7話 黄昏は巨人の国2
ナスターシャが視線を向けたのは、床で倒れているシルミィだった。
ルシエラ達が散々騒がしいやり取りをしていたせいか、彼女はうめきながら目を覚ましたところだった。
「んああ、ここ支部の中なのか? なんか全身激痛で動くのも辛いんだが……」
シルミィは机を掴みながらよろよろと立ち上がると、ふらふらと体を揺らしながら椅子に腰かけた。
「そうかそうか。まあそこに座っておれ、丁度妾達もお主に尋問したい所じゃての」
言いながら、ナスターシャは魔力の鎖でシルミィを椅子に縛り付けた。
「うおいっ!? ナスターシャ! なんでいる!? って言うかなんだこれ! 拷問か! 変態な格好してる痴女だと思ったがやっぱりお前は拷問係と同族だったのか!?」
縛られたシルミィが椅子を揺らして暴れだし、それを見たナスターシャが椅子に魔力のアンカーを付け足した。
──流石ナスターシャさん、やることに容赦がないですわ。
「シルミィ、魔法協会が鋼の大巨人を使って北部平原の陸軍基地を襲撃した。今現在も街へ向けて行軍中じゃ、知っていることを洗いざらい話せ」
「はぁ!? なんだそれ! 知らんし! 知ってても魔法総省寄りのお前には言わないからなっ! ちょっと天才だからって舐めるなよ!」
ナスターシャの言葉に猛反発するシルミィ。
普段の二人のやり取りがどんなものか、ルシエラはこの短いやり取りで大体察してしまった。
「ならば魔法協会の歴史はおしまいじゃ。今は叔父上とローズが演習などと言って誤魔化しておるが、都市部に踏み入れば間違いなく被害甚大。もはや言い訳はできぬ」
「そんなにか……?」
「そんなにじゃ」
シルミィは意気消沈した顔で暫し黙りこくっていたが、
「私は本当に知らないんだが……」
更に泣きそうな顔になってそう答えた。
「シルミィさん、大巨人と言うのは貴方達がグリッターを飲んでから変貌したものなんですの。本当に何も知りませんの?」
「知らない。上から押し付けられたのを嫌々飲んだだけなんだ。誰が好き好んであんなの飲むか」
「ん、この顔は本当に知らないと思う」
「そうじゃな。こやつはそんな小器用な演技はできぬ、知らぬのは本当じゃろう」
ミアの言葉に頷いて、ナスターシャはもう用済みだとシルミィに背を向ける。
「ま、待てナスターシャ! その大巨人とか言うのを止めれば魔法協会は無事なんだろうな!?」
「陸軍基地を襲撃じゃぞ。今まで通りとはいかんじゃろ」
「ふざけんな……。この支部守る為にあんな怪しい魔法薬まで飲んだんだぞ。その終わりがこんなのなんて理不尽だろ」
今にも消え入りそうな顔をしたシルミィが俯いて唇を噛む。
「……アンタ、そこまでしてこの支部守りたかったの?」
流石に気の毒に思ったのだろう、心配そうな顔でフローレンスがそう尋ねる。
「当たり前だろ! この劣等生のクサレパンプキン! 残された連中の事なんて微塵も考えず、魔法総省なんてもの作ったやつらに私の気持ちが分かってたまるか!」
フローレンスに心配されたのが逆に悔しかったのかシルミィは、語気を強めてがーっと吼えた。
「ふぅむ、やはりお主が突っかかって来るのはそう言う理由もあったか」
そんなシルミィの様子に、ナスターシャは納得したように小さく息を吐いた。
「と、おっしゃいますと?」
「魔法総省の功罪じゃな。妾達の祖母は先鋭化した魔法協会を危ぶみ、弟子や同士達と共に魔法総省を立ち上げた。しかし、様々なしがらみから魔法協会に残らざるを得なかった者達もおる」
「残った方々の魔法協会における立場は相当危ういものになったでしょうね」
「うむ、そのようじゃな。かく言う妾も、その確執を実際に直視したのは今日が初めてじゃがの」
ルシエラの言葉にナスターシャが重々しく頷く。
「そうだ、私達ブランヴァイス家は元々この支部を治めてた。だからこの支部は今でも冷遇されてる。だから一門で唯一残った私の分家は支部を守ってやる義務がある」
「自らグリッターを飲んでまで、ですのね」
その言葉にシルミィが頷く。
シルミィの意外な責任感にルシエラは感心する。彼女の行動は決して褒められたものではなかった、だが彼女の志自体は立派なものだ。
──対するわたくしは全てを統べる立場でありながら、魔法の国を捨てたようなものですものね。
責任を果たさなかったかつての自分、それが今必至に責任を果たそうとしている彼女の首を絞めている。
ならば救いの手を差し伸べるのはルシエラの義務だ。いや、義務を差し置いてもルシエラ個人として助けてやりたい。我ながら少し甘いかなとも思うのだが。
そう考えて、ルシエラはシルミィに助け舟を出そうとするが、そこでフローレンスもやきもきした様子で二人を見ていることに気づく。
──あら、さてはフローレンスさんも同じ気持ちですのね。
にも拘わらずフローレンスが二人の会話に割りこめないのは劣等感からか、あるいは自分への自信の無さからなのだろうか。
「迷っていないでお行きなさい」
故にルシエラはとんとフローレンスの背中を押してやる。
「え、ルシエラ……」
よろめきながら二人の間に割って入る形になったフローレンスは、ルシエラにすがるような視線を向ける。
「すべきことをしないと寝覚めが悪くなるのでしょう? 貴方のしようとしていることは間違っていませんわ」
だが、ルシエラはあえて行動せずにそう言ってフローレンスを見守る。
彼女達一門の因縁に起因するのならその中で解決するのが最善だろうし、少なくとも部外者のルシエラよりも心に刺さる言葉を言えるはずだ。
最悪の場合にだけ尻拭いをするつもりでルシエラは動向を見守る。
「う……うう! わかったわよ! ええと、姉さん!」
「なんじゃ、珍しく割って入って来たかと思えば」
「このタイミングでシルミィ突き放してどうするのよ! そんな態度だから話が拗れるのよ、流石に可哀想でしょ!?」
「いや、そうではあるのじゃが……」
顔を赤くしたフローレンスが精一杯の虚勢でそう吼え、ナスターシャが狼狽える。
「で、シルミィもシルミィよ。普段は尊大な癖にしょぼくれるだけでどうするのよ、そこは姉さんに交渉を持ち掛けてでも存続狙いなさいよ! 大切なんでしょ」
「それはそうなんだが……。ナスターシャは魔法総省の幹部候補だろうが所詮まだ入る前の学生だし、こんな土壇場の交渉ができる相手じゃないだろ」
「なら、母さんを引っ張り出す取っ掛かりにでもしてみせなさいよ。私にこんなこと言われちゃったらアンタ本当におしまいなんですからね」
フローレンスとシルミィがむむむと睨めっこし、
「フローレンスの奴、ただの劣等生かと思えば意外と根性あるじゃないか……どうなんだ、ナスターシャ。交渉の余地はあるか?」
ふんと小さく照れ隠しをしてシルミィがそう尋ねる。
「うむ、この間の女も丁度同じような交渉をしてきおっての。ローズは魔法協会と魔法総省が切磋琢磨できることを望んでおった。上手く事態を収めれば余地はあるじゃろ」
「わかった。なら手を貸すから交渉を頼む」
シルミィが小さく頷き、ナスターシャもそれに頷く。
「少し足りませんわ。シルミィさん個人ではなく魔法協会として動いてくださいまし、そうすれば愚かな上層部を糾弾できる自浄作用のある団体とアピールできますわよ」
それを見て、そろそろ出張ってもいいだろうとルシエラが横からそう口を挟んだ。
「むぅ、だがこの短時間で集まるか?」
「あら、自信を持ってくださいまし。シルミィさんは他人の迷惑はともかくとして支部のために動いていたのでしょう、きっと皆さんもその姿を見ているはずですわよ。それに……どう考えてもあの方々、人徳ありませんもの」
「ちぇっ、アンゼリカも同じような事言ってたな。こうなるんなら忠告聞いといて反乱しておけばよかった。無駄な労働したぞ」
シルミィは拗ねるようにそう言うと、少女達を連れ立って素早く部屋を後にする。
──意外ですわ、アンゼリカさんも同じことを言っていたのですわね。
シルミィの呟きの内容にルシエラは少し驚く。アンゼリカはシャルロッテとは違い多少この世界のことを考えてくれているのらしい。
だとすれば、彼女はルシエラへの執着で目を曇らせているだけなのだろう。どうすれば彼女に進む道を正してやれるのだろうか。
「……ルシエラ、アンタ私に任せた風に見せかけていいとこ持ってちゃうわねぇ」
そう考えながらシルミィの背中を見送るルシエラに、フローレンスがジトっとした視線を向けて言う。
「あ、申し訳ありませんわ。つい、ですの」
「まあ、感謝こそすれ文句はないわよ。アンタが背中押してくれたおかげで多少シルミィに見直されたのは事実だから」
言って、フローレンスとナスターシャも準備のために部屋を後にする。
そして、部屋にはルシエラとミアが残り、
「ミアさん、わたくし達も急ぎましょう」
「うん、そうだね。あ、えと、今の良かった。流石は切磋琢磨できるライバルだね。そう言うの大事だと思う」
「え、ええ? ありがとうございますわ」
嬉しそうにそう言ってルシエラの腕に抱きついてくるミアに、ルシエラは小首を傾げるのだった。