7話 黄昏は巨人の国8
その後、ルシエラとミアは先程の小高い丘でフローレンス達と合流する。
「先輩もルシエラも無事だったですか! あんまりにも遅いから心配してたですよ!」
「まあ、私達が無事なんだから無事だったと思ってたわよ。他の魔法使いはちゃんと後ろに避難してるから」
「ええ、心配をお掛けいたしましたわ」
「ん、そうだね」
「お前らー、今はそんな和気あいあいとやってる場合じゃないんだが!? しゃれにならんぞこれー!」
表情を僅かに緩ませて一息つこうとするルシエラに、シルミィがルシエラの後ろを指さしてまくしたてる。
「そこも承知しておりますわ。道中繰り返し確認してきましたもの」
言いながらルシエラも振り返る。
ルシエラの見下ろす平原は闇。夜の帳を塗りつぶすネガティブビーストの嵐。
そこには星の瞬きも、月も、普段はそれらに照らされて眠る草木も何も見えない。そびえ立つ巨人の紅い双眸と核となるプリズムストーンの欠片が爛々と黒に輝くのみだ。
「ん。あの赤い二つの光、目だよね? 目の高さ的には鋼の巨人より大きい気がするけど、大きさどの位かな」
「とんでもなくでかいかバカでかいの二択だろ!」
「どっちも同じじゃないのよぅ!」
「そもそもわかる訳ないだろ! あの魔法陣の中は視界狭いし、まともな魔力感知も通んないんだからな! 常識的に考えろ!」
シルミィは吼えるフローレンスの両腕を掴んで、ぐるんぐるんとジャイアントスイングする。
「ぎゃあああーーっ!」
「多少お前を認めてやったのに、またダメ人間なムーブ決めるなーーーっ!」
小柄なシルミィがフローレンスを振り回す様子はまるでプロペラ。今にも飛んでいきそうだ。
「あー、またやってやがるです」
「えと、待って。その質問したの私だから、ね」
「気にするな。願掛けの一種だ、こいつを虐げると大体ナスターシャが来るんだ」
「そうじゃな。しかし、その後お主が痛い目に遭う所までで形式美じゃがの」
シルミィの願掛け通り、垂直に箒を急降下させたナスターシャがシルミィの頭部に着地。振り回されていたフローレンスが遠心力で草の上を滑り、ドゴッと鈍い音を響かせてシルミィの頭部が地面にめり込んだ。
「あら、ナスターシャさん。姿が見えないと思ったらどこに行っていましたの?」
「うむ、魔法陣内部の偵察じゃ。妾の魔力量ならばすぐには取り込まれぬし……あの邪悪なしいたけまなこに借りを返さねば妾の気も済まぬ」
必死に首を抜こうとするシルミィの背中に腰掛け、ナスターシャは不満げに頬杖をついた。
「ナスターシャさん、押されておりましたものね」
「今更オブラートに包んだ物言いなど要らぬじゃろ。好き放題ボコボコにされたが正しい、物事は正しく認識せよ。天才じゃのとチヤホヤされていた驕りは今日で一切合切吹き飛んだわ」
──あら、ナスターシャさんも意外と打たれ強いのですわね。
シャルロッテに翻弄されたことで逆に闘志を燃やすナスターシャ。ルシエラはその様子に安堵と心強さを覚えた。
「それで姉さん、中の様子はどうだったの!?」
草まみれになったフローレンスが駆け寄りながらナスターシャに尋ねる。
「うむ、内部は余すところなく黒い嵐が吹き荒れておる。……そして、あの紅い双眸を持つ大巨人は魔石地帯を離れ、鋼の巨人に代って都市部へと行進中じゃ」
「ナスターシャ! それは本当か!? このままじゃ魔法協会終了のお知らせになるんだが!?」
シルミィは埋まっていた顔を勢いよく引き抜いて、自らの背に乗るナスターシャを弾き飛ばしながら立ち上がる。
「安心せよ。魔法協会どころかアルマテニアが終了する大きさじゃ。魔法協会如きに気を揉む暇なぞなかろうよ」
空中で姿勢を制御し、箒に腰掛けながらナスターシャが言う。
「そんなになのか?」
「そんなにじゃ、鋼の巨人より更に大きい。しかもボディはネガティブビーストの類、生半では止まらんじゃろうよ。今は宵闇に紛れておるのがせめてもの救いじゃろうな」
空を見上げてナスターシャがため息をつく。
「……つまり、夜明けまでに大巨人を打ち倒し、魔法陣を破壊しなければならないのですわね」
「お主の目算ではいけそうかの?」
「妨害がある以上わたくしの独力では片方ですわね。大巨人が動き出して魔石地帯から離れてしまったのが痛いですわ」
どちらか片方を破壊することは可能だろう、あるいは邪魔が入らなければ両方解決することもできる。
しかし、アンゼリカとシャルロッテ、魔法の国の御三家のうち二人が揃ってしまっている。
アンゼリカはルシエラの前に必ず現れ、シャルロッテはそこに乱入して抜け目なく遅延行為をしてくることだろう。
「つまり一方はアルカステラ……魔法少女に頼らざるを得ぬ訳じゃの」
「でも、ルシエラ。変身用ペンダント……取られちゃったんでしょ?」
「ええ、わたくし抜きでシャルロッテさんから取り返して貰う他はありませんわ」
恐る恐る尋ねるフローレンスにルシエラが重々しく頷き、場に暫しの沈黙が流れる。
「ぐむー。そもそもの話、ナスターシャ以外まともに動けんだろ。視界がなくて迷子になってる途中に魔力切れで終了が関の山だぞ。せめて私達があの魔法陣内でもまともに動ける手段があればいいんだが……」
「あるぜ支部長さん。その手段がよ」
黒く吹き荒れる嵐を睨むシルミィの呟きに、腕を組んで現れた白衣の女がそう返答した。
「したり顔で突然現れたこの方、一体どなたですの? 今すぐお洗濯したくなるような格好ですけれど、拷問係の中の人辺りなんですの?」
突然登場したの見ず知らずの女にルシエラが小首を傾げる。
「そいつ列車に乗ってた奴です。フローレンスん家のかーちゃんがセリカに押し付けてったです」
「あれじゃルシエラ、密売人じゃ。グリッターを飲んで軍の病院に入院しておった奴じゃ」
「ああ、この方でしたの!」
正体に納得したルシエラがぽんと手を合わせた。
「それでイヴリン・ハミルトン! どんな手だ! 本当にそんなことができるんなら、この際猫の手だろうが洗濯前の白衣野郎だろうが手を借りたい!」
「魔法協会の存続のためと聞いて勇んで駆け付けてきたら、酷ぇ物言い。最近の嬢ちゃん達は容赦ねえなぁ」
女はそう言っておどける様に肩を竦めて見せる。
「全裸の姉ちゃん、俺の専門は覚えてるか?」
「大地を走る魔脈の経路とその魔力量じゃろ、流石に今日の事は覚えておるが」
「それが役に立つわけだ。魔力が奪われる内部では魔脈の魔力をコンバートして都度補えばいい。そうすりゃ魔力切れの心配も要らねぇぜ」
「ん、でもそんなに都合よく取り入れながら辿り着けるの?」
至極当然のミアの問い。
女はよくぞ聞いてくれたと顔を綻ばせた。
「できるんだよなぁ、これが。何しろこの一帯の魔脈の上には線路が通ってる、巨人とやらも魔脈を通して魔石地帯の核と繋がってるはずだ。つまり、線路を辿ればどっちにもご到着できるって寸法だ」
「なるほど、では魔法障壁を展開すれば魔法列車でそのまま突入できますわね」
「運転は任せろです。先輩乗っけてペンダントまで走ってくです」
「セリカさん、よろしく」
──魔法陣が都合よく線路の上を走って行ったと思えば、想像していたよりも遠大な計画でしたのね。
とすれば魔法協会が魔石地帯を保護区域にしていたのもこの時のため、逆転劇のために長年温めていた計画が、シャルロッテが現れたことで実行の機会を得たのだろう。
「上層部が俺の研究を止めたのもこの時のためだな、もしもの逆転劇をさせないための。ふへへっ、ざまあみやがれクソ爺婆共! 研究止めた上に給料削った恨みは忘れねぇぞ!」
「わかる、わかるぞ! 魔法協会を私物化したあのパワハラ野郎共を一網打尽にしてやるぞ!」
「任せろ!」
興奮する女とそれに共鳴したシルミィががっちりと握手を交わし、その怨嗟の籠った熱気に他の一同が一歩後退する。
「と、とにかく、これですべきことははっきりしましたわ」
吹き飛んだままの魔法列車を応急修理に行った女を見送りつつ、いまだに気圧されているルシエラがそう話を取りまとめる。
「そうね。ちょっと地獄へ突撃するような話だけど、やるしかないわよね」
「おう、セリカもできる限りのことはするですよ」
「うむ、筋書きは見えた。問題が無ければこのままいくとするかの」
「……ナスターシャ、私的には特大の疑問があるんだが」
準備に取り掛かろうとしていた四人を傍目に、シルミィが小さく手をあげた。
「なんじゃ?」
「さっきからの作戦、ルシエラの負担が半端ないんだが。どうして単なる学生、その上魔法を使えないクラスのこいつが半分なんとかできる前提なんだ?」
「あ」
──そう言えば、シルミィさんはわたくしが魔法を使えると知りませんものね。
怪訝そうな顔でルシエラを指さすシルミィに、ルシエラは急いで説明を始めるのだった。




