4話 女王の凱旋4
ルシエラ達は大広間を抜け、廊下を駆ける。
そして動力室に通じる階段まであと少しと言う所で、天井を突き破って数匹の大型ネガティブビーストが姿を現した。
「おうおう、見事行く手を塞いでくれておるわ」
「時間が無いというのに面倒ですわね……」
瓦礫を踏み砕いて唸る異形。ルシエラはそれを忌々しげに睨みつける。
「うむ、確かに時間が惜しい。故にここは妾達が引き受けようぞ、よいなセリカ」
ナスターシャが一歩踏み出しそう提案する。
「よくはねーですけど……。やるっきゃねーですよ」
セリカは足を震わせながらも、魔法を放つため右手をネガティブビーストに向けて頷く。
「うむ、それでこそじゃ。よく言った」
「お二人とも……」
「気にするでない。走る隙間は妾が空ける、相手はあの巨体じゃて一瞬の勝負となるじゃろう。覚悟はよいな?」
「ええ」
ルシエラが頷くと同時、ナスターシャが壁を叩き、壁がネガティブビーストが塞ぐ廊下側へと炸裂した。
『GYAOOOOOOO!』
「今じゃ! 駆けよ!」
ナスターシャが叫ぶと同時、ルシエラは壊れた壁を飛び越えて隣の部屋を走り、ネガティブビーストの後ろへと走り抜ける。
痛めた腰に鈍痛が走り、よろめきながらもルシエラは歯を食いしばって階段を駆け下りる。二人の厚意を無駄にしない為にもうずくまっているような時間はない。
階段の先に短い廊下が見え、既に開け広げられた動力室の扉が見えた。
──ようやく追いつきましたわ。
ルシエラは影から漆黒剣を引き抜いて、そのまま動力室へと踏み込む。
「ハーッハッハッハッ! 随分と遅かったペコねぇ! せっかくピョコミンが待っていてあげたのに、これだからグズは困るペコ!」
天空城のメイン動力である巨大な魔石の上、フローレンスを脇に控えさせたピョコミンがケージを手にして高笑う。
「熱心に勧誘していた割には魔法少女の数が少ないと思えば……。何ですの、これは!?」
一方、周囲の様子に気が付いたルシエラは、怒気に満ちた声でピョコミンを問い詰める。
魔石の周りには重なる様に倒れた魔法少女達、その数実に多数。その胸には例外なく金属線が差し込まれ、メイン動力となる輝石更にはプリズムストーンの入ったケージへと接続されている。
ルシエラにはわかる。これは生きた人間の魔力をエネルギー源とする生体電池の類だ。
「ピョコミンは常々思っていたんだペコ。自分で魔力を調整できないクズ共がどうして偉そうにしてるかって、ピョコミンに首を垂れて傅かないのかって。だって一番偉いのは魔力調律できるピョコミンのはずだペコ。そして気が付いたんだペコ! それはピョコミンに力……魔力が足りないからだって!」
「はぁ。プリズムストーンでどんな大それた願いを抱くかと思えば……それだけですの? 所詮は害獣、さもしいですわね。貴方が感謝されない理由なんてどう考えても品性に起因しているでしょうに」
「黙れェ! ペコるぞゴルァ!! それだよ! お前だよ! 今のだよ! そうやってピョコミンに生意気な口を利く! けど、それもこれで終わりペコォ!!」
言いながら、ピョコミンはケージに接続された二本の金属線を手に取り、一本をフローレンスに突き刺すと、更にもう一本を自分自身へと突き刺した。
「あうううううううっ! 苦しい、苦しいっ! ルシエラ、逃げて! 逃げてっ──!」
自らの魔力を吸い上げられたフローレンスが苦悶のうめきをあげる中、ピョコミンの体にプリズムストーンと魔法少女の魔力が流れ込み、ピョコミンの体がボコリボコリと膨らみ変形していく。
「刮目するペコ! 数多の魔法少女とプリズムストーンを取り込んだピョコミンの美しい姿を! これこそがお前達を支配する新たなる神の姿ペコォォォ!」
「なんておぞましい──!」
ルシエラは脇腹を押さえていた手を離し、金属線を両断するために跳ね駆ける。
振り下ろされる漆黒剣。だが、それをピョコミンの背中から新たに生えた四本の腕が受け止めた。
「ペコっ、コポホッ! グガガガ痛む、痛むぅ! 全身から力が溢れてくる心地よい痛みペコォ! 満ちあふれるパウワー! もはやこの脆弱なボディでは抑えきれないほどペコォ!」
ネガティブビーストのように体から闇を吹き出したピョコミンは、漆黒剣さらルシエラを投げ飛ばし、手にしていたプリズムストーン入りのケージをずぶずぶと自らの体に飲み込ませていく。
「ゴギッ! ペコッ! ごぼぼぼぼぼおっぼ!」
より激しく吹き出す魔力にピョコミンが声にならない声をあげ、ネガティブビーストと同じ影でできた体を巨大に膨張させていく。
膨れ上がった影の体で接続された魔法少女を取り込み、魔石を取り込み、天空城の一部をも次々取り込んでいく。
「馬鹿げてますわ! そんな狂気の所業、自らの身を滅ぼすだけですわ!」
『お前達のようなクズとピョコミンは違うんだペコォ!! 魔力を調律できるピョコミンならこの力を全て飼いならせるんだペコ! フフフ、ハハハ、ペーッコッコッコッ!』
その言葉を裏付ける様にピョコミンの膨張が止まり、名状し難い異形のネガティブビーストへと変貌を終える。ただし、その核となっているのは道化の仮面ではなくピョコミンの顔だ。
「クレイジーですわ……」
その見るもおぞましい姿にルシエラが呟く。
『はははははは、ダークプリンセスの正体がお前で嬉しいぜぇ! ピョコミンが最強になる過程で、一番憎いお前をぶち殺せるんだからなぁ! ドラマティックが加速して止まんねぇペコォ!』
五対の巨腕が壁を削り壊し、ルシエラを握りつぶさんと唸りをあげる。
「賢しいですわっ!」
ルシエラは体捌きでそれを躱し、返す刃でそれを斬りつける。
『んん、無意味。無意味ペコォ! この痛みがぁ! お前を蹂躙し、絶望させる時のスパイスペコォ!!』
ピョコミンは僅かにもひるまず、取り込んだ城の防衛機構である魔力砲を打ち放つ。
「そんなものがっ!?」
打ち出される極太の光線。ルシエラは咄嗟に身を捻り、宙を蹴り飛ばして魔力の奔流を躱す。
着地と同時に痛めた脇腹が悲鳴をあげ、背後の壁が勢いよく消し飛んで青空が露出した。
「ぐううっ!」
『ペココォ~? これはあんまり使えないペコねぇ。嬲り殺しにできなくなっちゃうペコ』
ピョコミンはおどけた風にそう言うと、二つの腕からレーザー状になった幾本もの魔力を照射する。既に砕けていた壁と床が見るも無残に溶けていく。
『んん~、これなら嬲り殺せるぺこぉん?』
ピョコミンはレーザーを縦横無尽に照射しながら、蜘蛛のように巨腕を蠢かせてルシエラに迫る。
ルシエラの隣をレーザーが通り、肌がひりつくような熱さを訴える。だが、ルシエラは顔を歪めることなく毅然とした眼差しをピョコミンに向け続けた。
──問題ありませんわ。あの害獣はわたくしを嬲ろうとしている。ならば即座に決着がつくような真似はしてこない。
『ハハァ! 無視かよ! ビビッてんじゃねぇペコォ!』
ピョコミンが二本の巨腕を横に広げ、ルシエラを叩き潰そうと一気に迫る。
「今ですわ!」
対するルシエラは脇腹を押さえながらも影の中に残されたピョコミンの顔を見据え、残された力を振り絞って一気に駆ける。
あれがネガティブビーストの類型ならば、狙うは唯一原形をとどめているピョコミンの顔。
ルシエラは痛みに動きを鈍らせながらも、ピョコミンの懐へと踏み込んで漆黒剣を振りかぶる。
『スロゥリィィィィ! 見え透いているんだよォ! ピョコミンのプリティフェイスを狙うのは犯罪ペコォ!』
ルシエラの足元が黒く揺らめき、触手のような螺旋状の針がルシエラを突き刺さんと唸りをあげた。
「間に合いますの!?」
ルシエラはすかさず足元に魔法障壁を展開。しかし、闇の針はそれを貫いてなおも迫る。
ルシエラは辛うじてそれを漆黒剣で受け止めることに成功するが、
「うぐうっ──!」
そのまま針の勢いで弾き飛ばされ、天井を突き破り上階へと飛ばされ宙を舞う。
放物線を描いたルシエラはそのまま上階の床に跳ね転がり、その衝撃で再度苦悶の声を漏らした。
『脆弱! 脆弱ぅ! はははははははは! この全能感たまんねぇペコォ! お前らがピョコミンを見下すのも仕方ないことだったペコ! 魔力の無い奴はゴミ! 力のない奴はゴミペコ!』
それを追いかけ、幾本もの手足を蠢かせたピョコミンも高笑いしながら穴から這い出てくる。
──害獣め。わたくしが万全ならばこのような遅れは取りませんのに!
目一杯の敵意を向けながらルシエラは床に手をついて立ち上がろうとする。だが、痛めた体はそれを許さない。
『お前はいつまでお寝んねしてるペコ? こんな雑魚がピョコミンの邪魔をしていたと思うとストレスが無限湧きしちゃうペコ』
「黙りなさい、害獣。すぐに処分してさしあげますわ」
ルシエラは漆黒剣を杖にしてよろよろと立ち上がるが、すぐに再び膝をついてしまう。
『ハァ、本当にそれで終わりなんだペコ? 拍子抜けペコ。だけどピョコミンは慈悲深いんだペコ……』
そう言うと同時、ピョコミンの体から黒い手のような触手が幾本も伸びてくる。
『散々邪魔してきたお前にも、ピョコミンの魔力タンクとして奉仕する権利をくれてやるんだペコ!』
「当然断りますわ!」
あの触手に捕まる訳にはいかない。頭ではそう分かっているのに、無理を重ねた体はもはや意識についてこない。
それを知っているピョコミンも直ちにルシエラを取り込もうとせず、ゆっくりゆっくり嬲る様に触手を這い寄らせてくる。
『ほーら、カウントダウンしちゃうペコ~。あ、それ! じゅう、きゅう、はち、ぜろぉぉおおおお!』
襲い来る触手。しかし、ピョコミンの黒い触手はルシエラを取り込むことはなかった。
「こ・な・く・そおおおっ!」
横から勢いよく走って来たセリカが体当たりし、膝をついていたルシエラを突き飛ばしたのだ。
「セリカさん!?」
「爆音聞こえて駆け付けてやったですよ! なぁにクソザコ魔力のセリカが取り込まれても大したこたぁねーですよ! ウサ公! お前が捕まえたのは散々馬鹿にしたクソザコ魔力ですよ! ざまーみやがれっ!」
ルシエラを突き飛ばしたセリカは、床に転がりながらも手を伸ばそうとするルシエラに向けて無理やり笑顔を作ってみせる。
そして、そのままピョコミンの触手に取り込まれてしまった。
暫しの静寂の後、セリカを取り込み終えたピョコミンの一部が眩く明滅した。恐らくプリズムストーンにセリカが接続されたのだろう。
『しょぼっ。まあこんなクソザコ魔力でも多少の役には立つペコ』
「……セリカさんは覚悟を見せました。貴方の如き畜生が愚弄するなど言語道断ですわ」
一部始終を見守るしかなかったルシエラが怒気に満ちた声音で言う。
『ペコっ? 死にぞこないのクソザコ二号が偉そうな口利いてるペコ! ハハハッ! じゃあどうするってんだペコ?』
「決まったこと。わたくしが害獣である貴方を駆除しますわ」
ルシエラはポケットに入れてた痛み止めの魔石を砕いて効力を増大させると、震える足で立ち上がって漆黒剣を構える。
『ほーん、そ。じゃあお前はもういいペコ……ピョコミンの偉大さを全身に刻み付けてしねえええええっ!!』
五対の巨腕を大きく広げて一気に襲い掛かるピョコミン。
──今のわたくしにアレを掻い潜って反撃する余力はない。それでも、皆に託されてこの場に居るわたくしはあの害獣を倒さねばならない。ならば答えは一つ……
「刺し違えますわ」
ルシエラは一切の回避を捨て、漆黒剣を握る左手に残存魔力を注ぎ込む。
先程セリカを取り込んだ時に明滅した光、闇を払う眩いその光は間違いなくプリズムストーン。ならばこの身に代えてもそれを打つ。
ルシエラが剣を振りかぶり、ピョコミンが巨腕を振りかぶる。
ピョコミンの巨腕がルシエラを壁にめり込ませ、投げ放たれた漆黒剣がプリズムストーンを貫く。
砕けたプリズムストーンの破片が周囲を眩い光に染め上げる中、ルシエラは静かに意識を失った。
2023/12/03
指摘していただいた誤字箇所を修正しました。
ご指摘ありがとうございます。




