2-14 才木の心底
静也は苦戦していた。
追撃に反撃を繰り返すもそれに呼応して才木の迎撃に襲われ、それらは人体の急所を的確に狙ってきているからだ。
いくら自身の能力であるところの、感覚選択で痛覚を遮断しているとはいえ急所への攻撃は危険なのである。
知らないうちに死んでいる。そんな事もありえるからだ。
「どうした? 無波? どんどん弱くなっていっているぞ」
「うるせぇ。時間をかけていたぶってやってんだよ」
「見事な虚勢だ」
その時、静也に生まれた僅かな隙に才木の蹴りが入った。
それは脇腹。肝臓の位置を的確にとらえていたのでそのまま体に変な音をもたらせると、静也を横方向へ大きく吹き飛ばした。
「くっ―…」
「痛みは無くても顔が嫌そうだな。―なるほど。死なないわけではないようだ」
才木はその得た情報により静也が月乃とは違って死ぬ可能性が十分にあることを見抜いた。
「なら、ひたすらに殴り、切り刻むだけだな」
そう言った直後、才木は懐からカッターナイフを取り出した。
「さっき投げたんじゃなかったのか」
「エリートは不測の事態が起きないようにしているものだ。常に二本三本は持っているのだよ」
「学校で襲われる予定でもあるのかよ」
「妬み、僻み。人の感情というのはどこで暴発するか分からないものだからな。それこそ、僕みたいな最強エリートは特に気を付ける必要があるのだよ」
「それは自意識過剰というやつだ。現に今まで襲われてこなかっただろ?」
「奴らにそんな勇気が無かっただけさ。優秀な人には羨望だけではなく、常に嫉妬の感情が付きまとう。今回のテストの件で確信したさ。無波、お前は元は優秀だった。いや、優秀だがそれを隠して生きている。羨望と嫉妬、お前にも理解出来るんじゃないか?」
静也は過去の記憶を呼び起こした。
優秀だったが故にこれからは平均的に生きると決めたあの日。
優劣に対する人の汚れた感情と、受けた仕打ち。
それらが残酷にも脳裏によみがえったのだ。
「……理解、出来なくはないな。だがな、その感情や行為は人であれば当然なんだよ。自分よりも優れた者には嫉妬し、時には貶めようと徒党を組むことだってある。人間の嫉妬とはそういうものだ。でも、そんな優秀な奴を求め、良しとしてくれる人だっているんだ」
「ほう。それが生徒会であると」
「そうだ。生徒会はそんな奴を貶めたり、嫉妬の凶刃に沈めたりはしない。才木。お前はエリートに固執し過ぎだ。エリートだから何だ? エリートじゃなきゃいけないのか? そんな事の有無でお前の価値が変わるものなのか?」
「価値……だと……?」
才木はその言葉を聞いた途端、その身から放出される瘴気が増した。
「あるに決まっているだろ。僕は、才木家はエリートの家系だ。兄さんも父さんもみんなが超一流のエリートだ。だから僕もエリートなんだ。エリートのはずなんだ。学校でも全学生のトップ、生徒会長を務めるべきなんだ。テストでは満点が当然なんだ。なのに、お前らのせいで僕は生徒会長はおろか、生徒会に入ることすらも出来ない。これがどれだけ屈辱な事かお前に分かるか?」
「分からねぇよ。俺はとうの昔に優秀というものを捨てた人間だからな」
「無波静也。波風立てずにただ静かに生きる。平々凡々を体現したお前にはやはりこの僕の野心と屈辱が分からないか。なら―」
直後、才木はノーモーションで地面を蹴って静也との距離を侵略した。
「もう死ね。お前の次は生徒会全員だ」
その手にある凶刃が静也の喉元に迫る。
だがそれは手ごたえを得ずに空を切った。
寸でのところで静也が避ける事に成功したのだ。
「お前にそれは出来ねぇよ。月乃が言ってただろ? お前の命日は今日だって。月乃が言う言葉は絶対だ」
「黙れ」
才木はカッターナイフを縦横無尽に振り続ける。
対する静也は得物を何も持っていないので避けるしかなかった。だがそれでも反撃の隙を虎視眈々と狙っていた。
その時静也の頬が切られ、そこから鮮血が迸った。
それを見た才木はにぃ…っと不気味な笑みを浮かべてさらに加速した。
「無波様!」
その時少し後ろにいた能徒が静也に何かを投げ渡した。
それは的確にその手に納まり、一瞬のうちに反撃の一撃が入った。
「チィ……ッ!」
才木の頬も切れ、直後には以降の追撃を恐れて距離をとっていた。
「助かったぞ、能徒。これで十分に戦える」
静也は攻防を重ねながらも周囲を冷静に見ていた。
エリートと才木の価値を問うた時からその視線が自分にだけ集中していること、そして直後には背後で能徒がさっき才木が投げては弾き落としたカッターナイフを拾うために動いていたこと。全てを認識していたのだ。
さらに
「静也! ありがとう。こっちは終わったよ!」
と別の方向から聞こえた月乃の声。
月乃と悟利が気絶をしている狩人を結界の外に運び出そうとしていることも見えていたのだ。
そしてそれは今丁度完了したところだった。
「生徒会、お前ら……」
「エリートが聞いて呆れる。本当に優秀ならどんな状況でも周りには常に気を配っておくべきだ」
才木の近くにはもう静也しかいない。
他の面々は既に静也の後ろに行ってしまっている。
「俺を殺したら次は他の奴らなんだろ? なら、この俺を越えていくしかないよな」
静也は才木に蔑みを込めた挑発的な目を向けた。
そしてその目は才木の奥底にある屈辱に火を点けた。
「いいだろう。次でお前を殺す。生徒会もすぐに殺してやる」
「出来るといいな。自称エリートさんよ」
再び向けられた侮蔑の視線と、嘲笑と共に放たれた言葉。
直後、才木の目が獣のように獰猛になった。
殺意と自己顕示の欲に支配されたその体が爆発的なスタートをきった。




