18話 【ふたりのステラ】9
「全く、ミアさんときたら! だから言わんこっちゃないですの!」
カミナに殿を任せたルシエラは、虚空から散発的に生えてくる白い触手を退けながら、瓦礫と剥ぎ取られた大地の上を跳び渡ってミアを探す。
今跳んでいる大地の破片には見覚えがある。ミアが移動していなければこの辺りに居るはずだ。
「あそこですわね!」
辛そうな表情で腕を抱えたミアは、彼女らしくない重い足取りで大地の切れ端を飛び移っていた。
「ミアさん!」
ルシエラは浮いた大地を蹴り飛ばしながらミアへと急行し、周囲の触手を粉砕して安全を確保する。
「あ、ルシエラさん」
そこでミアもルシエラの存在に気づき、苦しそうに俯いていた顔をあげた。
「どうしましたの、ミアさん!? 魔法も使えないのに魔力枯渇だなんて!」
ルシエラは浮き上がる地面の上でミアを抱きとめ、不調の原因が魔力枯渇によるものだと即座に看破する。
「え、と……。ステラノワールは魔力に残された記憶だって聞いたから。わざと私の魔力吸収させてぶつければ、私の想い、直接伝わるかなって」
ミアは絞り出すようにそう言って、力尽きたようにルシエラの胸に顔を埋める。
抱きかかえた体は冷たく、呼吸は浅かった。
──完全な魔力切れですの! 急いで補給しないと!
ルシエラはミアの顎を持って胸から引き剥がすと、迷いなく唇を重ねる。
「んっ!」
魔力調律の要領で舌をからめ、ミアの魔力をチューニングする代わりに自らの魔力を流し込む。
ミアがもじもじと身をよじり、それを逃がさぬよう抱きしめまがら、更に魔力を流し続ける。
「あうんっ、く、ふうっ!」
やがて抱きしめている体に熱が戻り、ミアが紅潮した顔を離して熱い吐息をもらす。
それを見たルシエラも安堵の吐息をもらした。
「ミアさん、無茶をしないでくださいまし! 心配する身にもなって欲しいですの!」
「えと、一応大丈夫だって……。ん、ごめん、反省、します」
弁解しようとしたミアだったが、ルシエラの真剣な顔を見て素直に頭をさげた。
「ええ、大いに反省してくださいまし。さ、行きましょう。この一帯がアルマさんに呑みこまれるのは時間の問題ですわ」
「うん、迷惑かけてごめんね」
ミアはルシエラの言葉に頷いて浮いた大地を走り出すが、その動きは本調子とは言えぬほど鈍かった。
後ろで時間を稼いでいるカミナは、ルシエラが安全圏まで逃げなければ撤退できない。できる限り速やかに脱出すべきだろう。
「ミアさん、少し止まってくださいまし」
ルシエラは足を止めたミアをひょいと抱き上げ、お姫様抱っこしてしまう。
「えと……」
「ミアさん、まだ本調子ではないでしょう。この場はわたくしにエスコートさせてくださいまし」
にっこりと笑って言うルシエラ。
間近で微笑みかけられたミアは、ルシエラを見つめながら顔を真っ赤にしていたが、
「んっ」
首に手をまわしてルシエラの唇を奪った。
「えと、ありがとうのお返し。今度はこっちから、ね」
ちゅっと音を立てて唇を離すと、顔を赤くしたミアがにへへとはにかむ。
「んもう、ミアさん……。調子が戻ったらすぐこれですの」
ルシエラは照れくさそうな顔をすると、はにかむミアから目を逸らすように前を向く。
浮かび上がった大地を蹴って跳ね駆け、触手荒れ狂う庭園から脱出する。
そのまま目の前にある離宮の窓を突き破ると、まだ形を保っている離宮内部へと強引に踏み入った。
***
遡ること少し前、フローレンス達はパーティの参加者を引き連れて離宮の中を走っていた。
「フローレンス、これどこ目指して走ってるですか!?」
先頭を走るフローレンスにセリカが尋ねる。
「と、取り合えず、エントランス目指してるけど!」
「エントランス目指して何とかなるですか!?」
「そんなのわかんないわよぅ! でも、あの辺りに留まっていても全滅確定じゃない!」
涙目で叫びながら先行するフローレンスだったが、前方に立ち塞がる魔法少女の存在に気づき、大きく手を回して後続のセリカに迂回を促す。
フローレンスの意図に気づいたセリカは、パーティの参加者を引き連れて廊下を曲がっていく。
セリカ達は魔法少女に気づかれることなくやり過ごすことに成功し、その場には顔をひきつらせたフローレンスだけが残された。
「き、気付かれたのが私だけでよかったわ。いや、全くよくないんだけど!」
後続の存在を気取られぬよう、涙目のまま真っ直ぐに魔法少女を見つめるフローレンス。
幽鬼のような顔をした魔法少女が、フローレンスの顔をじっと見つめたままゆらりゆらりと近寄って来る。
「ど、ど、ど、どうしたんだい、そんな悲しい顔をして。大丈夫だよ、ボクが来たァ……」
正気を失った彼女の顔はパーティ会場で見たマジカルペット達と全く同じ、アネットに投薬された魔法少女に違いない。
それがゆらゆらゆっくりと迫ってくる様は完全にホラー映画のワンシーンだ。
「な、なんて言うか。むしろ来ちゃったからこんな顔になってるって言うか……!」
「悲しい顔はみたくない。ぼ、ぼぼぼ、ボクは世界を笑顔で満たすために魔法少女になったんだ。だから……笑わなかったら、わかっているね?」
魔法少女は身の丈程もある鋏をその手に顕現させると、フローレンスに向かって突き立てた。
「ひいいっ!?」
気圧されたフローレンスが後退して壁に張りつき、刃の間に首を挟みこむようにして鋏の先端が壁に突き刺さる。
首筋にうっすらと紅い線が入り、フローレンスは小鹿のように足を震わせ、その目に涙を溜めた。
「だから泣くな! 笑え! 笑顔、スマーイル!」
鋏を持ったまま鬼の形相で叫ぶ魔法少女に怯え、フローレンスは恐怖で引きつった顔で必死に笑顔を作る。
生殺与奪の権を握られている今、彼女の不興を買えばフローレンスに命はない。
「そうだ、それでいい! やはり君にも笑顔が似合うぅ!」
それを見た魔法少女は満足そうに笑顔を作り、壁に突き刺さっている鋏の刃をそのまま閉じ、
「ふんすっ!」
ようとしたその寸前、窓を突き破ってルシエラが横から乱入し、キックで鋏の刃をへし折り、ついでに肘鉄で魔法少女を床に埋めた。
「へ、あ、あ、鋏が首に……? ぴゃあああっ!?」
間一髪で難を逃れたフローレンスは、薄っすらと赤い血の筋がついた首筋をぺたぺたと触って飛び上がる。
「あ、フローレンスさん、ピンチだったね」
「る、ルシエラ、ミアっ! 助けて! 鋏で私の首が取れちゃった!」
「落ち着いてくださいまし! 人間は首が取れたぐらいで死にませんわ!」
ルシエラはミアを降ろすと、混乱するフローレンスの肩を揺すってそう言い聞かせる。
「え、普通に死ぬけど。とりえあえず傷治してあげよう」
ミアが的確なツッコミを入れながら治療を促し、ルシエラが治癒魔法でフローレンスの首筋の傷を癒してやる。
「フローレンスさん、他の方々は?」
「さ、先に行ってるわ! 一応エントランスを目指しているはずよ!」
「それはいい判断でしたわね。狭間の端に近いあそこなら、接舷できるはずですの」
そう言うルシエラの前、砕かれた床が天井まで跳ね上げられ、土煙と共に狂気に満ちた形相の魔法少女が再び立ち上がってくる。
「貴様ァ! 何をする! 見ろ、その少女の顔をッ! 今ッ! この瞬間ッ! 少女から笑顔が失われた!」
「う、失わせたのはアンタのせいよ! アンタのせいで私は涙目よぅ!」
傷が癒え、ようやくいつもの調子を取り戻したフローレンスが涙目で叫ぶ。
「黙れ! 世界を笑顔で満たすには、笑顔の瞬間を切り取って笑顔で固定しなければならないんだ! そのためには最高の笑顔を永遠にする、絶頂首チョンパが必須! そんな簡単なことが何故わからない!?」
魔法少女はほろほろと涙を流しながら力説し、再び大鋏を構えてルシエラへと迫る。
「えと、酷い名称」
「もういい! お前達はぶち殺す! 笑え! さあ、笑え! 笑え! 笑わないと殺せないだろ! わらえわらえわらわらえらわ!」
「わたくし、とっても急いでいるんですの。会話の通じない方は黙っていてくださいまし」
ルシエラは不愉快そうに腕を組み、自らの影を力強く踏みつける。
瞬間、魔法少女の影から闇の手が無数に蠢き現れ、そのまま魔法少女を蹂躙して白い泥へと戻した。
「あら、この方はアルマによって再現された魔法少女でしたのね」
「薬で大分変になってたけど、アルマ様に取り込まれてから薬を使われたのか、薬を使った魔法少女を再現したのか、どっちだったのかしら……」
フローレンスは傷の癒えた首筋を撫でながら、白い泥が廊下に染みこんで消えていくのを見届ける。
「流石にそこは判断しかねますわね。それよりも急ぎましょう、この様子ではエントランスの方も安全とは言い難いですわ」
「そうだね、急ごう。このお城も剥ぎ取られ始めてるから」
振り返って言うミアの視線の先、崩れた離宮の壁が渦を巻いて白い触手へと流れ始めていた。
呑み込まれる離宮が地響きのような音を立てる中、三人は人々が集結しているだろうエントランスへと急いだ。




