3-32 見つけた標的
「どうなってるんだ……」
本日も能徒からGreed発生の緊急出動連絡がセブンスターズ全員に入った。
時刻は二十三時を回っており、道は街灯が無ければ真っ暗である。そんな中で今回も静也は月乃と合流してから現場に急行した。だが到着した時に二人が見たのは
「何も無いね」
「あぁ、おかしすぎる」
一般住宅が立ち並ぶ住宅街の真ん中であり、そこにはいつもと変わらないであろう静かな雰囲気が漂っていた。また、前回のように燃えている車や生い茂っている木々なんてものもなく、本当に家々が並ぶだけの区画だった。
しかし静也は警戒を怠らずに月乃を守るようにして周囲を警戒し続けた。
「静也。そんなにくっつかなくても大丈夫だよ?」
「駄目だ。一瞬の油断が命取りになる」
すると静也が月乃を抱き寄せるように肩を抱いてより密着させた。
お互いのぬくもりがお互いに共有され、月乃の心臓の音がやけに騒がしくなった。また、月乃は頬を赤く染めながらも自分よりも身長が高い静也の顔を見上げると、本当に真剣に自分のことを守ろうとしてくれていることを実感して一層頬を赤く染めた。
「何かがくるぞ」
その時静也が遠くに感じた僅かな足音に警戒を向けた。そしてそれは確実に自分達に近付いてきているのだと確信すると、瞳を赤く輝かせた。
直後だった。その足音が急に早くなり、その主は殺気を纏っていることを確信すると静也は月乃を自分の後ろに隠した。
「そこだ!」
まもなくしてその主が姿を現し、二人に向けて強烈な蹴りを入れた。だがそれは静也が完璧なタイミングで防いだことにより大事には至らなかった。
そこで静也が真っ先に気が付いた。
「おい、何のつもりだ? 金錠」
「む? その声は無波か」
その人の正体は狩人だった。そして静也同様に瞳を輝かせていた。
お互いにお互いを認知したところで攻防が解かれ、三人が安心感のもとで合流を果たした。
それにしてもと狩人が口火を切った。
「あんな殺気を振り撒いていたら勘違いしちまうだろうが。時と場所を選んで出せ」
「それはお前もだろ。足音がしないように歩いていたようだがな、それがむしろ怪しかったんだ。時と場所を選んでやれ」
「んだと! 僕は万が一そこに敵がいた時を考えてやったんだ。この場で変に殺気を出して留まっていたら誰だって敵だと思うだろうが!」
「殺気立って近付いてきた奴に言われたくないな。お前は普段ボッチだから仲間の存在も認識出来ないんだな!」
「今ボッチなのは関係ないだろ!」
「二人とも、今は喧嘩してる場合じゃないよ。静也、狩人の言い分も分からなくはないよ。狩人、その見立てはいいと思うけど、仲間の気配はちゃんと読み取ろうね」
「ほら見ろ。お前の方が悪い」
「静也。そろそろ落ち着こうね」
二人のやり取りを静かに仲裁した月乃は、二人が完全に怠ってしまっていた周囲への警戒を続けていた。しかしそれでもいつまで経っても脅威となる気配を感じなかったので暗がりに向けて問いかけた。
「能徒。本当にここで間違いないの?」
「はい。間違いございません」
その影からは万能メイドである能徒が姿を見せた。
「いつからいたんだ?」
「今到着したところです。それにしても星見様、万一に備えて気配を消していたのにも関わらずよくお気づきになられました」
「まぁ、これでも周囲の把握は得意だから。唯と悟利も出ておいで」
「あ、バレたです」
「月乃ちゃん相手じゃ隠れていても駄目ねぇ」
すると別の路地から二人が出てきた。とてとてと悟利が四人に近付くと、それに遅れて唯がゆっくりと歩きながらも周囲を警戒していた。
「六人が揃ったってことは愛枷もどこかにいるのか?」
「まだいないよ。もしかして少し遠くまで足をのばして見てくれているのかもしれないね」
「そうか。なら俺達はこの近くを調べたほうがいいよな」
「そうだね。ということで、流石に何もしないまま帰るのもどうかと思うから聞き込みとか周囲を確認するよ。単独は避けたいから、唯と悟利、狩人と能徒、私と静也の三班に分かれて調査をしよう」
「お姉さんも静也くんと一緒がいいなぁ。夜の道は怖いのぉ」
「行きは悟利と一緒だったんだから平気でしょ」
「そうです! わちは唯姉ぇがいたら安心です!」
無邪気に微笑む悟利。それにより、静也とのペアを諦めた唯。
「能徒。愛枷には連絡しておいてね。それで一時間後には帰宅するよ。その時はそれぞれが連絡を入れること。いいね?」
全員が頷いた。そしてそれぞれが三方向に散っていった。
***
深見愛枷は先日のことを悔いていた。
もしももっと早く現場に到着出来ていたら真相を明らかにすることが出来たのに。もしそこに減田がいたのなら、自分が討ち取れば今後セブンスターズのみんなに危害が及ぶこともなくなっただろうに。
もしも襲われたのが月乃ちゃんだったら?
静也くんがいるからといっても万が一があったらもう自分は後悔で生きていけない。
そう思うようになってから愛枷はいつ何時何が起きてもいいように夜に街を歩き回っていた。もちろん、愛枷の独特なスタイルでそんなことをすれば警察に補導される可能性が高いので常に非認知を発動していた。
「月乃ちゃんは……やらせない……」
ぼそっと呟き、その日もゆらりゆらりと歩き回っていた。
丁度その時だった。能徒からGreed発生の緊急連絡が入ったのだ。しかも位置的にすぐ近くで走ればまもなく到着する場所だった。
好機。そう判断した愛枷は一目散にその場所に急行した。
直近で連続して発生するGreedなんだから昨日の事にも関わっているに違いない。であれば、絶対に討ち取らないと。
焦る気持ちでそこに到着すると、なんとそこには一人の学生と思しき人を手にかけ終えたもう一人の人がいた。もちろんその人も顔全体を覆う黒いマスクをしていた。
愛枷がそれを認識すると、一気にスピードを上げて急接近した。そしてその人が射程圏内に入るとその手に大鎌を顕現させ、紫色に怪しく輝く瞳をもって振り被った。
もらった。
そう確信した。しかし
「来たか」
「―っ?」
その人は大鎌の刃を腕で止めたのだ。そしてその場所からは甲高い金属音が響き布地が破れた。
「服の…下に……鉄……?」
予想外の反応と出来事に虚を突かれた愛枷は、それでも隙を見せるまいとすぐに距離をとって非認知を継続させたまま追撃の機会を窺った。
するとその人は、ぐったりとしているもう一人を肩に担いで路地の中へ逃走した。すかさず追いかける愛枷。しかし一向に追いつけずに気が付けば住宅街からかなり離れて工場地帯の倉庫に到着していた。
そこでその人がようやく止まった。そして今度は一人の男が現れた。それから彼に担いでいた人を預けると隙だらけの背中を見せた。だが愛枷はそこで攻め込まなかった。なぜなら状況としてまだ二対一だからだ。
愛枷は一騎討であれば絶対に負けることはないと自負していた。もちろん非認知があるからではあるが、これには一つだけ弱点が存在した。それは敵の数が多いほどより致命的になってしまう。だが、自分達と同数もしくは自分達の方が多い場合には優位に立つことが出来るのである。
「それじゃオレはこれで」
「はい。またよろしくお願いします。あの方にもどうかよろしくお伝えください」
少しの間観察を続けていると、ようやくその人が一人になった。
さっき防がれたのはまぐれに違いない。一人でそんなことが出来るなんてありえない。きっと殺気を読まれただけだろう。
愛枷はさっきよりも殺気を抑えると、足音や全ての物音にも細心の注意を払って静かにその人に接近した。そして再び射程圏内に入れると大鎌を振り被った。
今度こそもらった。
大鎌に力を入れた直後だった。
「うぐっ!」
攻撃を食らったのは愛枷の方だった。
完全に大鎌の方に意識がいってしまっていたので防御なんてものは間に合わず、腹に強烈な蹴りを受けてしまったのだった。それにより後方に飛ばされてコンテナに背中を打ち付けてしまった。その拍子に非認知も解いてしまってその人の目に愛枷の姿が映った。
「なん……で……ありえ…ない………」
「悪いね。でもからくりが分かればこっちのものさ」
「男の……声……」
僅かに変声機のようなものを使っている声質だったが、その奥にある本当の声を見抜いた愛枷。そしてその人の体格から男であると確信した。
「あなたが…Greed………ここで…討ち取る……」
「昨日は上手くいったのに、良いことは続かないものだね。でも―」
直後、男の全身からは尋常じゃない量の殺気と闘気が溢れ出した。
「あなたも殺してしまえばいい。それだけのこと」
「……」
愛枷はゆらりと体勢を整えると、大鎌を構えなおした。
二度も非認知を見破られていることもあって、完全にそれに頼ることはやめたのだった。
「私を…嘗めないで……ね……」
まもなくして愛枷からも殺気が溢れ出し、瞳の紫がより一層輝きを増した。その光は長い前髪により隠されていても漏れ出してしまうほどだった。