7話 黄昏は巨人の国1
第三話 黄昏は巨人の国
「大事になって急ぎ来たが、こちらも大事になっておるな!? ルシエラ、仔細を説明をせよ!」
シャルロッテとアンゼリカが立ち去るのと入れ替わりで、援護に入ろうとしていたナスターシャが屋根から飛び降り、ルシエラの所へと駆けつけてくる。
ルシエラは大きく深呼吸して気持ちを落ち着けると、凛然とした表情でナスターシャへと向き直る。
「説明は魔法協会の中でしますわ。そこの黒い粘液、シルミィさん達ですの。まずはそれを元に戻しましょう」
「う、うむ」
勢いよくやって来たナスターシャを押し止め、建物へ入るように促しつつ、ルシエラはシルミィ達だった黒い塊を肥料袋に回収していく。
途中、今すぐにでもアンゼリカ達を追いかけたい気持ちを押さえるため、ペンダントの無くなった胸元に手を当て自らを戒める。
──わかってますわ、今わたくしがすべきことはこちらですの。そうでなければ、わたくしはアンゼリカさん達を糾弾する言葉を失いますわ。
「さあ、行きましょう。ミアさん」
「ん」
ルシエラはそう自らに言い聞かせ、ナスターシャの後を追って魔法協会支部へと入っていく。
支部に入ってすぐの廊下には、扉を守る番人のようにフローレンスが立っていた。
「ルシエラ、建物凄く軋んでたけどどうなったの!? ミアとアンタがこうしてるんだから無事だとは思うけど、一人で奥行っちゃった姉さんもこっちの事情まるでわかんないって言うし!」
「ええ、形見のペンダントは奪い去られてしまいましたけれど無事ですわ」
「ええっ!? それ無事じゃないじゃない! アンタにとって凄く大切な物の上に魔法少女に変身できるアレよね!?」
その言葉を聞いたフローレンスは目をまんまるにしてルシエラへと詰め寄った。
「勿論、奪われたままにしておくつもりは毛頭ありません。ですがそれは後で反撃すればいいだけのこと、人命が損なわれていないだけでまずは十分ですわ。ただ、シルミィさん達は施設を借りて元に戻す必要がありますの。フローレンスさん交渉をお願いできますかしら?」
事もなげにそう言って、シルミィ達である黒い塊を入れた肥料袋を見せるルシエラ。
「ええ、それぐらいは私だって手伝うけど……。アンタ、滅茶苦茶打たれ強いわよね。心配してた私の方がよっぽどダメージ受けてるわ」
まるでめげないルシエラの様子を見て、フローレンスは感心したような呆れたような顔をする。
「積み重ねた敗北の年季が違いますもの。必至に努力してなお負けて絶望するのは数度で慣れましたわ。敗北の後はそれを悔やむことよりも反省して動くことの方が大事ですの。ミアさんに負ける度、計画、実行、敗北、反省、改善のサイクルを回してきた経験が生きていると言うものですわ」
自慢げに胸を張るルシエラ。
「あのねルシエラさん。敗北、組み込んじゃダメだと思う、よ?」
「ほんと、いいこと言ってるようでナチュラルに負け犬根性が染みついてる思考よね」
フローレンスは感心半分の表情から完全に呆れた顔になると、交渉のために協会員達が居る部屋へと入っていく。
「研究室はこっちじゃ、急げルシエラ。妾も急用がある故手早く済ませたい!」
交渉に行ったフローレンスが帰って来るのを待たず、鍵の壊された扉を開けてナスターシャが手招きする。
「ナスターシャさん、人様の施設でも容赦ありませんわね」
「急ぎなのじゃろ。ならば事後承諾でよかろうよ」
「えと、ルシエラさん」
苦笑いしながら研究室に入ろうとするルシエラを、ミアは一度呼び止めるが、
「ミアさんどうしましたの?」
「ん、やっぱり後にする。大切なことだけと急ぐわけじゃないから」
僅かな間考えるようなそぶりをすると、ルシエラの後ろに寄り添った。
──ミアさん、何か言いたかったのですかしら? 昔と違って今のミアさんは口数が少ないから気になりますわ。
じっとルシエラを見るミアに小首を傾げつつも、ルシエラは急ぎ研究室へと入っていく。
「してルシエラ、シルミィ共はどうしてこうなった。それがわからねば使う器具が選べぬのじゃが」
フラスコや怪しげな物体が所狭しと並ぶ棚を見回しながらナスターシャが尋ねる。
「ネガティブビーストの進化系だとのたまう鋼の巨人、その中身になってしまいましたの」
「ふぅむ、やはりアレの中身はグリッター由来か。して、どれを使えばあれは戻せる?」
「別に器具なんて要りませんわ、ただのアリバイ作りですの。そこら辺で手早く戻してしまうと色々と勘繰られてしまうでしょう? 使った感を出すためにナスターシャさんは器具の場所を適当に動かしておいてくださいまし」
ルシエラは肥料袋を逆さにして黒い塊を床にぶちまけると、その周囲に魔力で緻密な魔法陣を描く。
黒い塊が魔法陣に染み込むように飲み込まれ、飲み込んだ魔法陣が黒く鈍く輝いて宙に浮かぶ。
「さ、これで準備完了ですわ」
そう言うが早いか、ルシエラは魔法陣を漆黒剣で両断する。
斬られた魔法陣が花火のように眩く輝き、その光の中からシルミィ達が次々と吐き出されて床に転がった。
「終わりましたわよ」
「……妾も一応天才じゃのと称されておるが、お主は本気でバケモノの類じゃの」
その一部始終を見ていたナスターシャは、手にしたフラスコを棚に戻すのも忘れてため息をついた。
「一度見た魔法を完全に使いこなせるのなら、その対応も完璧にできて当然でしょう? それに、わたくしはネガティブビーストを作った回数と年季が違いますもの。全く自慢できないことですけれど」
「それでミアに一度も勝てぬとはお主も不思議な生き物じゃのう。それだけハイスペックなら一度ぐらいはラッキーヒットで勝てそうなものじゃが」
「そ、そうなんですの……。正直、わたくしの能力はアルカステラを上回っているはずなんですの。なのに毎回毎回圧倒的に負けるんですの、何が、何がいけませんの……?」
床に膝をつき、ルシエラは自らの両手を凝視しながら打ち震える。
「姉さん、許可貰って来た……。ってルシエラどうしたの!?」
遅れてやって来たフローレンスがルシエラの様子を見て驚きの声をあげる。
「いつもの」
「おおう、フローレンスか。いや、急に変なスイッチが入ったぽいのじゃが、これどこを叩けば治るのかの?」
「わ、私にわかるわけないじゃないのよぅ! 緊急時なんでしょ、スイッチ押さないでよ! コイツのスイッチ、場所がわかりやすいんだから!」
ダメなモードに入ったルシエラを指差し、苦情を入れるフローレンス。
「それで敗北記録がわんさか増えてますのっ! ああ、ダメですわ。敗北に慣れ切ってしまっていますわ、ちょっと脳内で反省会を行ってきますわ」
「ふぅむ……確かに止まらぬの、こ奴。妾も火急の事態の真っ只中故適当に叩いてみるかの」
ナスターシャは机の上に広げられていた周辺の地図を丸めると、
「反省会は後にせよ。こちらも大事になっている故さっさと妾の話を聞け」
バチンと勢いよくルシエラの頭部に振り下ろした。
「も、申し訳ありませんわ……。それでご用はなんですの」
我に返ったルシエラは叩かれた頭を撫でつつ、しょんぼりとした顔で立ち上がる。
「うむ、お主達が今し方解決したものの類じゃ。陸軍基地が襲われての、ネガティブビースト入りの鉄の巨人が暴れ回った。しかも大きいぞ、少なくともさっき妾が弾き飛ばしたものの十倍はある」
「さっきの時点でこの建物より大きいんですわよ! そんなに大きいんですの!?」
先程の巨人ですら三階建ての魔法協会支部を覆うような大きさがあった。その十倍となればまさに超弩級の大きさだ。
「姉さん、それ倒せたのよね!?」
「いや、残念ながら妾の手持ちでは止められなんだ。陸軍基地を襲った大巨人は街に向けて北部平原の魔石地帯をゆっくりと行進中じゃ、直にここからでも見える様になるじゃろ」
「とんでもない大事ではありませんの!?」
「じゃから妾は最初からそう言っておるが。話を遮ったのは他ならぬお主じゃからな」
驚くルシエラに対し、ナスターシャは不服そうな顔をして組んだ腕で胸を持ち上げる。
「む、むぅ、学園都市に向けて進撃中とはのっぴきならない事態になりましたわ。何が目的なのですかしら?」
「魔法協会の人で知ってる人、居ないかな?」
「丁度手頃な輩が目の前に転がっていることじゃ、試しに聞いてみるかの」




