19話 【ナイトパレード】2
「この様子なら時間を稼げそうですわね」
大宮殿の頂に立つルシエラは、次元の狭間で動きを止めた白い塊を確認して、ひとまず安堵する。
とは言え、楽観視はできない。最新鋭の障壁機構を持つ大宮殿を使った次元の蓋、ルシエラならばそれを突き破ることができる。
今は白い塊となっているアルマは、もう一人のアルマであるクロエの力に加え、魔脈とプリズムストーンの力まで取り込んでいる。ルシエラが独力でできることは全てできると考えた方がいいだろう。
──それでも即座に攻撃してこないのは、取り戻した力を馴染ませているのですかしら。
いつまで時間を稼げるかわからない以上、今のうちに反撃の準備を整えなければならない。
それだけではない、乗り込んだままのアルマテニア要人達への対応、大宮殿の詳細確認、そしてクロエの封印解放。すべきことは山積みだ。
ルシエラはクロエの封じられた黒石を握りしめ、大宮殿の頂から飛び降りる。
「ん。ルシエラさん、こっち。正面はパーティの人達、居るから」
大宮殿の裏門、ボロボロになったメイド服を着たままのミアが手招きする。
ルシエラはミアに誘導されながら、大宮殿の内部を事細かに確認していく。状況が状況だ、ここで戦闘になる可能性も視野に入れておかなければならない。
「えと、とりあえずはここを使ってもいいんだって」
言って、ミアが扉を開けて部屋に入り、ルシエラがそれに続く。
その部屋はベッドと簡素な家具が置かれただけのシンプルな部屋だった。
「良かったですわ。一応の女王だからって豪華な部屋に案内されたら、きっと落ち着かなかったですの」
背中からベッドに倒れてルシエラが伸びをする。これから暫くは気が休まらないだろう、今のうちに一度張りつめた緊張の糸を緩めておきたい。
本音を言えば羊たちと一緒に藁の上で寝転がりたい所だが、この状況でそんな贅沢は叶うまい。
──気が立ったままでは、封印を解いたクロエさんと言い争いになってしまいそうですものね。
「そうだね」
ミアは寝ころぶルシエラの横に腰掛け、服をはだけながら至って自然に覆いかぶさろうとしてくる。
「ミアさん、流石にそこまでの余裕はないですの。後にしてくださいまし」
ルシエラはそれを押し戻しながら立ち上がると、表情を引き締め直して黒石を取り出す。
肩の力はある意味抜けたが、このままではおちおち休めない。予定変更してするべきことを先にこなしてしまった方がよさそうだ。
「その石は?」
「封印されたクロエさんですわ。アルマに吸収されそうな所を切り離しましたの」
あの時、ルシエラはアルマやユーリアを捨て置いて、迷いなくクロエが消失しないことを選んだ。自分でも驚くほどの即決だった。
だが今思えば、力を取り戻す前のアルマを討つという選択肢もあったはずだ。それを選べばここまでの惨状になっていなかったかもしれない。
──本当にこれでよかったのですかしら。
「大丈夫。ルシエラさんは間違ってないよ」
迷うルシエラを肯定するように、後ろから抱きついたミアが優しく囁く。
「ミアさん、わたくしは何も言っていませんわよ」
「雰囲気でわかるから」
「全く……。ミアさんには敵いませんわね」
ルシエラは苦笑いすると、抱きついているミアを優しく引き剥がす。
もしかすると、さっき押し倒そうとしたのも、ルシエラの緊張をほぐすためだったのかもしれない。
──いえ、あの目は絶対あわよくばを狙っていましたわ。
「お気遣いはありがたいですけれど、一度離れてくださいまし。わたくし、クロエさんの前ではしゃんとしていたいですの」
「うん、そうだね。その方がいいね」
ルシエラは自らの前に黒石を浮かべ、その横に立つミアが衣服の乱れと佇まいを正す。
ペンダントを黒石に差し込み、プリズムストーンの原石に封印されたクロエを解放する。
黒石から放たれる細かい光の粒子が人の形となり、やがてクロエを吐き出した黒石が元の原石に戻ると、封印が完全に解かれルシエラの前にクロエが姿を現した。
「なんと愚かな娘でしょう。これほどまでとは思いませんでした」
クロエはゆっくりと周囲を見回して状況を確認すると、開口一番そう言った。
「仕方ないでしょう。あの場で助けるにはそれしかなかったんですもの」
「その結果、千載一遇の好機を失っていたのでは話になりません。あのまま行けば貴方は確実に勝てたのです」
「……それは、アルマが貴方を取り込むからでしょう」
感情的になりそうな自分を抑え込み、努めて平静を装ってルシエラが声を絞り出す。
クロエは小さく首肯した。
「自分でもわからない感情ではあるのです。ですがこのクロエ、どうやら貴方に対して肉親の情とやらを持っているらしい」
「っ! だからですの! わたくしだって同じですの! 二度もお母様を喪いたくはありませんわ!」
抑えつけていた感情を露わにし、ルシエラがクロエに言い返す。
その言葉に驚いたクロエは、目を見開いたままルシエラの顔を見つめると、慌てていつも着けている仮面を着け直そうとする。
が、今の自分が素顔であると気づいて苦笑した。
「そうですか、貴方にとってはこのクロエも母に見えるですね。……本当に、愚かな娘」
そして、クロエはどこなく遠い目をして、かみしめる様にそう呟いた。
「文句は言わせませんわ。要するに収めてみせればいいだけのことですもの。犠牲も被害も出さず、貴方を助けなかった場合よりも優れた結果を出せばいいだけのことでしょう!?」
ルシエラは自らの胸を叩いて宣言する。
犠牲なく、被害なく、か細い道筋でもそれを選ぶ。それがアルカステラ宿命のライバルたる自分の覚悟。だからクロエを犠牲にした勝利なんて元から要らないのだ。
「そうだね。私も、ううん、私達も皆手伝うから、ね」
それを後押しするようにミアが続いた。
「……好きにしなさい。私は既に女王の座を託しています、文句など言いません。私が見て来た今の貴方は必ず傍に誰かが居る、だから私一人の願いよりも彼方に行けるのでしょう」
言って、クロエが微笑む。
その表情はルシエラの記憶にある母システィナそのものだった。
「ただし、それには女王の存在が必要不可欠です。向き合う覚悟はできているのですか?」
「それは……」
ルシエラは言いよどむ。だが、返答は既に決まっている。
既に魔脈に封じられたアルマは力を取り戻し、アルマテニア王国は魔法の国によって混乱、更に女王の居城たる大宮殿にアルマテニアの要人達を招き入れた。
この事態の収拾にも、これから先にも、女王不在で押し通せる訳がない。
──思えば永いこと目を逸らして来ましたわね。
過去を悔い、本当に禊ぐつもりならば、己の過ちを受け入れて進むほかない。最初にそう言っていたのは誰だったろうか。
「勿論ですの。これは魔法の国女王たるわたくしの責務ですわ」
ルシエラはクロエの目を見てしかと言い切った。
「おお、ついに決心したんですね!」
そこでごとりと天井板が外れ、アンゼリカが降りてくる。
「アンゼリカ・アズブラウ。どうして天井から出てくるのですか」
「いえいえ大したことじゃあありませんよ、クロエさん。ルシエラさんがいつまで経っても女王のお部屋に来ないから、ピンクの人が自室に案内しているんじゃないか見に来たんです」
興奮した様子のアンゼリカが早口でそう語る。
「あ、ここ私の部屋だったんだ」
「当たり前じゃないですか! ルシエラさんのお部屋はもっとゴージャスに決まってます!」
「このクロエには天井から登場した理由の説明には聞こえないのですが、論点がずれてはいませんか」
ミアの鼻先に指を突きつけるアンゼリカを見ながら、クロエは困惑した顔で小首を傾げる。
「そこは理解せず心で感じてください! さあ、ルシエラさん! 女王がメイドの格好では示しがつきませんよ!」
アンゼリカは納得していないクロエを勢いで押し流し、いやらしい顔でルシエラへとにじりよる。
「アンゼリカさん、怖いですの」
「はーい、怖くないですよ~。可愛いおべべにお着替えしましょうね~、ぐへへ」
「そうだね、まずはぬぎぬぎだね」
少々引き気味のルシエラを、いやらしい顔をしたミアとアンゼリカが前後からサンドイッチして連行していく。
「待ってくださいまし! 着替えぐらい一人でできますの! クロエさんの前で変な姿を晒さないでくださいまし! 待って、待ってくださいましぃっ!?」
悲鳴にも似た懇願の声をあげ、ルシエラは大宮殿の廊下を連れ去られていくのだった。




