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小さなキズを抱えて  作者: 雨宮朋夜
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ハルのキズ

「ノア、ギン、クロ、ごはんの時間だよ~」

そう呼ぶと、3匹の子猫が足元に寄ってきた。

「すっかり元気になったね」

ハルさんが言った。

「はい、ほんとによかったです。」

足元の子猫を見ると、元気にご飯を食べていた。

ハルさんがキャットフードを戸棚にしまいながら、続ける。

「あと少し大きくなれば、里親探さないとね」

「里親ですか…、いいお家が見つかるといいですね」

「…さみしい?」

「え?」

ハルさんが、伺うようにこちらを見ていた。

「毎回こうやって縁あって、猫たちに会えて、アユムさんが連れてきた子みたいに衰弱している子もいれば、警戒心丸出しの子もいるんだ。そんな子たちをさ、俺たちがこうやって少しの間世話してさ、懐いて元気になっていくのを見るとうれしいんだ」

ご飯を食べ終わった3匹の頭を撫でながら続ける。

「譲渡先が見つかったら安心するけど、やっぱり寂しいような、何とも言えない感情になるんだよね。だから、アユムさんはどうかなって思って」

「私は—」

カランコロンと入口のドアが開き、誰かが入ってきた。すみませーんという声がすると、ハルさんが   今行きますと言ってかけていった。

入口に向かうと、若い女性が子猫を抱えていた。


「それにしても酷い傷ですね」

子猫は擦り傷のような跡があり、血がにじんでいた。

「そうだね、こんなに小さいのにね。未だにさ、どうしてこんなことする人がいるのか理解できないよ」

リョウさんが子猫の頭をやさしくなでて言った。

ハルさんは悲しそうな顔で子猫を見つめていた。

「じゃあ、ハル、この子は任せてもいいかな?僕たちはノアたちの片付けをしてくるよ」

「わかった」


「ごめんな、痛かったよな」

ノアたちの片付けを終え、ハルさんのところに戻ると、ハルさんが子猫に謝っていた。

「ハルさん」 

思わず、声をかけた。

「ハルさんのせいじゃないですよ」

人がいるとは思わなかったのか、ハルさんが少し驚いた顔をしていた。

「そんなんだけどね、同じ人間として申し訳なくなるんだよね」

そう言い、ハルさんは困ったように微笑んだ。


一週間もすると、アッシュはすっかり元気になった。アッシュというのは子猫の名前で、アッシュグレーから取った。

「アッシュ、元気になってよかったですね」

隣にいたハルさんに言った。

「そうだね、本当によかった」

アッシュは楽しそうに猫たちとじゃれあっていた。

ガタガタと部屋の窓ガラスが揺れた。

「外、風が強そうですね」

「今日は午後から雨が降るみたいだよ、アユムさん傘持ってきた?」

「もちろん持ってきました!お天気お姉さんが言ってましたから」 

「それならよかった」

あまり大雨にならないといいねとハルさんは言った。


お天気お姉さんの言う通りになった。外はポツポツ雨が降っていて止みそうにない。

アッシュは一日中遊び回っていて、眠っているみたいだし、私も早めに帰ることになった。


時刻は夜中の3時。窓ガラスを打つ雨音で目が覚めた。寝付けそうになかったので、冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、マグカップに注ぐ。はちみつを適量入れて電子レンジに入れた。電子レンジを待っていると、スマートフォンの着信がなった。

「もしもし?」

「アユムちゃん?ごめんねこんな遅くに、寝てたよね?」

焦ったような口調で、相手が話した。

「いえ、ちょうど起きてました。ユキさんどうしたんですか?」

イヤな予感がする。

「アッシュが外に逃げちゃったのよ」 

外は雨が降り続いていた。


「アッシュは部屋で寝てなかったんですか?」

ひだまりに着いて、ユキさんと合流した。

「分からない、私が玄関の扉を開けると出ていっちゃったの」

ちゃんと確かめて開けるべきだったとユキさんは呟いた。

「このこと、ハルさんとリョウさんには伝えたんですか?」

「ええ、まだ子猫だしそう遠くにはいってないはずだから、手分けすれば見つかると思って 」

「ユキさん、アユムさん」

声の方を振り向くと、ハルさんとリョウさんが駆け寄って来た。

「アッシュ見つかった?」

ハルさんが聞いた。

「いや、まだこれから探すとこ。アユムちゃんとハル、私とリョウで二手に別れましょ。私たちは大通りの方探すから、アユムちゃん達は裏の公園の方をお願い」

雨降ってるからアッシュの体力も心配だわと、ユキさんは呟いた。


「アーッシュ!どこだー」

ハルさんが呼ぶが、返事はない。夜の公園は人気がなく、水路に水が流れる音が響いていた。

「アッシュー!」

アッシュを呼びながら、子猫が入りそうな草むらや遊具の中を確認する。いない。今度は滑り台の下を確認しようと立ち上がったそのとき、ミィーとかすかだが子猫の声が聞こえた。

「ハルさん!今、アッシュの声がしました!」

「ほんと!アユムさん、どこから聞こえた?」

「あっちの入り口の方です!」

そう言って、公園のもう一方の入り口を指して、ハルさんと一緒に走る。

だんだんと声が近づいていく。入り口に着くと、排水溝の前で怯えて動けない子猫を見つけた。

「ハルさん!あそこ!」

ハルさんもアッシュを見つける。アッシュを脅かさないように、素早く駆け寄り、優しく声をかける。

「アッシュ、もう大丈夫だよ」

こっちにおいでといいハルさんが優しくアッシュを抱き上げた。


「アユムちゃん!ハルくん!」

ユキさん達とひだまりの前で合流する。

「よかった、アッシュ見つかったんだね」

リョウさんが言った。ユキさんもホッとした表情をする。

「あと少しで、排水溝に落ちちゃうところでした、本当に危なかったです」

もし、アッシュがあの溝に落ちたと思うとゾッとする。

「ふたりとも、ほんとうにありがとう」

ユキさんが言った。

「ハルさんのおかげで保護できました」

そう言ってお礼を言おうとハルさんの方を向くと

「そんなことない…俺なんかそんなこと言ってもらえるような人間じゃない」

ハルさんは今にも泣きだしそうな顔で言った。初めて見るその表情に誰も言葉が出なかった。

「…俺みたいなやつがどうしてここにいるのか、考えたことなかった?」

眼に涙をためて、ポツリと呟いた。

「罪滅ぼしだよ」



小学生のころよく愛犬のキリと散歩に出かけた。いつもの河川敷前を通ると何かの声が聞こえた。声のする方に向かうと子猫がいた。キリは初めて見る猫に興味津々だった。

「おまえ、ひとりなの?」

あたりを見回しても親猫はいなかった。トラ柄の子猫はハルの足元にスリスリと体をこすりつけていた。ハルはそっとその小さな頭を撫でると仔猫は嬉しそうに鳴いた。

その日からキリの散歩のときに子猫の様子を見に行った。家に連れて帰りたかったが、父親が猫アレルギーだったためできなかった。それでもどうしても育てたくて当時の俺はこの河川敷で子猫を育てることにした。それから毎日、家からふりかけやパンをこっそりもって子猫に与えていた。

この選択がまさかあんなことになるなんて思いもしなかった。

 その日もいつものように河川敷に降りた。トラもすっかりキリに懐いていた。

「また明日な、トラ。ここで大人しくしておくんだぞ」

そう言ってトラの頭を撫でる。最近のトラは立ち去ろうとすると一生懸命ついてこようとする。河川敷の途中まで登ってきたときは下まで下したものだ。トラがついてこれないような歩幅で河川敷を上る。下をのぞくとトラがちょこんと座っていた。

「またあした」

そう呟いてキリの散歩を再開する。前から車が近づいてきたためキリを自分の右側に寄せる。左側を車が通過する。また車が来る。

十メートルほど歩いたところで背後から聞きなれた声がした。

トラがいた。

走ってトラの元に向かう。

左側を車が通過した。

車がトラに近づいていく。

全てが一瞬だった。

車はそのままトラを踏み潰した。



「最悪だろ?」

ハルさんは乾いた声で言った。

ユキさんやリョウさんはハルさんを見つめていた。

ハルさんが続ける。

「未だに夢で見るんだ、トラが轢かれる瞬間を。そのたびに申し訳なくて、ごめ—」

ハルさんの言葉が止まる。

リョウさんがハルさんを抱きしめた。アッシュをつぶさないように優しく。

「大丈夫だよ、ハル」

大丈夫とリョウさんが言う。

「そのトラはさ、死んじゃったけどハルと出会ってよかったと思うよ」

「は、そんなわけ、」

「だって、河原でひとりだったんでしょ。誰にも気づかれずに。いや、もしかしたら気づいた人はいるかもしれない、でも、毎日毎日、頭を撫でてくれる人はハルだけだったんじゃないかな」

ハルさんの眼から涙があふれる。

「だから、ハルにもっと撫でてほしくて上ってきたんだよ」

「そうかもしれない、でも、俺があんな離れ方をせずに、ちゃんとした施設で保護してもらえたら生きてたかもしれない。育てるとか言って、結局殺した」

「トラを殺したのはハルさんじゃない!その車の運転手だよ! ハルさんは悪くない」

ずっと自分を責め続けるハルさんをみて悔しさが込み上げてきた。

「そうだよハルくん、ハルくんは悪くないよ。その時にできる最善の方法をしたんだよ」

ユキさんが言った。

「ハルくんの言う通り、もしかしたら保護施設に預けてたら助かったかもしれない、でもその預けた施設もいい場所とは限らないでしょ?ここにきてる子達はそう言う環境から保護した子達もいるし。結局、正解なんてないのよ。みんなその時にできることをするだけ 。それにハルくんもその経験があって今ここにいるんでしょ?アッシュが助かったのもその経験が活かされたんだよ」

アッシュはハルさんの腕の中で安心したように眠っていた。


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