プロローグ2
プロローグ
夜の学園都市。運河の水面が街の灯りをゆらゆらと映す傍、騒々しく駆ける一団があった。
そのほぼ全員が軍服に短杖を下げた屈強な魔法使い。しかし、その中に一人紛れた少女が集団をアンバランスなものに仕上げていた。
緩くウェーブがかったベージュ髪をしたその少女は、空飛ぶモップで集団を先導する。
衣装も軍服ではなく黒いフリルのワンピース。子供のような小柄さも相まって、まるでお人形さんみたいという形容が似合っていた。
「向こうに逃げたぞ! 追えーっ! 追えーっ!」
そんな少女が可愛らしい容姿からはまるで想像がつかない尊大な態度で号令をかけ、それを受けた屈強な魔法使い達が夜の街を猟犬の如く駆け回る。
彼女達が追いかけているのは一人の女。目の下にクマを作り薄汚れた白衣を着た女は、大ぶりのボストンバッグを後生大事に抱きかかえ、息を切らせて必死に逃げ回っていた。
女の体が揺れる度、抱えたボストンバッグの中からカラカラと何かのぶつかる音がする。
「畜生! 魔法協会の連中、軍の奴等まで大勢駆り出してきやがった! クーデターでもおっぱじめるつもりかよ!」
女は顔の汗を袖で拭いながら後ろを一瞥、大挙して押しかける軍服達に毒づき、再び前を向いて走り出す。
が、彼女の目の前には既に別の魔法使い達が立ち塞がっていた。
「うげぇ!?」
女は咄嗟に向きを変えて逃げようとするが時すでに遅し。走る勢いを殺しきれずに転倒し、ボストンバッグと一緒に石畳を転がった。
「うわーっはっはっはっ! このシルミィ様の頭脳をもってすれば逃亡者一人追い詰めるなんて造作もないなっ!」
モップから飛び降りた少女、シルミィが意気揚々と高笑いする。
「なんだこのクソガキ。そりゃあこんだけ軍属の魔法使い駆り出しゃお子様だって追い詰められらあなぁ!」
「黙れ」
女の言葉にシルミィは不愉快そうに眉を吊り上げると、パチリと指を鳴らす。
瞬時、女の足元に紫電が駆け巡り、慌てた女が情けなくステップを踏んで尻餅をついた。
「軍用の超高速圧縮詠唱! ただのクソガキかと思ったら、ド生意気なクソガキ様じゃねぇか! 学園都市の支部でこれを使うのは……シルミィ! ブランヴァイス一門である支部長様のご登場かよ!」
「その通りだ! うわっはっはっ! ようやく私の偉大さに気が付いたみたいだな! さあ、追いかけっこはおしまいだぞ。イヴリン・ハミルトン、お前には魔法薬密売の容疑がかかってる。大人しく投降しろ!」
痛めた足を庇いながら立ち上がる女を軍服の魔法使い達が取り囲み、シルミィが得意げな顔をして言い放つ。
「長年所属してた魔法協会の仲間を密売人扱いたぁ酷でぇ話じゃねぇかよ。魔法協会はもっと居心地のいい組織だったはずなんだがなぁ。支部長さんよ、上層部に尻尾を振りゃ居心地はよくなるのかい?」
正に絶体絶命の状況でありながら、女は余裕綽々のままシルミィにちくりと皮肉を言う。
「ふん、好きに言え。その居心地のいい組織を守るには相応の努力と会費が必要なんだ。経費節約のため、重要書類の裏に今月の会報が載ってる悲しさがお前にわかるか? お前も魔法協会に貢献したければバッグに入ってる"グリッター"を差し出せ。持ってるんだろ、知ってるんだからな!」
シルミィは女の嫌味を鼻で笑うと、右手を小さく上げる。
それを合図として、女を取り囲んでいた魔法使い達が一斉に短杖を構えた。
「もっとも、お前が抵抗するつもりなら寛大な心で付き合ってやるぞ。元仲間のよしみってやつだ。うあっはっはっはっ!」
「ちっ、その大所帯で研究職一人にそれかよ。本当に魔法協会も変わっちまったなぁ!? なら……こっちも使うしかないよなぁ! この……グリッターをよぉ!」
女はそう叫んでバッグから虹色の液体が入った小瓶を取り出し、それを見たシルミィと魔法使い達が一斉に後ずさって身構える。
「ぐむむっ出たな! 来るぞ! 何としても飲ませるな! 潰せぇえっ!」
シルミィが叫びながら光弾魔法を連打すると同時、魔法使い達が一斉に飛びかかる。
「おせぇ! なるぜ、なるぜ、なるぜぇ! 俺は、魔法少女にぃ! 俺が! 一番! プゥゥウウリティイイイィィ!!」
それを迎え撃つ女は狂気に満ちた叫びをあげ、虹色の液体を一気に飲み干す。
地面に投げ捨てられた薬瓶がカランと音を立てると同時、女から莫大な魔力が吹き上がり、その姿がフリルのついたパステルカラーの衣装へと変貌する。
魔法少女と化した女は光弾をその身に吸い込み、飛びかかっていた魔法使い達を荒ぶる魔力の奔流で弾き飛ばした。
「うひゃひゃひゃひゃ! すげぇぜ、このパワー! 流石はグリッター! 可愛くって最強だぜぇぇ!」
「くそっ! 私の魔法が吸い込まれるとか悪夢だろ! これがグリッターか!」
荒れ狂う自らの魔力に高揚した女は、ピンクのハートがあしらわれた杖で魔法使い達を薙ぎ倒していく。
一方、魔法使い達はハイテンションで暴走する女を止めようと次々と挑みかかるが、纏った莫大な魔力に阻まれ一切の有効打を与えられない。
「ひーほっほっほっ!! オラオラァ! 支部長さんよぉ! さっきまでの威勢はどうしたぁ! そのご自慢の魔法でぇ! 俺を止めて見ろよぉぉぉ!!」
「うあああああ! 止めろ! 来るな! 薬品くさいぃぃ!!」
荒ぶる女に背を向け、猛ダッシュで逃げ惑うシルミィ。
覆いかぶさるように襲い来るハイテンションの女。
秩序が蹂躙されたまるで悪夢のような時間。だが、そんな時間は唐突に終わりを迎えた。
「ひーひっひっ……ひげっ?」
女から止め処なく吹き出していた魔力が掻き消え、代わりに漆黒の影が体から激しく吹き出した。
「お、おい、ちょっとまて、これ、なんだ、きいて……NAINANANANANANANA!! GYAAAAA!!』
激しく影の吹き出した女の体はそのまま影に包まれ、原型を留めない影の異形へと変貌してしまう。
『URYYYYY!!』
そうして異形と化した女が停止したのもつかの間、黒い影の体で唯一虹色に輝いている核を激しく明滅させ、異形と化した女が再び暴れはじめた。
「お、おおおおおおっ!? なんだこれ、聞いてない! 私もこれ聞いてないんだが!? 大事なことは先に教えて貰わないと困るんだが!? 上層部ぅ!!」
血の気の引いたシルミィは、女だったものである異形を見上げて悲鳴をあげる。
驚く彼女が逃げる為の一歩を踏み出すよりも早く、影の異形がその腕を振り回し、シルミィと魔法使い達を風に吹かれた木の葉のように吹き飛ばしていく。
「ぎゃああああっ!?」
魔法使い達は成す術もなく路上に跳ね転がり、異形はそのまま周囲の街灯やら鉄柵やらを壊しながら無秩序に暴れ回る。
「マズい、マズいぞー! このままだと修繕費で会計が悲鳴をあげる! いや、それ以前にアイツが市街地に解き放たれる! そうなれば私の責任問題は不可避、魔法協会の信用問題に発展するっ!!」
倒れた魔法使い達が積み重なるミルフィーユの下層に押し込まれたシルミィは、暴れる異形を恨めしそうに睨みつけながら必死にもがく。
と、不意に異形がシルミィ達の方へと振り返った。
「んああああーーーーっ!? だからって来るな! このタイミングで来るなぁ!! 本気でヤバい! 逃げろ、私の為に皆にげろぉーっ!」
逃げようと必死にもがくシルミィ達。
だが、異形は容赦なくその影の巨腕を振り上げ、
「ふむ、なるほどのう。この形質は紛うことなくネガティブビーストの類型じゃな」
白く輝く光剣を手にしたほぼ全裸の痴女がその巨腕を斬り落とした。
「ナスターシャ、あれを市街地に行かせる訳にはいかん。この場で処理できるか」
「無論。あれは最適化された術式以外には滅法強い故、叔父上は後ろで見ておればよい」
ナスターシャは自らの後ろで厳つい大剣を構えるバドにそう制止をかけると、数本の光剣を宵闇に舞い踊らせて影の異形を蹂躙していく。
光剣が異形の影を全て払うと、その中から気を失った白衣の女が姿を現した。
「ふぅむ、中身入りのネガティブビーストとは面妖な。このパターンは今までに無かったが……魔力の流れから察するにこのパターンかの」
ナスターシャは倒れた女を見下ろして暫し思案すると、そのまま女の腹部に容赦なく拳を打ち入れ、女が虹色の欠片を吐き出した。
「うむ、流石は妾じゃ。これで一件落着じゃろ」
「魔法協会が手を焼く異形を瞬殺とは恐れ入る。相変わらず魔法に関してはアルマテニアで並ぶものなしだな」
ドヤ顔で胸を張るナスターシャに、臨戦態勢のまま事の成り行きを見守っていたバドが賛辞を贈る。
「いやいや、魔法少女の術式を見よう見まねで使ってみたものの、この程度では紛い物じゃ。妾はまだ浅瀬で水遊びをしているに過ぎぬと思い知らされる」
ナスターシャは女が抱えていたボストンバッグをまさぐると、まだ無事であったグリッターの薬瓶を見つけ出す。
「未使用品も虹色に輝く魔法薬……。ふぅむ、ネガティブビーストに虹色の輝きとは嫌なものを想起させてくれる」
「おい、待てナスターシャ! 学生風情がなにやってるんだ! これは私達魔法協会の管轄だぞ! 帰って授業の予習でもしてろ!」
その様子を見たシルミィが慌てて制止をかけるが、
「叔父上、その女と魔法協会の後始末は叔父上が、魔法薬は妾がでよいかの?」
「構わん。それが一番いいだろう」
シルミィのことなどまるで相手にせず、ナスターシャはバドと話を進めていく。
「構う! 私は大いに構うんだが!」
「シルミィ。お前が駆り出していた連中、陸軍の軍服を着ている以上、間違いなく俺の部下に当たることになる。魔法協会は軍よりも優先される集まりなのか? とすれば魔法協会員は軍から一掃しなければならなくなるが」
バドにそう言われ、シルミィはナスターシャを睨みつけたまま悔しげに押し黙った。
「さて叔父上、今宵は遅い故失礼する。何しろ学生の身じゃての。妾一人門限を無視しては示しがつかぬ」
「それはいいが、ナスターシャ。示しをつけたいならまずは服を着ろ。不審者出没注意の立て看板を見る度、お前のことかと気を揉む身にもなってくれ」
「ほ、何を言い出すかと思えば愚問じゃな。叔父上、妾は今現在制服姿なのじゃが」
ナスターシャは頭を抱えるバドに向かって堂々と言うと、自らを睨みつけるシルミィには一瞥もくれず箒に跨って夜空へと消えていく。
「くそぅ……。ナスターシャも、魔法総省もっ! 覚えてろ! 私は天才と権力なんかに負けないんだからなーっ!!」
バドも女を担いで立ち去った後、いまだ人間ミルフィーユの下層に挟まったままのシルミィは大声でそう叫ぶのだった。
2024/12/02
誤字を修正しました。
誤字報告ありがとうございます。




