2-16 激闘の果てに
深見愛枷は、足元に倒れている才木をぼぅと見下ろしていた。
才木にはまだ息があり、先の一撃で死んではいなかった。
「……」
「ゴフ……ッ」
背中への斬撃はあまりにも深く、それは裕に脊髄にまで達していたため才木が再び動くことは出来そうもなかった。
「よく我慢してくれたね。お陰で完璧なタイミングだったよ」
「……才木……許せなかった…… みんなの努力……踏みにじった……殺したかった。でも……月乃ちゃんは……私にいいよと……言わなかった。だから我慢した。頑張って……殺さないように……我慢した。でも……こいつ、まだ生きてる。……殺す?」
既に立ち上がっている月乃を前に愛枷はいつもの調子で言った。
「そうだね。でももう一つだけ聞きたいかな」
すると、まだどうにか生きている才木のところに月乃が歩み寄ってしゃがんだ。
「どうしてだ……? 深見はここにはいなかっただろ……?」
「ずっといたよ? ただ、見えていなかっただけだよ」
「見えていなかった……?」
「よく思い返してみなよ。真夜中の職員室での事って誰が写真を撮ったんだろうね。才木くんの顔が見えるように撮るってなったら、普通なら才木くんは気付くでしょ? でも愛枷なら絶対に気づかれないようにすることが出来るんだよ?」
かく言う静也も愛枷の存在を忘れていた。
なぜなら応接室に来た時には既にその姿が見えていなかったからだ。
しかし、月乃はここに来る前に生徒会全員に向けて「みんな、行くよ」と言っていた。
会長でありセブンスターズのトップである月乃の言葉を無視する人なんてここにはいないということは今までの出来事により明白だった。
であれば、なぜ才木はおろか静也にも愛枷の存在が見えていなかったのか。
「非認知か……」
静也がそう言うと、月乃が静かにこくりと頷いた。
愛枷の能力。
人から自分の存在を認識されなくなり、結果的にそこにはいないということにしてしまうという固有スキルを使っていたのだ。
静也がまだ生徒会に入る前、才木と同じように欲のままに人々の排除をしているところを撮られたことがあった。その時も自分と標的以外は誰もいなかった。いや、いないようにしか見えていなかったのだ。
それをやられたのかと思うと、静也は敵ながら才木を気の毒と思ってしまった。
「才木くんは唯と狩人を下した後、私達に向けて残り四人って言ってたよね? その時になって初めて愛枷が非認知を使っている事に気が付いたんだよね。だって、私には愛枷が見えていたから」
その言葉に静也は愛枷を見た。
すると、愛枷は否定をせずにゆっくりと頷いた。
「本当は五人だったから奇襲で殺せると確信したのか…… 狡い女だ」
「先に狡い事をしてきたのは才木くんでしょ? だからこれでおあいこだよ。まぁでも、不意打ちばかりはエリートだとか最強とかは関係なかったね。そもそも、才木くんの自己顕示の欲は自分が見ている相手に対して最強になれるものだから、あの状態の愛枷には通用しなかったんだよ」
ところでさ、と月乃が聞きたかった事を問いかけた。
「才木家って、そんなにエリートである事を強いているの?」
月乃がもう一つだけ聞きたいこと。それはそんなことだった。
その問の意味を静也はもちろん、他の人達も理解が出来なかった。
てっきり最後に何か言っておくことはある?とか、そういうものかと思っていたからだ。
「……もはや宿命なのだ。本物のエリートである父には…誰も逆らえない。父がエリートであれと言うならそうなるしかないんだ。母もそんな父を恐れて口を出すことが出来ない。それが…才木家だ」
「……そう」
すると才木は大きく血を吐いた。
それは制服の胸元を赤く染め、染みていくとともに次第に冷たくなっていく才木を包んでいった。
「……僕だって、頑張ったんだ。才木家の子として……エリートだって認めてもらうために……頑張ったんだ…… 僕は……父さんに…兄さんに、みんなに認めてもらいたかった…… それだけ…それだけだったんだ……」
たどたどしくもずっと胸に秘めていた想いを語ると、その目が今度は月乃と静也、生徒会の方へ向いた。
「生徒会……星見、無波。……すまなかった。みんなの努力を…踏みにじってしまって…… 本当に……すまなかった」
小さくなっていく声の中でそう謝罪をした。
エリートになれというプレッシャー。そしてそうなるために日々努力をしていた。そんな努力を生徒会は気付いていた。真のエリートであれば毎回必ず満点を獲ってくる。しかし、今の生徒会になってからは誰一人として満点を獲った人はいなかったのだ。
才木はエリートではなかった。
だからこそ努力を重ねては度々生徒会に挑み続け、入会を目指したのだ。
たゆまぬ努力、そして日々重圧をかけられ続けた才木に月乃は
「よく頑張ったね」
と言ってやった。
それは幾度となく挑んできた好敵手へのせめてもの手向けだった。
途端に才木の目には涙が溜まっていき、様々な感情がとけた雫が流れ落ちていった。
直後、才木は再び血を吐いた。
「……星見。僕の、回答用紙……を……」
月乃はとっておいた回答用紙を血に滲んだ才木の胸に置き、そこに被せるようにしてその手を置いてやった。
「あぁ……僕は…………」
満点のそれを胸に抱えると、それから才木の唇がもう動くことはなかった。




