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7話 黄昏は巨人の国5

「ビューティフル……。古の昔、アルマテニアに降り立った白き神アルマは黒き御業で己の半身を大地に封じたという。ならば魔脈から出で、極彩色の輝石を持って闇の寵児となったかの巨人は、その落胤(らくいん)と呼ぶに相応しいのかもしれぬ」


 大巨人が闊歩する平原を見下ろす小高い丘の上、御大層にテーブルまで用意して、老紳士淑女達がワイングラス片手に感嘆の吐息を漏らす。


「まさに。幼い頃、詠唱補助に使う魔石の眩い輝きに魅入られ、この道へと踏み入って数十年。今まで見てきた魔石の中でもグリッターの放つ眩い輝きは格別のもの」

「あんなちんけな魔導砲など無意味だと言うのに、大巨人を止められない魔法総省が慌てふためく様が目に浮かぶようだ」

「ははは、だからこそデモンストレーションになると言うものではありませんか。虎の子の魔導砲を積み込んだ魔法列車が大巨人に踏みにじられれば、愚かな魔法総省の連中も、魔法総省を信任した王家も、我々に劣ると自覚できると言うもの」

「まさにまさに」

「戦士はやがて龍へと辿り着き、それを討って真なる英雄へと至る。実に詩的、栄光ある魔法協会復権に相応しい」


 まるで美術品の品評会でもしているように巨人を眺めて悦に入る老紳士淑女達。

 シャルロッテはいつも通りのキラキラとした眼差しのまま、その様子を観察していた。


「どうしたね、シャルロッテ君。君は飲まないのか? ワインはいいぞ、特に英雄の血潮の如きこの赤は実にいい」

「んー、喉は少し乾いてるけど遠慮かな。私の世界だと未成年はお酒飲んじゃダメだしねっ☆」


 シャルロッテは屈託のない笑顔でそれを辞退し、さりげなく一歩下がって距離を取る。


「では仕方がない、我々だけで乾杯といこう。新たなる勝利に乾杯」

「新たなる魔法協会の栄光に乾杯」

「乾杯」


 カンと音を立てて祝杯をあげる魔法協会の幹部達。

 シャルロッテはそれを遠巻きに見届けると、僅かに小首を傾げながら丘を後にする。


「うん、あのおじさん達訳わかんないねっ☆」


 彼等の行動はシャルロッテにとって度し難い。

 魔法総省を見返すだのと言いつつ他人の力に頼ってみたり、魔法協会の復権と言いながら組織の礎たる自らの部下を虐げてみたり、新たなる栄光を得ると言いながらこんな自爆同然の計画を立ててしまう。


「でも私としてはお得だから文句ないけど」


 度し難くはあるが、コンプライアンスを重んじるシャルロッテとしては都合がいいのも事実。

 愚かな彼等よりも愚かであるシャルロッテには、どうしても女王にならなければならない理由がある。

 彼等が崖を転がり落ちることで自らが女王に近づけるのなら、転がり落ちる彼等を足場にしてでも女王になる。最初からそう決めている。


「いいよねぇ、アンジェは。願いの源泉が憧憬なんだから」


 遠い目をしてシャルロッテが呟く。

 シャルロッテが女王の座を望む理由は強迫観念、あるいは贖罪。アンゼリカに比べて暗く後ろ向きなものなのだ。

 かつてヴェルトロン当主だった叔母は魔法の国(グランマギア)の改革をしようとしていた。それをシャルロッテが何気なく母親に教えてしまったがためにそれは露見し、頓挫した。

 結果、ヴェルトロンは御三家の中で立場を失い、叔母、更に自らの妹までもが異世界に放逐されてしまった。

 だからシャルロッテは女王になって取り戻さなければならない。自分の過ちで失ってしまった全てを。


「シャルロッテさん」


 いつもの笑顔の裏に暗い決意をするシャルロッテの前、同じように暗い表情をしたアンゼリカが立ち塞がった。


「やほー、アンジェ。こんな時間に出歩いてて門限ダイジョブ?」


 内心少し焦りながらも、シャルロッテはいつも通り片手をあげてにこやかに挨拶する。


「単刀直入に言います、あの鋼のお人形に仕込みましたね?」

「あー、あれ? あれはあのおじさん達が勝手にやったんだよ、私は知らないかなっ」


 黒い感情を湛えた瞳を向けるアンゼリカに、視線を泳がせながらシャルロッテがすっとぼける。


「なら言い方を変えます。最初にグリッターの製法を渡した時、あの人達が全容を理解できないのをこれ幸いと余計な効果を仕込みましたよね?」

「知らないよっ」

「そうですか……国ごと飲み込むプリズムストーンの再生、ここまで言っても知らんぷりします?」

「あー、やっぱりアンジェは見逃してくれないかー。困っちゃうねっ」


 自らの企みが完全に看破されていることを悟り、シャルロッテはオーバーなアクションで困り果てたことをアピールする。

 アンゼリカは魔法の国で神童と呼ばれるほどの魔法の天才、見落とすのを期待するのは流石に分が悪い賭け過ぎた。だからここまでは仕方ない事、問題はここからどう切り抜けるかだ。ポジティブに行こう。

 この前助けた借りだけでは流石に釣り合わないだろう、この前食べた限定ドーナツを奢って恩を売っておけば多少は違ったかもしれない。

 かと言って暴力沙汰覚悟でシャルロッテが戦うのも無理がある。彼女は魔法の天才、魔法の国でも僅かな人間しか理解できず、机上の空論とまで言われた術式を使いこなすほどなのだ。


「それ、手伝ってあげましょうか?」


 大急ぎで思索を巡らせるシャルロッテだったが、予想したのと真逆の言葉にそのしいたけまなこを見開いた。


「アンジェ本気で言ってる?」

「ええ、本気です。今までしたことが無駄な努力でも、私はルシエラさんに見て欲しい。それが例え罵られ、後ろ指を指されるような方法だとしても」


 その瞳に暗い炎を燃え上がらせるアンゼリカを見て、シャルロッテは嘆息する。

 親友は愚かにも答えを誤った。それは普段の彼女ならば決してしない過ち。

 今までの努力が間違っていたのなら、改めて正しい方向に努力し直せばいいだけのこと。そうしなければ、積み重ねた努力は本当に無駄なまま終わってしまう。

 シャルロッテはその事を教えるべきか少しだけ迷うが、


「やったー。ラッキー、助かる☆」


 結局、その過ちを利用することに決めた。

 彼女が自らの企みに手を貸してくれるのなら、奔走しなければならないはずのあれやこれやが一気になくなる。次期女王への道筋が一気に開ける。

 友情には背くことになるだろう。それでもシャルロッテは女王になりたい。特に放逐された妹をヴェルトロン家に呼び戻すためならば、全てを踏み台にしても躊躇わない。それは友情とて例外ではない。


「それじゃアンジェの気が変わらないうちに急いじゃお! あのおじさん達の魔法大したことないから、あの大巨人もすぐに壊されちゃうだろうからねっ☆」


 懐中時計を取り出して時刻を確認するシャルロッテの頭上、夕闇を切り裂くように光の線が伸び、巨人の胸を刺し貫いた。


「わ! 予定よりも早いねっ! さては向こうもプリズムストーンの欠片を使ったね、アンジェはどう思う?」

「さあ? ルシエラさんが居れば幾らでも壊す術なんてありますよ。だからこそ……私はあの人の心に消えない爪痕をつけたい。例えそれが好敵手ではない単なる敵だとしても」


 わざとらしく驚くシャルロッテにも、貫かれた巨人にも一瞥をくれず、アンゼリカは暫しルシエラの居るだろう方角を見据えて姿を消した。


「ごめんね、アンジェ。私、それでも女王にならないといけないんだ。女王争いは恨みっこなしって約束してるから許してね」


 それを見送ったシャルロッテは一人そう呟く。

 賢いはずのアンゼリカが目を眩ませ、いがみ合っていた魔法協会と魔法総省が困難を前に手を組んでいる。

 功も罪も合わせてそれがルシエラと言う少女が持つ輝き、それはきっと女王に相応しい主役の輝きなのだろう。


「そう思うってことは私も意識してるってことだもんね。うん、絶対に負けられないね。待っててねコレちゃん、お姉ちゃん絶対にお家に戻してあげるから」


 だからこそ、シャルロッテは卑劣な手を使ってでもここで勝つ。女王争いの舞台には絶対にあがらせない。


「おお、シャルロッテ君! こんな所に居たのかね! 大変なことになったぞ!」


 そこへ焦燥した様子の魔法協会幹部達がやって来る。


「あれー、おじさん達。酒盛りはもういいの?」


 湿った感情と決意を人懐っこい笑顔で隠し、シャルロッテは魔法協会の面々へと向き直る。


「そんな場合では無かろう! 今のを見ていなかったのかね!? 大巨人が! 我々の希望の星が穿たれたのだ! 困るよ! こんな半端な術式を提供されても!」

「然り! このままでは我々の魔法研究の成果が、我々の立場が、窮地に追い込まれているのだ! このまま負ける訳にはいかない!」

「どうしてこうなった! どうしてこうなった!」


 幹部達はシャルロッテを取り囲むようにして必死にまくしたてる。


「えーと、うん、大丈夫、問題なし! 魔法研究も立場も手遅れだけど、おじさん達は負けてないよっ!」


 シャルロッテは笑顔のまま、ぐっと親指を立ててサムズアップする。

 そう何も問題ない。シャルロッテに頼った時点で彼等にはプライドも、研鑽も、立場も全てなくなっている。そんな事は当の本人達以外、皆最初から知っていることだ。


「シャルロッテ君、それはどういう……」

「だって、おじさん達も大巨人の一部になって、これから熱いバトルを始めるんだからねっ☆」


 幹部達が尋ね終わるよりも早くシャルロッテがそう返答し、巨人から吹き出した漆黒の血潮が幹部達を一人残さず飲み込んだ。


「さあ、始まりだね。女王の座を賭けて勝負だよ、ルシエラ」


 平原に吹き荒れる漆黒の嵐を背に、シャルロッテは紅の髪をなびかせた。

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