」
「静也がまともに受けたら、たとえ守りに徹していても全身打撲か両手両足の粉砕骨折で済めばいいねって感じだよ」
「それは恐ろしいな」
そんな強大な力を秘めた存在が今もなお美味しそうに、そして幸せそうにパンケーキを口に運んでいる。見方によればそんな絶大なエネルギーを貯蓄している行為でもあるので恐ろしい光景でもある。
「美味しかったです! また来たいです!」
やっと完食した悟利は満面の笑みでそう言った。
***
「今日もたくさん食べたわねぇ。悟利ちゃん」
帰り道で唯が悟利と手を繋いで歩いている。
「身長差とか雰囲気的に親子に見えなくもないんだよなぁ」
「あら、静也くんは人妻にも興味があるの?」
「なんでそうなるんだよ。俺は健全だ」
「健全も不健全も表裏一体よ? 大丈夫、お姉さんはそれでもいいから」
すると唯が空いている方の手を静也の腕に近付ける。だがそれは静也が反対方向に動いたことで触れることはなかった。
「どうした? 月乃」
「ううん。地面にバナナの皮が落ちてたから」
「漫画じゃないんだからありえないだろ」
ふと静也が後ろを振り返ると、もちろんそこにバナナの皮なんて落ちていなかった。
「ブラックホールで消しといたよ」
「仮に本当にあったとしてもバナナ程度で使うな」
唯はそんな会話を見て少し怪しげな笑みを見せた。
「NTRも……いいわねぇ……」
「唯、静也は駄目だよ?」
「聞かれちゃった。でも、選ぶのは静也くんだからね?」
静也を挟んで唯と月乃が無言の視線をぶつけ合った。
「唯姉ぇ。えぬてぃあーるってなんです?」
「ふふ。悟利ちゃんにはまだ早いわよ」
「そうですか。ならもっといっぱい食べて早く大人になりたいです!」
それから一行が歩き続けるにつれてそれぞれの帰路に別れていく。
「それじゃ、また明日ね」
「う…ん……今日は……楽し…かった…… 静也くんも……ありがとう……気にかけて……くれて…」
店を出てから終始無言で最後尾からのそのそと歩いてきていた愛枷が角を曲がると、夜の闇の中にゆっくりと消えていった。
そうして最後に残ったのは静也と月乃、そして能徒だった。
「ねぇ静也」
「なんだ?」
月乃が唐突に話しかけた。
「もしも唯が静也に迫ってきたら、どう思う?」
「どうって。そうだな。びっくりはするかな。でも今日のあれも、この前のあれもからかっているだけだろう?」
「だとしてもだよ。びっくりするだけ?」
「まぁそうだな。びっくりするだけだな」
その時静也の脳裏には唯の甘い香りと、接近された時に否応にも視界にとらえてしまった豊満な胸、そして発育の良い脚とスカートに隠れた腰部の光景が過った。
唯は座っている時はまるで日本美人のようにおしとやかで、その所作や姿勢にも女性らしい魅力が詰まっている。しかし立っている時は、その日本人離れしたスタイルで周囲に色香を振り撒いている。
悟利とセットでいることが多い分、その大人びた雰囲気と聖母のような魅力に酔いしれる男達が多いのは言うまでもない。
静也が月乃に目を向けると、なんだかその長い前髪の奥の瞳にじっとりと見られているような感じがして
「怒ってるのか?」
と問いかけた。
「……怒ってないもん。ただ、やっぱり静也もスタイルがいい方がいいんだなって思っただけだもん」
月乃の口元がむっと強張った。
「月乃だって悪くはないだろ? バランスはとれているし、胸も小さいわけではない。くびれもあるし、尻も程よい大きさだし。やっぱり何にしても地味だし。そこがいいんだよなぁ」
「地味って褒め言葉なの?」
「そうだ。俺は派手な女子が苦手だからな」
「ふーん、そう。でも、胸とか腰とかお尻とかは聞き捨てならないね。あと、私はまだこの前嗅がれたことを忘れたわけじゃないよ?」
「あれは猫が来て転んだからで不可抗力だ」
「でも……脇も嗅ごうとしてたよ? 恥ずかしかったんだからね?」
月乃の口元はいまだにむっとしている。
だが心なしかその頬は僅かに朱を帯びていた。
「それは……その……いい匂いだったからつい」
「変態さんだね」
「そう言われてもなぁ……」
すると二人の間に僅かに風が吹いた。
その風に乗って月乃の甘い香りが静也の鼻腔をくすぐった。
「今嗅いだでしょ?」
「これこそ不可抗力だ。それにしてもなんで月乃はこんなにいい匂いがするんだ?」
「知らないよ。でも遺伝子的に相性がいい人はいい匂いが―……」
そこで月乃がはっとして口を閉じた。
「なんだって?」
どうやら静也には最後まで聞こえていなかったようだ。
「なんでもないよ。それじゃそろそろ私はここでね。能徒、静也を家まで送ってあげてね」
「承知しました」
道中一切話す事が無かった能徒が了解の意を示した。
「いやいいよ。能徒も女の子だし月乃を送ってやれよ。俺は一人で平気だからさ」
「ですが、星見様のご命令ですので」
その目には主の命令を必ず遂行するという強い意思が宿っていた。
それに気圧された静也はしぶしぶ受け入れると、月乃と別れてからその万能メイドに付き添われて自分の帰路を歩いた。
「月乃とはそんなに長いのか?」
歩き続けていても一切会話が無かったので静也が口を開いた。
「はい。それほどに」
「そうか」
すぐに会話が途切れてしまった。
静也も静也であの勉強会以外でちゃんと能徒と話すのは久々なので自然と口数が少なくなる。
「……星見様はかつての私を救ってくださいました。今私がこうして皆様のメイドとしてやっていけているのも全て星見様のお陰なのです」
と能徒がぽつりと言った。
「能徒なら頭もいいし基本的に一人で何でも出来るんだから、月乃が何を助けたのかは知らないけど上手くやっていけてたんじゃないか?」
「いえ、そんなことはありません。それに、私は皆様が思っている万能メイドなんかではありません。ただの欲祓師のなり損ないなのです」
「なり損ないって、セブンスターズは全員欲祓師だろ?」
「そうですが、私だけは完全な欲祓師ではありません。全ては星見様のご厚意で今もセブンスターズに置いていただいているのです」
能徒は夜空で輝く満月を見て語り始めた。
次回は10/25(金)の予定です。




