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5話 魔法の国より愛(ヤンデレ)をこめて5

「くすくす、遅かったですねぇ。お探しの物はこれですか?」


 それを出迎えたのは一人の少女。

 透き通るような水色の髪をした少女は、その整った顔立ちに含みのある笑みを浮かべてルシエラを出迎えた。


「貴方がこの事件の元凶ですわね」


 ルシエラはこの事件の犯人が彼女であると確信する。

 彼女が座っている銀色の箱からは虹色の霧が絶え間なく吐き出されており、それは間違いなく霧状になったグリッター。されど、彼女はそこに座り続けてもなおネガティブビースト化していない。

 それよりも何よりも、魔法学校の制服にどことなく似た彼女の服。その胸元に金糸で刺繍された紋章の意味をルシエラは知っていた。


「あら、不思議ですねぇ。冤罪だと思いますけど。どうしてそう思ったんですか、元女王のルシエラさん」

「っ! その台詞、その衣服に刺繍された二股の猫! やはり貴方は魔法の国(グランマギア)の……アズブラウ家の者ですのね!」


 もはや疑う余地はない。

 彼女の服に刺繍された二股の尻尾を持つ猫を象った紋章。それは魔法の国の中でも極めて強大な力を持つ名門中の名門のもの。グランマギア御三家が青、アズブラウ家の者である証。

 御三家の技術介入があったのならば、この短期間でプリズムストーンの加工に成功するのも納得だ。


「ようやく私を見てくれたんですね。長かったです、苦節十年ようやく私は貴方の視界に入ることができました」


 鋭い視線を向けるルシエラを見た少女は恍惚の笑みを浮かべて箱から飛び降りると、手にしている猫を象った杖をくるりと一振りする。

 途端、銀色の箱が青い泡に包まれて空中に浮かび上がった。


 ──今の魔法……この方、かなりできますわ。


 一切の無駄がない安定した魔法行使にルシエラは表情を引き締める。間違いなくかなりの手練れだ。


「きっと、貴方は私の名前なんて覚えていないんでしょうね。だからまずは自己紹介します、私はアンゼリカ・アズブラウ。御三家が一つ、青のアズブラウ次期当主にして女王候補の一人です」

「女王候補、それは……」


 スカートの裾をつまんで優雅に挨拶するアンゼリカ。

 その最中、女王候補と言う言葉に反応したルシエラを見て、アンゼリカは愉快そうな笑みを浮かべて目を細めた。


「ええ、想像通りに。貴方の代わりとなる次期女王の選定ですよ」


 ──まあ、そうでしょうね。行方不明になっていたわたくしを今更迎えに来たと言う方が驚きますわ。


「天空城と共に幼い女王が消えて五年、女王不在の現状を憂う宰相クロエは一つの提案をしました。病に伏していることになっている女王に代わり、魔法の国の有力者達から次の女王となる者を選定しようと」

「なるほど、不思議はありませんわ」


 言いながら、ルシエラは注意深く周囲を見回す。

 御三家の一角であるアズブラウの権勢は絶大であり、多くの私兵を持つ。あれを相手取るとなると正体を隠す云々を飛び越え、この一帯を焦土にする覚悟をしなければならない。


「用心深いですねぇ。私兵なんて連れ込んでないですよ? 御三家が私兵なんて使ったら女王争いが血みどろになるじゃないですか。女王候補は独力で戦うよう事前に取り決められているんですよ」

「その割に派手にやってくださいましたわね。偉大なる魔法の国の女王候補ならば、他世界の方達も慈しむべきではありませんの?」

「そこは私も()めようか多少迷いましたけれど、見逃しただけの価値はありました。だって私の狙い通りルシエラさんが現れてくれたじゃないですか」

「っ!」


 アンゼリカの言葉にルシエラが身構える。

 大よその予想はついていた。女王争い真っ只中の彼女がこんな辺境の世界に来るような理由は多くない。

 一つは女王候補としての箔付け。つまり女王の証となるプリズムストーン及び、ルシエラの母の形見であるペンダントを手に入れること。

 もう一つは女王争いの邪魔となる者の排除。つまり、女王争いの前提をひっくり返しかねない存在であるルシエラの排除。

 そして、アンゼリカの目的は後者だったという訳だ。


「わたくしは今更魔法の国に戻る資格など無い。貴方達の争いを妨げる気はありませんから帰ってください。そうお願いすれば帰ってくださいますかしら」

「勿論、嫌です」

「……ならば質問を変えますわ。貴方、この森で起こっている惨状に心が痛みませんの?」

「勿論痛みますよ、ちくちくです。まあ、実はこれ私のせいじゃないんですけれど」

「なるほど、分かりましたわ」


 他人事のように言うアンゼリカの態度を見て、ルシエラは目を閉じて小さく息を吐く。

 ルシエラは五年前に悪事を働き魔法の国を去り、今は辺境の村を故郷とする身。今更魔法の国に口出しできる権利などない。

 本来ならば正当な手順で女王になろうとするアンゼリカを否定することはできない。しかし、


「わたくしは貴方を魔法の国の女王とは認めません。女王候補としての汚点をつけたくなくば、この世界から大人しく帰りなさい」


 ルシエラは目を開き、アンゼリカを毅然と見据えて言い放つ。

 それは悪事を働いていなければの話だ。この森の惨状を見て解決に乗り出さない人間、ましてやそれを引き起こしたり加担した人間を魔法の国の女王と認める訳にはいかない。

 これはルシエラのプライドであり、この事態の遠因となってしまった者としての義務だ。


「……まあ!」


 ルシエラの言葉を聞いてアンゼリカが目を丸くする。


「そうですか。うっ、うっ、ふふふ……」


 睨みあうこと数秒、アンゼリカは突如満面の笑みを浮かべて肩を震わせると、


「ぐふっ、くふっ、やりました、やりましたよ、アンゼリカ! ついに、ついに! ルシエラさんから敵対のお言葉いただいてしまいました! むねきゅん絶頂乙女エクスプレスですぅ!」


 両頬に手を当て喜悦の表情で叫んだ。


「え、ええっ……?」


 ──な、なんですの。なんだか思ったのと違う展開になって来ましたわ。


 張りつめた緊張の糸がいきなりゴム紐のようにびよんびよんと伸びはじめ、ルシエラが思わず一歩後ずさる。


「有史以来の大天才と呼ばれた貴方、その背中を追いかけるしかなかった私は貴方に何度想い焦がれたことでしょう! でも貴方は私なんて一度も見ていなかった! でもでもでも! 今は! そんな貴方が許せない敵として私を見ているんですねっ!? ぐほへぇ、たまりませんねえ~っ!」


 だらしなく開けた口の端から涎を垂らしつつ、美少女の尊厳を投げ捨てた笑みを浮かべてアンゼリカが狂喜する。


「こ、怖いですのこの方……」


 ドン引きし、恐れ慄くルシエラ。

 完璧にわかってしまった。彼女はダメな時のミアと同じ属性の持ち主だ。

 宿命のライバルであるミアならばまだ理解できるが、ほぼ初対面の相手にここまで重い感情をぶつけられるのは正直怖い。怖すぎる。


「ふーっ、ふーっ。きっと恋愛成就ってこんな気分なんですねぇ。どこにでも居る恋する乙女でしかなかった私には、今向けられている愛が重くて重くて」

「と、とりあえず。わたくしは女王争いの邪魔はしませんから、正々堂々品行方正に女王争いをしてしてくださいまし」


 一人で悦に入ってるアンゼリカをあまり刺激しないよう、ルシエラは恐る恐る銀色の箱に近づいて一気に破壊しようと試みる。

 さりげなく、だが勢いよく振り下ろされるピッケル。


「ダメですよ、ルシエラさん。それじゃ貴方は私を見てくれないじゃないですか」


 だが、それをアンゼリカが見逃すはずもなく、ピッケルはアンゼリカの手にした杖によって軽々と受け止められた。


「っ! やっぱりそう簡単には許してくれませんのね!」


 慌てて飛び退き間合いを取るルシエラ。


「当然です。貴方は知らないと思いますけれど、私はずっと貴方の後ろを追いかけていたんですよ? なら……今度は貴方は私を追いかけてくれないと不公平です」


 それを許さないとアンゼリカはルシエラの懐へと一気に飛び込んでくる。


「どういう意味ですの!?」


 振り下ろされる猫飾りの杖。

 ルシエラは魔力を付与したピッケルでそれを受け止め、衝撃でその手を痺れさせる。

 魔力付与で強化してあるとはいえ、ピッケルで受け止めるには彼女の一撃は余りに重かった。


「私、魔法の国の女王になります。貴方はそれを阻止したいと思ってるんですよね? 憎い私を追いかける妄執の闘争、それって最高の純愛じゃないですか! 愛のランデブーです、らぶうっ!!」

「それ、私が知ってる純愛と違いますの……」

「当然ですっ! 私のルシエラさんへの愛は、腐ったような古い愛の定義なんていとも容易く吹き飛ばすんですっ!」


 眉をひそめるルシエラに対し、アンゼリカは容赦なく再度杖を振り下ろす。

 ルシエラはそれを再度ピッケルで受け止め、魔力で保護されていたピッケルの刃がガラス片のように砕け散った。


 ──この方、できるとは思っていましたけれど……これほどとは!


 飛び散る破片の中、ルシエラはアンゼリカに対しての認識を改める。彼女の実力は魔法の国においても間違いなく指折りに数えられる。ならば悠長に構えていられない。


「ほら、早く本気を出してください。さもないと死んじゃいますよ?」


 手にした杖に更にはちきれんばかりの魔力が満ち、アンゼリカがそれを迷いなく振り下ろす。


「──っ!」


 あれの直撃を受ける訳にはいかない。

 直感したルシエラは堪らず影から漆黒剣を引き抜いてそれを受け止め、ぶつかり合う魔力が地鳴りのように大地を揺らす。


「嬉しい……ようやく、ようやく私もルシエラさんにとっての敵になれました! あの頃の貴方は私の事なんて視界に入れてなかった! でも私は貴方と比べられ、自らを貴方を比べ、前を向けば貴方の姿があった! いつも、いつも、いつも!」


 杖を受け止められたアンゼリカは喜悦の笑みを浮かべると、そのまま感情をぶつける様に力任せに杖を振り回す。


「最初は憎らしくて堪らなかった! でも、ある時気が付いたんです! 四六時中寝ても覚めても貴方の事を考え続ける! あ、これって恋なんだって!」

「多分、それも違いますわ……」


 ──怖いですわ、怖いですわ。頭の中で警鐘が鳴りやまないですわ。どう考えてもこの方関わり合いになってはいけない方!


 力任せの連撃を受け流しながらルシエラの顔がひきつる。

 裏打ちされた魔法の才。そして、ルシエラ本人不在のまま叩きつけられる執着。色々な意味で厄介さんだ。


「けれど私がどれだけ貴方の事を想い続けても、所詮それは私の片思い! どうすれば私の恋焦がれた想いが届くのか考え、考え、考え続けて……そのうちに貴方は居なくなってしまった!」


 アンゼリカ渾身の一撃を受け流し、逸れた杖を叩き込まれた木がメキメキと音を立て倒壊する。


「絶望しました! 発狂しました! これが恋の試練なのかと!」


 木を叩き潰した勢いそのままに地面を抉り取り、大きく弧を描いた杖が再びルシエラへと襲い来る。


「暴れ過ぎですわ、いい加減に落ち着きなさい!」


 ルシエラはその大ぶりな一撃を見逃さない。

 体捌きで杖を躱し、素早く漆黒剣を横薙ぎする。


「それ間に合います」


 アンゼリカは放り投げる様に杖を手放し、代わりに魔法障壁を展開。漆黒剣を受け止めると同時、魔法障壁を魔力塊に変換してルシエラへと打ち出す。

 ルシエラは漆黒剣に魔法障壁を展開し、迫り来る魔力塊を受け止める。

 展開した魔法障壁が打ち砕かれ、弾き飛ばされた漆黒剣が宙を舞う。


「っ! 魔法を使わされただけでなく打ち負けた!? このわたくしが!?」


 ルシエラが驚きに目を見開く。

 ルシエラはミア相手でさえ純粋な威力勝負で負けた記憶はない。何しろルシエラの魔力量は比類なき程莫大、相手がプリズムストーンでも持っていない限り同系統の魔法で負ける要素はないはずなのだ。


「さては術式が違いますわね」


 とすれば、理由はそれ以外に考えられない。


「ご明察、魔法の国でも習得者は片手で数えるほどの最新式です。同じ魔法で戦ってはルシエラさんとの差は埋められない。でも貴方が知り得ないこの術式を使えば何とかその差を埋められるんですよ。さあ、続きをしましょう」


 アンゼリカはたおやかな笑みを浮かべ、手にした杖の先端に莫大な魔力を纏わせる。

 それはまるで、覚えたての魔法を親に褒めてもらいたい子供のようだった。


「見事なものですわ、さぞ研鑽したのでしょうね。……ですが、既に決着はつきました。この場の勝者はわたくしですわ」

「え、それはどういう意味ですか」


 だが、ルシエラがそれに付き合う義理はない。

 アンゼリカが驚きの声をあげると同時、宙を舞っていたはずの漆黒剣が青い泡に包まれていた銀の箱をするりと両断した。


「っ! あらら、噴霧器が壊されちゃいました。流石です、少しでも油断したらこうなるんですもんねぇ。でも……今夜はただのご挨拶です、これで私が貴方にとって相手取るに値すると証明できましたよね?」


 アンゼリカは杖を絵筆のように滑らせて魔法陣を描く。


「転移魔法!」


 ルシエラは対魔法で転移魔法の発動を無効化しようとするが、


「私は貴方を越えて女王になります。止めたいのなら止めて見てください。ぜひ、ぜひ!」


 一歩及ばず、アンゼリカは転移の魔法陣を発動させて宵闇に消えていくのだった。

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