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11話 痴女を止めるな7

 ──何とかあの場からは逃げられたものの、状況は最悪ですわね。


 ルシエラは隠れた時計塔の機関室から外の様子を窺う。

 先程の魔法一回で状況は更に悪化した。漆黒の大樹に魔法障壁の葉が生い茂るだけではなく、果実が遠目でも分かるほどに熟してしまった。

 熟した果実は更に上空、結界の勢力圏外へと移動し、その種を飛ばす時を今か今かと待っている。

 影の異形達はウサミミを生やして島中を闊歩し、空からはバニー魔法少女達がルシエラを探して飛び回っている。程なくしてこの建物にも影人間かバニーがやって来ることだろう。


「長くは逃げてられない、ね」


 ルシエラの隣で外の様子を窺いながらミアが言う。


「間違いなく。時間が経てば経つほど不利になりますわ、残り時間は少ないですわね」


 漆黒の世界樹が世界にまき散らされてしまえば事態の収拾は困難を極める。加えて今回はピョコミンの人格と言う悪しき種まで入っているのだ。それだけは何としてでも阻止しなければならない。


「ルシエラさん、何とかできそう?」

「無理ではありませんわ、けれど難儀ですわね。シャルロッテさんとタマキさん、漆黒の世界樹に核が二つあるのがネックですわ」


 漆黒の世界樹と言う結界を破壊するには、あの黒い大樹を破壊するだけでは足りない。あくまで大樹は結界の一部であり、結界自体の破壊には核を破壊しなければならないのだ。


 ──それに、核を破壊できるような攻撃魔法を覚えられては危険ですの。同時撃破はほぼ必須ですわ。


 つまり、外に居るピョコミン、内部に居るタマキ、両方を逃がすことなく同時に倒さなければならない。

 結界の外に出ことすら困難な現状、ルシエラ一人で両方逃がさず撃破するのは難しい。そこにナスターシャの横槍が入るのだから余計にだ。


「……ルシエラさん。念のため確認だけど、ここで魔力調律は厳しいんだよね?」

「結界内部では無理ですわ。世界樹に魔力を供給するだけではなく、魔力調律は極一瞬だけミアさんが無防備になる瞬間がありますの。本来ならば問題になりませんけれど、ここまで育った漆黒の世界樹相手では、その一瞬で取り込まれてしまいますわ」

「そう、ならルシエラさん。私、ウサミミ着ける」

「ミアさん、正気ですの!?」


 思わぬ言葉にルシエラがミアの肩を揺すった。


「えと、諦めたんじゃなくて、ね。ウサミミ着けた後に魔力調律して貰って、タマちゃんに着けられた時みたいにギリギリで外せば、多分変身、できるから」

「さっきのバニー達は全員変身しましたものね。魔力調律はウサミミを着けた方に無差別で行っているのは確かでしょうけれど……」


 確たる意思を持ったミアの言葉に、ルシエラが肩から手を離して考える。

 成功すればミアはアルカステラへと変身できるだろう。そうすれば間違いなく勝てる。

 だが、失敗すればアルカステラが敵の手に落ち、こちらは敗北が決定づけられる。とてつもなくリスキーな賭けだ。


「……やはりダメですわ。タマキさんの時と違って洗脳魔法を一度受け入れる必要がありますの。さしものミアさんでも魔法抜きでは勝算がありませんわ」


 思案の後、ルシエラはそう結論付けて首を横に振る。

 魔力調律されるには世界樹の奥深くまで接続する必要がある。それは結界の最奥に触って帰ってくるようなもの。

 ミアの意思が強く洗脳に耐性があるとはいえ、あえて自ら洗脳されたのなら、やはり魔法で無理やり戻す必要が出てしまう。


「でも、他に手段はないから」

「あるでしょ、私がやるわ」


 思わぬ言葉に二人が揃って後ろへと視線を向ける。

 そこには口をへの字に曲げたフローレンスとセリカが立っていた。


「フローレンスさん?」

「二人だけで作戦会議なんて酷いじゃない。ミアが提案してた作戦、私がやるわ。だって魔法の使えないミアがそれをやるのはどう考えても危険だもの」

「そうではなくて、話を聞いていたのなら無理だと……」

「無理じゃねーです。アンゼリカが先輩に渡した魔石、セリカ達なら使えるです。先輩、まだ魔石持ってるですよね?」

「ん、あるよ」


 セリカがミアのポケットを指差し、ミアが頷いてポケットから魔石を取り出した。


「それを使えば一度だけ無理やり正気に戻せるって話でしょ。なら勝算はあるわ、後は私達の頑張り次第ってことよね」

「確かにアンゼリカさんが渡した魔石なら品質は間違いないでしょうけれど……」


 アンゼリカが漆黒の世界樹の性能を読み違えるとは考えにくい。アンゼリカの手渡した魔石を使えれば元に戻せるはずだ。


「でも急にどうしましたの、お二人とも珍しく積極的になって」

「……当然じゃない! 私が不甲斐ないせいで、姉さんがバニーガールになっちゃったのよ!? どうしていつも通りになんてして居られるのよ!」


 不思議そうな顔をするルシエラに、フローレンスが悔しげに唇を噛んでそう憤る。


「セリカもアンゼリカに言われて悔しかったです。先輩みたいに変わりたいって思ってるのに、頭も使わず足手まといはやっぱ悔しいですよ」

「お二人とも……」

「怠惰の報いが姉さんのあんな姿なんて、いくらダメ人間の私でも悔しいに決まってる。だから今回ぐらいは私だって必死になるわ。……だからお願い。ルシエラ、アンタのペンダントを私に貸してちょうだい」


 真剣な目をして、フローレンスがペンダントを渡せと掌を出す。

 彼女らしくない行動だが、その悔しさは伝わり、その決意が本物であることは伝わった。


 だがルシエラは服越しにペンダントを握ったまま停止し、フローレンスに託すことができない。

 想いは正しい、決意も勝算もある。現状ではそれが最善手だろう。だが、それでもルシエラは託せない。決心できない。唯一自らが認めた相手であるミア以外にペンダントを手渡す勇気が出ないのだ。

 それはフローレンス達を信じていないと言う証であり、恐らく魔法の国の女王候補が正しい想いで女王になっても託せないと言う証でもある。


 ──情けないですわ。シャルロッテさんが見透かした通りですの。


「えと、ルシエラさん」

「ミアさん、言わないでくださいまし。その言葉を聞いた後では、わたくしが信じたことにならないですわ」


 ルシエラはミアに制止をかけると、胸のリボンを解いてペンダントを外す。

 既にシャルロッテにこれが己の弱さだと看破されている。突きつけられ弱さと向き合う時間を持つことができた。だから、ルシエラはその弱さを抑え込むことができる。否、自らの想いを貫くのなら抑え込まねばならない。


「フローレンスさん、これをお渡し致しますわ。大切なものですので必ず返してくださいまし」


 ルシエラは不安と己の弱さを抑え込んで無理やり微笑むと、フローレンスにペンダントを手渡した。


「ルシエラ……。ええ、任せておいて」


 フローレンスもその内心を察し、重々しく頷いてペンダントを手に取った。


「それで肝心のウサミミはどこで手に入れるですか。ほっときゃバニー達が着けてくれるですけれど、それだと魔石を使う暇がねーですよ」

「心当たりはありますわ。生徒指導室にあるそうですの」

「ん、初日の夜に委員長さん達がそう言ってたね」


 ミアの言葉にルシエラが頷く。

 初日の夜、委員長達はルシエラ達を生徒指導室に連行してウサミミを着けようとしていた。ならば、そこにウサミミはあるはずだ。


「そこでウサミミを着けた後、魔石で洗脳解除してくださいまし。そして、変身したフローレンスさんがナスターシャさんとタマキさんを……」

「えと、タマちゃんの相手は私がするから」


 ルシエラの言葉を遮り、ミアが決意するようにそう告げる。

 その表情は頑なで、微塵も譲る気がないのがありありと伺い知れた。


「ではフローレンスさんがナスターシャさん、ミアさんがタマキさんを抑え込んでいる間に、わたくしが結界に穴を開けますわ」


 ルシエラはその意を酌んで言い直す。


「でも穴はどこに開けるです? 大樹には魔法障壁の葉っぱがわさわさ茂ってるですよ」

「如何な大樹でも葉は幹の中までは茂りませんの。幹に強烈な魔法攻撃を浴びせれば一時的に結界に綻びを作れるはずですわ」

「フローレンスさん、私達が幹に向かう間に怪異達は陽動しておくから、ね」

「わかったわ。任せてちょうだい、必ず変身して駆け付けるから」

「ええ、信じていますわ」


 そうこれでいい、これしかないのだ。少し寂しくなった胸元を手で押さえながらルシエラはそう自分に言い聞かせる。

 考えるべきはフローレンスにペンダントを渡さなくてもいい策をこの期に及んで考える事ではなく、フローレンスを信じて成功率を最大まで高める行動をすることだ。

 少なくとも、そうでなければシャルロッテに胸を張って会うことも、彼女に信じてもらうこともできないのだから。


「ん、大丈夫。ルシエラさんの行動は間違ってないよ」


 ルシエラの胸中を察したミアがルシエラの胸にぽんと手を当てて頷く。


「宿命のライバルにそう言って貰えると心強いですわ。わたくし、ライバルとしてのミアさんは自分以上に信頼しておりますから」


 ルシエラは迷いを振り払って毅然とした表情を作ると、ミアを伴って機関室から飛び出す。

 程なくして時計塔の周りが騒然とし、バニーと怪異を引き連れてルシエラとミアが駆けていく。


「……行ったですよ。フローレンス覚悟はいいですか」

「よくなくても行くしかないでしょ。私は臆病者なの、これだけお膳立てして貰った期待を裏切るなんて耐えられないわ」


 フローレンスは託されたペンダントをぎゅっと握りしめると、外の様子を確認しながら動き出す。


「そうだわ。セリカ、少し待ってて」


 機関室を出る一歩手前でフローレンスは足を止め、一度中へと振り返る。


「アンゼリカ、そこら辺に隠れてるんでしょ! 言い方きつかったけどアンタの言う通りだったわ。退きたくない場面で足手まといは悔しいわね!」


 それだけ言って、フローレンスは時計塔の螺旋階段を下っていく。


「……全く、お前もセリカも根性なしですね。土壇場じゃねーと動けねーんですから、先輩達の背中はまだまだ見えねーです」

「本当にね。もう少し前に根性出しとけば、こんなに苦労しなかったってのに非効率的だわ」


 セリカと二人、情けない皮肉を言い合いながら。


「……はあ、困りますねぇ、あの二人」


 それから程なくして人の気配の無くなった機関室、天井から降りて来たアンゼリカが外を見ながらため息をつく。


「私、あんまり手助けできないって言ってるんですけどねぇ。あんな風にカッコつけられちゃ、もう少し手助けするしかないじゃないですか」


 そして、言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をすると、虚空から猫の飾りのついた杖を引き抜いた。

分かり難い展開を読みやすく修正しました

2023/12/30

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