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9話 バニーハザード4

「うう、昨晩は酷い目に遭いましたわ……」

「ね」


 翌日、校舎の影からひょっこり顔を出したルシエラは、眠気まなこをこすりながらグラウンドの様子を窺っていた。

 委員長達がバニーガールの格好をしていたのは恐らくシャルロッテの仕業、だとすれば授業は格好の仕掛け所だろう。無警戒に授業へ参加して強制お着替えショーをさせられては堪らない。


「なんじゃ、お主。そこで何をしておる」

「ひえっ!」


 不意に声を掛けられびくりと身を仰け反らせるルシエラ。

 だが振り返るとそこに居たのはバニーではなく、もっと露出度の高いハレンチな格好をした少女。授業で使う魔石製の的を抱えたナスターシャだった。


「なんだ、ナスターシャさんでしたの。シャルロッテさんだったら一大事でしたわ」


 ルシエラはほっと胸を撫で下ろす。ハレンチな格好ではあるがナスターシャの場合はこれが平常運転。問題ない。


「あれか、しいたけまなこに先制攻撃でもするつもりじゃったかの? うむうむ、それは良い判断じゃ。どれ妾もグラウンドに魔石爆弾入りの落とし穴でも掘るかの」

「違いますの! それどころではなかったんですの!」


 グラウンドを一面地雷原にしようとするナスターシャを羽交い絞めにしつつ、ルシエラは昨夜のあらましを説明していく。


「ふぅむ、委員長達がバニーガールの格好のう……。あれは普段使いの制服より魔法使い向けの衣装じゃしの、単に実技実習で着る前に試着していただけの話じゃと思うが」


 説明が終わると同時に解放されたナスターシャは、ふむと小さくうなって腕組みをする。


「あの格好をそう評するのはナスターシャさんだけですわ!」

「いや、現に委員長はしておったのじゃろ? その行動こそ妾の方が正しいと言う証左であろうよ」


 ビシッと指を立ててツッコむルシエラに、腕組みしたナスターシャが自信満々に胸を持ち上げて言い返す。


「……な、なんだかわたくしが狂ってるように感じてきますわ」


 そのあまりに堂々とした物言いに、昨晩の委員長達を思い出したルシエラは少しだけたじろいでしまう。


「そこで弱気になる必要ないと思うけど。えと、フローレンスさん達にも聞いてみる?」


 ミアがグラウンド横の器具室から丁度出て来た所のフローレンスとセリカを呼び止め、ルシエラがナスターシャにしたのと同じ説明をする。


「いや、おめーそこで自信なくしてどうするですよ。どう考えたってあれが痴女です」

「そうですわよね、自分で説明していて気が触れたとしか思えませんわ」


 呆れきった顔をする二人にルシエラは安堵する。どうやらちゃんと世界はいつも通り、貞操観念が逆転した世界に迷い込んだわけではないらしい。


「っていうかルシエラ、夢でも見てたんじゃないの? 大方寝る前にバニー姿のミアとエッチなことでもしてたんでしょ」

「してないですの! 風評被害、激烈無比な風評被害ですのっ!」

「だってねぇ……件の委員長達、今普通の制服を着てるわよ。とても昨日バニーガールの格好なんてしてたとは思えないんだけど」


 疑いを込めたジト目でルシエラを見つつ、フローレンスはルシエラの後ろを指差す。

 ルシエラが振り返ればそこにはいつも通り制服姿の委員長達三人の姿があった。


「あ、あら、本当ですの。でも昨日は本当に着ていたはずですの」

「ふむ、真偽が気になるのならば直接聞いてみればよかろう」

「そ、そんなこと聞ける訳がありませんわ!」


 あの真面目な委員長にそんなハレンチなことを尋ねたならば、間違いなくゴミを見るような眼差しを向けられてしまうことだろう。

 その冷たい眼差しを想像してルシエラはぶるりと身震いした。


「なんじゃ、そんなことで気後れすることなかろうに。どれ仕方ないのう、ここは妾が一肌脱いでやるとするかの」


 そんなルシエラの様子を見て、何を勘違いしたのかナスターシャがぽんと胸を叩いて委員長達の所へと歩いて行ってしまう。


「止めてくださいましナスターシャさん! それはありがた迷惑の自爆テロですの!」


 だがルシエラが制止するよりも早く、ナスターシャは委員長達と話はじめ、


 ──あ、多分わたくし変態扱いされてますわ。


 程なくして、想像通りの冷たい眼差しが一斉にルシエラへと向けられた。


「……ルシエラ、気にするんじゃないわよ。あれは姉さんが全面的に悪いんだから」


 フローレンスは申し訳なさそうな顔でそうフォローすると、しょぼんとうな垂れるルシエラの肩にぽんと手を置いた。


「え、えーと、あれですよ。これで委員長達がバニーをおかしな格好だって思ってるって分かったですからね。ルシエラ、前向きに生きろです」

「ん、そうだね」

「……とりあえず全て忘れて授業に向かうことにしますわ」


 とてもではないが前向きにはなれず、うな垂れながら半ば現実逃避気味に授業に向かうルシエラ。

 とは言え、迂闊に魔法が使えない以上は実技に参加する訳にはいかない。

 特別講師であるシャルロッテにまだ体調がすぐれないと嘘の説明をすると、そんな嘘百も承知だろうシャルロッテも「大変だねぇ、お大事に」といけしゃあしゃあと心配の言葉で了解した。

 そんな形式だけの会話を終え、ルシエラはグラウンドの隅で三角座りをすると、シャルロッテに警戒の眼差しを向けながらクラスメイト達の初実習を見学する。


 ──シャルロッテさん、意外と教え上手ですわね。代々ヴェルトロンの当主は観察眼に優れているといいますものね。


 意外なことにシャルロッテは授業中に何かを仕掛けてくることはなく、それどころか実に真面目に授業を行っていた。この国と魔法の国との魔法水準に差があることを差し引いても、この授業内容なら特別講師として十分な働きなのではないだろうか。


「なになに、ずっと見てるけどルシエラなんか用? そろそろペンダント渡してくれる気になった?」


 授業後も自らの動向を注視ししているルシエラに気づき、朝礼台に腰掛けて片付けの様子を見守っていたシャルロッテが小走りで駆け寄ってくる。


「渡すつもりはありません。観測魔法を張り巡らしておきながら真面目に授業をしてみたり、本当に何の企みですの」

「授業と企みに関係はないよね。無関係ならちゃんと授業してあげるのが義務じゃないかな、私お給料出てるみたいだし」

「関係ないと言っておきながら生徒をバニーガールに変えているでしょう!? あれ、貴方の企みですわよね!?」

「うさちゃん?」


 シャルロッテは一瞬だけ小首を傾げるが、


「ああ、そうそう! あれだね! そうだよっ☆ ずばっとして、びゅーんとして、みみみっだね!」


 すぐにいつも通りの表情でウィンクをした。


「何ですの、知ったかぶりのような適当な反応! そんな態度だから貴方に魔法の国の女王を任せられないのですわ!」


 その反応にルシエラは大いに憤った。


「やっぱり……私思うんだけどね、ルシエラは私と同じぐらい女王の座に拘ってるよ。ううん、私以上かも」


 そんなルシエラの眼をじっと見つめ、不意に表情を真面目なものにしてシャルロッテが言う。

 その見透かしたような眼差しに、ルシエラは僅かに気圧され気勢が弱まった。


「……拘っていると言う表現は的確ではありませんわ。かつての自分が不甲斐ない女王だった反省、言うなれば贖罪ですの」

「そこも私と同じだねっ。私も昔自分の失敗で色んな関係壊しちゃったんだ、だから私は女王になって壊したものを直したいんだよね」

「シャルロッテさん、それは……」


 いつも通りあっけらかんと言うシャルロッテ。

 一方、ルシエラは思わぬ返答に困惑する。現在進行形で他者を顧みないこの少女が、他者を顧みなかったことを反省し悔い改めたはずの自分を同類扱いしているとは思ってもみなかった。


「そう、私とルシエラは似てるんだよ。過ちを自分で取り戻すことに躍起になってる、誰かが取り戻してくれるなんて信じてない。本質的にはどっちも自分勝手だよ」

「っ……!」

「だから私とルシエラは今お話しても平行線だと思うな。私達はお互い、自分で過ちを取り戻さないといけないって思ってるんだから分かり合えないよ」


 シャルロッテがぴんと右の人差し指を天高く伸ばし、夕暮れの空にそびえる時計塔の鐘がりんごんと鳴り響く。


「そーゆーことでっ、お互いのワガママをぶつけ合っちゃお☆ 私は倒れたルシエラを踏んづけても女王になるため前に進んでく。さあ、うさちゃんパーティの時間だっ☆」


 図星をつかれて拳を握るルシエラの前、シャルロッテがくるりと回転して赤いバニー姿に変身する。

 周囲の空気が変わったことに気づいたルシエラが辺りを見回し、同じく異常に気付いたミアがルシエラの所へと駆け寄ってくる。


「ルシエラさん。空気、変わった」

「ええ、わかっていますわ!」


 先程まで制服姿で片づけをしていたクラスメイト達も、今は皆バニー姿で片づけをしている。この状態で制服姿のルシエラに気づいたのなら、昨晩のようなことが起こるのだろう。


「わ、ルシエラとピンクの人だけ変な格好だね。きっと委員長さん達に見つかったら生徒指導だねっ」


 シャルロッテが茶化すようにそう煽る。先程まで彼女が持っていた湿った感情は無邪気な笑顔に隠され、もはや微塵も感じ取れない。


「こういうカラクリでしたのね!」


 こうなる直前、時計塔からごく微量な魔力が放出されたのがわかった。クラスメイト達がバニーになった原因は時計塔に施された何らかの細工で間違いないだろう。

 これは間違いなく罠だ、そうでなければこんなにあっさりとネタばらしする理由が無い。その証拠にシャルロッテは立ち位置こそ時計塔とルシエラの間に立ってはいるが、ルシエラが時計塔に駆け上るのを本気で止める素振りが無い。


「わわわ、もうすぐ見つかっちゃうね。どうする、ルシエラ? 今晩は一晩中かくれんぼしちゃう?」


 そんなつもりはないだろう、すぐに時計塔に向かうんだろう。そう言外に付け足してシャルロッテがルシエラを煽る。

 ルシエラはシャルロッテを睨みつけるが、それでもこの状況下で選べる選択肢は一つだけ。

 魔力感知に長けたナスターシャでも昨晩のバニーガール達に気づいていなかった。そのことから考えてもこの時計塔に施された魔法は恐ろしく精緻であり、その上影響を広範囲にばら撒く厄介な代物。ルシエラでもここからではその全貌は把握できず、全貌を把握しない事には対策できない。

 つまり罠だと分かってそれを踏み抜いた上で思惑を越えて突破するしかないのだ。


「ミアさん、時計塔に行きますわ。ただし気を付けてくださいまし、これは間違いなく罠ですわ」

「ん、わかってる」


 手を振るシャルロッテを尻目に、ルシエラとミアは時計塔の扉をこじ開けて内部の螺旋階段を駆け上って機関部へと踏み入り、更に機関部から屋上へと続く階段を昇っていく。

 階段を上り切った果て、三角屋根から吊るされた大鐘の前には一匹の生物が鎮座していた。

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