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9話 バニーハザード6

 時を遡ること少し前、片づけをする初級クラスの生徒達より一足早く、フローレンスとセリカは自らの部屋に戻っていた。


「港でも、器具庫でも、ホント姉さんには困るわ」

「確かに会長は痴女でフリーダムな奴ですけど、あれでいておめーや生徒達を本気で心配してるっぽいですから……」

「そこは一応わかってるんだけどね、だからこそ厄介なのよ。それで痴女と言えばアンタはどう思う? 本当にバニーガールなんて居たのかしら」


 ベッドの上でトランプをしながら今日の出来事について話す二人。その話題はバニーガールの真偽についてだった。


「……多分、本当に居たんじゃねーかと思うです。先輩もルシエラも、そう言うとこで冗談言うタイプじゃねーですし。あの特別講師、この前皆で電車特攻した時の奴ですからね」


 制服にネコミミフードのついた上着を羽織ったセリカが、カードを出しながらそう答える。


「やっぱりそうよね。ミアなら無理やりルシエラに着せるかもしれないけど、だからこそルシエラは人前でそんな話題を進んでしないものね。なんかトラブルが起こってるわよね、絶対」


 セリカが広げた手札の上で手を迷わせながら、フローレンスが顔をしかめる。


「まあ、先輩達が居れば最終的には解決すると思ってるですけど……」

「その間に私達が迷惑被るのが怖いのよ。ホント、厄介事は余所でやってくれないかしら」


 言いながら、フローレンスはセリカの手札から一枚を選び、引き抜いたジョーカーと目が合って「ぐむ」と小さくうなった。


「いや、おめー。そこは手伝ってやろうって気にはならないですか」

「むしろ何を手伝うのよ。アイツ等、私の完全上位互換じゃない。むしろ邪魔しない方がいいのよ」


 今度はフローレンスが手札を広げ、セリカが手札のカードを引き抜く。


「そこは否定できねーですけど……。セリカ、先輩達には世話になってるんでできる限り手伝ってやりてーです」

「まあ、お世話になってるのは私も同じではあるんだけどね……」


 二人は互いに浮かない顔で手札からカードを引き抜きあう。

 そして、フローレンスの手札にジョーカーが残った。


「はい、セリカの勝ちです。夕方の見回りはおめーに任せたですよ」

「ああ、もう、仕方ないわねぇ。今さっきトラブルがって話をしたばっかりなのに」


 フローレンスは渋った顔のまま机の上に置いてあった腕章をつけ、見回りに行くため扉を開ける。

 そして、半歩踏み出した所で足を戻し、部屋から出ることなく再び扉を閉めた。今度は鍵までしっかりと。


「…………」

「お、おい、フローレンス、どうしたです」

「……居た。バニーガール」


 フローレンスはぎこちなく振り返ると、青ざめた顔でそう答えた。


「へ?」

「居たのよ! 廊下にバニーガールがどっさりと!」


 フローレンスはダイブするようにベッドの陰に転がり込むと、体の震えを押し殺しながら言う。


「お、おおおお!? マジで居やがったですか!」


 それを追いかけるようにセリカもベッドの陰に隠れ、小声で驚きの声をあげる。


「いい、セリカ。あの連中がここに来ても絶対、絶対、絶対、開けるんじゃないわよ! 居留守でやり過ごすのよ!」

「わ、わかったです!」


 二人は唇を震わせながら頷きあうと、ベッドの陰でさらに小さく身を縮こまらせる。

 程なくして部屋をノックする音が聞こえた。


「フローレンスさーん、セリカさーん、あけてくださーい。お話があるんですけどー」


 トントントンと部屋をノックしながら少女が言う。

 セリカとフローレンスは無視を決めこみ、頭を抱えながら目を瞑った。


「フローレンスさーん、セリカさーん、聞いてますー?」


 それでもノックの音は止まず、少女達がひっきりなしにノックし続ける。

 だが二人がひたすら無視に徹すると、やがてそれも収まった。


「か、帰ったみたいね」


 フローレンスがベッドの陰から半分だけ顔を出し、恐る恐る様子を窺う。

 その時だった。


 ドンッ。


 それは先程までのノックとはまるで違う、部屋の扉を叩き割るような強烈なノック音。

 油断していたフローレンスは思わず「ひぃ」と情けない鳴き声を漏らした。


「おい、居るのはわかってるんだ開けろ。開けないのなら考えがある」


 次いで少女のものとは思えぬドスの利いた声。

 そして、再度響く強烈なノック音。


「ふ、フローレンス。ど、どうするですか。セリカ今めっちゃ恐怖してるです」

「そ、そんなの私も同じに決まってるでしょ」


 二人が小声で慄き戸惑う間にもドンッ。ドンッ。ドンッ。と扉が吹き飛びそうなほど強烈なノックが繰り返されていく。


「うおおおおお。や、やべーです。これ絶対時間の問題です、逃がしてくれる感じじゃねーです!」

「わ、わかってるわよ。このままじゃ特待生の沽券にかかわるわ。こうなったらやるしかないでしょ、覚悟を決めて行くわよ!」


 ベッドに手をかけて体を持ち上げるフローレンス。


「す、すげぇ、おめーの見栄っ張りはそこまでですか! そこまでいけば尊敬ものです」


 その姿を見たセリカは驚きと感嘆に目を丸くする。


「茶化さないで、アンタも覚悟を決めさない。私が開けるからその後に続くのよ」

「わ、わかったです。おめーばっかり討ち死にさせないですよ、特待生らしく散ってやらぁ」


 二人は顔を見合わせ頷きあう。


「さあ行くわよ、さん、にい、いち!」


 同時、二人が真逆に走り出す。

 セリカが魔法を使うために腕を構えて扉に向かい、逆方向に走り出したフローレンスが窓をガツンと勢いよく開いてその身を乗り出した。


「…………」

「…………」


 二人はさっきよりも離れた場所から互いを見つめ、


「うあおっ!? フローレンス! 開けるってそっちですか!?」


 口をあんぐりと開けたセリカが扉の前で慌てふためいた。


「当たり前じゃないのよぅ! どうして立ち向かっちゃおうなんて考えるのよ!」

「いや、この状況で特待生なら危機に立ち向かうもんじゃ……」

「立ち向かった所で虐殺ショーが始まるだけでしょ! 特待生の尊厳と肉体が大虐殺よっ! 勝ち目のない戦いは避けろって昔から言うでしょ!」


 目をまん丸にして扉の前に立つセリカに、フローレンスは窓を指さして早く来いと促す。

 暫し呆れ顔をしていたセリカだったが、背後で繰り返される強烈なノックに気圧され、結局大慌てでフローレンスの後に続いた。


「あ! 特待生なのにバニーガールの格好をしてない!? なんて不良なの!」


 だが窓の外にも逃げ場はなく、既にバニーガール達によって取り囲まれていた。


「いーやー!? 窓の外にもみっちり居るぅっ!?」


 涙目になったフローレンスがベッドに倒れるように飛び退き、その背後からバリバリと扉の破られる音がする。


「いーたーなー。ウサミミを着けないふりょうどもーっ!」


 手斧で部屋の扉がカチ割られ、そこからウサミミを着けた少女がぬうっと顔を出す。


「うーさーうーさー教化せよ」

「ウサミミを着けて不良どもを教化せよ」


 壊されたドアと窓から次々登場する大量のバニーガール。

 部屋の中はみるみるうちにバニーガールで満たされてしまった。


「教化せよ」

「教化せよ」

「教化せよ」


 一糸乱れぬ動きで襲い来るバニーガール。


「ぎゃあーっ! 放せ! 放しやがれぇ!」


 まずセリカがバニーガールに捕まり、そのままもみくちゃにされてしまう。


「せ、セリカ!」

「い、今のうちにお前は逃げやがれです! 逃げてこの異常事態を知らせるですよ!」


 涙目になったセリカはネコミミフードを剥ぎ取られながらも、逃げろ逃げろと必死に訴える。


「バカ! そんなに簡単に諦めるんじゃないわよ、一人じゃ心細いでしょ! 土下座、今こそ土下座するのよセリカ! 見ていて居たたまれないほど情けない土下座でやり過ごすの!」


 ベッドシーツを巻き込んで転がるフローレンスが叫ぶ。


「バカはおめーです! こいつ等がその得意技が通じる相手にみえるですか!? とにかく逃げろです! こいつらなんかパワーやべぇです! ぶっちぎってるです!」


 制服を剥ぎ取られて半裸になりかけているセリカだが、隙をついて逃げようと必死に抵抗を続けている。

 だが、ついにその頭にウサミミがつけられてしまう。


「んがあああああああーっ!?」

「せ、セリカっ!?」


 ウサミミを着けられたセリカが絶叫し、体を一度だけびくりと震わせた後、力が抜けたようにだらりと床に倒れ伏す。

 瞬間、セリカの制服が完璧なバニーガールの格好へと変化し、セリカがしっかりとした足取りで立ち上がった。


「せ、セリカ……?」

「おい、フローレンス。見苦しいにもほどがあるですよ、せめて特待生なら特待生らしい格好をしやがれです」


 先程までのやり取りが夢だったかのように、セリカは堂々とした態度で他のバニーガールを従え、シーツに包まって抵抗するフローレンスを侮蔑の眼差しで見下ろす。


「な、なに、セリカどうしちゃったの?」


 突然の豹変にフローレンスは目をぱちくりとさせるが、何が起こったかは明白だ。

 セリカはあのウサミミをつけられて豹変した。つまりあのウサミミが諸悪の根源であり、何らかの魔法にかかったのだ。


「同じ特待生として情けねーです。うーさー! 教化するです!」

「うーさー!」


 だが、今は悠長に考察をしている場合ではない。

 セリカが指示を出すと同時、脇に控えるバニーガール達がウサミミを持ってフローレンスへと迫り来る。


「ままままままままっ! マズい! アレつけられたら絶対にマズいッ」


 身の危険を感じたフローレンスは、シーツに包まったまま芋虫のように這って逃げる。

 だが既に部屋のバニー密度は臨界点、逃げられる場所などどこにもなかった。

 三歩、二歩、一歩とフローレンスへとウサミミが忍び寄り、その尊厳はもはや風前の灯。


「いーやーーっ! うさみみつけないでぇええええええっ!」


 そして、情けなく泣き叫ぶフローレンスの頭にもウサミミが着けられてしまう


 寸前、何かが大鐘に衝突したような音が響いた。


 目を瞑っていたフローレンスは一向にウサミミが着けられないことを不思議に思い、むくりと体を起こして辺りを見回す。

 そこにバニーガールの姿はなく、制服姿の少女達が倒れているだけだった。


「セリカ、セリカ」


 フローレンスは自らの近くで倒れているセリカを揺すって叩き起こす。


「うぉっ、何があったですかこれは!?」


 目を開けたセリカが辺りを見回し、驚きの声をあげる。


「アンタ、自分が何してたか覚えてないの?」

「覚えてないって、トランプで負けたお前が見回りに出てこうとした所までは覚えてるですけど、これは一体どんな惨状ですか」

「……そう、覚えてないのね」


 きょとんとした顔をするセリカを見てフローレンスは理解する。

 どうやらセリカはウサミミを着けられたことを覚えていない。そしてウサミミの効力は一時的になくなっているに過ぎないだろうことも。


「いい、落ち着いて聞きなさい。アンタ今ヤバいことになってるわ、多分」

「ま、マジですか。セリカが知らないうちにそんなことになってるですか」

「だから急いでルシエラを探して見てもらうのよ、アイツなら対処法もわかると思うから」


 壊れたドアを跨いで部屋を出るフローレンスに、不安そうな顔をしたセリカが続く。

 と、そこでフローレンスが片手で制止をかけた。


「フローレンス、今度はどうしたですか」

「もうちょっと距離を取ってちょうだい。具体的にはアンタが追いかけてきても私が逃げ切れるぐらいの距離」


 真剣な顔をして言うフローレンス。

 それを聞いたセリカは呆れ顔を作るが、そこはフローレンスにとって絶対譲れない一線だった。

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