2-17 被害者と加害者
月乃は冷たくなった才木を静かに見ていた。
「能徒。ありがとう。もう結界を解いていいよ」
「承知しました」
月乃が戦いの終わりを告げて立ち上がると、まもなくしてこの応接室を保護していた結界が解除された。
完全に守られていた壁や床、そして椅子や棚の置物類。その真新しさと高級そうな香りは激闘を繰り広げたセブンスターズの姿との間に見事なギャップを生じさせた。
ふと静也が床に膝をついた。
「静也?」
「いや、大丈夫。少し疲れただけだから」
思い返せば静也はずっと戦い続けていた。自己顕示の欲を身に宿し、最強という自己暗示の元で強敵となった才木を相手にかなりの奮闘をみせていた。
その猛威を一手に引き受けていたからこそ悟利と月乃が唯と狩人を安全なところまで運ぶことができ、能徒もまた結界の維持に集中することが出来た。
さらには才木の意識が完全に静也に向き続けたことにより、愛枷の存在を最後まで思い出させることも、警戒されることもなく終幕の一撃を入れることが出来たのだ。
「お疲れ様。今回の功労賞は間違いなく静也だよ」
とそこに歩み寄った月乃が言った。
すると、悟利を呼んだ。
「静也を治してくれる?」
「はいです。静也兄ぃ。少し変な感じがすると思うですけど、我慢するです」
そして静也の横に座った悟利がその腕を取ると、そこに噛みついた。
小さな唇と、案外しっかりとした歯の感触がそこに生まれ、同時に少しの違和感を得た。
「悟利?」
「ふごはないふぇふふぁふぁい」
静也は大丈夫なのかという目を月乃に向けるも、その表情や様子に特に変化はないのでそのままにしておくことにした。
すると、静也の身に変化が現れた。
「怪我が……」
戦闘中に負った打撲や切り傷などの数々の生傷が見る見るうちに治癒していったのだ。
「……おしまいです。これでもう大丈夫です!」
腕から口を離した悟利が元気にそう言うと、その頃にはもう静也は完治していた。
「これはいったい……」
「セブンスターズには戦闘が出来る人はいるのに回復系がいなかったら致命的でしょ? 悟利は怪我人に噛みつくことで日々の食欲で蓄えたエネルギーをその人に移して治す事が出来るの。すごいでしょ?」
「確かに」
以前に静也と狩人が戦った後、二人共が元気な姿でいられたのは気絶している内に悟利による治療があったからだった。
ということはと、静也が応接室の出口に寝転がされている唯と狩人に目を向けた。
「二人はもう平気です。今は寝ていますです」
既に治療済だった。
これも静也が戦っている時に終えたことだった。
「そうか」
その一言により静也の肩の荷が降りた。
結果的にセブンスターズは自己顕示の欲に支配された才木に勝利した。
完治はしているものの、怪我人は多く確かに強敵だった。
もしも悟利がいなければ、もしも愛枷がいなければどうなっていたのだろう。と少し前の事を思い出す静也の前に愛枷がやってきた。
「静也……くん。ありが……とう」
「いや、俺こそありがとう。実はかなりきつかったんだ」
「そうじゃ……なくて……テスト……とか。まだ……お礼…言ってなかった……から……」
静也はなんだそんなことかと立ち上がると、その長い黒髪の中の瞳がじっと静也を見ていた。
「私………この生徒会…が、みんなが…好き…… 静也くん……が勉強を…教えてくれて……みんなで出来て……楽しかった。頑張れて……楽し…かった。戦って……才木…から…生徒会を……守ってくれた。だから……ありが…とう」
ぎこちなくもいつも通りの調子で話す愛枷。そこにはつい先程までの死神のようなおどろおどろしさは無くなっていた。
「いいんだ。俺も久しぶりに勉強に夢中になれたんだ。みんなには感謝しかないよ」
「静…也……くん……」
すると愛枷は不気味にではなく、まるで普通の女子高校生のように無邪気に口角を上げて笑った。
「さてと―」
と月乃が一言。
「まだセブンスターズの仕事は終わってないよ」
「他にも何かあるのか? 才木はもう死んだだろ?」
「うん。そうだけど、危険な芽は早めに摘んでおく必要があるんだよ」
「というと?」
「才木家だよ。特に才木くんのお父さん。なんか危険な感じがするんだよね」
先に才木が語っていた才木家の環境。
その中心にいる存在こそ才木の父であり、才木家トップのエリートである。
「家族がお父さんを恐れて口出しも出来ないなんて、今のご時世ではおかしいよね? 一昔前の日本じゃないんだからさ。だから、私はお父さんも怪しいと思う。そもそも才木くんは完全な加害者じゃないと思うんだよね。あんな事になるまでに追い詰めてしまった才木家こそが真の加害者で、むしろ才木くんは被害者だと思うんだよ」
「だからといって、何かするつもりなのか? まだGreedでもないんだろ?」
「まだね。でも確実に進行していくと思うの。ううん。実はもういくところまでいっていて、今まで私達みたいな機関に幸い発見されなかったから生き残っているだけなのかも」
月乃は考えている素振りを見せる。また、揺れる前髪の奥からは紅の瞳が開眼していた。
「でも俺達には何も証拠が無い。急に行って急に襲撃したら警察に捕まっておしまいだ。何か策はあるのか?」
「もちろん。だってここにはいいネタがあるでしょ?」
そして月乃は不敵に笑った。




