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「ハチミツとって」
「ツキノ姉ぇかけすぎです」
次の日、全員は揃ってファミレスに来ていた。
しかも平日の昼間にである。
皆は高校生。普通なら今頃学校で勉強の真っただ中のはずなのだが。
「で、何でこんな事になってんだ?」
「何でって、昨日言ったよ? 終わったらパンケーキ食べようねって。はい、チョコソース」
「ありがとうです! 美味しいですぅっ!」
「あらあら、悟利ちゃんたら口にホイップクリーム付いてるわよ」
「いや、そうじゃなくて」
昨夜、一行は戦闘の疲労もあってそのまま解散となった。
セイヤもツキノと一緒に帰ったわけで、帰宅後はそのままベッドでぐっすりだった。
そして今朝、ツキノがいつものようにセイヤの家へ迎えに行くと風呂に入るよう言い、制服ではなく私服に着替えるようにとも言い、手を引いてこのファミレスに連れて来たのである。
「生徒会ともあろう者達がこんな時間に、しかもこんな場所でわいわいやってていいのか?」
「大丈夫だよ。今日は課外活動って事で通してあるから1日学校に行かなくていいんだよ」
「都合いいな」
セイヤの隣では長い前髪で両目を覆ったいつもの地味なツキノがパンケーキにハチミツをたっぷりとかけて頬張っている。
もちろん私服も地味である。
周りも周りでチョコソースやら、ホイップクリームやらアイスやらと思い思いの食べ方でパンケーキを堪能している。
だが1人だけ妙な食べ方をする人がいた。
「何だ?」
「別に。ツナをかけるなんて珍しい人もいるんだなと思って」
金錠狩人である。
彼はセイヤとは対角の位置に座っており、ツナとマヨネーズ、ハムを二枚のパンケーキで挟み、まるでサンドイッチのようにして食べていた。
「最初からサンドイッチを頼めばいいのに」
「仕方ないだろう。星見の希望で今日はパンケーキの日なんだから」
「そうなのか?」
「確かにパンケーキを食べたいって言ったけど、食べたかったらサンドイッチでもいいんじゃないかな」
「だとさ。勘違いだったみたいだな」
「くっ…まぁたまにはいいだろう」
こうして見ると昨日の戦闘がまるで嘘のようである。
皆が皆一様に普通の高校生で……普通の高校生…で…?
セイヤは改めて席を見渡した時、異様な雰囲気を放つその存在の所で目が止まった。
「なぁツキノ。怨霊がいるんだが」
「ん? あぁ、愛伽だよ。愛伽の私服は白のワンピースだからどうしてもどっかの映画の井戸から出てくるアレを想像しちゃうんだけど、ちゃんと人間だよ」
ツキノ以上に長い前髪、後ろも腰の位置を裕に超えて伸びている真っ黒の超ロングである。
それで下を向いていると口元も完全に隠れてしまうので表情なんて一切分からなくなってしまう。
今は運ばれてきたパンケーキを食べている様子はなく、ただ無言でぼぅと座っている。
「深見…さん? パンケーキ食べてる?」
「…セ…セイヤ君……ふふふ。大丈夫……私ね、スプーンじゃ食べられないだけだから……その……ふふふ」
深見の皿にはナイフとフォークではなく、スプーンとナイフが置かれていた。
どうやら店員の人が間違えたようだ。
「そうだったんだね。それじゃ、これ。こっちに余ってたから」
「あ、ありがとう。優しいのね…セイヤ君……ふふ。あと、私の事は…愛伽か……マナちゃんって呼んでくれると……嬉しいな…ふふふ……ふふ……」
「う、うん。分かったよ。愛伽」
「ふふふ……セイヤ君がくれたパンケーキ……美味し……」
「俺があげたのはフォークだよ?」
「ふふふ……」
変わった人だなと思うセイヤ。
パンケーキを口に運んだ時に一瞬見えた深見の肌は、着ているワンピースと同じくらいに真っ白だった。
その時、不意にセイヤの膝に誰かの手が乗った。
「あ、姉ヶ崎さん」
「みんなと同じく、唯でいいのよ。それとも、お姉ちゃん、がいい?」
「お姉ちゃんはちょっと」
「冗談よぉ」
姉ヶ崎は相変わらずおっとりとした目でセイヤを見ては優しく微笑む。
さながら、自分で言っていたお姉ちゃんを思わせる和やかさを宿して。
「ねぇ、セイヤくん。お姉さんね、セイヤくんが入ってくれて嬉しいの。だって、ツキノちゃんを傷付けられた時のあの感じ。あの目。ぞくぞくしちゃったの……」
「あの……唯…?」
「だからね、もっとセイヤくんを知りたくなっちゃった。ねぇ、今度は二人でお話しない?」
姉ヶ崎の目は僅かだがピンク色に光り始めていた。
そしてその豊満な胸でセイヤの腕を柔らかく包み、膝にあった手は今まさにゆっくりと脚の付け根の方へさわさわと動き始める。
「だめ……? いいでしょ……?」
「ちょっ……」
セイヤの耳にその甘い吐息が触れ、鼻腔は女の子特有の甘い香りに支配される。
蠱惑的な眼差しにより彼の頭は次第にぼーっとし、今自分がファミレスにいる事さえも分からなくなっていった。
「唯。その辺にしとこうね」
突如聞こえたツキノの声でセイヤは我に返り、周りを見渡した。
相変わらず表情が分からないツキノだが、前髪の内側からセイヤをじっと見ているように思えた。
金錠は気まずそうに眼鏡を拭き、深見は顔を上げてなにやらにやぁと口角を上げている。
これに対して最も著しい反応を示したのは小牧だった。
「えっ……えっちです……」
小牧はまるで見てはいけないものを見てしまったかのように、それでいて隠れて見ているかのように顔を覆った指の隙間からセイヤと姉ヶ崎を見ていた。
「ふふふ。まだ悟利ちゃんには早かったみたいね」
「早かったも何も、こんなところでしようとしちゃ駄目でしょ?」
「だってぇ、昨日はすぐ寝ちゃったし、朝だって時間無かったしで出来なかったんだもん」
「それでもせめて場所と人は選ばなきゃだよ?」
「うーん。分かった。お姉さんはこういうのも嫌いじゃないけど、ツキノちゃんが言うなら今日は我慢する」
そして名残惜しそうな視線をセイヤに向けて腕を離す姉ヶ崎。
その頃にはもう瞳の発光は止んでいたが、なぜか姉ヶ崎の体は少しほてっていた。
ちなみに、何が出来なかったのかについては誰も言及しなかった。
「申し訳ございません。私がいながら小牧様の目を塞ぐ事が出来ず。やはりまだ少々早かったようで」
「むぅ。わちは子供じゃないです! れっきとした大人の女ですぅっ! こういうのも余裕ですぅっ!」
小牧は口元にホイップクリームを付けたまま、無い胸を張って堂々と言い放つ。
もちろん全員の視線が幼いそれらに向いたのは言うまでもない。
「そうねぇ。悟利ちゃんは高校1年生だもんねぇ」
「そうです! 大人なんですぅっ!」
姉ヶ崎はまるで母のように小牧の頭を撫でて皿に残っていたパンケーキを食べさせてあげた。
両手にフォークとナイフを持ち、おいしいと無邪気に満面の笑みを浮かべるその様子はやはりどう見ても子供のそれだった。
「小牧様。お次のパンケーキでございます」
「わーい! いっぱい食べるですぅっ!」
「というか、食べすぎじゃないか? 今何枚目?」
一切衰えないその食欲に素直な疑問をぶつけるセイヤ。
「多分8枚目くらいです! いっぱい食べると大きくなれるです!」
「いえ、20枚目になります」
大皿に乗ったパンケーキに小牧が好みそうなトッピングをする能徒が修正する。
そして飲み物が無くなりそうなので、そのコップには牛乳をついであげていた。
「まぁ、悟利の欲は食欲だからこれでもまだ少ない方だよね」
ツキノがそう言うと、セイヤはずっと思っていた事を聞く事にした。




