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9話 バニーハザード5

「遅かったなぁ。会いたかったぜェ、糞虫共ォ!」

「あれは……! あれは……なんですの、あれ」


 その生物を例えるなら、布と糸の代わりに鉄板とネジで修理したぬいぐるみ。

 所々に見える小動物らしいボディに取り付けられているのは、鋼鉄製のヘルメットに双眼鏡のようなスコープ。口周りには人工呼吸器のようなものが取り付けられ、背負った弁当箱のような物体までチューブが伸びていた。


「フハハハハ、テメェをぶっ潰すため、地獄の底から帰って来てやったぜぇ!!」


 目を点にしてきょとんとするルシエラ達に、サイボーグのようなその生物が機械音で高笑う。


「すみません、どなたですの? いきなり見知った顔で話しかけられてもさっぱり心当たりがありませんの」


 目を点にして小首を傾げたまま、ルシエラが小さく手をあげて言う。


「デュポオオオォ! 全知全能の神、ピョコミン! テメー等に消し飛ばされたピョコミン様だよォ!!」

「あ、ピョコミンなんだ。キャラ、変わったね」

「変わったね、じゃねえよ! テメーに回復魔法でも治しきれないほど粉微塵にされて、サイボーグ手術で命を繋いだんだよォ!! ちょっと髪型変えたんだね、っぽく気軽に言ってんじゃねぇ! ぺっ殺すぞ!」


 頭部装甲のスリットからポッポーと蒸気を吐き出しながらピョコミンが憤る。


「なるほど。知性を感じさせないその狂犬のようなキレ芸、確かに害獣ですわね」

「コーホー! 芸でやってんじゃねぇペコォ! その減らず口も相変わらずペコォ! それがぁ、憎くて、憎くてェ! ピョコミンはぁ! 怒りでェ! 体の熱が収まんねぇペコォォォ!!」


 頭部のスリットから蒸気を一層激しく吹き出しながら、ピョコミンがマシンアームをぎっちょんぎっちょんと蠢かせる。


「もう勘弁ならねぇいきなり予定変更ペコォ! テメーの骨と言う骨をぐっちゃぐっちゃにへし折って! 素敵で不思議なエッシャーの世界にご招待してやるよぉぉぉ!」

「遠慮いたしますわ。トリックアートを我が身で体験するつもりはありませんの。一人でスライムにでも何にでもなっていてくださいまし」

「そうだね。急いでるから、ね」


 言うと同時、ルシエラとミアは揃って踏み出してピョコミンの胸部装甲を蹴り飛ばす。


「ゴポォ!」


 二つの蹴撃が交差炸裂し、ピョコミンは鈍い機械音を響かせて大鐘へと叩きつけられる。

 大鐘がゴォンと大きく鳴り響き、その音と共に周囲へ微弱な魔力が放出された。


 ──やはりこの大鐘が異常事態の震源地! 大鐘が鳴らされるのに連動して魔法を放つ仕組みですのね!


 今放出された魔力から推理するに、大鐘が鳴る度に魔法のオンオフが切り替わる仕組みでほぼ間違いない。

 ならば大鐘が鳴らないようにしてしまえば差し当たっての時間は稼げるはず。その間に観測魔法を破壊して根本解決をしてしまえばいい

 そう考え、ルシエラが大鐘に手を伸ばそうとしたその時、塔の外から放たれた紅い斬撃が目の前を通り過ぎ、その軌跡が炎の壁となって大鐘とルシエラ達を分断した。


「何者ですの!?」


 突如放たれた強力な魔法。慌てて後ろへ飛び退きながら、ルシエラは窓の外へと視線を滑らせる。


「いけないなぁ、勝手に壊そうとするなんてさぁ。ボクの目が黒いうちはこの鐘を壊させないよ」


 時計塔の上空、斬撃の振り下ろされた方向に居たのは一人の魔法少女。

 炎纏う天使のような赤いフリルドレスに真紅の長剣。その背後には天使の輪にも日輪にも見える魔力が燦々(さんさん)と輝いている。


「タマちゃん……」


 その姿を見たミアが足を止め、愕然とした表情で呟く。


「タマちゃん……タマキ、アルカソルッ!」


 ルシエラはミアと魔法少女を交互に見比べて驚きの声をあげた。彼女のことはルシエラも知っている。

 彼女は赤羽環(あかばねたまき)。かつてダークプリンセスに立ち向かった三人の魔法少女の内一人であり、ミアの戦友であり親友だった少女だ。


「ボクのことを知っているなんて、キミがダークプリンセスだって言うのは本当だったんだね」


 夕焼け空に浮かんでいたタマキはその紅い眼を細め、ひらりとルシエラの前に降り立った。


「地球の魔法少女が何の用ですの。旧交を温めに来たと言うのなら、わたくしは何も邪魔しませんわよ」


 警戒感を露わにしてルシエラが言う。

 ミア程ではないにしろ彼女は歴戦の魔法少女、どう考えても魔法抜きで勝てる相手ではない。否、向こうがやる気ならこの場から撤退することすら容易ではない。


「温める旧交なんてどこにあるのさ」

「っ……!」


 心無いタマキの言葉にミアが表情を歪めて唇を噛む。


「ヴェルトロンのお姉ちゃんが言ってなかった? キミが本当に魔法の国(グランマギア)の女王かどうか確かめるって、ボクはお姉ちゃんが無茶しないように監視役としてやって来たんだよ」


 タマキは旧友であるはずのミアに視線を向けることなく、ルシエラだけを見据えてそう告げた。


「地球の魔法少女を監査役に駆り出すなんて魔法の国も余程の人材不足ですのね」


 ルシエラは毅然とそう言い返し、ちらりとミアの方を一瞥して彼女の様子を確かめる。

 今のミアが平静さを欠いているのは痛いほどに伝わってくる。タマキを監査役に据えたのはアルカステラ対策としては最高の一手だろう。


 ──ミアさん……。心の底ではきっとタマキさん達が自分のことを覚えていると信じていたのでしょうね。


 親友二人との友情は既に失われたと告げられ、更に自らのことなど誰も覚えていないと囁かれ、かつてのミアは心折れた。

 そして五年の歳月を経て再び親友と再会し、再会した親友はその心無い言葉そのままの態度をミアに対して取ったのだ。彼女が心穏やかで居られるはずはない。


「ボク的には女王なのは真っ黒で確定なんだけどさ、残念ながらそれを証明するのはボクの役目じゃないんだよねぇ。どうする、それでも大鐘壊すためにボクと戦うつもりかい?」


 タマキは不遜な態度でルシエラの方を真っ直ぐ見て言う。

 だが、それはミアを視界に入れないよう目を逸らしているようにも見えた。


「貴方、わたくしの方ばかり見ておりますけれど、この場にはもう一人おりますわよ」


 それを不快に思ったルシエラは横に動いて、立ちすくんでいたミアの背中を押す。

 背中を押されたミアはよろりとよろめくように前に出る。彼女らしくない弱々しい足取りはその心の内を体現しているようだった。


「ん、えと……その、んっ! 私、ミアだけど。タマちゃん、私のこと覚えてない……?」


 それでもミアは自らの胸の前で両手を握りしめ、一生懸命絞り出した声でそう尋ねる。

 真っ直ぐにタマキを見るミア。

 タマキはその視線をから逃げる様に視線を逸らすと、


「昔居たねえ、そんな子。すっかり忘れてたよ!」


 心無い一言を放った。


「えううううっ!」


 ダークプリンセスを覚えておいてミアのことを覚えていない訳がない。間違いなくミアの心を抉るための意地悪な返答だ。


「なになに、こんなことでショック受けちゃうんだ。そんなに根性なしだったかなぁ! ミアちゃんとか言う子はさぁ!」

「人は変わる物ですわね。貴方、言い過ぎですわよ」


 ルシエラは崩れ落ちそうになるミアを支えながらタマキを睨みつける。

 元々彼女は生意気な所のある少女だったと記憶しているが、それでもここまで底意地の悪い性格はしていなかったはずだ。


「ふん、そうだよ。人は変わるんだよ! 変わらない友情なんて幻想は小学校で卒業しなよ!」


 タマキは唇の端をギリと噛み締めると、手にした長剣を振り上げる。


 ──あの構えはアルカソルの切り札、プロミネンスレイ! ミアさんが正常な対応ができない状況であの技の直撃はマズいですわ!


 ルシエラはミアを支えたままじりじりと窓際まで後退し、後ろを一瞥して窓の外を確認する。


「だから、キミ達とはバイバイだっ!」


 振り下ろされる真紅の一閃。

 ルシエラはその強烈な一撃から逃れるため、ミアを抱きかかえて迷わず塔から飛び降りる。


「ナスターシャさん!」


 自らの頭上を真紅の炎が駆け抜けていく中、ルシエラはミアを抱えていない右手で駆け付け来たナスターシャの箒を掴む。


「なんじゃ!? 夕焼け空に日が昇ったと思えば、次はお主等が降ってくるとは、今日の天気は大荒れじゃのう!」

「ナイスタイミングですわ、急ぎ撤退してくださいまし! 厄介な相手が居ましたの!」

「う、うむ? よく分からぬが分かった!」


 突然頭上から降って来たルシエラ達に箒を軋ませながらも、ナスターシャは箒の先端を持ち上げ、時計塔の壁を蹴りつけて方向転換。旧校舎の陰を使ってそのまま一気に姿をくらます。


「…………遅いよミアちゃん、どうして今頃来たんだよ。もうボクの世界はひっくり返っちゃった後なのにさ」


 長剣を握ったままのタマキはその後ろ姿を見下ろしながら一人呟くのだった。

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[良い点] あの◯カうさぎっ!
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