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ダークプリンセスはそれでも魔法少女に勝てない  作者: 文月なご
第五章 願い巡るプリズム
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18話 【ふたりのステラ】3

「やはり……」


 固唾を飲んで見つめあうルシエラとアルマ。


「ふはは、ようやく追いついたぞ!」


 そこに遅れてセシリアと宮廷魔術師達が殺到し、緊迫した空気が一気に吹き飛ぶ。

 セシリア達がぞろぞろとルシエラの周りを取り囲む中、アルマは眉間に指を当てて渋い顔をする。


「そこの後ろの連中、下がるのだわ。私はこの娘に話があるのだよ」

「え、アルマ様、何故ここに!? このメイドは余にお任せください、貴方様には成すべきことが……」


 ここにアルマが居るとは思っていなかったらしく、今度はルシエラそっちのけでアルマの方へと急行するセシリア。


「私がしたいのはコイツと話すことなのだよ。もう一度だけ言うのだわ、下がれ」

「わ、わかりました! 持ち場に戻りますっ!」


 だが、アルマの冷たい声音に慄き、セシリア達は弁明する間もなくすごすごと逃げ去って行く。


 ──やはり、セシリアさん達は何かを企んでいますのね。


 逃げ去るセシリア達の背中を見送りながら、ルシエラはそう確信する。

 しかし、だからと言って目の前の相手を捨て置けるわけがない。何しろ彼女はその元凶とも呼べる存在なのだ。

 パーティの方はミアとカミナに任せる他はない。二人のことだ、上手くやってくれるだろう。


「はあ、全くろくでもない連中なのだよ。お前もそう思うだろう?」


 警戒し、思考を巡らせるルシエラとは対照的に、アルマは肩をすくめて親しげに語り掛けてくる。


「え、ええ。何と言いますか、欲望明け透けですの」

「そうだろう、そうだろうなのだわ。あの連中、私を願いを叶える願望の器程度にしか見ていないのだよ」


 警戒に動揺が混ざった声音でルシエラが言い、アルマがうんざりと言った表情で首肯する。

 クロエが語っていた話と違い、アルマにはまるで敵意がない。むしろ、ルシエラに対して友好的にさえ見える。

 思えば先日、メッセンジャーとして現れた魔法少女も、アルマがルシエラに興味があると言っていた。人を見限った白き神がどうして自分に親近感を抱いているのだろうか。


「クロエさんがもう一人のアルマ(あなた)は、貴方を人を見限った存在だと言っておりましたわ。……だから、見限りましたの?」


 アルマの態度を不思議に思ったルシエラは、彼女の意図を探るため恐る恐るそう尋ねてみる。


「そうだよ。私をダシにして欲望を叶えようとする連中にはもううんざり……魔法の国の女王だった頃、お前が人を見限り絶望した理由と一緒なのだわ」


 アルマはルシエラの目をじっと見据えてそう答えた。


「……プリズムストーンの魔力に残ったわたくしの記憶の残滓を見ましたのね」


 その言葉にルシエラは理解する。アルマは魔脈に溶けたプリズムストーンの一部を記憶として取り込んでいるのだと。


 アルマがルシエラに対して友好的な理由、それは彼女にとってルシエラが既知の存在だからだ。

 かつて天空城で砕けたプリズムストーンは、ルシエラに母システィナの幻を見せた。それと同じように、アルマはプリズムストーンに記録されたルシエラの記憶を覗き見ているのだろう。

 それならばルシエラの負け方などと言う、当事者以外が知りえない情報を知っていることにも説明がつく。


 ──わたくしの記憶がベースとなっているのなら、ステラノワールがアルカステラを模していることも納得ですわね。


「そうだよ。だから……こんなくだらない世界を見限って、私と一緒に来るのだわ」


 アルマはその推測を肯定し、おもむろにルシエラの前に右手を差し出す。

 思わぬ提案、驚くルシエラは差し出された手をじっと見つめる。


「一緒に……わたくしは信用できますの?」

「自分の欲望を綺麗事で着飾るだけの連中と違って、私はお前だけは信じられる。私と同じ、諦念と絶望の心で世界を眺めているお前だけは」


 アルマは手を差し出したまま、真紅の瞳でじっとルシエラを見つめて言う。


「そうですの。貴方はダークプリンセスと……いいえ、女王であったあの頃のわたくしと同じなのですわね」

「そうだとも。お前と私、二人の憧憬のシンボルであるアルカステラだって、私の力で再現できているのだわ。なんなら、本物を捕まえて私の中に取り込んでしまってもいい。そうすれば本物だって私達を裏切らない。私とお前、そして私達ふたりのステラが一緒になれば他に何も要らないだろう?」


 さあ、と手を取ることを促すアルマ。

 だがルシエラはその手を取らず、痛々しい顔で差し出された右手を見つめ、考えていた。


 "人は誰しもが孤独の闇の中。魔法の国の民だって己のことばかりを考え、お母様を失ったわたくしの孤独を見向きもせずに自分を照らせ照らせと主張するだけ。"思い出すその言葉。

 母を喪った自らに願いだけを告げていく人々に憤り、他人拒絶していた頃の自分。

 女王としての自分だけを見て、ルシエラという人間を誰も見ていないと思っていた頃の自分。

 アルマはそんなルシエラと自らを"同じ"と言った。


 ──アルマさんは、まだそこに居るのですわね。


 かつてのルシエラが乗り越え、恥じ、今はその贖罪に奔走する忌むべき過去。だが彼女はまだそこに囚われている、故に孤独を埋めてくれる相手を闇の中で探しているのだ。

 その傷ついた心の内を理解するルシエラは、天を仰ぐように夜空を見上げた後、凛とした表情を作って覚悟を決める。


「アルマさん、貴方の想いはわかりますわ。でも、そうしていても貴方の願いは叶いませんの。だから、こちらにおいでなさいまし」


 そして、右手を差し出すアルマに対し、ルシエラはあえて自らの利き手である左手を差し出す。

 アルマの望みがかつての自分と同じならば、その方法では願いを叶えられない。だから、その野望は捨てて私の手を取って欲しい、その意思表示として。

 彼女がかつての自分と同じ心の傷を持ち、己の殻に籠るのなら、ルシエラは彼女を助けて殻の外に連れ出してやりたい。かつて村の皆が自らにしてくれたことを次は自分がするのだ。


 想定していなかった言葉に、アルマが驚愕し目を見開く。

 アルマはじっとルシエラの左手を見つめて小刻みに震えていたが、


「……話が、話が違うのだよ。私の心の内はわかる? 私はお前がわからなくなったのだわ。私の知っているお前はそんなことを言わない。解釈違いも甚だしいのだわ」


 鋭くした真紅の瞳に拒絶と敵意を込め、同じ瞳の色を持つルシエラを睨みつける。

 その目には薄っすらと涙が浮かんでいた。


「解釈違いなんて幾らでもありますわ、だって他人なんですもの。それでも……」

「よくわかった、確かにお前は他人なのだよ。だからお前の話はもういい、聞きたくない! 誰も私に寄り添わない。こんな世界はどうでもいい! 私と私のステラ、二人で新世界を作ってやり直すのだわ!」


 共感が反転した強い拒絶。

 ルシエラの言葉を拒否するアルマの後ろ、庭園の奥深くで龍のように白い柱が吹き上がる。


「っ! あれは魔脈の時と同じ!?」


 突然白く眩く染め上げられた夜空に目を細めながらも、ルシエラはアルマを捕まえようと一歩踏み出す。だが、その前にアルマの姿は白い泥となり、風景と同化して溶け消えてしまう。


 それと同時、吹き上がった白い柱が意志を持つように異形の大樹となって、触手となって、周囲全てを空間ごと次元の狭間へと飲み込んでいく。

 そして、飲み込んだ空間を素材として自らの周囲を作り替え始めた。


「あの術式は……? いいえ、まさか! あれは術式や魔力でなく……体そのものですの!?」


 その一部始終を見たルシエラは理解する。目の前に居た少女はアルマの一部に過ぎなかったと。

 夜を白く切り裂き、次元を突き破る、龍とも大樹とも異形とも呼べる生物ですらない"それ"。超巨大なその全てがアルマ、彼女は神の名を冠するに相応しい人知を超えた存在なのだ。


 ──ならば、クロエさんが居るのは間違いなくあそこ! 雌雄なんて決して貰っては困りますわ!


 勿論、クロエに負けてもらっては困る。だが、あの白いアルマにも負けて欲しくはない。

 アルマが女王だった頃のルシエラと同じ心の傷を抱えているのなら、ルシエラはアルマを見捨てられない、助けたい。

 クロエと白いアルマ、その両方を助けたない。争ってどちらかが消滅なんて結末なんて願い下げだ。


 ルシエラは周囲を空間ごと取り込みながら巨大化していくアルマの体へと急ぐ。

 だがその時、視界の両端で影の道化が嘲笑った。


『叶ったの? 貴方の願いは叶ったの? だから貴方はいい子ちゃんなの? ズルい、ズルい、なら私だって願いを叶えたい』


 庭園の緑を上書きするようにボコボコと白く輝く泡が立ち、白い泥となって魔法少女の姿を形作る。

 それは白い髪、目を隠すバイザーのような黒い仮面、黒い衣装、吹き上がる白い魔力の翼。闇から這い出たようにモノクロームの魔法少女。


「ステラノワール……! こんな時に!」


 あれは本物とは比べるべくもない偽物だ。だが、同時にあれは最強の魔法少女の偽物でもある。無視できるはずもない。

 ルシエラは苦虫を噛み潰した顔で足を止め、虚空から漆黒剣を引き抜いた。

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