19話 【ナイトパレード】1
第三話 ナイトパレード
「タマキちゃん、せっかく来てくれたのにごめんなさいね。うちの子は知っての通り糸の切れた凧だから」
「あ、いえ、事前に連絡もなしに来たから仕方ないです」
「そうだわ、これお土産。もし居ない時にタマキちゃんが来たら、絶対に渡しておいてって頼まれてるのよ」
「あ、ありがとうございます」
閑静な住宅街の玄関、エプロン姿で謝る女性にタマキが愛想笑いを返す。
ここは魔法の国ではなく地球の日本。ミアの近況を報告する為、タマキは魔法少女アルカルナである少女の家を訪れていた。
のだが、残念ながら肝心の友人は不在だった。
「うーん、不在か。くーちゃんは高校生になっても相変わらずみたいだなぁ、くれたお土産のセンスも相変わらずだし。これ、まさかタマキとタヌキをかけてるんじゃないだろうね」
アルカルナへの変身用ペンダントをさげた大きなタヌキの置物を小突くと、タマキは大きくため息をつく。
実の所、不在の可能性は大いにあるとは思っていた。アルカルナである少女は、学校で約束を取り付けておかないとまず出会えない。電話も出ない。好奇心の命ずるまま風任せにうろつくツチノコのような少女だ。
だからと言って、ヴェルトロン家の迎えが来るまではまだ時間がある。遥々魔法の国から来た地球、信楽焼のタヌキと日向ぼっこして終わるのは流石に嫌だ。
「うーん、くーちゃん家のおばさんに電話してもらうしかないか」
地球を離れて久しいタマキはもうスマホを持っていない。わざわざ戻ってお願いするのも恥ずかしいが、仕方ない。
タヌキの置物を持ち上げてタマキが戻ろうとした、まさにその時だった。急に周囲の風景が鈍色に染まった錯覚を覚え、タマキは咄嗟に大きく飛び退いて身構える。
「おやおやおやおや、そんなに慌てて何かありましたかな。魔法少女アルカソル殿」
突如ゴーストタウンのように静まり返った住宅街、無貌の仮面にダークグレーのスーツを着た三人の女が立っていた。
──うわぁ、参ったな。どう考えてもこの人達"まともな人間"じゃないよ。
頬に一筋の冷や汗を流すタマキ。魔法少女時代に培った勘が相手は異形の類だと警鐘を鳴らしている。
例え異形でなくとも、こんな格好で住宅街をうろついている相手だ。危険人物なのは間違いない。
「身構えずとも結構、魔法少女としての研鑽が認められ、貴方は選ばれたのです」
「選ばれたって何にさ」
「アルマ様に仕える巫女としてです、これは大変栄誉なことです」
──アルマ……魔法の国を作った神様、だっけ。
魔法の国で家庭教師に教えられた歴史。
タマキはその内容を思い出しながら、怪しい仮面達に警戒の眼差しを向け続ける。
「左様。巫女様となればアルマ様の一部となり、そのまま新世界の礎になれる。さあ、時は来た! 我々と共に来るのです!」
仮面達は興奮した様子でそう言うと、一糸乱れぬ動きで両手を広げた。
「嫌だね。怪しい人にはついてくな、子供だって教わることだよ。それに君達、ハッキリ言って訳わかんないよ。自己完結で一方的に語り続けるの止めたらどうだい」
視線を鋭くしたタマキは皮肉っぽくそう返答すると、気取られぬように半歩後退する。
「それはそれは失礼しました。ああ、そうです。一つ言い忘れていたのですが……貴方に拒否権はありません」
言い終わるが早いか、仮面達が散会し、一斉にタマキへと襲い掛かった。
「やっぱりそう来るよね! わかってたさ!」
それを予期していたタマキは素早く身を翻すと、蛇のように伸びて襲い掛かる腕を次々と掻い潜っていく。
ヴェルトロン家で魔法を学んでいる身ではあるが、今習得できている魔法は大したことが無い。あの連中を倒すには力不足だ。
──となれば、逃げの一手だよね!
そう結論付け、攻撃を器用に躱しながらタマキが走る。
幸い、ダークプリンセスとの戦いで反射神経だけは鍛えられている。こんな雑で愚鈍な攻撃は当たる気がしない。
「ふふふ、どこに逃げるおつもりか」
それを見た仮面達が揃って嘲笑い、見えない何かにぶつかったタマキが尻餅をついた。
「うわ、結界か!」
仮面達の方へと向き直りつつ、タマキは平静を装いつつ自らの後ろを触って確かめる。
何もないはずの背後を触れば、ツルツルとした不思議な手触りがあった。
一見すると住宅街の一角であるこの一帯、実際は透明な何かによって隔離された鳥籠の中らしい。
「そう言うことです。では覚悟は決まりましたかな」
「決まんないなぁ」
嬲るようにゆっくり近づいてくる仮面に対し、タマキは強がりの笑みを浮かべる。
こうなればイチかバチかで練習中の攻撃魔法を使うしかない。タマキが右腕を構えて仮面達を睨みつける、
「ハハッ、いい根性だにゃ! 魔法少女ってのはそうじゃなくちゃにゃあ!」
その時だった。
透明な膜がガラスのように砕け、ネコミミメイドの格好をした少女──セラが結界を突き破って乱入してきた。
「うわっ!?」
驚きに目を丸くするタマキの前、セラがサーフボードのような両刃剣を振り回し、仮面の伸びた腕を細切れにしていく。
「くっ! コイツは巫女のなりそこないか!」
「問答無用、口閉じてろにゃァ! マジカルビースト混ざりの三下ァ!」
セラが両刃剣で無謀の仮面を弾き飛ばし、仮面を失った三人は溶けるようにその体を白いスライム状の物体へと変えていく。
三匹のスライムが統合されて一匹の巨大スライムとなり、セラを捕まえるべく体から幾本もの触手を伸ばして襲い掛かる。
「危ない!」
それを阻止すべく、タマキが炎弾を撃ち込み、スライムの一部を弾き飛ばす。
「うるァ!!」
その隙を逃さず、セラは跳躍しながら両刃剣を大きく振りかぶり、地面に叩きつけるようにしてスライムを叩き潰した。
「流石はあの糞生意気なピンクの仲間、まさか援護まで貰えるとは思わなかったにゃァ」
スライムが白い泥となって霧散したのを確認すると、セラは両刃剣の一辺を地面に突き刺し、タマキの方へ向き直って愉快そうに笑う。
「ピンクのって……もしかして、ミアちゃんの知り合い?」
「ま、ちょっとした知り合いだにゃ」
「ああ、そっか、キミ異世界の人だったんだ。だから変な格好してたんだね。ありがとう、助かったよ」
ミアの知り合いだと知って安堵したタマキが、感謝の言葉と共にセラへ手を差し出す。
だが、セラはその手を取らず、
「……おい、お前。今変な格好って言ったにゃ?」
ぽつりとそう呟いた。
「え……?」
「セラにゃんの格好は思い切りこの世界の恰好なんだにゃ。出身だってこの世界だにゃ」
「そ、そうなんだ、ごめん。あれかな、そう言うイベントの途中で駆け付けてくれたのかな」
「それも違うにゃ。私はさ、変身してないと落ち着かないんだよ。特に私服なんて怖くて着れない。戦い続けてたせいで、流行だの、ファッションだの、全くわからないんだよ!」
失言してしまったことに気付いて苦笑いするタマキに対し、セラがわなわなと震えながら語り始める。
「そう、あれは! 珍しく遊びに誘われた時! 集合場所のクラスメイト達は皆大人っぽい格好で思い思いのオシャレをしていたにゃ! なのに私は、私は、一人だけっ……女児向けアニメのキャラがプリントされたピンクの糞ダサセーターをっ! それを見たクラスメイトは全員ッ! ヴヴーーーッ! ヴァアア! ヴォッ! ヴォッ!!」
そして、自らのトラウマを語り終えると、セラは凡そ人とは思えぬ声で慟哭した。
──うわぁ……。参ったなぁ、この人相当仕上がっちゃってるよ。
その姿にドン引きするタマキだが、一応恩人であるので無下にも扱えない。
「あ、あのさ。助けに来てくれたってことは、ミアちゃん達が向こうでトラブルに巻き込まれるってことだよね」
とりあえず話題を変えねばと、タマキはセラを宥めながらそう尋ねる。
「ああ、そうなるにゃ。まあ、お前を助けろって頼んで来たのは、お前のお姉ちゃんだけどにゃあ」
「あ……そうなんだ。お姉ちゃんも過保護だなぁ、せめて顔ぐらい見せてくれればいいのに」
「だとよ、いい加減に覚悟決めて出てくるにゃ。お姉ちゃん」
セラは道の端へと歩いていくと、電柱の影に隠れているシャルロッテの手首を掴み、タマキの前に引きずり出した。
「あ、コレ……タマちゃんやほー。こんな所で会うなんて奇遇ですねっ☆」
「お姉ちゃん、来てたんだ。っていうか、セラさんの話的に奇遇な訳ないよね」
「うーん、お邪魔しちゃってごめんねぇ」
タマキの前に引きずり出され、バツの悪そうな顔をするシャルロッテ。
そんなシャルロッテを見て、タマキが苦笑いする。
「あのさ、色々とボクに気を遣ってくれてるみたいだけど、正直逆効果なんだよね。ボクは地球送りにされたことで恨んでなんかいないし、お姉ちゃんとも仲良くやっていきたいんだよ」
「うーん、でもねぇ……」
直接そう言われても後ろめたさは消えないらしく、シャルロッテは困った顔で言葉を濁す。
「お前も大概面倒くさい奴だにゃ。他ならぬご本人がそう言ってるんだ、妹のためだって言うんなら、自分がしたいことじゃなく妹が望むことしてやれにゃ」
もどかしいシャルロッテを見るに見かね、セラはシャルロッテの背中を叩くように押してやる。
つんのめるような形でタマキに近づくシャルロッテ。
「それじゃタマちゃん、何かして欲しいこととかある? お姉ちゃん、できる限り対応しますっ!」
それで覚悟が決まったのか、眉を吊り上げたシャルロッテが胸を叩いて宣言する。
「あはは、お姉ちゃん微妙にわかってないよね……」
「そうした方がコイツは安心できるんだよ。お前も姉ちゃんのために適度なワガママ言っといてやれにゃ」
「うーん、適度なワガママかぁ」
タマキは暫し思案すると、一つの要望を口にする。
「ならさ、お姉ちゃん。ボクもミアちゃんのいる世界に連れて行ってよ。親友がトラブルに巻き込まれてるんなら、ボクが助けに行ってあげないと」
「わわっ、そう来ちゃったか!」
「ハハッ、流石は元魔法少女! 魔法少女ならそうこなくちゃにゃあ! 覚悟決めろよ、お姉ちゃん」
危険なお願いに渋い顔をするシャルロッテ、その姿を見てセラは愉快そうに笑うのだった。




