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楽園の欲祓師  作者: 翡翠ユウ
第1話 始まりの日

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1-9

「その四肢…欲しいな……」


 セイヤは金錠の顔面を殴るべくさらに加速した。

 対して金錠は一言そう言うと、その場から動かずにただただ鋭い目をセイヤの全身に向けて佇む。


「動かねぇのか! ならこれで終わりだぜ?」

「あぁ。お前がな」

「なに……?」


 セイヤが次の一歩を踏み出し金錠に手が届く範囲まで到達した時、その勢いのまま地面に豪快に倒れた。

 すぐさま起き上がろうとするも、両腕両脚に一切の力が入らなくなっていた。


「何をした……?」

「簡単な事だ。お前の四肢関節を外したんだ。これでもう起き上がれない」

「く…そ……」


 いくら痛みを感じないとはいえ、完全に動けなくならないわけではない。

 力点やそれに関係する箇所に不具合を生じさせてしまえば止まるのだ。

 

 金錠はセイヤが迫ってきた時、一瞬にして四肢関節の僅かな隙間へ的確に手を突っ込んで外してみせたのである。

 獲得の欲求を持つ金錠が()()を欲しいと言った時には既にこうなる未来は決まっていたのだ。


「で、これがお前の終わりなんだが、どうだ? いい未来が見れただろう?」


 うつ伏せに倒れて体を左右に揺らす事しか出来ないセイヤを見下ろす金錠。

 それをいまだに失わない殺気のこもった目で睨み上げるセイヤ。

 完全に勝負ありと判断した金錠の目からは緑色の光は消えた。


「許さねぇ……ツキノを殴ったお前を、俺は絶対に許さねぇ…… この程度、俺にかかればなぁ…ッ!」

「やめておけ。今強引に動いたら関節が戻らなくなるぞ?」

「かまわねぇ。お前を排除出来るなら関節の一つや二つ、たとえ全部ででもくれてやらぁ!」


 セイヤは歯を食いしばり、動かない四肢を周辺の筋肉で繋ぎ合わせようとしていた。

 それはもはや普通の人間に出来る技ではなかった。

 それでもセイヤは各箇所に意識を集中させる。

 すると見開かれたセイヤの目がさらに赤く発光し、その瞳の中に何かの模様が浮かびあがってきた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!」


 直後雄たけびを上げると、それに呼応して空間が激しく振動し、全員に立っていられないほどの強烈な圧を与えた。

 そして四肢が一つずつ奇妙に波打ち、次第にゴキっという嫌な音を立てて元の部分にくっつき始めたのだ。


「やばい…やばいです! これは……どうすれば…」

「くっ……かくなるうえは…」


 その様子に小牧は慌てふためき、それを安心させようとする能徒にも焦りの色が見える。


「ふひひ……まずいね…もうこれは……仕方ない…よね…?」

「お姉さんもそう思うわ……」


 深見と姉ヶ崎は緊張の面持ちでどこかに隠し持っていた武器を抜いた。

 地割れが発生し、巻き上がる砂煙とともに豪快な音を立てて揺れ続ける建物。

 それが治まった時、一同の視線は砂塵の向こうのあの二人へ向けられる。


「………」


 そこに立っていたのはセイヤのみだった。

 金錠はその足元に倒れてしまっており、動く気配が全くなかった。

 その顔面には、ツキノがさっき殴られた所と同じ箇所である頬に甚大なダメージと思われる大きな痕があった。


「……」


 セイヤの赤い瞳が周囲を見渡すと、それに見られた人は強烈な震えと死の恐怖でその場に崩れ落ちた。

 

 自分達が束でかかってもこの男には勝てない。

 近付けばもうそこには死しかない。

 

 そう確信するには十分過ぎるくらいにセイヤからは禍々しい殺気が滲み出していた。

 さらにその瞳にはさっきまで無かった独特な模様、髑髏と大鎌が顕現していた。


「星見様! 皆様! どうかお逃げください! ここは私が!」


 どうにか立ち上がることが出来た能徒が全員に喚起する。

 しかし次の瞬間にはもうセイヤが能徒の目の前にいた。


「ひっ……」

 

 その目を直視した彼女は一瞬にして怖気づいて武器を地面に落としてしまった。

 そしてたまらず地面にへたりこんでしまった。

 今度ばかりは立ち上がる事が出来ずに言いようの無い震えが全身を襲うと、終いには失禁までしてしまっていた。

 逃れられない絶対的な死。

 それが今、能徒の目の前にあった。


「………ツキノ…殴ッタ……ユルサナイ……」


 セイヤはもはや完全に自我を失ってしまっていた。

 そして金錠の血がべっとりと付いた手が彼女へゆっくりと伸ばされる。

 目を見開き、助けてと言わんばかりにがくがくと震えて首を横に振る能徒。

 

 その光景を見ている事しか出来ない他の人達は言葉を発する事が出来なかった。

 能徒の目はまるで殺さないでと命乞いをしているかのように必死で、他の人の目は次は自分になるかもしれないという恐怖に染まっていた。

 セイヤの手が能徒の喉笛に到達するまさに直前だった。

 その手がどこかからか飛んできた何かによって大きく弾かれたのだ。


「…!?」

「セイヤ! こっちだよ」


 その声の主はツキノだった。

 彼女は銃を握っており、その銃口からは煙が出ていた。


「ツキ…ノ…… 俺は……」


 その姿を確認しツキノの声が頭に響くと、セイヤの瞳の模様が揺らぎ始め、次の瞬間には頭を抱えてもがき苦しみだした。


「セイヤ。今楽にしてあげるから、待ってて」


 ツキノは地面を蹴った。

 そしてその瞳に紅い光と星の模様を浮かべてセイヤの首を思い切り殴った。


「がはっ……!」


 直後セイヤは糸が切れた人形のようにその場に倒れた。

 意識を失う直前、セイヤはツキノを見た。


 あぁ……あの時の目……

 やっぱりツキノだったんだ……

 ツキノじゃなきゃいいなって思ったのにな……


 ツキノの長い前髪の隙間から見える瞳を確認すると、セイヤはそのまま意識を失った。

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