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6話 そのライバルは窓に張り付く1


  第二話 そのライバルは窓に張り付く


 テストの翌日、ルシエラとミアはナスターシャに連れられ、上級生のテスト会場だった森にやって来ていた。

 名目上はテスト時に起こったトラブルについての見分、実際は聞き耳を立てられない場所で昨日のあらましを説明したいと言うルシエラの要望によるものだ。


「ふぅむ、なるほどのう。こちらはネガティブビーストが一匹暴れただけじゃったが、そちらはそんなに大事じゃったか」


 森の中で魔力の痕跡を調べつつ、ナスターシャが小さくうなる。


「言われてみれば起こりそうな問題でしたわ。わたくしの愚行に起因した問題の大きさに不徳を恥じるばかりですの」


 真新しい倒木に腰掛けてうな垂れるルシエラ。

 ミアがそれに寄り添ってよしよしと慰めた。


「して、そのアンゼリカとやらは手強いのか?」

「ええ、手強いと思いますわ。僅かな打ち合いでしたけれど、己の才に甘んじず、愚直に研鑽を積み重ねたのが分かりましたもの」


 その確かな努力をもっと正しい方向に役立てればいいのに、とルシエラは頬に手を当ててため息をつく。


「それで、お主はどうするつもりじゃ? その女王争いとやら、お主が自らを魔法の国の元女王であると証明できれば参加することもできるのじゃろ」

「まさか! プリズムストーンで悪事を行っておきながら、今更女王に復帰なんておこがましいですの!」


 ルシエラは大慌てで首と手を横に振って否定する。

 確かに多大な迷惑をかけたままである魔法の国(グランマギア)に償いをしたい気持ちはある。だからと言って、そのために再び女王になろうとするなど厚顔無恥も甚だしい。

 ルシエラが羊達と一緒に楽しく野山を駆けまわっていた頃、魔法の国では色々な人々が治世に頭を悩ませていたはずなのだ。どうして今更ルシエラが割って入ることができようか。


「じゃが、アンゼリカとやらの目論みを止めるのなら、結局それは女王争いに積極干渉するのと同じじゃぞ」

「……それは」


 茂みをかき分けながらそう言うナスターシャに、ルシエラは僅かに口ごもるが、


「いいえ、それでも止めますわ。アンゼリカさんがわたくしとの勝負に執心して女王に相応しくない行いをするのなら、それを止めるのがわたくしの義務ですもの」


 ルシエラは立ち上がり断固とした口調でそう言い切った。

 女王は候補の中で志がある人間がなるべきであり、アンゼリカが自らへの執着で道を踏み外すのならそれを正すか止めなければならない。それは彼女を歪ませてしまった者としても、元女王としても責務だ。


「……ん、やっぱり似てるね」


 ルシエラの話を静かに聞いていたミアが呟く。


「似てる? ミアさん、どなたがどなたにですの?」

「ルシエラさんと話を聞く限りのアンゼリカさん。あ、えと、厳密には昔のルシエラさん」

「アンゼリカさんが昔のわたくしに似ていますの?」


 目をしばたたかせるルシエラに、ミアが小さく首肯する。


「そう。ルシエラさんも私との勝負に執心して、女王らしくない事してたから」

「わ、わたくしとミアさんのライバル関係は違いますわ! 切磋琢磨し、お互いに意識し合う素敵なライバル関係でしたの! ね、ミアさん!」


 不名誉な同類扱いを必死に否定するルシエラ。

 あれは自らのプライドをかけた誇り高き戦いの数々だったのだ。あの戦いの意味を他ならぬミアにだけは理解して欲しい。


「本当に? 言ってるのは昔の話だけど」


 だが、そんなルシエラの目をじっと見つめ、ミアは違わないと言外に滲ませてくる。


「ほ、本当ですの! 昔だって変わりませんわ!」

「……誕生日」


 呟くようなミアの言葉。

 ルシエラはぎくりと身震いして言葉と動きを止めた。


「なんじゃ、誕生日がどうしたかの?」

「わ、わたくし、ミアさんの誕生日に特注のケーキをプレゼントしたことがありますの……。厳密にはケーキ型のネガティブビーストですけれど」


 茂みに分け入っていたナスターシャが振り返りながらそう尋ね、ルシエラが後ろめたさに視線を逸らす。

 ミアの誕生日を知ったルシエラは、この誕生日を一生の思い出にしてやると意気込んで、頭のキャンドルで無限に増殖していく特殊なネガティブビースト作り出してミアに差し向けたのだ。

 今となってみては本当に申し訳ない事をしたと思う。


「おおう、悪さしておるのう」

「返す言葉もありませんわ。でも、ミアさん。それはそれ、これはこれで……」

「ん、じゃあ海水浴」


 ミアの言葉にルシエラはまたもぎくぎくりと身を震わせた。


「今度は何じゃ」

「か、海水浴に来ていたミアさんのお友達の魔法少女を触手型の魔法生物で海水浴させてしまいましたの。……深海まで」


 逸らしていた視線を俯かせながらルシエラが歯切れ悪く言う。

 あれは公務でルシエラの休みが全くなくなった時のことだ。ミアが友人と楽しく海に行ったのを遠見の魔法で見たルシエラは、自分が全く遊べないことに憤ってミア達の海水浴を邪魔したのだ。


「ミアさん、わたくしのしてきた嫌がらせの数々、本当に申し訳ありませんわ」


 ぐうの音も出ない悪行を突きつけられ、言い返せなくなったルシエラは素直に頭を垂れてミアに謝罪する。

 当時のルシエラは母を喪ったばかりで感情を吐き出せる相手がいなかった。そうしてため込んだ愛憎渦巻く胸の内全てをミアにぶつけていたのだ。今思えばそれはライバル視するミアにだけは自分を見て欲しいと言う想いの現れだったのだろう。

 認めたくはないが、あれに比べれば今のアンゼリカなど可愛いものだ。


「ん、いいよ。そのおかげでルシエラさんが最愛のご主人様になったんだから、ね」


 言って、立ち上がったミアが胸と胸を押し付け合うように抱きついた。


「その……ミアさん、そのご主人様と言うのは止めてくださいまし」

「ん、収穫祭」


 抱きついたままミアが耳元で囁き、引き剥がそうとしていたルシエラの手が止まる。


「次はなんじゃ」

「な、なんでもありませんの。わ、分かりましたわ。今は好きにしてくださいまし。ほほほほ」


 ──悪さの心当たりが多すぎますの。もしやわたくし、ミアさんにとんでもない数の弱みを握られているのではありませんの?


 田舎の大地に封じていた記憶の数々が蘇り、あまりの情けなさに冷や汗が流れる。

 その情けない思い出全てがミアと共有されているのだから堪らない。それを考えると、彼女に過激なスキンシップをされるぐらいは許容しなければいけないのではなかろうか。


「ふぅむ、お主も大概に悪童じゃったようじゃの。人を殺めたりはしておらぬじゃろうな」

「だ、大丈夫ですの。わたくしが執心していたのはミアさんだけでしたし、毎回大事になって飛び火する前にミアさんに成敗されていましたから」

「結果的にはいつもの厄介さん来たな、ぐらいで済んでるよね」

「い、言い方がありますの! わたくしの複雑な胸中、少し(おもんばか)ってくださいまし!」


 ミアに感謝しなければならないのはわかる。わかるのだが、それはルシエラが繰り返した敗北を肯定して感謝することでもある。

 宿命のライバルを自称するルシエラとしてはそれを素直に承服することはできなかった。


「そうか、取り合えずお主が他人をとやかく言えぬ悪童だったことはわかった」


 言いながら、茂みに踏み入っていたナスターシャが苦笑いしつつ戻ってくる。

 その手には小さな虹色の欠片が握られていた。


「ナスターシャさん、それはプリズムストーンの破片ですわね」

「うむ、この間もネガティブビースト化した女が破片を吐き出した故、もしやと思っての。この破片、粉々に砕け散ったにしては少々大きいとは思わぬか」

「大きい破片と言っても、この程度ならばあり得る範囲だとは思いますけれど……」


 破片をまじまじと眺めつつルシエラが言う。確かにナスターシャの掌にある破片は数ミリはあり、比較的大きめだ。

 だが粉々になったプリズムストーンも均一に砕けた訳ではないだろうし、この位の大きさならば十分にあり得る大きさではある。


「じゃが、この大きさならば妾は魔力感知で見落とさぬ。茂みに分け入って見つけて見せたのが何よりの証拠じゃ」


 自慢げに胸を張るナスターシャ。


「えと、つまり少し前まではここになかったってこと?」

「ミアさん、ナスターシャさんが言いたいことは違いますわ。……グリッターを撒いた犯人は粉末状の破片を集めて大きな欠片にしようとしている。そう言いたいのですわ」

「うむ、その通り」


 確かにアンゼリカにそれを行う理由はある。

 女王石とも呼ばれるプリズムストーンは魔法の国の象徴であり、女王候補にとって最高の箔付けになる。

 だが、それはちゃんと魔石の形を保っている前提の話であり、粉末状の破片を大量にかき集めても箔付けにはならない。

 最低でも欠けたプリズムストーンと呼べる程度まで繋ぎ合わせなければ、女王の座を争う武器にはなり得ないだろう。


「できるんだ、そんなこと」

「ええ、アンゼリカさんなら恐らく可能ですわ。これは早急にグリッターの出所をはっきりさせる必要がでましたわね。ナスターシャさん、お願いがありますの。逮捕された魔法協会の人から話を聞いて来て欲しいのですわ」


 先日見せられたグリッターは密売人扱いされた魔法協会員が持っていたと聞いている。

 協会員がどこから持って来たのか分かれば、アンゼリカが昨日の事件にどの程度の関与しているのか分かるかもしれない。


「うむ、わかった。魔法協会の件は言うなればこちらのお家騒動じゃからな」

「快諾してくださって助かりますわ」

「ま、ローズの奴めに借りを作るのは癪じゃがの」

「あら、ナスターシャさん。ローズさんとは上手く行っておりませんの?」

「ふん、一方的な敵対視じゃよ。いくら責ある仕事だとしても娘二人放りだしてろくに構わぬのじゃ、娘当人からすれば思う所もあろうよ」


 プリズムストーンの欠片を手で弄び、拗ねるように口を尖らせるナスターシャ。

 その表情は彼女にしては珍しく子供っぽさを残したものだった。


「そうですわよね、わたくしもそうだったからわかりますわ。わたくしの経験則からするとそんな感情の昇華には運動が一番。大自然の中を駆けまわって健全な気分になることをお勧めいたしますわ」


 その表情に親近感を覚えたルシエラは、満面のドヤ顔で胸を叩いて、そうアドバイスをする。


「いや、妾はそれで昔のお主のような悪さはせぬし、ここは既に自然の中じゃが」

「そうだね」


 そんなルシエラを呆れ顔で見る二人。

 息を切らせたフローレンスが林道を走って来たのはその時だった。


「た、大変! 大変なのよ、ルシエラ!」

「フローレンスさん、そんなに慌てて一体どうしましたの。まさかネガティブビーストが学校の方に?」


 だが、フローレンスは走ったまま首を横に振った。


「違うの! アンタの部屋! 魔法協会に破城槌で攻撃されてるのよっ!!」


 踵でブレーキをかけ、両手をバタつかせて必死に主張するフローレンス。


「何事かと思えば、いやですわフローレンスさん、それではまるでわたくしの部屋が攻城兵器で攻撃されてるみたいですの」

「そう! 私はそう言ってるのよっ!!」


 軽く笑い飛ばそうとしていたルシエラは、フローレンスの言葉を瞬時に理解できず、目を点にして暫し小首を傾げていたが、


「ふぁぁっ!? なんですとっ!?」


 笑い飛ばそうとしていた内容が実際その通りだと理解するや否や、絶叫して一目散に自室へと駆けだした。

2023/08/31

指摘して頂いた誤字を修正しました。

ありがとうございます。

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