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小さなキズを抱えて  作者: 雨宮朋夜
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アユムのキズ


「アユムちゃん、こっちこっち」

 休日のショッピングモールは多くの人で賑わっていいた。

「ユキさん、お待たせしました。途中で迷ってしまって遅れてしまいました」

「いいって十分くらい!さっ、いこいこ!」



「近所にショッピングモールができるんだって」

 ユキさんがスマホの画面を見せてくれた。

「ペットフード専門店もあるみたい。アユムちゃん一緒に行かない?」

 ユキさんが目をキラキラさせて言った。返事に逡巡していると、

「アユムちゃんの好きな本屋もあるみたいだよ。大型店で初出店だって」

「行きます!」

 我ながら単純だ。



「すごい!すごい!こんなに種類が揃っているお店初めて!」

 ユキさんが嬉しそうにはしゃぐ。あ!と言って商品の前に駆け寄る。

「これ、ネットで売り切れになって買えなかったんだ」

 猫たちが美味しそうにご飯をほおばる絵がプリントされてる。

「そのフードそんなに人気なんですか?」

「そうそう。イギリス産でね、イギリス留学してたときに現地で買ってたの」

「ユキさん、留学してたんですか!」

「半年くらいだけね。そんな大したものじゃないよ」

 ユキさんはそう言ってレジの方に行く。レジには会計を待つ人で長蛇の列があった。

「結構並んでるね。先に本屋さん行ってていいよ。終わったらそっちいくから」

「そうですね、すいません、先に言ってます。着いたら連絡してください」



 これはすごい。本の種類が沢山あるのはもちろん。おしゃれな雑貨や文具まである。それだけでなく、カフェも併設してあるので、本を読みながらカフェで寛ぐという理想の空間が簡単に手に入る。

 新書コーナーに行くと目当ての本が見つかった。嬉しくてつい、あった、と呟きながら手を伸ばすと横から手が伸びてきた。

「あ、すみません」

「いえ、こちらこそすみ——」

 謝ろうと相手の顔を見ると言葉が詰まった。相手も目を見張る。

「……もしかして、アユ?」

「…っ」

「久しぶり。何年ぶりだっけ?元気してた?」

 うさんくさい笑みで話かけてくる。

「ああ、うん。久しぶり。エリカ」

 顔が引きつってないだろうか。

「そういえば、本が好きだったね。ここら辺に住んでるの?」

「うん。まあ」

「そっか。仕事はどんなのしてるの?」

「普通の事務員だよ。あとは、ボランティアで猫の保護活動とかしてるかな」

「前とは全然関係ない仕事だね」

「…まあ、そうね」

「もう、戻ってくる気はないの?」

 答え逡巡していると

「アユムちゃん」

 突然の声に反射的に振り向く。

「ユキさん」

 全身の力が抜けホッとする。

「その人は友達?」

 ユキさんがエリカを見る。

「前の職場の人です」

 そう言うと、エリカが眉根を寄せるが、すぐに笑顔に戻った。

「よろしくお願いします。エリカっていいます」

 笑顔でユキさんに自己紹介する。

「エリカちゃん、私はユキっていいます。よろしくお願いします」

 ユキさんもふんわりとした笑顔で言う。

「ユキさんはアユとは職場が一緒なんですか?」

「私はひだまりっていう施設で保護猫活動してて、アユムちゃんはそのボランティアしてくれてるの。そうだ、もしよかったら」

 ユキさんのいつものスイッチが入ってる。

 止めようと口を開けるたとき

「誘ってくれてありがとうございます。…アユも考えておいてね」

 そう言ってエリカが去っていった。

 その後は、目当ての本を見つけたり、おしゃれなカフで休憩したりした。その間、ユキさんからはエリカについて聞かれることはなかった。


 こんなことになるなら、変わる努力をしない方がよかったかもしれない。後悔という言葉がこんなにしっくりきたのは人生で二回目のことだった。


「おはようございます、ユキさん」

 いつものようにひだまりに行くとユキさんがいた。

「アユムちゃんおはよー」

「ユキさんが、いるの珍しいですよね」

 そう、ユキさんがいるのは珍しい。ユキさんは多忙な毎日を送っているため、いつも夕方ごろに様子を見に来る程度であった。

「そうでしょ。久々に仕事にキリがついたし、今日はひだまりに見学しに来る人がいるの」

「どんな人なんですか?」

「確か、年齢はアユムちゃんと同じくらいの人だったよ」

「楽しみです」

「「おはよーございーす」」

 リョウさんとハルさんが入ってきた。

「二人とおもおはよう!」

「ユキさんいるの珍しいですね」

 ハルさんが言うとリョウさんがうんうんと頷く。

 ユキさんんが私に話したことをひととおり二人に話すと、カランカラン、入口のドアが軽快な音を鳴らした。


 入口の方にみんなの視線が集まる。

 彼女は相変わらずの笑みを浮かべて私の方を見ていた。

「この前ぶり、アユ」


 当時の私はただ期待に応え続けた。

 テレビの中の「アユ」は明るくて、そこそこ可愛くて、いじられキャラとして確立されていた。初めは、いじられキャラでも仕事をもらえるだけでありがたかった。エリカとは共演の後同年代ということもあってすぐ仲良くなった。


「アユはこれからもずっとそのキャラで行くの?」

「急にどうしたの?」

「いや、なんか無理してそうだなって思ったから。本当はいじられキャラあまり好きじゃないんじゃない?」

「…そうみえる?」

「なんとなく?」

 エリカの何気ない問いは私がずっと悩んでいたことで核心をつくものだった。


 それからは自分のキャラが分からなくなった。

 周りが求めているものと、自分が行っていることはきちんとマッチしているか、すり合わせがうまくできているか不安は増すばかりであった。

―「アユちゃん、今日は調子いいね」

―「本当ですか、ありがとうございます」

―本当によかったのかな。

―「今日はいつものアユらしくなかったね」

―いつもの私ってなんだっけ。

―みんなが求めている私って、どんな私だっけ。

 それからは大変だった。うまく出来ているか、誰にきいても不安ばかりで。

あるときベッドから起き上がれなくなって、うつ病と診断されやっと休むことができた。


「この前ぶりアユ」

 エリカが言う。

「…うん」

 驚いてそれ以上の声が出なかった。

「アユムちゃんの知り合い?」

 ハルさんが聞く。

 答えに逡巡していると

「やっぱりこの前の子よね。来てくれてありがとう。席まで案内するね。アユムちゃん、裏に言って飲み物とかとってきてくれない?」

 ユキさんがそう言って、エリカを客間に連れていった。

 食器棚からグラスをとる。冷蔵庫をあけ麦茶をトクトクとコップにゆっくり注いでいると、ポケットに入っているスマホが振動した。ユキさんからだった。

≪アユムちゃん、いきなりで申し訳ないんだけどキャットフードとかタオルとか買ってきてくれない?無くなってたから買いに行きたいんだけど行く時間なさそうで≫

≪了解です≫

「アユムちゃん、それ持っていくよ」

「ハルさん」

 ハルさんが麦茶のコップをトレーに置く。

「ユキさんに買い物頼まれたでしょ。一緒に行くからちょっと待ってて」


 ハルさんと二人で歩く。

「エリカとは前の職場で一緒だったんです」

 なんだか言った方がいい気がした。ユキさんもハルさんも何となく気がつていると思った。

「それで―」

 エリカとの関係か、退職した理由か、仕事内容か、どれから話したらいいんだろう。

「アユムちゃん」

 話の順番に逡巡していると、

「言いたくなったらでいいよ」

「……」

「言おうとしてくれていることは嬉しいけど、それが義務感からきているなら言わなくていいよ。言いたくなったときで」

 それからはゆっくりとした歩幅で歩いた。


「アユから何も聞いていないんですか?」

「聞くって何を?」

「前の職場について。どんな仕事をしていたとか、なんで辞めちゃったのかとか」

「聞いてないよ」

 エリカがあり得ないという顔をした。

「え?どうしてですか?気にならないんですか?」

「だって、今のこの活動にアユムちゃんの前職とか関係ないもの。それに私が彼女を誘って強引に連れ込んだようなものだから」

 ユキが麦茶をひとくち飲む。

「それに、聞くならアユムちゃん本人から聞きたい。ところで西山さん、あなたは今日ここに何しに来たの?」


「ただいまぁー」

 扉が軽快な音を鳴らす。

「ハルくん、アユムちゃん、おかえりー。荷物多かったでしょ」」

「ふたりで行ったので大丈夫です。それより、見学の人は帰っちゃったんですか?」

 周りを見渡すとエリカがいない。

「ええ、ついさっきね。活動に参加するかは考えるって」

 ユキさんが袋をガサガサと開けてペットフードやタオルを取り出す。それを見たハルさんも片づけ始める。

 いつもの時間に戻ろうとする。

 私が何も言わなければ、ひだまりのみんなは何も聞かない。そういう人達だ。

 本当にそれでいいのだろうか。

「あのっ」

 伝えなきゃ。伝えたいと思った。

「エリカのことでご迷惑おかけしました」

 ふたりが私の方を見る。

「私、前の仕事でエリカとは同期だったんです」

 ハルさんと目が合った。

「エリカとは、仲が良くて。休日とか遊びに行くくらい。ただ、仕事でちょっと頑張りすぎて、自分の仕事に自信が持てなくて動けなくなって。周りの人にはとてもお世話になったのに、何も言わずに辞めちゃって。その後ろめたさがずっとあって…多分、エリカはそのことを怒っているんだと思います」

 誰かが息をのんだ。

「それは、エリカちゃんがそう言ったの?」

「え?」

「アユムちゃんが勝手に辞めちゃって、エリカちゃんが怒っているって本人が言ったの?」

 ユキさんが真っすぐな優しい目で問いかける。

「……いえ」

「じゃあ、誰かがそう言ったのを聞いたとか?」

「それも違います」

「そっか」

 じゃあ、本人に聞いてみないと分からないわねとユキさんが呟く。

 ハルさんも驚いた顔でユキさんを見る。

「でも、普通そうじゃないですか?何も言わずに辞めたらなんでだろうって思うし周りの人は気分いいものじゃないですよね?それに、無責任だと思います」

「責任って何だろうね」

 ハルさんがカウンターに肘をつく。

「仕事をする上で踏ん張り時とか役割とかいろいろあると思うけど、それってさ前提に働く人のこころの健康あってなんだよね。そりゃ残業続きで疲労がたまっているかもしれない。徹夜続きで眠気がピークかもしれない。ある程度はこころの健康があれば何とかなる。ただ、こころの健康が害されるといくら体が元気でも何もできなくなるんだよ。そういう時は思いきり逃げていいよ。逆に責任感に囚われていたら最悪のケースを招きかねない」

 経験談だけどねとハルさんは笑う。

「それにさ、『責任』ほど無責任な言葉はないと思うな。僕は」


「そうですかね」

 目の前がぼやける。

「当り前じゃない!」

 驚いて声の方を向く。

「……エリカ?」

 なんでここに、帰ったんじゃないの?ユキさんを見るとゴメンと顔の前で手を合わせていた。

「どうしてあの時相談してくれなかったの?何で頼ってくれなかったの?って言いたいけどそれができないくらい追い詰められていたんだね……」

 エリカの目から涙がこぼれる。

「気づいてあげられなくてごめんね。あんなに一緒にいたのに」

「エリカ、怒ってないの?勝手に辞めちゃって」

 エリカが涙を拭う。

「アユが辞めたって聞いたときすごくショックだった。周りから何か知らないかって聞かれるたび何も知らない自分に嫌気がさすようになって。何で相談してくれなかったんだ。何で何も連絡してくれないんだってアユのこと嫌いになりかけてた。でも、本当は嫌いになりたくなくて、だからこのまえ会ったときは話せるチャンスだと思ったの。でもいざ話すとうまく話せなくて。アユを傷つけた。本当に——」

「謝んないで。謝ったらその人のせいになっちゃうでしょ。エリカのせいじゃないよ」

 そう、エリカのせいじゃない。

「誰も悪くないよ。強いて言うなら私が肩の抜き方が分かんなかったことかな。ただ、それも今はもう分かったから。またケーキ食べたり、買い物したりしよ」

 そう言うと、エリカはふわりとした笑みで頷いた。

 ひだまりにいつもの日常が戻ってきた。


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