2-15 激闘とたった一つの忘失
才木の凶刃が俺に迫る。
自己顕示の欲と、ドス黒い殺意を宿した混濁の眼が目に見えて次第に大きくなっていくのを感じる。
「僕は最強のエリート! 最強! お前を越えることなんて容易いんだよ!」
獰猛な大猪さながらの勢いで俺の懐を侵略した才木は、初めの一刀を繰り出した。
そのカッターナイフの刃は俺の首を突こうと向けられる。
だが俺はそれを寸でのところで避ける。
「残念。これを外したのは大きいぞ」
俺は間髪入れずにその空いた脇腹へ蹴りを入れた。
「ぐっ……!」
「まだいくぞ」
僅かに怯んだその体は俺から少し離れた。
その距離を侵略するように俺はスタートをきり、カッターナイフを向ける。
俺が狙うのは胴体。首や頭とは違って的が大きく、仮に避けられたとしてもどこかに被弾する可能性が高いからだ。
「甘い!」
「最強を自称するなら、そりゃ簡単にはいかないよな」
才木は強引に立て直した体勢で己のカッターナイフの刃を射線に入れて受けた。
お互いに扱っているのがどこにでもある一般的なカッターナイフという事もあってやはり耐久力に乏しく、それぞれの刃が砕けては星屑のように散った。
「やっぱり最後は拳だよな」
「何だろうとこの僕には勝てない。僕は最強だからな。お前らとは格が違うんだよ」
「やってみなきゃ分からねぇだろ」
そこからは拳と蹴りによる怒涛の打ち合いだった。
自己顕示の欲による暗示で確かに強化されている才木の連撃はやはり常人のそれではなかった。
打ち出される一撃一撃はどれをとっても凶器といって間違いない。
「うっ……ぐっ……」
「苦しそうだな。無波。自分の身が壊されていくことはそんなに嫌か?」
「当たり前だ。こんな腕じゃ月乃を守れなくなるだろ」
「どうせもう守れなくなるんだ。気にすることでもないだろ?」
「よく喋るな。そんなんじゃ舌が飛ぶぞ?」
俺はそのよく喋る顎に下から拳を走らせた。
「おっと」
それが見えていた才木は瞬時に体を後ろへ引いて避けきった。
「残念。僕の舌はまだくっついてるぞ?」
才木はその舌をべぇっと憎たらしく出してきた。
次の瞬間、才木の目が鋭くなった。
「お返しだ」
生意気な顔に目を奪われていた為に俺は下方から迫る反撃に対応出来ず、逆に顎に一発貰ってしまった。
その一撃の衝撃は顎の骨を通じて脳を揺らし、俺の視界が一瞬暗転した。だがせめて倒れまいとふらついた脚で耐えてみせた。
もちろんそんな好機を見逃す才木ではない。
追撃として拳によって頬が打ち抜かれた。
「う……お………」
例によって痛くはない。しかし再び視界が揺れ、今回はそれに耐えきれずに地面に尻もちをついてしまった。
―まずい
そう思った時には掠れている視界の中に才木がおり、瞬く間に目の前に迫ってきた。
俺はどうにか立ち上がろうとするが、軽い脳震盪を起こしているせいか体の自由が利かなかった。
「動けなくしてしまえばこっちのものだ!」
既に才木は拳を振り上げていた。
それは間違いなく俺の脳天を狙っていた。
脳震盪に脳震盪を重ねるのはまずい。
内側から破壊される。
そう思っていてもいまだに体の自由が利かなかった。
「やはり僕は最強! これで終わりだ! 無波静也ァ!」
「くっ―……」
俺の命を狙った一撃が迫りくる。
これを食らっては駄目だ。食らったら死ぬぞ。月乃を、月乃が好きな生徒会を守れなくなるぞ。
その時、俺の体の自由が戻った。
拳が到達するコンマ数秒前のことだった。
その感覚を得た途端、俺は地面を転がって間一髪で避ける事に成功した。
「避けたか。だが―」
「なん……だと……?」
避けた直後で体勢が整っていない俺に向けて才木は追い打ちの動きを見せた。
しかし今回向けてきたのは拳でも蹴りでもなかった。
「もう無いんじゃなかったのかよ!」
「言っただろ? 常に二本三本は持っていると」
才木がその手に握っていたのはカッターナイフだった。
初めに能徒が弾き飛ばし、俺に拾い渡してきたのが一本。俺の攻撃で散ったのが二本目。そしてこれが三本目だった。
「真の最強を語るなら、物の数くらいは常時把握しているものなのだ。さぁ、これで本当に終わりだ!」
凶刃を携えた腕を大きく振り上げ、その鋭利な刃先を俺の脳天目掛けて振り降ろしにかかる才木。
ゆっくりと動く刃。まるでスローモーションを見ているかのようだった。
「静也!」
しかしそのスローモーションは突如聞こえてきた少女の声と共に解除され、視界から才木が消えた。それとほぼ同時に香った馴染みのある匂いを近くに感じた。
「月乃!」
動けずにいた俺に月乃が飛びつき、その勢いのまま刃の射程圏内から脱出させてくれたのだ。
背中から地面に倒れた体勢になっている俺。その上に覆い被さるように月乃がいて、そこに目線をもっていくと頭がもぞっと動いた。すると長い前髪の間から黒曜石のような瞳が俺を見た。
その状態に安堵している暇はなく、空を切った才木はすぐさま俺らの方を見た。
「ちょこまかと小賢しい。いいかげん死ねよ! 最強の僕に殺されろよ!」
そう言いながら地面を蹴り、今度は俺と月乃を一気に殺す勢いで刃を振り上げた。
だがそんな様子を見ている月乃は冷静だった。
「それはこっちのセリフだよ。いいかげんに死んでもらうよ」
「たわけ!」
「もう、いいよ」
その言葉が聞こえた直後、攻撃に集中している才木の後ろに黒い何かが出現した。
それは長い黒髪で顔全体を隠し、両手で持った己の武器を体の後ろまで大きく引いた。その存在が持っているのは大鎌。容姿も相まってさながら死神のように不気味で、死と畏怖の象徴のように見えた。
俺達の視線に気が付いた才木は、その視線の先に目を向けると思わず驚愕した。
「そんな……お前はいなかったはずだろ……」
その言葉に答える間も無く、銀色に妖しく光る大鎌が振り下ろされた。
突如の背後からの襲撃に才木は成す術もなく、刃が背中を深く抉った。
その一撃はあまりに重く、才木はカッターナイフを落としてそのまま地面に倒れてしまった。
「ご苦労様。愛枷」
鮮血を纏った刃を下ろした深見愛枷はその場にぼぅと佇み、まだ僅かに動いている才木を見ていた。




