12話 ふたりのステラ1
第四話 ふたりのステラ
港を抜け、丘を登り、校舎の間を縫うように走る。
異形とバニー達を大名行列のように引き連れながら、ルシエラとミアは漆黒の世界樹の幹へと駆けていた。
「ミアさん、フローレンスさん達が変身するまでまだかかると思いますかしら?」
ミアを抱きあげ、バニーガールの魔法攻撃から守りつつルシエラが言う。
「ん、多分。後少しかかる、かな」
ミアはお姫様抱っこされたまま時計塔を見上げて時刻を確認すると、持っていた木片を投げて後方から迫るバニーガール達を牽制する。
「もどかしいですわね。この一刻の猶予もない中、時間稼ぎに専念するなんて」
やはり自力で何とかできる手段を探すべきだったのだろうか、そんな弱い考えが再び脳裏をよぎり、ルシエラは首を大きく振って迷いを振り払う。
既に賽は投げられている、フローレンス達を信じると決めたのだ。それすらできないのなら、どうして魔法の国の女王を託すことができようか。
「信じるしかないから」
「わかっておりますわ。わたくしの魔法が世界樹を急成長させてしまう以上、他に手段がないことも」
既に果実は限界付近まで熟れている。これ以上ルシエラが魔法を使えば、結界を破る前に種をまき散らしてしまう恐れがある。そうなってしまえば事態の収拾はより困難になるだろう。
ルシエラは校舎の壁を蹴りつけながら跳躍すると、向かいの校舎の屋上に着地してミアを降ろす。
だがそこで休む間もなく、危険を察知した二人は先程とは逆側に飛び下る。直後、屋上で光弾が炸裂した。
「ん、こっちは思ったより早かったね」
「ええ、正念場……ですわね」
瓦礫の雨が降る屋上、バニー姿のナスターシャが立っていた。
「さて、狼藉もここまでじゃ。いかに腕っぷしが強いと言えどお主達は学生の身分、生徒会長としては学生らしいバニー姿になって貰わねば困ると言うものじゃ」
ナスターシャが二人の前に飛び降りていく手を塞ぎ、自らの胸を見せつけるように押し上げて腕を組む。
進退窮まった二人は、後ろから殺到してくる異形やバニー達と、前方のナスターシャを順々に見やる。
まさしく前門の虎後門の狼。ここまで囲まれてしまった以上、もはや魔法抜きでは切り抜けられない。
「ルシエラさん、大丈夫。信じよう」
バニー魔法少女達がルシエラを取り囲んで行く中、ミアはナスターシャだけを見据えて言う。
「……ええ、わかっていますわ」
──覚悟を決めたミアさんは本当に強いですわ。昔のわたくしが勝てなかったわけですの。
ルシエラは迷いなく前を向いているミアを一瞥し、彼女を手本として自らも前を向く。
信じると決めた以上は信じ抜く。それができるミアの姿に、ルシエラは宿命のライバルの偉大さを再確認した。
「ほう、いい目じゃ。ようやく本気で戦う覚悟を決めたかの」
「いいえ、本気を出さないと言う覚悟を決めましたの」
凛然とそう言ってのけるルシエラに、ナスターシャの表情が僅かに歪む。
「ほ、言いおるのう。よかろう、ならば無理矢理本気を出させるまでじゃ」
ナスターシャが右手をあげて合図を出し、バニー魔法少女と怪異達が臨戦態勢を取る。
「かかれっ!」
「うーさー! ばにばにばにばにばにばにばにーっ!」
一斉に襲い掛かるバニー魔法少女と怪異達。
だが、それら全てを銀色の翼撃が弾き飛ばした。
「なんじゃと!?」
驚きの声をあげるナスターシャ目掛け、その銀翼の主は杖を振りかぶる。
ナスターシャは咄嗟にそれを受け止めようとするが、僅かに間に合わずそのまま校舎の壁へと打ち付けられた。
「変身、できましたのね」
壁が砕けた衝撃で土埃が舞う中、ルシエラ達を守るように一人の魔法少女が降り立つ。
小さく頷く彼女の姿は銀色の翼、天使にも似たドレス。その右手には杖を持ち、左手にはセリカを抱えていた。
「ええ、待たせたわね二人とも……それと姉さん」
「姉さん……? なるほど、お主はフローレンスか。また魔法少女なんぞになるとは、見下げた愚妹じゃのう」
その魔法少女がフローレンスだと知り、瓦礫から抜け出したナスターシャはよれたウサミミを撫でつつ呆れ顔を作る。
「ふん、安心しなさいよ、痴女。私の評価なんて最初っからストップ安、これ以上失うものなんてないわ。でも……恥も、外聞も、全部捨ててでもアンタには勝つから」
セリカを降ろしたフローレンスは杖を構え、セリカと共に臨戦態勢を取る。
「ここはセリカ達に任せろです。先輩達は先に行けですよ」
「ん、わかった。信じてるから」
セリカの言葉にミアが頷き、ルシエラの手を引っ張ってさあ急げと促す。
「大丈夫。根性なしの私でも今回ばかりは勝ってみせるから」
「おう、セリカもやってやらぁです!」
心配そうな視線を向けるルシエラに、二人は堂々とそう言い切った。
「お二人とも……! 任せましたわ!」
その言葉を聞いてルシエラの迷いは完全に吹っ切れた。
二人はルシエラの信頼に応えた。ならば自らも彼女達の信頼に応えないでどうすると言うのだ。
ルシエラは二人の頼もしい姿に高揚しながら、世界樹の幹へと再び走りだす。
「全くやんちゃな輩じゃのう。だからといって、ウサミミを着ける前に逃げ去られても困るのじゃが」
ナスターシャは倒れたバニー達を隅に吹きとばして場を整えると、駆け去るルシエラとミアに向けて魔法を放とうとする。が、
「アイツ等は逃げてるんじゃないわ。アンタの相手は私達だって認めてくれたのよっ!」
機先を制し、フローレンスが真っ直ぐ突撃。ナスターシャに向けて杖を振りかぶった。
「ぬっ!?」
ナスターシャは顕現させた杖でそれを受け止め、押し返そうと試みる。
対するフローレンスはそのまま倒すべく杖に更なる魔力を込める。
激突する魔力、その衝撃で地面が抉れクレーターが作り上げられた。
「フローレンスの癖に重い一撃をくれるのう!」
ナスターシャは辛うじて押し返すことに成功するも、出来上がったクレーターの中心で片膝をつく。
「言ったでしょ! アンタは私がぼっこぼこにしてやるって!」
今が好機とフローレンスは杖を構えなおし、そのまま力任せに追い討ちをかける。
だが、ナスターシャは地面に風弾を打ち付け、その反動でその身を跳ね上げて杖を回避した。
「そんな避け方があるの!?」
「やはり力を使いこなせておらんのう、借り物の力で得意満面とは魔法使いとして恥じるべき志じゃ。それを教えるには……妾も変身するしかあるまいな」
そして、そのまま空中で胸のリボンに手を当ててバニー魔法少女へと変身する。
「来たわよ! セリカ、根性入れてくわよ!」
「おう!」
変身の光を纏ったまま、光の剣を飛ばして空襲してくるナスターシャ。
それをフローレンスが迎え撃ち、セリカが離れてサポートの態勢に入る。
かくして、プライドとウサミミを賭けた戦いの幕が開けた。




