2-19 その男
その男の登場により月乃は困惑した。
困惑、というよりかは迷惑に近い雰囲気を出していた。
「才木秀生君の死体は私が引き取ります」
枯れ枝のように細い体躯に白髪交じりのその男は、一カ所しかない応接室の入り口に立っていた。
その表情からは感情が一切読めず、ただ言えるのは静也と同じように糸目で、不敵な笑みを見せているということだけだった。
「どうしてですか? 千取さん。才木くんの処理はセブンスターズの手柄です。あなた達に渡す道理はありません」
月乃が反論した。
しかしその声音はいつもの平坦で穏やかなものではなく、どこか感情的になっているというか、排他的な意思すらもこもっていた。
「月乃。この人は誰なんだ?」
「静也は知らなくていいよ。いてもいなくても変わらない人だから」
やはり月乃は酷く動揺していた。
その長い前髪の奥の瞳はまっすぐと千取を睨み、じわじわと殺気を放出していっていた。
「酷いですねぇ、月乃さん。かつてのあなたを助け、ここまで強くしてあげた師に向かってそんな事を言うなんて。私はとても悲しいですよ」
「師……?」
「私はあなたを師だと思ったことは一度もありません。ですので帰ってください。もちろん才木くんの死体は渡しませんし、私達はこのまま才木家へ突入します。私達が始末したんですから、とやかく言われるいわれはありません。ですから―」
月乃が言葉を続けようとした途端、その言葉が喉の奥に引っ込んでしまった。
なぜなら
「突入はよしなさいと言っているのですよ」
千取の目が僅かに開かれ、それは発光はしていなかったものの強烈な重圧が波紋となって全員に襲いかかったからだ。
月乃は黙り、静也と愛枷はふらつき、能徒と悟利は床に尻もちをついてへたりこんでしまった。
「あわわわわ……」
「星見様……」
能徒と悟利は一様に動くことが出来ず、困惑の目で月乃を見ていた。
「この程度で動けなくなってしまうとは。セブンスターズは鍛錬が足りないのではないですかな? 月乃さん」
「……」
「おっと、愛枷さんでしたか。非認知、見えてますよ?」
「…ぅ……」
千取は来た時から一歩も動いていない。
対してセブンスターズは愛枷のように何かをしようとしていたりするのを言葉で抑止され、さらには無力化されたりとされるがままである。
「……どうしても帰らないの?」
「もちろんです。才木君の死体を回収するまではね」
「そう……」
すると月乃はスゥゥっと紅の瞳を開眼させた。
「能徒! 千取以外に結界を!」
「はい、すぐに」
「月乃、まさか……」
直後、月乃が仕掛けた。
この場にあのブラックホールを出現させようとしているのだ。
結界が完成すると地鳴りが発生し、千取の目の前に全てを飲み込んで消滅させるブラックホールが顕現した。
「やはり実力行使できましたか。ですが―」
かつての宣教師の時のようにその暗黒の球体がぬぅっと千取に近付く。
これに飲み込まれてしまえば誰であろうと一巻の終わりだ。
全員がその行く末を見守った。
ついにブラックホールが標的を飲み込もうとその体に接触した。
だが―
「こんなもの、ただのお遊びですよ」
千取の体を通過したはずのブラックホールが突如跡形もなく消え去ってしまったのだ。
それと同時に能徒の結界も消滅した。
「そんな……星見様の……」
能徒と同様に全員が絶句した。
「……では、才木君の死体はこちらが回収するということで。よろしいですね?」
「……」
彼の問に対して月乃はただ項垂れるだけで、何も返事をしなかった。
千取は今初めてその場から一歩踏み出し、才木の死体の方へ悠然と歩き始めた。
そのまま月乃の横を通り過ぎ、もうまもなく到達ーその時だった。
「おい!」
「なんですか? あなたは?」
静也がそこに立ちはだかったのだ。
「月乃が言った言葉が聞こえなかったのか? これはセブンスターズの手柄だ。北千住だか南千住だか知らねぇけどな、ここじゃ月乃の言葉が絶対なんだ。だからとっとと帰れ!」
「静也……」
静也は既に排除の赤い眼を開眼させ、重圧と殺気を放出していた。
正面に見据える千取はそれに対して一切臆することなく、その赤眼を見ていた。
「ほう。あなたが排除欲求の無波静也君ですか。お話は聞いていますよ。けっこうお強いんですってねぇ」
「あぁ。ならここでやってみるか?」
静也の殺気と圧が上昇し、その瞳の輝きが増した。
「静也!」
すると月乃が、今にも飛び掛かりそうな静也を制するように声を上げた。
「……いいよ、もう。才木くんは、渡そう」
「それでいいのかよ! 俺達みんなの手柄だろ?」
「……いいよ」
そう言った月乃の声は酷く悲しそうで、とても悔しそうだった。
静也はそんな様子の彼女を見て、それから目の前の千取を見た。
そしてギリ…ッと音が鳴るくらいに強く拳を握ると、その赤眼を閉じた。
「感謝しますよ」
「千取さん、一つだけいいですか?」
「どうぞ」
「どうして私達じゃ駄目なんですか?」
千取は月乃の方を振り返って穏やかな口調で言う。
「セブンスターズが、ましてや月乃さんが行ったら全員を殺してしまうでしょう? それでは駄目です。才木家は政財界や多くの大物とのコネクションがあります。それを一夜にして消し飛ばされてしまうと、至るところに弊害が生まれます。まぁ、そうですね。簡単に言うと、沢山の大人達が困るのですよ。物事には順序というものがあります。才木家を消すのにはまだ早いのです」
「……そう、ですか」
千取はその細い体躯に似合わず才木の死体を軽々と持ち上げて肩に背負った。
「では、またどこかで」
「もう……来ないでください……」
その言葉に千取は何も返さずにふっ…と消えていった。
才木秀生という手柄、そして才木家への突入と未来のGreed発生の防止という手を奪われてただ立ち尽くすだけしか出来なくなったセブンスターズ。
「月乃……」
静也は特に悲しそうな月乃に声をかけたが、彼女はその声に反応を示すこともなくゆらりと一人応接室から出て行ってしまった。
静也は残された仲間達に目を向ける。
しかし、誰一人として口を開く者はいなかった。




