11話 痴女を止めるな1
第三話 痴女を止めるな
空と海、青々とした風景を塗りつぶすように放たれる紅い炎。
フローレンスとセリカがバニーガールと異形に追いかけられる中、ナスターシャは箒で滑るように地面スレスレを駆け、矢継ぎ早に魔力弾を放っていく。
それと相対するバニー姿のシャルロッテは、オーケストラの指揮者のように手を滑らせ、自らに迫る魔力弾を次々分解していく。
「相変わらずじゃのう!」
シャルロッテがフローレンス達を狙おうとしたのを見逃さず、すかさずナスターシャが間に割って入って魔力の刃を振り下ろす。
「そっちこそ相変わらず学習しない痴女さんだねっ☆」
シャルロッテは大袈裟な跳躍でそれを躱すと、そのまま這い寄って来た異形に飛び乗って思い切り踏みつける。
途端、ナスターシャの影から幾本もの異形の腕が現れ、ナスターシャを影に引きずりこもうと蠢き襲いかかった。
「ふん、異形如きは時間稼ぎにもならぬわ」
ナスターシャは生成した光刃を滑らせて異形の腕を輪切りにすると、更にそのまま振り抜いてシャルロッテ目掛けて発射。
しかし、それはシャルロッテに届くことなく分解されてしまう。
「わ、ちょっと危なかった。魔法の練習頑張ったんだね、偉い偉い」
自らに肉薄するまで魔法の体を保っていた光の刃を見て、シャルロッテは感心したようにぱちぱちと拍手をした。
「ほ。しいたけまなこめ、煽りよる。お主に褒められるより、情けなく這いつくばってくれた方が溜飲が下がると言うものじゃが」
ナスターシャはそう毒づきながらも、輪っか状の風刃をシャルロッテに向けて次々と投げつける。
「欲張りさん。そんな子にはこんなおもちゃをあげちゃいます」
シャルロッテは空中で曲芸のように回りながら、自らに迫る三つの風の輪を知恵の輪のように繋げ、そのままナスターシャへと投げ返す。
「ふん、一朝一夕では届かぬか、口惜しいのう」
投げつけられた風の輪が目の前で霧散するのを見て、ナスターシャが小さく舌打ちする。
前回の一件以来、ナスターシャは打倒シャルロッテと闘志を燃やして研鑽に励んで来た。
だが、そうやって研ぎ澄ませてきた魔法をシャルロッテはいつも通りの様子でのらりくらりと躱してしまう。二人の間にはいまだ手を伸ばしても届かない壁があった。
──じゃが、このしいたけまなこ。どうして攻めて来ぬ。
いまだ歴然とした実力差があるのはわかった、認めざるを得ない。だからこそわからない。
ナスターシャ達が陽動をしているのは明白であり、シャルロッテにしてみれば要である観測魔法消失の危機だ。ルシエラが自由に動ければシャルロッテでは敵わない。
なのにシャルロッテに急いた様子は全くなく、時計塔を気にする素振りすら見せていない。
「あれあれ、攻撃の手が止まったね。もう諦めちゃう? じゃあ戦闘はおしまいにしておやつタイムにしちゃう?」
「まさか。お主に攻め気がないのを不思議に思っただけじゃ」
陽気に煽るシャルロッテに発奮し、ナスターシャは再び水弾を連打する。
「ふぅん。私はわかんないけど、痴女の人が変だと思うんならそれが正解だと思うよ」
それを聞いたシャルロッテは含みのある言い方すると、またも水弾を次々分解していく。
無数に打ち出された水弾が百になり、十になり、五になり、三になり、二になった所でシャルロッテの髪をぱちゃりと濡らした。
「通った……! 違う、こ奴自分から当たりおったな!」
シャルロッテは正解と言う代わりに、ナスターシャを指差してぱちりとウィンクする。
そして、今度はその顔面にナスターシャが撃ち出した最後の水弾が命中し、霧散した。
二度目の命中からの霧散。当たった瞬間に魔法が蒸発したようなそれは、シャルロッテが得意としている魔法分解とは明らかに別の代物。
「霧散、無効化……そう言うカラクリか!」
ナスターシャは即座に思い至る。漆黒の世界樹に二度目の魔法は通用しない。
つまり、彼女は漆黒の世界樹に取り込まれている。思えば彼女が生徒達と同じようにバニー姿になる理由などなかった。
「やっぱりわかった感じ? 良かったね☆」
「しいたけまなこ、どうして妾にそんなヒントを与えるのじゃ。その意図那辺に有る!?」
ナスターシャは攻撃の手を止め、間合いを取りながらシャルロッテの動きを注視する。
彼女が漆黒の世界樹に取り込まれているとわかったのなら、迂闊に魔法を使って耐性を獲得させる訳にはいかない。
ナスターシャにできる最善は、耐性をこれ以上与えず、できる限りの情報を引き出すことだ。
「んー、頑張った痴女の人にご褒美? 多分、私はここまでだから」
「狂人め……! 己が正気でないと薄々感づいていての行動かよ。それだけ伝えられるのならばまだ打つ手もあるじゃろうに」
「そんなことする必要ないよね。だってそれで私は目的に近づけるんだもん。わ、利害の一致だねっ☆」
いつも通りあっけらかんと言ってのけるシャルロッテ。
ナスターシャはそんな彼女の態度に不快感を露わにする。
「話に聞く妹とやらのためか? じゃが、それでお主が妹に赦されるとは限らぬのじゃぞ」
「それが何か関係ある? 罪人自らが量刑選ぶなんて聞いたことが無いよ。少なくとも私はそんな罰じゃ自分を赦せない、赦さない」
その言葉に、シャルロッテはいつもの人懐っこい笑顔を消して、無感情にそう答えた。
「ふん、それがキラキラまなこの裏に渦巻く闇か。初めてお主の本性が見えた気がするのう」
ナスターシャは手にしていた箒の柄を力強く握りしめると、
「うむ、不愉快至極じゃ。決めた、妾はお主を一発叩く。聞くのじゃろ物理攻撃は」
シャルロッテに向けて突撃しようとする。
「んー、でも……ごめんね、痴女の人。もう時間切れだよ」
シャルロッテが小さく笑ってそう呟き、それと同時にシャルロッテから黒い影が勢いよく噴出した。
「っう! それは卑劣な勝ち逃げじゃろ! しいたけまなこめ!」
全てを理解したナスターシャは下唇を噛みしめて憤る。
やはりシャルロッテは時間稼ぎをしていたのだ。ただし"自らが敗北するまでの"時間稼ぎを、だ。
既に箒での突撃を開始していたナスターシャは急ブレーキをかけながら、吹き出す暗黒の柱の周りを旋回するように箒を飛ばし、
「フローレンス! セリカ! 妾達では手に負えぬ、撤退じゃ! ああなってしまったら妾達に打つ手はない!」
異形とバニーガールから逃げているフローレンス達に向けて箒を飛ばし、自らは箒を飛び降りた。
「姉さん!?」
フローレンス達が状況を理解するよりも早く、島中にりんごんと大鐘の音が響き渡り、シャルロッテから吹き出した漆黒の影が大樹のように天へと伸びていく。
「フローレンス! こりゃあやべぇことになってるですよ!」
「わ、わかってるわよ! 一目瞭然じゃないの!」
「殿は妾がやる。逃げ惑う暇があるなら箒に乗って一目散に逃げるのじゃ! あれは攻めてくる!」
伸びる大樹の中から発射される無数の魔法弾。それを魔法障壁で受け止めながらナスターシャが叫ぶ。
「っ! この癖、妾の魔法を真似てくるかよ! ルシエラの奴、とんでもない代物を作りおったのう!」
次々と容赦なく発射される魔法弾。その猛攻に耐えかね、ナスターシャが展開する魔法障壁にひびが入る。
なおも打ち続けられる魔法弾に魔法障壁のひびが広がり、ついに限界を迎えた魔法障壁が砕け散り、ナスターシャが地面に跳ね転がった。
「自分自身の魔法に負けるなぞ屈辱じゃが……」
悔しげに大樹を見上げるナスターシャの前、バニー姿のシャルロッテが再び世界樹より現れた。
「ハーッハッハッ! ご機嫌だぜェ! この体に、周囲に、魔力がギンギンに満ちあふれてるペコォ!」
「……品性がない上に禍々しいのう。どうやら中身が何かと変わったと見える」
高笑いするシャルロッテを睨みながらナスターシャが立ち上がる。
「何かじゃねえペコォ! 知ってるだろぉ! 神! 美の巨人! ピョコミン様だよォ! ペーッコッコッ! 金属板で覆われてないシャバの体は最高だぜぇ!」
「ピョコミンって……あの時のオバケウサギ!? 生きてたとは聞いてたけど!」
「あのキラキラおめめがウサ公になったですか!?」
飛んできた箒の柄を握りながら、ピョコミンの名を聞いた二人が驚きに目を見開く。
「ハハッ、ご機嫌だから教えてやるペコォ! オリジナルボディが闇に溶けて消えたから、あの糞仮面のお膳立て通り、こいつのボディを奪い取ってやったんだよォ! 毎回ピョコミンの邪魔をするデカ乳属の仲間なのが癪だが、こいつのパワーは凄いぜぇ!」
ピョコミンがナスターシャに向けて右手をクイと動かすと、強大な爆炎が巻き起こり、魔法障壁ごとナスターシャが宙に舞った。
「姉さんっ!?」
爆風に巻かれたまま地面に落下するナスターシャの姿に、フローレンスが悲鳴をあげる。
「ぐふっ、あのしいたけまなこめが……。やはり本気で戦えばこれほどの力を持っておったか」
「ハーッハッハッ! 流石タマちゃんと双子のお姉ちゃんペコォ! やはりこいつの力はピョコミンが使いこなしてこそ意味があるペコ!」
「ううむ……流石にこれは詰んだかの」
ナスターシャは地面に這いつくばったまま、視線をフローレンス達へと向ける。幸いにもフローレンス達はがっちりと箒を握ったままだ。
ナスターシャはピョコミンに気取られぬよう細心の注意を払うと、
「フローレンス、セリカ! 身構えよ、箒が走るぞ!」
残された力を振り絞り、箒を遠隔で急発進させた。
「えっ!?」
心配そうに事の成り行きを見守るしかなかったフローレンス達を乗せて箒が疾走し、
「逃がすかッ! 漆黒の世界樹を成長させるにはまだまだ養分が欲しいんだよぉ!」
「ほ、させるものかよ。効くんじゃろ、物理は!」
それを追いかけようとしたピョコミンに対し、ナスターシャが捨て身の体当たりを仕掛ける。
「糞がァ! そうやってデカ乳族はいつもいつもピョコミンの邪魔をするペコぉぉぉ!」
ピョコミンはナスターシャの体当たりで体をよろめかせながらも、その手に顕現させた真紅の剣に炎を纏わせて振り下ろす。
逃げる箒目掛け、剣閃のように鋭い炎が真っ直ぐ伸びる。
だが、そこに二股猫の飾りがついた杖が投げ込まれ、一筋の炎を二つに切り裂いた。
「くそっ! これはダークプリンセス共の武器じゃねぇ! 誰だ、誰だァ!」
ピョコミンは周囲を慌てて見回すが杖の主は姿を現さない。
やがてフローレンス達を乗せた箒が逃げおおせると、猫飾りの杖もいつの間にか消えていたのだった。
分かり難い展開を読みやすく修正しました
2023/12/30




