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楽園の欲祓師  作者: 翡翠ユウ
第2話 みんなの居場所

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2-11 エリート

無波(ななみ)ィ! お前には痛みというものが無いのかァ!?」


 静也(せいや)才木(さいき)のそんな言葉を無視して応接室の壁、もとい能徒(のと)が張った結界に鈍い音を与え続ける。

 これが無ければ今頃応接室の壁は全て崩壊し、他の部屋にまでその被害を出していたに違いない。


「そんなものは無い。俺はテメェを排除するまで止まらねぇんだよ!」


 静也は重い拳を才木に向けて放ち続けるが、才木も才木で避け続けているためになかなか一撃を与えられずにいた。

 攻撃を外す度に地面や壁にあった結界の一部が崩壊し、その度に張り直す能徒の顔にも次第に疲労の色が見え始める。


月乃(つきの)ちゃん。私達の出る幕なくない?」

「そうです。わち達が出来ることといったら、静也()ぃの流れ弾を受けないようにするくらいだと思うです」


 (ゆい)悟利(さとり)がそう言うと、月乃も確かにと頷く。

 二人の言う通り、静也以外が今に至るまでに何かをしたかと聞かれれば何もしていないのだ。

 いや、その猛攻が激しすぎて何も出来ないのだ。

 それでも唯一何かをしているといえば、能徒が必死に結界を張り直しているくらいである。


「静也。結界の修復がそろそろ限界だよ。あんまり壊しすぎないでね」


 能徒の疲労の様子と、一向に攻撃を与えられない静也を見かねた月乃が喚起した。

 その言葉は聞こえたようで、静也の攻撃に無鉄砲さが無くなった。だが勢いも弱まったので才木の反撃を許してしまった。


「!?」

「いくら痛みが無いとはいえ、これは効くだろ!」


 その一撃は静也の股間に向けた蹴りだった。それはまさに予想外で、静也はまともに食らってしまった。

 その様子を見た狩人(かぶと)は、自分には何も起きていないのにもかかわらず反射的に顔を歪めた。

 だがそんな表情も次の瞬間には晴れることとなった。


「だからよォ。俺は痛くねぇんだって」

「なん…だと…… お前、それでも男か!?」

「これでも男なんでね。ほら、お返しだ」


 まもなくして静也は全く同じ事を才木にしてやった。

 唯一違ったのは、その威力だった。

 直撃の後、誰もが聞いたことがないような破裂音にも似た轟音が室内を一瞬にして支配した。

 それと同時に、狩人の表情が再び歪んだ。


「―……ッ――……ッッ!!!」


 直後才木は声にならない声を上げて地面に倒れ、股間を押さえながら悶絶した。

 また、その瞼は限界まで見開かれガタガタと顎を揺らし、尋常じゃない発汗により制服をぐしょぐしょにした。

 過呼吸を起こした才木の頭のすぐ横に静也の足が置かれた。


「エリートだったか? これで打ち止めだな」


 静也はその足を上げると、何も言えずに悶え苦しんでいる才木の頭部に狙いを定めた。


「静也。待って」


 そこで月乃が止めた。


「こいつは月乃を切り付けた。排除だ。そうだろ?」

「どうするかは私が決めるから、今は少し待って」


 排除欲求をその身に宿し、赤き瞳が開眼した静也を制止させることが出来る唯一の存在、月乃。

 彼女の一声によって静也はその足を静かに床に置いた。


「才木くん。痛いよね? でももし助かりたいなら、そんな状態でも答えるよね? ちなみに、これから言う事に何も答えなかったら、静也が才木くんを排除するからね?」


 才木は血走った状態の眼球を月乃に向けた。

 そしていまだ続く激痛の中で何か反応を示す事無くその言葉を聞いた。


「どうしてそんなに成績に固執するのかな? エリートってそんなにいいものなのかな?」

「……ッ! ―…っっ……」


 その問に才木は必死に言葉を発しようとする。だが、続く過呼吸により言葉にならずいた。


「月乃。こいつはGreedだ。早く排除しないと面倒だ」

「静也。私の言う事が聞けないの? もう少し待って」


 早まる静也を再び制止させる月乃。

 他のセブンスターズの面々も静也の意見に同意を示し、少なからず焦りの雰囲気を出していた。


「ぼ……ぼく……は…」


 歯を食いしばり、どうにか言葉を発するまでになった才木は月乃を見た。いや、見上げた。

 長い前髪の下にある瞳が、まるで全てを見下すかのように見えた才木はそこで唇を噛んだ。


「どうしたの? 続き、言わないの?」

「ぼく……は……」


 そこでまた言葉を切った。

 そんな様子をただ静かに見ている月乃。

 床に這いつくばっている才木は、そんな月乃の、自分を蔑んでいるように見えた瞳を前にふと脳裏にある光景がよみがえった。


―やはりお前は秀勝(ひでかつ)とは違うんだな。


 父の言葉と、期待すらしていないあの目だった。


―違う。僕は、僕にだってエリートの血が入っているんだ。入っているはずなんだ。

―お前が俺の子でエリートの血が入っているなら、次のテストは全教科満点を獲れるに違いない。


 そう言うなら、僕にだって少しは期待した目を向けてくれてもいいじゃないか。

 どうして兄さんにばかり期待するんだ。

 兄さんがエリートだからか?

 僕は兄さんの弟なんだぞ。僕も父さんの子なんだぞ。

 どうして兄さんばかり……


「エリ……ト……は。僕の……存在……」


 才木はこみ上げてきた全ての想いを胸に、歯がギリッと鳴るくらいに食いしばりながら言う。

 そして血の涙を流しながら月乃を、その侮蔑に思えた目を睨みつけた。


「月乃!」


 その時、才木の全身からは黒く淀んだ瘴気が放出し始めた。


「成績は……エリートは、僕のッ!」


 才木は立ち上がると同時に、月乃の眼球目掛けて指を突き出してきた。

 しかしそれにいち早く気が付いた静也が月乃を抱えてその範囲外に抜けた。

 それでもその頬に爪が掠り、そこからは血が流れ出した。


「エリートはッ! 僕の、僕のッ! 存在意義なんだァッッ!」


 空間を支配するが如く叫んだ才木は、次の瞬間にはその瘴気によって体が飲み込まれてしまった。

 それは蛇のように絡みつき、次第に全身が紫色に変色していく。


「月乃、大丈夫か?」

「うん。でもやっぱり駄目だったみたいだね」


 目の前で繰り広げられる瘴気の放出と才木の変貌。

 その光景は月乃を落胆させ、他のセブンスターズの面々に一層の焦りの色を浮き出させる。

 まもなくしてその現象が収まると、その渦中にいた才木が鋭い眼光を向けてきた。


「僕は最強のエリートだ。誰にも負けはしない」


 さっきまでの痛みは完全に消えたようで、今はもう悠然とそこに立っていた。


「こうなっちゃったらもう仕方ないね。みんな、才木をやるよ」


 その言葉に全員が頷いた。

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