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小さなキズを抱えて  作者: 雨宮朋夜
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出会い


冷たい気温が心地いい。あたりは真っ暗で五メートルおきにオレンジ色の街灯が地面をぼんやりと照らしている。

 自分の歩く音、息づかい。耳を澄ませなくても聞こえてくる静かな音。

 昼は音で満ち溢れている。電車の音、人の声、イヤフォンの音漏れ。音がありすぎて溢れだしている。溢れ出して入りきらない音はどうなるだろう。だれの耳に届くのだろう。

 散歩のユーターン地点のコンビニが見えてきた。コンビニの手前で踵を返そうとし、足を止めた。そのまま、まっすぐ進みコンビニを通り過ぎる。街灯の下の段ボール箱をのぞき込むと子猫が三匹小さな声を上げていた。元気な声を上げているのは二匹だけで、もう一匹は小さく丸まって動かない。その子猫をそっと抱き上げてみても反応は鈍く虫の息だった。

 

 急ぎながらも目的地まで慎重に運転した。

 久しぶりだった。今まで周囲を見ながら求められる発言をし、求められる行動をとり、協調性を壊さないよう細心の注意を払っていた。その方が問題は起きないし、仕事も円滑に進む、楽だった。

「———だけど、水瀬さんも賛成よね?」

「はい、もちろん賛成です」

 そう言わないとこの上司は機嫌が悪くなる。

「水瀬さん、この資料今日中にまとめといてくれない?」

「わかりました」

「ありがとう、———お先に失礼します。おつかれさまでした」

 ただ、空しかった。

 絶対に正しいと自分自身が肌で感じ、行動する。そんな単純なことがこんなに爽快だったとは。


「かなり衰弱していますが、栄養失調のほかは幸いなことに問題ありません。点滴をして、軽く様子を見てみていきましょう」

 眼鏡をかけた動物に好かれそうな雰囲気のおじいちゃん先生が言った。

「しかし、この子達を見つけたのが今日でよかったです。あと一日遅れていたら、この弱っている子は死んでいたかもしれません」

 聴診器を外しながら先生は言った。

「そうなんですか」

 もっと他に言うことがあるだろに小さな命を目の前にして言葉が出なかった。

「ええ、見つけてくれたのがあなたでよかったです」

「え?」

「この子達も幸運ですね。あなたが見つけてくれたからここで診察を受けることができた。そして、生き延びることができた。この子達の声に耳を傾けたからできたことです」

 先生はそう言って、目尻にしわを寄せ微笑んだ。そのやさしい口調はどこか懐かしさがあって、私に勇気をくれた。

 空になった段ボールを持って病院を出る。空が次第に明るくなり、夜の終わりを告げていた。


「今日からお世話になります、水瀬歩夢です。よろしくお願いします」

 ことは一週間前。あれから動物病院を後にし、自宅に着くころには朝の五時。あと二時間でいつもの起床時間だったが寝付けるわけもなく、ネットで猫の保護施設を探した。

上司に連絡を入れると相変わらず小言を挟まれたが、何とか言いくるめ一年ぶりの有給休暇をもぎとった。

〈ひなたぼっこ〉の看板を見つけチャイムを押す。緊張とは裏腹に軽快なメロディーが鳴った。

「はーい」

 明るい声が返ってきた。

「先ほど子猫の件でお電話した水瀬です」

 今開けますねという声がして、玄関ドアの鈴が鳴った。


 そして今に至る。

「水瀬さんは子猫を保護してここに来てくれたの。これはチャンスだと思って、ここの手伝いをお願いしたのよ」

「またですか、ユキさん。この前そうやってグイグイいって失敗したばかりじゃないですか」

 茶髪の体育会系の青年が言った。

「そうですよ、いくら人手が欲しいからって、無理やりはだめですよ」

 黒髪の青年がやさしい口調で言った。

 少しは信用してよとユキさんは笑いながら

「大丈夫よ、今日はお試しだから。私、これから出なきゃいけないから、いろいろ教えてあげてね。ハル君とリョウ君」

 と言い、足早にどこかへ行ってしまった。


 部屋を出て、一列になって階段を上る。階段の壁には施設の保護猫たちであろう写真がたくさん飾ってあった。

「俺はハル。よろしく、アユムさん」

 ハルさんが振り向きながら続ける。

「で、こっちがリョウ」

 ハルさんがそう言って自分の後ろを指さした。

「よろしく」

 リョウさんは振り向き微笑みながら言った。振り向いた拍子に黒髪がサラサラと揺れた。

 私は二人が持っている小皿に眼がいった。

「お二人が持っているのって、猫ちゃんのごはんですか」

 リョウさんが答える。

「そうだよ。これからごはんの時間なんだ、かわいい子たちだから楽しみにしてね」


 二階に上がり、廊下のつきあたりの部屋のドアを開けた。中の猫たちが一斉にこっちを見る。部屋にはゲージが五つほどあり、真ん中に集まれるような空間があった。そこへ二人が入っていくと、待ってましたと言わんばかりに猫たちがわらわら集まってきた。

「アユムさんはどこで子猫を保護したの」

 猫にごはんをあげながらリョウさんが尋ねた。

「散歩中に。いつも平日の夜に散歩するんですけど、その時に鳴き声が聞こえたんです。それで——」

「それじゃあ、ハルと一緒だね。ハルも愛犬の散歩中にケガしている猫を保護したんだ。だよな?ハル」

「ああ、そうだな」

 ハルさんが俯きながら答える。

 ちょっと待ってねと言ってリョウさんが一度部屋を出る。すぐに戻って来ると猫を腕に抱いていた。

「こいつがその猫」

 グレーの猫を歩夢の前に持ってきた。クリクリとした瞳が私を見つめた。

「かわいい‼オッドアイなんですね。めちゃくちゃ美人さんじゃないですか!」

 動物に対して美人と言ったのは初めてだったが、ゴロを見ると誰もがそう言うであろうと歩夢は思った。

「美人さんだって、よかったねーゴロ」

 リョウさんがゴロの手を動かしながら言うと、ゴロがニャンと嬉しそうに返事をした。

「二人とも、お皿片すの手伝って」

 声の方に眼をやるとハルさんが空になった小皿を回収していた。


「今日もおつかれさま、アユムちゃん、ようこそひだまりへ!かんぱーい!」

 夕方ごろユキさんが帰ってきて、四人で軽い打ち上げをした。

「アユムちゃん、今日どうだった?」

 ユキさんがビールを一口飲んで聞いた。

「楽しかったです。特にゴロちゃんめっちゃ可愛かったです!」

「ゴロね!あの子は可愛いわよね。はじめてハル君が連れてきたときは、ケガしててすごく弱ってたんだよね。元気になってくれて本当によかった」

 ユキさんが優しい目でゴロを見つめた。

「ケガしてたんですか」

「そうなの。多分、誰かが蹴ったのかな。傷があってね、痛々しかったわ」

 ユキさんが顔をしかめながら言う。

「でも、ハル君が見つけてくれたからゴロはこうして今も生きてるの」

 ハルさんはそっぽをむいてジュースを飲んでいた。

 ユキさんは微笑みながら続ける。

「ここはそういう小さないのちを次に繋げる場所でもあるけど、小さないのちに気づいた人が集まる場所でもあるのよ」


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