10話 ウサミミランド9
扉を蹴破って時計塔に突入したルシエラとミアは、螺旋階段を上って機関室へと到着する。
機械室は時計を動かす機構の音だけが聞こえ、表のシャルロッテやクラスメイト達が追いかけてくる気配はない。少々出発が遅くなってしまったが陽動は概ね予定通り成功しているようだ。
「ミアさん、大鐘まで行ったらタマキさんの相手をお願いしますわ。そのうちにわたくしが大鐘を破壊します」
「わかった。タマちゃんに言いたいこと、ぶつけてくる」
「その意気ですわ」
「えと、ルシエラさんもシャルロッテさんの言葉、そんなに気にしないで、ね」
「……ミアさんも、シャルロッテさんも、わたくしの心の内を見透かして来ますわね。大丈夫、気にしているのではなく自らへの戒めにしているだけですの」
心配そうな顔でルシエラを見つめるミアに、ルシエラは苦笑いしながら胸を叩く。
「そう、ならいいけど」
二人は大鐘へと続く階段前で一度足を止め、表情を引き締めて一気に階段を駆け上る。
「チッ、もう来やがったペコ」
だが予想に反し、二人を出迎えたのはピョコミン一人であり、タマキの姿はなかった。
「ピョコミン、タマちゃんはどこ?」
「目の前にピョコミンが居るのに、タマちゃん、タマちゃん! 魔法少女の飼い主であるピョコミン様を無視とはいい度胸ペコォ!」
激昂したピョコミンがミアへと襲い掛かろうとするが、大鐘の影から出る所で見えない壁に阻まれるように空中に張りついた。
「勝手に張りついた、ね」
「ええ。どうやらあの害獣、術式の一部になっているようですわ」
「ご明察だよ、ダークプリンセェス! ピョコミンが生きてるのは漆黒の世界樹のおかげ……そして、お前達が破壊しようとしている観測魔法の核は、生体ユニットにされたこのピョコミン様だよォ!!」
ピョコミンがブチブチとチューブを外し、背負ったバックパックを投げつける。
投げつけられたバックパックが大鐘の影から出た途端、バチバチと音を立てて爆散した。
「えと……」
「漆黒の世界樹のおこぼれによって生き永らえているあの害獣こそが、探していた観測魔法の核だということですわ」
「そうだよ! あの仮面野郎、死ぬまでこの大鐘の下で魔力観測係をしてろだとよぉ! 許せねぇよなぁ! ムカつくよなぁ! こんな体にしたテメェ等も! 仮面野郎もッ!」
絶叫するピョコミンが自らに取り付けられた機械装置を引き剥がす。
「だがなぁ、無抵抗でやられるピョコミンじゃないんだペコ、一つだけ、この大鐘からぁ! 出る手段があるんだペコォ! これでテメェ等に一泡吹かせてやるよォ、ヴぇえええんでったあああああ!」
慌てて臨戦態勢を取るルシエラ達の目の前、ピョコミンの体から影が噴出し、どろどろと溶けるようにその体を闇に変えていく。
「体が溶けていく……。捨て身ですの!? 狂ってますわ!」
「これが、これが、これが、これがあああああ! ピョコミンの今の姿NAN……』
ポーン。
『魔法声帯システムにエラーが発生しました。エラー番号をお控えの上カスタマーサポートへご連絡ください。エラー番号はX-0247982です。間もなく再起動します、三、二、一』
ポーン。
『魔法声帯システムにエラーが発生しました。エラー番号をお控えの上カスタマーサポートへご連絡ください。エラー番号はX-0247982です。間もなく再起動します、三、二、一』
ポーン。
『魔法声帯システムにエラーが発生しました。エラー番号をお控えの上カスタマーサポートへご連絡ください。エラー番号はX-0247982です。間もなく再起動します、三、二、一』
人工声帯が幾度となくエラーメッセージを繰り返す中、体を保護していた金属板が床に落下しガランガランと音を立てる。
そしてついに、ピョコミンの体は黒く溶けたスライム状の生物へと完全に変貌してしまった。
『PEKOOOVOVOVOVO……!!』
「なんて醜悪な……おぞましいですの」
見るもその無残な姿を見て、ルシエラが一筋の冷や汗を流す。
かつてピョコミンはプリズムストーンを使い、ネガティブビーストに似た異形の姿へと変貌した。つまり、これがピョコミンの真の姿。
マジカルペットだった頃に似せられた外見は、観測魔法のパーツとして取り回しをよくするため。魔力の鋳型に流し込み、捏ね上げただけの急ごしらえ過ぎなかったのだ。
──悪行の末路とはいえ、哀れですわね。
ミアに止められないままダークプリンセスとして突き進んでいたのなら、自らもこんな風に狂っていたのだろうか。
想像したくない"もしも"を思い浮かべながら、ルシエラは異形と化したピョコミンを毅然と見据える。
「ミアさん、この害獣が観測魔法そのものである以上、戦うのは避けて通れません。タマキさんを探す前にこの害獣を駆除いたしましょう」
「ん、わかってる」
二人は頷きあい、ルシエラが魔法を付与したカトラリーを構える。
大鐘の影に沈むように溶けたピョコミンからは絶えず影が吹き出している。生命維持装置を外したことで、このまま放置しても近いうちに自壊するのは間違いない。
──かと言って、あちらが捨て身な以上は逃がしてくれるとは思えませんけれど。
睨みあうこと一刹那、ピョコミンが動く。
ピョコミンの体が蠢き、影の中から幾本もの触手を伸ばす。
「っ!」
ルシエラは飛び退いて迫り来る触手を躱すと、手にしたナイフとフォークを触手に向かって投げつける。
ナイフとフォークが触手に浅く突き刺さると同時、青白く光って爆発。
その衝撃で本体から切り離された二本の触手が黒い影となって霧散した。
『VEKOOOOOOOO!!』
触手を切り取られたピョコミンが黒い傷口から影を噴き上げて絶叫する。
「効いてますわ! ミアさん、あの影には触れぬよう!」
「んっ!」
ミアが屋根を支える柱を駆け上り、柱を蹴りつけて飛び上がったルシエラが矢継ぎ早にスプーンを投げつける。
色とりどりに炸裂するスプーンがピョコミンの触手を容赦なく削り取り、瞬く間に黒い影を吹き出すだけの物体に変えてしまう。
「今ですわ、ミアさん!」
「わかった!」
柱を駆け上っていたミアが跳ね、大鐘に踵落としを打ち込んで落下させる。
『BEGOOOOOOOO!!』
ピョコミンに命中した大鐘がゴオォォォンと盛大な音を響かせ、そこにすかさずルシエラが泡だて器を投げ入れる。
ピョコミンと大鐘が揃って渦を巻きながら打ちあがり、時計塔の屋根を吹き飛ばして空中へと吹き飛んでいく。そして空中で爆発四散した。
「害獣、これで本当におしまいですわね」
ピョコミンが核となっていた観測魔法の消失を確認し、ルシエラが言う。
だが、そこに目的を達成した晴れやかさはなく、ルシエラは浮かない表情で周囲を警戒し続けていた。
「ルシエラさん、これ呆気なさ過ぎる」
「……わかっていますわ」
ミアがその理由をズバリと言い当て、ルシエラが重々しく頷く。
いまだこの島には重苦しい雰囲気が漂ったままであり、ここを防衛しているはずのタマキは忽然と姿を消している。
──そもそも、あの害獣が捨て身で一矢報いようとするのがおかしいですの。
自己愛の塊であるピョコミンが捨て身で一泡吹かせようとしてきた、それが一番怪しい。
無論、大鐘の影から出られないと言う制約も一因であろうが、それでもピョコミンの性格ならば最後まで生き汚く抵抗してくるはずだ。
ならば、既にタマキに何かを託しているとしか考えられない。
──観測魔法が消失している以上、あの害獣は確実に倒したはず。それでも生き永らえるような手がありますの?
もしそんな手段があったとして、魔法の国の御三家も絡むこの一件、地球の魔法少女が自由に動く余地などあるのだろうか。
そもそも、あの害獣を無理やり蘇らせる手間までかけて、どうしてタマキを監査役に据える必要があったのか。観測魔法を展開するにしてももっと別の方策があったはずだ。
ルシエラは暫く考えこんでいたが、やがて一つの結論へと思い至る。
「……ミアさん、貴方がこのアルマテニアに来た時、害獣の目的は知っておりましたかしら?」
「ううん、プリズムストーンの回収って目的は知らなかった」
ミアが首を横に振り、
「でも……ピョコミンは魔法の国からの依頼だって言ってた。ダークプリンセスを倒す時に協力してくれてたのも多分、魔法の国」
そう付け加える。
「そう、ですの……」
予想通りの返答。ルシエラは小さく息を吐いて一瞬だけ目を閉じる。
自らを女王の座から引きずり下ろすのに魔法の国が手を貸していた。薄々はそうだろうと思っていた。
──それだけの悪童でしたものね、わたくし。
心の中でそう呟き、気持ちを切り替える。
今はそこを悔やんでいるような状況ではない。一つ目の疑念が確かだった以上、もう一つの疑念を急ぎ確かめなければならない。
「ではもう一つ……タマキさんのご両親は健在でしたわよね」
「え、うん。私の知ってる限りはそう」
「では小さい頃からタマキさんのご両親をご存じですの?」
「えと、幼稚園の頃に引っ越してきたから……。ルシエラさん、まさか疑ってるのって」
ルシエラの懸念に気がつき、ミアが眠たげな目を僅かに見開く。
そう、それは二人がタマキと言う少女を元々知っていたからこその盲点。
「ええ、そうであればこの不可解な動きにも納得が行きますの。タマキさんがヴェルトロン……女王候補になろうとしているシャルロッテさんの妹ならば」
その言葉を肯定するかのように、壊れて鳴らないはずの鐘の音が再び島中に響き渡った。
分かり難い展開を読みやすく修正しました
2023/12/30




