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5話 魔法の国より愛(ヤンデレ)をこめて3

 かくして筆記試験の翌日、実技テストの有る新入生は全員魔法協会所有の列車に乗り込み、魔石地帯として有名な森林公園へとやって来ていた。


「列車で遠出するとは意外ですわ。魔法協会の狙いはプリズムストーンの破片で間違いないと思っていましたのに」


 生徒会の監査としてそれに同行したルシエラは合間に魔石の岩肌が見え隠れする森を興味深く見回す。

 魔法協会の狙いは天空城の爆発により魔法学校付近に散らばったプリズムストーンの破片。ルシエラもミアもそう思って計画を立てていた。

 だが、予想に反して魔法協会は学園都市からやや離れた魔石地帯をテスト会場に設定した。


 ──他に狙いがあるとすれば、魔法少女の扱う術式の方ですかしら。あれもこの世界からすれば喉から手が出るほど欲しいものですものね。


「ん、逆に邪魔されないように学校から遠ざけた可能性もあるよ」


 ミアの言う通り、学校での破片回収を円滑に行う為、厄介な相手を減らそうと遠出させた可能性もある。その場合は学校でテストを受けているナスターシャを頼りにするしかない。


「ここであれこれ言っても栓無き事ですわね。わたくし達は予定通り監査の役目に集中しましょう。テストの内容は森の奥から魔法協会員の追跡を振り切ってこの駅まで戻る、でしたわよね」


 結局の所、今のルシエラ達は警戒しながら相手の動きを待つしかない。

 ルシエラは目下の使命を果たすべく自らの表情を引き締めた。


「…………えと、それはそう、だけど。本当に集中する気、あるのかなって」


 だが、そんな様子を見たミアはさりげなく視線をルシエラから逸らした。


「ミアさん、何かおっしゃりたいことがあるんですの?」


 含みのあるミアの態度に小首を傾げれば、視界の端に呆れ顔をしたフローレンスとセリカの姿が見えた。


「あら、お二人とも。試験開始時間が近いのにこんな所で油を売っていていいんですの?」

「よくねぇですけど見るに見かねてたです」

「……アンタに全く自覚がないみたいだから聞いておいてあげるけど、その背負った奴はなんなのよ」


 深々とため息を吐いたフローレンスはルシエラの目の前まで歩み寄ると、眉間に指を当てながらその背中を指さす。


「見ての通り新調したピッケルですわ。ここは有名な魔石地帯と聞いたものですから、監査の道すがらに魔石を少々頂いてナスターシャさんの言う通り田舎に街灯の一本でも建ててこようかと思いましたの」


 言って、ルシエラはピッケルに巻かれた真新しい布を自慢げに解く。

 魔法文明の基幹である魔石は文字通り魔力の結晶体である。

 施設を使って生成したり、魔物の体内で自然と作り出されることもあるが、基本的には大地を走る魔力の流れである"魔脈"の魔力が結晶化したものを利用する。

 これだけ見事な魔石地帯になっているのなら、この下にはさぞ莫大な魔力が流れているのだろう。純度も良好、実に堀り甲斐がある。


「いや、そんなのは見ればわかるのよ。ピッケルを持ってるのがツッコミどころなの、そこをわかって。お願いだから」

「ここ、魔法協会が管理する保護区域だから勝手に魔石とっちゃいけねーですよ」

「そ、そうなんですの!?」


 衝撃的なセリカの言葉。

 ルシエラは手にしたピッケルをどさりと落とした。


「ん。この世界の常識は自信なかったけど、そうかなって思ってた、よ?」

「常識的に考えればそうに決まってるでしょ。線路が通ってて駅まであるのに取り放題だったらもう掘り尽くされて無くなってるわよね、普通」

「う、薄々はそうではないかとは思っておりましたけれど、わたくしの村では水も川の小石も山芋も自由にとっていいものだったのでいけるかと……」

「おめー、山の芋と魔石一緒にするなですよ」

「ん、掘っちゃう前に指摘してもらってよかったね」

「よ、よくないですの! 軽くなったお財布に悲しみが詰め込まれてしまいましたの。ピッケル買う前に指摘して欲しかったですの!」


 落したピッケルを拾い上げつつ、がっくりとうな垂れるルシエラ。

 こんな事ならば欲張らずにピッケル代で魔石の原石を買えばよかったと後悔するが、それは時すでに遅しと言うものだ。


「はぁ、アンタのおかげでテスト前の緊張はほぐれたわ。とりあえず私達は先に行くけど、魔法協会に見つかって色々言われる前にソレ隠しときなさいよね」


 フローレンスはミアに後の事を任せると、セリカを伴って森の奥へと歩き去って行く。


「ん、ルシエラさん。とりあえずピッケル隠そう」

「そうですわね。盗掘扱いされては困りますものね」


 気を取り直したルシエラが頷いて、虚空にピッケルをしまい込もうとしたその時、


「おいいい、おまえーっ! そんなもの持って何しようとしてるんだっ!?」


 ルシエラを指さし、シルミィが猛ダッシュで駆け寄って来た。


「げげっ、シルミィさん!?」

「魔法協会の管理区域で盗掘とはいい度胸だな。ナスターシャと魔法総省に損害賠償請求するからなっ! お前もPTA総会でやり玉にあげてやるぞ、保護者と一緒に覚悟しとけ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ルシエラの眼前に指を突きつけるシルミィ。


「してませんの! まだしてませんの! 掘ってはいけないとは知らなくて、丁度フローレンスさんに指摘してもらった所でしたの!」


 ルシエラは胸の前で手をバツの字に交差させ、首を横に振って必死に弁解する。

 こんな不名誉な理由で田舎から養父母を呼び出す訳にはいかない。絶対に。


「知らなかったぁ? こんなの一般常識だろ、魔石掘り放題とかどんなド田舎出身だって……」


 シルミィはルシエラに猜疑の眼差しを向けながら、手にした生徒名簿をペラペラとめくると、


「ああ、うん、あの辺りかぁ……。まぁ、あのレベルなら仕方ないな」


 名簿をぽんと閉じて納得したように頷いた。


「仕方ない、未遂なことだし今回だけは見逃してやる!」

「ちょっ、ちょっと、シルミィさん。逆に心外ですの! わたくしの村はそんなに田舎じゃないですの! 荷車が通れる道だってちゃんとありますのっ! 公会堂には魔石照明だってちゃんとついているのですわ!」

「おう、お前ん所がド田舎だってよく分かった! でも見逃してやるのは今回だけだぞ! お前ん所と違って文明社会はルールが多いんだからな! 魔法の前にちゃんと覚えとけ!」


 最後にもう一回ルシエラの目の前に指を突きつけると、シルミィはモップに乗って森の奥へと飛んでいく。


「田舎部分を訂正してくださいまし、シルミィさんが思うよりも田舎じゃないんですのっ!」

「えと……私達も時間ないから、ね?」

「うぐぐ……。わ、わかってますわ」


 釈然としない気持ちを抱えつつも、ルシエラはミアの言葉に渋々頷いてシルミィの後を追いかけてる。

 駅まである森林公園なだけあって、緩い丘陵になった森はしっかりと間伐され、歩道もしっかりと整備されていた。


「確かに手入れが行き届いておりますわね。これでは鉱石の代わりに山菜を採って帰るという訳にも行きませんわ」


 ピッケルを手にしたまま、ルシエラはしげしげと森を見回す。

 これだけの森を維持するのに多大な労力を払っていることだろう。田舎の山々を駆けまわって来たルシエラにはその大変さがよくわかる。


「当たり前なんだが。お前、魔法協会管轄の公園をキャンプ場辺りと勘違いしてるだろ。上層部がわざわざここまで線路を延長して駅まで作ったんだぞ、滅茶苦茶コストかかってるんだぞ?」


 モップに乗って二人の前を行くシルミィがルシエラの呟きに反応してジト目で睨みつける。


「し、してませんの! うちの田舎にはキャンプ場なんてありませんでしたもの!」

「でも、そこまでして保護してるのに、ここで実技テストしてもいいの?」

「確かにそうですわね。学生の使う魔法が環境に一切影響を与えないなんて無理難題に近いですわ」


 ミアの意見は至極もっとも。何しろ実技試験をするのは新入生。その括りの中では優秀な生徒達が集められているとはいえ、ルシエラから見れば魔法も魔力も安定していなくて危なっかしいことこの上ない。

 初めてのテストだと意気込み過ぎて加減を誤り、手入れされた森の木々や小道を荒らしてしまうのは不可抗力と言うものだ。魔法協会はそれを理解していないのだろうか。


「……知らん! 私だってそう進言したが上層部は聞く耳もたないんだからなー。このパターンはあれだ、私が監督責任者として手入れしてる業者にお詫び行脚するはめになる! 考えただけで今から胃が痛い!」


 ──フリーダムに見えて意外とシルミィさんも苦労してるのですわね。その苦労の分、他の方のことも慮ってくださればいいのに。


 そんな風にルシエラが考えながら歩いていると、ほどなくして薄暗くなった森の遠景で光の柱が眩く輝き、次いで少女達の叫び声が聞こえ始めた。

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