10話 ウサミミランド2
タマキとの戦闘後、ルシエラ達は港の建物の鍵をこじ開けて隠れ忍んでいた。
「用意周到じゃのう、通信機の類が一切合切持ち去られておるわ」
鍵を壊されて開けっ放しにされている箱を箒で叩きながら、ナスターシャが感心半分呆れ半分でため息をつく。
「船から降りた時には間違いなく通信機はありましたわ」
「うむ、妾もその後使っておる。しいたけまなこが本当に特別講師かどうか、魔法協会に問い合わせたからの」
思い出すのも不愉快といった顔でナスターシャが空になった箱を箒で閉める。
付近の建物に有った通信機や武器は全て何者かによって持ち去られていた。
船がついた後にナスターシャが使ったと言うのなら、シャルロッテかピョコミンの仕業であるのは間違いないだろう。
「困りましたわね。通信機が使えればシルミィさんに頼んで魔石の一つでも持って来て貰えたのですけれど。わたくしが魔法を使えない以上、そこを穴埋めできるものが欲しいですわ」
「しいたけまなこだけでなく魔法少女まで居てはのう、さしもの妾も荷が重い。妾は他に無事な通信機がないか探してくる。我が愚妹達や無事な生徒が居れば保護してやらねばならぬしの」
「では手分けをして……」
「いや、お主はミアの様子を見ておいてやれ。あれじゃろ、ご主人様なのじゃろ」
ナスターシャは窓に張り付いて外の様子を窺いつつ、俯いて椅子に座ったままのミアを小さくを指さす。
「ご主人様ではありませんけれど……わかりましたわ」
ご主人様呼ばわりに苦笑いしつつもルシエラは頷く。
今のミアの雰囲気は再会した当初に近い、恐らくメンタル的に相当のダメージを負っているはずだ。流石にこの状態のままにはしておけない。
「うむ、それがよい。しっかりと再起させておくのじゃぞ」
ルシエラが頷いたのを確認してナスターシャは宵の港へと飛び出していく。
それを見送ったルシエラは振り返ってミアへと向き合う。
ミアは未だ俯いてじっとしたままだ。
──これは重症ですわね。
ミアは昔のような性格に戻りつつあると思っていた。だが、今はまだギリギリで心を繋ぎとめているだけに過ぎなかった。この姿を見れば嫌でもそれがわかってしまう。
かつてのミアは従順になるようにピョコミンの手で心をへし折られた。五年もかけて入念に壊された心を短期間で完治させよと言うのは土台無理な話だったのかもしれない。
──それでも、ここで再起しなければミアさんは絶対に後悔しますわ。
だからと言って、このまま時が癒してくれるのを待つ訳にはいかない。今彼女の目の前に立ち塞がっている相手は心の傷そのもの。ここで立ち向かわなければ彼女の心には永遠にしこりが残り続けてしまう。
そして、彼女を再起できるのは宿命のライバルである自分しかいない。ルシエラは真剣な眼差しでミアを見据え声を掛ける。
「ミアさん、少しよろしいですかしら」
「あ……えと、ごめんね。なんとか大丈夫、だから。ご主人様に心配かけるなんて情けないね」
ルシエラが声を掛け、ミアがおずおずと俯いた顔をあげてルシエラの顔を見る。
呼び方がご主人様に戻ってしまっているが、今はそこで悶着している暇はない。今はスルーすると心に決めた。
「虚勢は要りませんわ。どう見たって今のミアさんは大丈夫じゃありませんもの」
「……うん、本当は凄くきつい」
「ミアさん。貴方、心の底ではタマキさんとの友情が健在だったと信じていましたのね」
「それは……そう」
ミアが力なく頷く。
予想通りの返答だ。本当に友情が失われていると諦めていたのなら、そのことでこれ以上傷つくことはないのだから。
彼女は心の底では信じていたのだ。タマキ達と再会したのなら、昔と同じ親友のまま懐かしんだ笑顔で迎えてくれるのだと。
「ならばその想いをぶつけてみてはいかがですの?」
「えうっ……でもタマちゃんは私なんて知らないって」
ミアは沈痛な面持ちで再び俯いてしまう。それは再会した時、ネガティブビーストを見てみぬふりをしようとしてた時の彼女と瓜二つの姿。
座ったままスカートを掴む彼女の手が震え、強く握られている所までそっくりだ。
「ミアさん、貴方はそれでいいんですの?」
故にルシエラも彼女と再会した時と同じ言葉をミアに返した。
「それは……」
「よくないはずですわ。向こうの都合で知らないと一刀両断されて、でも貴方は言いたいことを何も言えず悔しいはず。そうでしょう?」
「……でも聞けない、他人だって言われたんだから」
「それがどうしましたの。どうせ失ったと諦めた友情でしょう。なら好き放題したってこれ以上悪くなんてなりませんわ。ぶつかって、殴り合って、言いたいことを言ってくればいいのですわ。貴方自身が前に進むために」
その言葉にミアは再び顔をあげ、潤んだ瞳でルシエラの目を見る。
「もしも、それで本当に友情が失われていたとしても……それでも貴方にはわたくしがついていますわ」
「ご主人様……」
「けれど貴方はまだタマキさんとの友情が壊れていないのだと信じている。ならば突き進んで確かめて主張して来なさい。それが貴方天宮ミア、そしてダークプリンセスを倒した魔法少女達の生き様でしょう」
ルシエラは力強くそう言いきる。
かつてルシエラと戦ったミア達魔法少女、彼女達は常に仲良く一致団結していた訳ではない。
彼女達は幾度となく仲違いをして、それと同じ数だけ和解し、理解し合い、その絆をより強いものとしてルシエラに立ち向かって来たのだ。
ダークプリンセスとしてルシエラはそれを間近で見て来た。だからこうするのが一番いいのだと自信を持っいて言い切れる。
その姿が眩しかったからこそ、かつてのルシエラは彼女達に嫉妬して目の敵にしていたのだから。
──もしかすると、わたくしはミアさん達本人よりも彼女達の友情を信じているのかもしれませんわね。
「えと……うん、わかった。ご主人様のおかげでタマちゃんとぶつかる勇気、持てたから。だから……一つだけお願いさせて」
ミアは潤んだ瞳のままじっとルシエラを見つめていたが、やがて意を決したようにそう口を開いた。
「ええ、わたくしにできることならばなんなりと」
ようやく調子が戻って来たミアを見て、ルシエラは笑顔でそう頷く。
「……ご主人様の胸に顔を埋めたい」
「はい、なんですと?」
「あの時私を受け入れてくれた胸の感触が忘れられない。その胸に飛び込んでご主人様成分を大量補給したい。私には最高のご主人様がついてるんだって再確認したい」
──えええ、この状況下でそう来ますの。完全に油断しておりましたわ。
思わぬ方向から飛んできたリクエストにルシエラが狼狽する。
「…………」
ミアは潤んだ瞳のままじっとそんなルシエラの姿を見つめ続けている。その潤んだ瞳がさっきまでとは違う意味に思えてしまうから不思議だ。
「……わ、わかりましたわ。どうぞ飛び込んできてくださいまし」
ルシエラは観念すると渋々両手を広げてミアを迎え入れ、ミアは抱きしめる様にしてルシエラの胸の谷間に顔を埋めた。
「んふぁああああああっ、ご主人様ああぁっ!」
ルシエラがミアの頭を撫でやるとミアはそう嬌声をあげ、すーはーすーはーとルシエラの匂いを肺腑に満たしていく。
──もしや、これで砕けた心を繋ぎとめている普段のミアさん……今とは別の意味で危険極まりない状態なのでは。
思わず浮かんでしまった疑念を振り払うためにルシエラは小さく首を横に振る。
その後もミアはルシエラの胸に顔を擦りつけて思う存分堪能すると、ようやく胸から顔を離した。
「ん、ありがとうルシエラさん。おかげで落ち着いたから。もう大丈夫、だよ」
ミアは顔を紅潮させたまま、だが晴れやかになった表情をルシエラに向けた。
「さ、左様でございますの……。呼び方も元に戻ってそれはようございましたわ」
──大丈夫どころか色んな意味で手遅れ感をひしひしと感じましたわ。
それで大丈夫になるのは多分逆に大丈夫ではない。
だが、とりあえずミアは本調子に戻った。今はそれでよしにしよう、するべきだ、そこから先を深く考えてはいけない。ルシエラは自分にそう言い聞かせる。
「全くよくないでしょ……アンタ達本気でヤバいわね。ドン引きよ」
そんなルシエラの欺瞞を一刀両断する声が聞こえ、誰かが照明魔石のスイッチを押して部屋の明かりをつける。
そこには戻って来たナスターシャと一緒にドン引きしているフローレンスと、恥ずかしそうに視線を逸らすセリカの姿があった




