6話 そのライバルは窓に張り付く11
「っ、アンゼリカさん!」
「ごきげんようルシエラさん、来ちゃいました。あ、その恰好をしている時はダークプリンセスって呼んだ方がいいんでしたっけ?」
「認識阻害が効いていない……変身、見ていましたのね」
「はい、危機一髪でしたねぇ。あの子の使った感知妨害、精度が低くてそのままだったら正体がバレてましたよ?」
手を口に当ててくすくすと笑うアンゼリカ。
「つまり、あの感知妨害はアンゼリカさんのものでしたのね。ご親切にどうも、何が目的ですの?」
「簡単な話です。せっかく枷の無いルシエラさんと戦えるチャンスなんです、邪魔者が入ったら興醒めですよね」
アンゼリカは口の両端を吊り上げて邪な笑みを浮かべると、突き刺さった杖を引き抜いてプリズムストーンの破片を回収する。
「また大きい破片! やはりグリッターでプリズムストーンを修復していたのですわね!」
「あらら、もう知ってたんですか。そうですよ、その方がルシエラさんも必死になってくれますよね?」
「必至もなにも……。シャルロッテさんといい、貴方といい……わたくし、本気で怒りましたわよ」
「うふふっ。ほら、昨晩はイジワル言ってましたけど、やっぱり無視できないじゃないですか」
怒気を纏わせたルシエラを見て、アンゼリカが嬉しそうに笑う。
──ミアさんの言う通りですわ。この方、私に見てもらうことしか考えていないのですわね。
彼女はルシエラすら見ているようで見ていない。ダークプリンセス時代のルシエラ同様、相手に自分を見て欲しいだけなのだ。
この姿を見せらせてしまえば、かつての自分に似ていると納得するしかなかった。
「わたくしは貴方達を次期女王とは認めません。敗北してプライドを砕かれる前にこの世界から立ち退きなさい」
ルシエラは手にした漆黒剣の柄を強く握って憤る。
今の惨劇を見てもなお自分が見てもらうことしか考えない。どうしてそんな相手に女王の座を託すことなどできようか。
「まあ嬉しい。ルシエラさんがそんな強い言葉を使ってくれるだなんて。これってもう相思相愛ですよね?」
怒るルシエラなどどこ吹く風、頬を赤らめたアンゼリカは照れるように俯いて、杖で地面に大きなハートマークを掘っていく。
「聞く耳持たずですのね、後悔しますわよ」
ルシエラが漆黒剣の切っ先をアンゼリカの方へと向ける。
「はい、どうぞどうぞ。実力行使を始めちゃいましょう。私、負けませんから」
対するアンゼリカも杖をくるりと回すと、その先端をルシエラの方へと向けた。
そして、二人は同時に跳ねた。
空中で漆黒剣と杖が交差し、その反動で二人は揃って一回転。僅かな間に魔法戦へと切り替える。
「さあ、今回は倒しちゃいますからね。二度競り勝てばルシエラさんもライバルだって認めてくれますよね? ね?」
先に動いたのはアンゼリカ。
アンゼリカは杖を持たない左手に魔力を集め、ルシエラに向けて魔法弾を打ち放つ。
「無理ですわね。まずはその性根を叩き直すことをお勧めいたしますわ」
ルシエラはそれを悠々と見据え、わざと対応を半歩遅らせて動く。
そして、意趣返しのようにアンゼリカの放った魔法弾に向けて全く同じ魔法弾を打ち放つ。
ルシエラの放った魔法弾はアンゼリカの魔法弾を打ち消し、その残滓をアンゼリカへと届かせた。
「えっ!?」
最初の衝突。その予期せぬ結果に驚きながらもアンゼリカは咄嗟に魔法障壁を展開する。
辛うじて攻撃を受け止め、衝撃でバランスを崩しながら地面へと着地した。
「まさか……打ち負けた!?」
信じられないといった顔で目をしばたたかせるアンゼリカ。
「その通りですわ。貴方も素人ではないのですから、これで理解できると思いましたの」
対するルシエラは悠然と着地。当然の結果だと腕を組む。
半歩対応が遅れたはずのルシエラの魔法弾が競り勝った。それはつまり、同種の魔法を使えばアンゼリカよりもルシエラの方が威力も精度も高水準であると言う証明に他ならない。
「そんなことないです! こんなのただの偶然ですっ!」
アンゼリカは悔しげに唇を噛み締めると、杖を掲げて矢継ぎ早に魔法を放つ。
ルシエラは腕組みをしたまま小さくため息をつくと、またも半歩遅らせてアンゼリカと全く同じ魔法を放ってみせる。
光弾、雷撃、氷塊、炎、風圧。同じ魔法が幾度となく衝突し、その全てでアンゼリカが競り負けた。
「そんな……! どうして、この前は私が競り勝てていたのに!」
アンゼリカの表情から一切の余裕が消え去り、代わりに痛々しいまでの焦燥が浮かび上がる。
「前回貴方が競り勝った要因は術式の世代差に他なりませんわ。ですが、今はそのアドバンテージが消失している。ならばこの結果でも不思議はないでしょう」
「つまり……私と同じ術式を覚えたんですか!? いつの間に!?」
「あら、貴方がお手本を見せてくれたではありませんの」
「え……は? はい!? 一度見ただけで覚えたんですか、私があれだけ必死になって習得した術式をただの一度で! 他の魔法にまで応用させて!?」
杖を持った手を震わせながら、アンゼリカが絞り出すような声で問う。
「ライバル視して追いかけているのに、わたくしのことを何も見ておりませんのね。わたくし、一度見た魔法はより高精度になるようアレンジを利かせて使いこなせますの。例外はありませんわ」
「っううう!! せっかく貴方に追いつけたと思ったのに……。滅茶苦茶過ぎます! そんなのインチキじゃないですか! 必死に頑張っても絶対に追いつけないじゃないですか!?」
絶望的な宣告をされたアンゼリカは涙を浮かべ、杖を大きく振りかぶってルシエラへと襲い掛かる。
それはただ怒りをぶつけたいがための一撃。技巧も駆け引きもない無謀な突撃だ。
ルシエラは悠々と杖をいなすと、返しざまに漆黒剣の柄を打ち込みアンゼリカを吹き飛ばす。
「あううっ!」
無謀な突進が災いし、アンゼリカは受け身も取れずに地面へと跳ね転がった。
「決着は着きましたわ。アンゼリカさん、今の貴方ではわたくしに勝てませんわ」
「そんなの……そんなの認められる訳ないじゃないですか!」
泥に塗れたアンゼリカは顔についた泥を拭うこともせず、よろよろと立ち上がってルシエラを見据えた。
「今のルシエラさんに勝てない? そんなの認められる訳がない! 貴方が居なくなって五年、これだけ必死になったのに少しも届かなくて! いつになったら貴方に認められるっていうんですか!? こんなの絶対に認めません!」
「アンゼリカさん……」
──その顔、そこまで昔のわたくしに似ておりますのね。……少し底意地の悪いやり方をしてしまったかもしれませんわ。
彼女の表情から受ける既視感。今にも泣き出しそうな彼女の心中を察してルシエラは些かの後悔をする。
ミアに負け続け、自信も尊厳も全部なくなってしまった頃の自分、恐らくその頃のルシエラは今の彼女と同じ顔をしていたはずだ。
「そんな憐れむような目で見ないでくださいっ! そんなものが欲しくて私、ここまで来たんじゃありませんからっ!」
アンゼリカは泣き出しそうな顔のまま歯を食いしばり、再度杖を構えてルシエラへと突き進む。
──ああ、ここまで昔のわたくしに似ているのですわね。
アンゼリカ意地の突進。ルシエラはそれを剣で受け止めると、
「そうですわね、そこは謝りますわ。せめてもの誠意として全力で……」
杖を弾き飛ばし、アンゼリカに漆黒剣を突きつけようとしたその時、魔法協会支部の建物上空に真紅の魔法陣が展開され、建物を覆うように再び鋼の巨人が出現した。