6話 そのライバルは窓に張り付く8
そんな三人の所へふんぞり返ったシルミィがやって来る。
「シルミィさん、いい加減にしてくださいまし。わたくし、色々立てこんでいてシルミィさんに構っている暇はありませんの」
「お前はそうでもこっちにはあるんだ。逃げられると思うなよ。ここは魔法協会の支部、私達の本拠地なんだからな!」
シルミィがそう言うと同時、道の両脇にある林から数名の少女達が現れた。
「んっ、魔法学校の制服」
ミアが口にした通りその姿は魔法学校の制服、そして各々動物の形をしたぬいぐるみを持っていた。
ぬいぐるみから感じる魔力から察するにあれは使い魔の類、とすればあれを使役するのは魔法協会の幹部だろうか。ルシエラはそう推察し、周囲への警戒を怠らずにシルミィと対峙する。
「こいつ等は魔法学校に居る魔法協会員だ。こいつらの話だとお前らはナスターシャと懇意らしいじゃないか、この前確認された魔法少女とやらとも関係があるんじゃないのか?」
「……魔法少女。そちらが狙いでしたのね」
──確かにそれも考えられましたけれど、それならば何故ピンポイントでわたくしを?
少なくともナスターシャは魔法少女の一件では魔法少女に敵対して事態を収拾した側のはず。
更に言えば、表向き魔法少女とは関係ないルシエラに対して昨日今日と続くこの強硬手段。間違いなく不自然、シルミィの行動には何らかの裏がある。
「それは貴方と協力関係にあるアンゼリカさんの差し金ですかしら?」
ルシエラはそれがアンゼリカの手引きによるものだと考え、そうかまをかけてみる。
「んー、アンゼリカ? いや客分の頼みでここまで必至にはならんだろー、普通。って言うかどうしてお前がアイツの事を知ってるんだ?」
だがルシエラの予想と違い、シルミィはきょとんとした顔でルシエラを見るだけだった。
──アンゼリカさんが差し向けたのではありませんの? では誰が……
『ふむ、アンゼリカ君と会ったのかね。確かに彼女は優秀だ。しかし、まだ若人である彼女では我々の描く魔法の神髄には達せまい』
意図を測りかねているルシエラに、不意に聞こえた声がそう語り掛ける。
「ん、ルシエラさん。今の声、ぬいぐるみから」
「ええ、やはりあのぬいぐるみは使い魔の類でしたのね」
『然り。我々が魔法協会の頂点、即ち魔法の頂点に座する者だ。学生ならば我々の名は覚えておきたまえ、程なくして教科書にも載るだろう』
尊大さが滲み出る声でそう言うクマのぬいぐるみ。
「それでそんな魔法使いの頂点様が、たかが一学生になんのご用事ですの?」
ルシエラは皮肉交じりにそう返しつつ推察を続行する。
『君が魔法少女とやらに変身する為のマジックアイテムを持っていると言う話を聞いてね、それを頂いておこうと思ったのだよ。何しろアレは我々が目下研究中のグリッターにも使われているらしいからね』
その言葉にルシエラが目つきを鋭くする。やはりグリッターの出所は魔法協会だったのだ。
「誇らしくないことをペラペラとどうもですわ。ですが、生憎とわたくしはそのような物持っておりません。魔法少女事件の時はナスターシャさんとそれを止める側でしたの。調べてありませんでしたの?」
そして、その上でルシエラは堂々としらばっくれる。
彼等の話は大言壮語で飾り付けているが、聞いただの、らしいだの、どうにもふわふわとしていてはっきりしない。恐らく、ろくに下調べもせず聞いたままのことをしているのではなかろうか。
案の定、ぬいぐるみ達は少女を小さく輪にさせてひそひそ話を始めてしまった。
──全くもって呆れた方々ですわ。ですが一つ分かりました、これはアンゼリカさんのやり口ではありませんわね。
アンゼリカの行動原理はルシエラに自らを見て欲しい、それに尽きる。しかし、彼等を走狗とするやり方はその真逆だ。だとすれば彼等を焚きつけたのは何者だろうか。ルシエラの知る相手なのだろうか。
『おじさん達ごめんねー、ちょっと遅れちゃった。でもちゃんと届けて来たよっ☆』
丁度その時、フクロウのぬいぐるみから底抜けに明るい声が聞こえた。
『おお、シャルロッテ君、それはご苦労。時に、目の前に居る件の彼女なのだがね。彼女は変身用ペンダントとやらを持っていないと言うのだが』
『そんなことないよっ。お部屋にもなかったから知らんぷりしてるだけだよ。お洋服剥ぎ取って調べちゃおう☆』
フクロウのぬいぐるみの号令で、輪になっていた少女達がルシエラの方へと再び向き直る。
ルシエラは少女達を警戒しながら頭の中でシャルロッテと言う名を持つ少女を思い出していく。
──シャルロッテ。シャルロッテ……ヴェルトロン、御三家の赤!
「中々強引ですわね、シャルロッテさん。もしペンダントが見つかれば女王候補の箔付けとして持ってこいですものね。ですが一足遅かったですわ、わたくしのペンダントはアンゼリカさんに取られてしまいましたわ」
思い当たったその名に一筋の冷汗を流し、ルシエラはそれを確かめるために彼女に対してかまをかける。
彼女が本当に御三家の赤ならば、状況は一気に予断を許さなくなる。
『女王候補? シャルロッテ君、彼女は何を言っているのだね?』
『えーと、まほうそうしょう? も技術提供を受けているってことだよっ。だからペンダント絶対に持ってるよ! 捕まえてペンダント手に入れないとだね!』
クマのぬいぐるみにそう尋ねられ、慌てて誤魔化すフクロウのぬいぐるみ。
「技術提供……さては貴方、女王争いで優位に立つためにこの国に不要な火種を作りましたわね!」
間違いなく彼女は女王候補であり、この事件の元凶。そう確信したルシエラは強く奥歯を噛んで梟のぬいぐるみを睨みつける。
ルシエラの持つ変身用ペンダントは単に魔法少女への変身用マジックアイテムであるだけではない。
ペンダントはプリズムストーンと合わせて先代女王直々に手渡されたものであり、ルシエラが正統な女王であると証明する意味合いも持つもの。シャルロッテはそれを狙って魔法協会を焚きつけたのだ。
『火種なんて作ってないよ! おじさん達、これは魔法総省に言われて時間稼ぎ狙ってるね!』
『ふむ、確かに。既に賽は投げられている。問答していても次の計画に差し障るだろう。ここは手っ取り早く剥くとしよう。シルミィ君、君達の出番だ』
「んぐっ……それはグリッターを使えって意味か?」
その言葉に、後ろで黙って会話を聞いていたシルミィが苦虫を噛み潰したような顔で押し黙る。
『そうは言わない。だが、我々の意向に反する君の一派が冷遇されても、それは正当な処置と言うものだがね』
「ぐううっ……」
シルミィは目に薄っすらと涙を浮かべると、躊躇いを露わにした緩慢な動作で懐から薬瓶を取り出した。
「グリッター! ばかっ! アンタ何やってんのよ!? 幾ら私より魔法が使えるからって、そんなの飲んで無事な訳ないでしょ!」
それを見たフローレンスが咄嗟にシルミィへと飛びかかってその手を掴む。
「うるさい! 魔法総省で派手にやってるお前達に、冷遇されてる私達の立場が分かってたまるか!」
だが、シルミィは魔力で強化した腕力でフローレンスの手を払い除け、そのまま一気にグリッターを飲み干した。




