12話 ふたりのステラ5
世界樹を駆け上ったルシエラはその頂へと辿り着く。
そこは雲海の上、手が届きそうな月と星々に照らされ、無数の枝と魔力の葉が大地の代わりとなった場所。
魔力を送る枝葉がほのかに明滅し、天空祭壇のようになったその中心、熟れたピンク色の果実が水風船のように実り、その中で一つの人影が蠢いている。
あの人影こそがもう一つの結界の核、シャルロッテの体を奪い取ったピョコミンであるはずだ。
「あの様子、随分と魔力を溜めこみましたわね」
蓄積した魔力は臨界寸前、ルシエラ達がピョコミンに幾度も蜜を使わせていなければ、既に種はまき散らされた後だっただろう。
──間に合ったのは皆がここまで頑張ったから。ならばこの場に立つわたくしも信頼に応え、終止符を打たなければなりませんわ。
ルシエラは左手で漆黒剣を構え、果実を切り離すべく果実のなる大樹の枝へと斬りかかる。
「させるかよォ!」
だが、果実の中から腕と真紅の剣が現れて漆黒剣を受け止め、ピンクの培養液から這い出すようにピョコミンが姿を現した。
「シャルロッテさんの体……ついに引きずり出しましたわ、害獣!」
ルシエラは飛び退くと、飛び石を渡るように巧みに魔力障壁である黒い葉の上を跳ね飛んでいく。
ここでピョコミンが妨害のために現れるのは予定通り。あれを捕まえてタマキの体を乗っ取ったピョコミンと合流させ、二つの核を一撃で同時に撃破する。それで決着だ。
「おいおい、計画通りって顔してるじゃねぇかペコ! そんな余裕ぶってていいのかよォ!?」
枝をしならせて飛び上がったピョコミンは、真紅の剣を振りかぶってルシエラへと斬りかかる。
「余裕ぶっているのはそちらの方ではありませんの? ここは結界の外、つまりわたくしは全力で魔法を使えますのよ」
「ペコォ? 全力ぅ? ミアちゃんの変身で魔力を吐き出して、お前の魔力は全力とは程遠いだろぉ!?」
漆黒と真紅が交差し、ピョコミンが哄笑する。
瞬間、ルシエラが足場としていた枝葉がしなり、ルシエラを果実の方へと吹き飛ばす。
「ほら、隙だらけだぜぇ!」
ルシエラはそのまま体当たりし、ルシエラを果実に押し込もうとする。
「っ! そんな手が通じる訳がありませんわ!」
だが、ルシエラは空中を蹴りつけて飛び上がり、その体当たりを回避する。
そしてそのまま空中に着地、この攻防で地面代わりの枝葉が敵であることが理解できた。ならば枝葉近くで戦うことは避けたい。
「ちっ……。惜しかったペコ」
「何を狙ってくるかと思えば、まさかわたくしを果実に押し込もうとするだなんて。わたくしに洗脳の類は一切効きませんわよ」
「やってみなくちゃわかんねぇだろォ? マジカルペットたる者、やっぱり神になることを目指さなきゃなァ!」
「わたくしを押し込んで神に近づけるとでも?」
邪悪な笑みを浮かべるピョコミンに、ルシエラが顔をしかめる。
「いいことを教えてやるペコ。魔法の国建国の祖アルマと、この国に魔法をもたらし大地に封じられたとされる白き神アルマは同一人物なんだペコ」
ピョコミンの周囲で伸びた枝葉が渦を巻き、その下半身に巻き付いていく。
「そして漆黒の世界樹は魔脈の魔力を吸い上げている。つまり、プリズムストーンの力が注入されているんだペコ。もうわかるよなぁ!?」
幾重に巻き付いた枝葉がドレスのように、鎧のように、巨大な体のように変化し、顔と胸部だけを露出したピョコミンが呑みこまれるようにそれを纏った。
「アルマの血脈であるテメェのボディにプリズムストーンの力! それを使ってピョコミンは新たなる神として君臨するんだペコォ! それが! ピョコミンの! 復讐譚ッ!」
「ふん、くだらないですの」
漆黒の世界樹と言う体を纏ったピョコミンが高笑い、ルシエラはそれを心底つまらなそうに見上げる。
「その途中に! そのお前のクソ生意気な人格をデッリィィィィトしてぇ! 神々しいピョコミンの人格をインストールして! ピョコミンが魔法の国の女王になったのなら、痛快ッ! あの糞な仮面宰相とお前に対する最高の復讐だペコォ!」
「いつも通り浅薄な野望ですこと。その完成形、つまるところミアさんに負けたダークプリンセスの劣化品でありませんの」
「劣化品じゃねェ! 全ての人間を漆黒の世界樹に取り込んだ上、三流コメディアンみたいなテメェの人格が、この神々しいピョコミンになるんだからなァ!」
うねる枝葉が巨大な拳を形作り、ルシエラ目掛けて振り下ろされる。
だがルシエラは魔法障壁すら展開せず、ただ手を添えるようにして受け止めた。
「ペコ……?」
拍子抜けするほど容易く止められ、ピョコミンの動きが止まる。
「多少アレンジされていても漆黒の世界樹はわたくしの作った魔法、茂る枝葉もわたくしの魔法。……この意味、わかりますかしら?」
「わ、わかってたまるかよォ!」
ピョコミンが叫びながら、枝葉の拳を更に大きくして力をこめる。
「ならば教えてあげますわ。わたくしが制限なくこの場に立った時点で……貴方の野望は潰えておりますの」
だが、添えられたルシエラの手から冷気が噴出し、枝葉の拳が凍り付いて砕け散る。
そのままルシエラは冷ややかな眼差しを向け、ピョコミンが身震いして一瞬押し黙った。
「ふ、ふざけんなペコォ! 潰えてない、潰えてないに決まってるペコ! あるだろ取り込んだ連中の力が! ピョコミンの高貴な頭脳が! だから倒れろ、倒れろペコォ!」
ピョコミンがいくつもの枝葉の拳で殴りかかり、ルシエラがそれを漆黒剣の一薙ぎで粉砕する。
「取り込んだ力、ですの」
ルシエラが静かに呟き、ピョコミンに向ける視線がより冷ややかになる。
「害獣。貴方、アルカステラ達の戦いを間近で見て来た割りに、何もわかっていないのですわね」
腕組みするルシエラの後ろ、宵闇から無数の漆黒剣が顕現する。
「彼女達の力は想いの力。今のわたくしもその力でこの場に立っている。意思を奪って無理やり集めた力で勝てるはずがないでしょう」
漆黒剣が夜空に舞い踊り、枝葉の拳を切り裂き、ピョコミンの纏う幹の体を剥ぎ取って、果実と枝葉を切り離す。
「止めろ! 止めろっ! ピョコミンの詰まった果実を壊すんじゃねえ! もうピョコミンの本体はなくなってるんだよォ!! 取返しがつかないペコ!」
果実へと迫る漆黒剣を辛うじて受け止め、息を切らせたピョコミンが這う這うの体で果実の前で剣を構える。
ルシエラは腕を組んだまま悠々と宙を歩き、悠然とピョコミンとの間合いを詰めていく。
「くそっ! 地上のピョコミンは何やってやがるんだペコぉ!? こっちに少し位戦力を寄こせよォォ!!」
その言葉にルシエラが失笑する。
「無理ですわね、だって全員"貴方"ですもの。今頃ミアさん達にこっ酷い目に遭わされて、貴方と同じことを叫んでいると思いますわよ」
「ペコぁ!! な、ならプロミネンスレイだペコ! 避けるなよォ! 避ければ後ろの街が消し飛ぶペコォ!」
真紅の剣に莫大な魔力を纏わせ、絶叫と共にピョコミンがプロミネンスレイを放つ。
「本当に愚かですわ。他人が居なければ己の過ちにも気付けない」
だが、ルシエラの周りで漆黒の薔薇が咲き乱れ、真紅の剣閃を全て飲み込んだ。
「や、やめ、やめ……!」
「さあ、シャルロッテさんの体を返して貰います。貴方には過ぎた代物ですわ」
ルシエラは右腕を上げ、熟れた果実を闇に飲み込ませて消滅させると、そのままピョコミンの腕を掴んで地上へ叩き落し、自らも結界を切り裂きながら地上へと飛び降りる。
地上へ叩きつけられたピョコミンは、ミアによって積み上げられたピョコミンの群れの中心へと落下。
それを見たタマキボディのピョコミンが顔面蒼白になる。
「げぇえ! そんな馬鹿なペコォ!」
「え、当然の結果だと思うけど」
ミアは動揺するピョコミンへと一気に肉薄、シャルロッテボディのピョコミンと同じ所へ投げ飛ばす。
タイミングを見計らったように降下してきたルシエラがそれを一刀両断。
周囲の風景が漆黒の世界樹と同じようにひび割れて砕け、最後に残された漆黒の世界樹がドロドロと溶けて巨大なスライムへと変貌する。
「クソァ! このまま消えてたまるか! 集合するペコ! 集合するペコォ!」
ピョコミンに体を乗っ取られた少女達が次々と暗黒のスライムに取り込まれ、スライムの体が校舎を超え、校庭を超え、島の半分を超えるまでに巨大化していく。
『PEKOOOVOVOVOVO……!!』
「ルシエラっ! なんかとんでもなく大きくなってるんだけど!? このままじゃ島を飛び出すわ!」
巨大化しながら、枝のような触手を手当たり次第に伸ばしていくスライム。
その攻撃を杖で弾き飛ばしながらフローレンスが叫ぶ。
「問題ありませんわ、最後の悪あがきですの。さあ、総仕上げと参りましょう。ミアさん! フローレンスさんも!」
「ん、任せて!」
「わ、わかったわ!」
フローレンスが銀の羽根を飛ばし、拡大していくスライムの体を押し込める。
ルシエラが漆黒剣から漆黒の剣閃を放って暗黒の体を吹き飛ばす。
剥ぎ取られた闇の中、兎の形をした小さな影の怪異が姿を現した。
「ミアさん! あれが統合された核の残骸ですわ! 容赦なく叩き潰してくださいまし!」
頷くミアが天高く跳躍し、杖を構えて必殺の体勢を取る。
「人の心の願い星! 闇を切り裂く流れ星! 輝く想いの一等星! アルカステラ! 今、成敗っ!!」
黄金の翼をロケット噴射のように吹き出しながら兎の影目掛けて垂直降下。
一筋の光となったミアが衝撃波と魔力の奔流を伴って結界の残骸を霧散させ、漆黒の大樹でありピョコミンだったものを完全に消し飛ばした。




