4話 女王の凱旋1
第四話 女王の凱旋
「あれは……天空城!」
青空と次元の狭間の境界に浮かぶ城を見上げてルシエラは絶句する。
あの城を忘れることなどできようはずもない。かつて魔法の国の女王であった自分が統べていたあの城は、懐かしい我が家であり、要塞であり、工廠であり、ミアと雌雄を決した場所。
光が掻き消えると同時にピョコミンと魔法少女達の姿はなくなっている。居るのは間違いなくあの中だ。
──まさかあの害獣がわたくしの城を奪っていたとは。あれにプリズムストーンの魔力が合わされば手が付けられなくなってしまいますわ!
幸いにも城はいまだ次元の狭間と空の境界にあり、対空射撃や高収束魔力砲などの防衛機構も起動していない。侵入して叩くならば今しかない。
「ミアさん! 時間がありません。わたくしはこのまま天空城へと突入しますわ!」
胸に付けた遠隔会話の魔石に向けてルシエラがそう言うと、
『ん、分かってる。私達も今向かってるから。城門で、ね』
程なくしてミアからそう返答があった。
「え、もう向かってますの?」
『うん』
ルシエラが天空城から視線を下に向けると、しなった箒に乗って空を飛ぶナスターシャとその箒に相乗りするセリカの姿があり、その箒から縄で牽引されたミアの姿もあった。
──ひっ!? 一目して分かる定員オーバー! 怖い! あからさまな過積載ですわ!
あまりにも危なっかしい光景に身震いするルシエラ。せめて吊るされているミア位は受け持ってやりたい所だが、悪役を一手に引き受けている自分が手助けしてしまっては元も子もない。
せめて空中で魔法少女に襲われないよう注意を引こうと、ルシエラは天空城へと向き直り、自らの影を靴の踵で叩く。影がカタパルトのように真っすぐ蒼穹へと伸び、伸びた影をレールにして自らを発射。天空城の城門へと大空を一気に駆け抜けた。
「っ! ダークプリンセス! もう来たの!? 扉を閉めて結界を張れ!」
門番をしていた魔法少女が大声でそう叫んで後退し、城門に紋章の描かれた白い半透明の障壁が展開される。
「最先端魔法科学による自己修復型魔法防壁。魔法少女でも手を焼く代物、時間稼ぎには持ってこいでしょうね。ただし、それは相手がわたくし以外の者である場合に限りましてよ」
しかし、ルシエラがそう言って障壁に触れるや否や、障壁は泡のように弾けて消え去った。
「この城は代々魔法の国の女王が統べる城。正統なる女王の行く手を阻めるようには作られておりませんの」
ルシエラは結界の解除された城門から悠々と城内へ踏み入っていく。
それに気が付いた門番の魔法少女が慌てて踵を返してルシエラに襲い掛かった。
「なにそれ! そんなの欠陥建築じゃん! せめて鍵ぐらい変えれるように作んなさいよ!!」
「笑止! 人様の家を不法占拠している方が悪いのですわ!」
ルシエラは振り下ろされる大斧を踏み込みながら躱すと、返す刃で両断。
更にそのまま振り抜いて魔法少女のペンダントをも破壊する。
「おおう、派手にやっとるようじゃの」
その決着にタイミングを合わせたかのように、箒に跨ったナスターシャ達も城門へと降り立った。
「あら、そちらもご無事でなによりですわ。箒が折れないか傍目にハラハラしていましたの」
「ほ、それは杞憂というものじゃ。妾がそのようなへまをするものかよ」
「セリカは生きた心地がしなかったですよ。お空怖いです……」
満面のドヤ顔をするナスターシャの横、真っ青な顔をしたセリカが体をふらつかせる。
「根性が足りぬのう。ミアに比べれば乗り心地抜群じゃったろうに」
「ん、乗ってすらいなかったから」
自らに巻き付いた縄を解きつつミアが頷く。
「しかしまあ、お主等が揃いも揃って魔法少女とは驚きじゃな。フローレンスが仲間外れにされたと拗ねるわけじゃ」
「その口ぶり、ナスターシャさんは魔法少女がお好きではありませんのね」
「スタートとゴールを勘違いしておる輩ばかりじゃからな。魔法を使いこなすはスタートライン、ゴールはそれで何を成すかじゃ。主はちゃんとそこを理解しておるじゃろうな?」
ナスターシャが城門の脇に箒を立てかけながら言う。
「無論、そのつもりですわ。ね、ミアさん」
「ん、そうだね」
ナスターシャは横目でルシエラの表情を確認すると、不機嫌そうだった表情を僅かに緩めた。
「ならばよい。して、あのウサギもどきとフローレンスは何処におる?」
「恐らく大広間の奥にある動力室ですわね。そこにプリズムストーンを動力として設置することで、この城は真価を発揮しますのよ」
言いながら、ルシエラは先頭に立って三人を先導していく。
「お、おい、お前! 自信満々ですけど、それ本当の話ですか!?」
「大丈夫。このお城はね、ルシエラさんのお家だったんだよ」
「数奇なものですわね。アルカステラに負けて去ったこの城に、今度はアルカステラを擁する者達の野望を砕くために戻ってきたなんて」
「ん、その言い方は心外。私が立ち塞がっているみたい。私はルシエラさんの味方、だよ」
ミアがむっと言い返してルシエラの手を握る。
「ええ、そうですわね。今度のわたくしは独りではありませんもの、負ける要素は何一つありませんわ」
ルシエラはミア、ナスターシャ、セリカを順に見て表情を引き締める。
──お母様、わたくし、あの頃より成長して帰ってきましたわ。それにもう独りではありませんもの。貴方に成長したわたくしの姿を見せられないことだけが残念ですわ。
そして、大広間の扉を開いた。




