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6話 そのライバルは窓に張り付く3

 その日の夜、部屋を荒らされてしまったルシエラは自室で寝ることを諦め、隣部屋であるミアの部屋で寝ることにしていた。


「はぁ……。明日登校することを考えただけで憂鬱ですわ」


 中途半端な時間に目覚めてしまったルシエラは昼間の蛮行を思い出して独りごちると、自らの隣で寝息を立てているミアの手をそっと退かしてベッドから降りる。


「結局、シルミィさん達は何がしたかったのですかしら」


 シルミィ達はルシエラの部屋を漁って何かを見つけようとしていた。彼女達は何を探していたのだろうか。

 ルシエラは母親の形見である変身用ペンダントを握って小さくため息を吐きながら、夜風にあたるためにカーテンを開ける。


「ふぁっ!?」


 そして、目の前の光景に凍り付いた。

 窓にはアンゼリカが張りついていた。カーテンの隙間から中を覗いていたのだろう、それはもう窓にくっつくようにべったりとだ。


「ふーっふーっ、こんばんはぁ」


 二人の目が合い、荒い息遣いのアンゼリカが挨拶をする。


「ふぁあああああっ!? なんですの! 今度は一体なんですのっ!?」


 ルシエラは一歩後ずさり、絶叫で返答した。

 完全に不意を衝かれた。眠気なんてものは一気にどこかへと飛び去ってしまった。


「ん、ルシエラさん。どうしたの?」


 ルシエラの叫び声で目を覚ましたのだろう、裸のミアがもぞもぞとベットから這い出して来る。


「えええっ!? えっえっえっ? ミアさん、いつの間に裸になってますのっ!? 寝る前はちゃんとパジャマ着てましたのに!?」


 またも思わぬ展開、ルシエラは更に衝撃を受けて狼狽した。

 慌てて視線を逸らして窓を向き、アンゼリカに驚き、後ろを見直してミアに驚く。ルシエラは挙動不審になりながら顔を前に後ろに忙しなく向け直す。


「ルシエラさんが寝てからすぐに脱ぎ始めてお楽しみでしたよぉ、このピンクはぁ!」


 アンゼリカは窓に張り付いたままガタガタと窓を揺らしてこじ開けると、蛇のようにぬるっとした挙動で部屋の中に入ってくる。


 ──どうして前も後ろも美少女の尊厳を平然と投げ捨てておりますの!? 正に前門の虎後門の狼ですわ!


「あ、アンゼリカさん! 一体どうして覗きなんてしておりましたのっ!?」

「覗きじゃありません! ただのルシエラさん見守り隊ですっ! ルシエラさんが他の女の部屋に泊まってるんですよ! 女王候補として寝ずの見守りをするに決まってるじゃないですかぁ!!」


 キッとミアを睨みつけるアンゼリカ。そのおでこは窓に張り付いていたせいで真っ赤になっている。


「ん、そう。やっぱりこの人がアンゼリカさんなんだね。ルシエラさんは私の恋人でありご主人様だから、私が同衾するのもご奉仕するのも当然のことなんだよ」


 対するミアもきりりとした表情でそう言い返す。その姿は裸に手ブラ、両者完璧にアウトだ。


「むはっ! なんて卑しいんでしょう! このむせかえるような濃厚トンコツ臭! 雌豚、性欲ぐっつぐつ煮詰まっちゃってるじゃないですかぁ! これだから私のようなプラトニックさがない欲望全開のピンクは困るんですよぉ!」


 ──アンゼリカさん、残念ながら覗きはプラトニックではありませんわ……。


 睨みあう二人の合間に挟まれる形となったルシエラは、部屋に消音の魔法をかけながら縮こまって内心そう呟く。


「大丈夫、私はルシエラさんに欲望全開でも問題ない立場だから」

「でもそこに居るルシエラさんご本人、思い切り首を横に振ってますけど!?」


 しゅんとした表情で小さく首を横に振っているルシエラを指さし、力強く主張するアンゼリカ。


「ルシエラさんは恥ずかしがり屋さんだから、仕方ないね」


 対するミアは平然とそう言い返した。


「無敵の返答ですか! ああ言えばこう言う! なんですか、とんちバトラーですか! この淫乱ピンク!」

「誇らしいね」

「褒めてませんよぉ!? っていうか淫乱ピンクを誉め言葉だと思う人、初めて見ましたけど!?」

「淫乱ピンクは淫乱ピンクでも、ルシエラさん専用淫乱ピンクだからね。エロス、どんとこい」


 ポーカーフェイスを僅かにきりりと澄ましてミアが言う。


 ──また、わたくしの知らないところで冤罪が増えてますの。わたくし、健全なライバル関係がいいですの。


 それを聞いたルシエラは、もはや諦め半分にうな垂れた。


「ぐぬぬぬぬぬ! 恋にお邪魔虫はつきもの、必要不可欠なスパイス。落ち着きなさいアンゼリカ。ええ分かっています、分かっていますとも。正々堂々と受けて立ちますよ、ええ! でもでも! ちょーっとこの人スパイシーすぎやしませんかぁ!?」


 一方のアンゼリカはミアの言葉により一層ヒートアップしていた。

 中心人物であるはずのルシエラを置き去りにしてエスカレートしていく真夜中の修羅場。

 挟まれたルシエラはその修羅場をどうにかしようと、おろおろとしながらも必死に二人をなだめようと試みる。


「お、お二人とも、今日はもう遅いですしその辺にしておいてくださいまし……」


 アンゼリカには魔法協会との関係を直接尋ねたいと思っていたが、もはやそう言う次元の段階ではない。まずは二人を落ち着かせてこの状況を打破するのが先決だ。


「アンゼリカさん、私話を聞いて思っていたけど、アンゼリカさんのライバルはただの自称だから」


 だが、そこにミアが情け容赦なく爆弾を投下した。


 ──ふぁああっ!? ミアさん! ミアさんっ! 止めてくださいまし、そこは目に見えた地雷原ですわっ! 眩いばかりの電飾が施されてますの! ピカピカなんですのっ!


 青ざめたルシエラがちらりと見やれば、予想通りアンゼリカの表情は大きく歪んでいた。


「くっ、くぐ、くぐぐぐぐぅ!! じゃあ、貴方は自称ではなくルシエラさんのライバルだって言うんですか?」

「そうだよ、恋人もそう」


 悔しさに顔を真っ赤にしながら、涙目のアンゼリカがルシエラの方を見る。


「ルシエラさん、本当なんですか?」

「それは、その……」

「ほ・ん・と・う・で・す・かっ!?」

「ひっ! こ、恋人の方はさておいてライバルの方は間違いなく。と言うかそうあって欲しいですの」


 ──むしろ、わたくしが一方にライバル認定している訳ではなくって心底安心しましたわ。


 ミアにライバル扱いしてもらえたことに安堵してしまう自分に一抹の情けなさを感じつつ、ルシエラはそう首肯する。


「じゃあ! じゃあ私だってライバルでいいですよね!? 私、この前魔法戦で互角以上に戦いましたよね!? これはもう否が応でもライバル認定しちゃう他ないですよね!?」

「ま、誠に申し訳ないのですけれども……。わたくし、カーテンを開けたら窓に張りついている系女子をライバルにするのはちょっと……」


 息を荒げて詰め寄るアンゼリカに、ルシエラは恐る恐るそう答えた。


「なんでですか!? 勝手に入りこまない分貞淑じゃないですか!? 目を開けたら全裸で添い寝ご奉仕してる系女子はライバルにしていいんですか!?」

「それは、その……ごもっとも」


 ──それに関してはアンゼリカさんのおっしゃる通り、返す言葉もありませんわ。


 ルシエラとしてもミアの行動はドン引きなのだが、一応それはルシエラの責任である面もあり、ミアを尊敬してライバル認定している所とは関係のない部分なのだ。

 欺瞞とはわかっているが、最近のルシエラは自分にそう言い聞かせている。


「それとも私も脱ぎますか!? 脱げばいいんですか!? こんなこともあろうかと、ルシエラさん好みのエグイ勝負下着つけてきましたけど!」

「それわたくしの好みではありませんの! 止めてくださいまし! 冤罪、度重なる冤罪ですわっ! 堪忍してくださいましっ!」


 自らのスカートを勢いよく下ろそうとするアンゼリカ。

 ルシエラがそれを慌てて止めに入った。


「じゃあ何がダメなんですか!? あの淫乱ピンクが良くって! 私の何がダメなんですか!? 私、見た目だってそこまで負けないですよ!?」

「違うよ、アンゼリカさん。アンゼリカさんに足りないのは正義の心なんだよ」


 涙目のまま声を荒げるアンゼリカに、凛とした表情でミアが言い放つ。

 ただし格好はいまだ全裸に手ブラ、その言葉に説得力は皆無だ。


「くっ……そうですか、分かりました。私、一度互角に戦っただけで調子乗ってました。互角って認めるにはまぐれじゃないって証明が必要ですもんね」

「アンゼリカさん、そうじゃありませんの。わたくし、貴方が幾ら強くなってても、今のままではライバルと認めることも女王の座を託すこともできませんの」


 悲しげにそう言うルシエラ。

 だが、その言葉の含意はアンゼリカには伝わらない。


「そんなことありません! ルシエラさんはもうすぐ私を無視できなくなるんです! それだけはそこの人にも魔法協会にも邪魔はさせませんから!」


 涙目のアンゼリカはキッとミアを睨みつけると、踵を返して窓へと歩いていく。


「アンゼリカさん!」

「それと、一つだけ言っておきますけれど! そこの淫乱ピンク、胸フェチですからね! 淫乱ですからね!」


 最後に一度振り返ってアンゼリカはそう叫ぶと、そのまま窓から立ち去っていくのだった。


「え?」


 残された言葉に、きょとんとした顔のルシエラがミアの方を向く。


「違うよ、胸フェチじゃないよ。ルシエラさんの胸が好きなだけだよ、心折れた私を受け止めてくれたあの幸せが忘れられないだけ、だから」


 視線に気が付いたミアは視線を斜め上に逸らしてそう言った。


「……いいですわ、とりあえず今日はもう寝ましょう」


 どうしてアンゼリカがそんな事を知っているのだろうか、ルシエラは深く考えないようにした。

 否、多分深く考えてはいけない。寝て全て忘れよう、忘れるしかない。


「ん、そうだね」


 言って、ミアはルシエラに先んじてそそくさとベッドに戻ると、被った掛布団を持ち上げてベッドをぽんぽんと叩く。


「いえ、行きませんわ。ミアさん裸のままですし、この流れは絶対いかがわしいことするつもりですわよね?」


 呆れ顔でベッドから離れようとするルシエラ。

 そんなルシエラが無理やりベッドに引きずり込まれたのはそれから間もなくのことだった。

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